大判例

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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2795号 判決

論旨は原判決は採証の法則を誤り(主として証人黒岩金吾の原審における供述及検証現場における指示説明を証拠として採用した点)判決に影響ある事実誤認をおかした違法があると云うのである。

原判決は被告人の過失の具体的内容として(一)被告人は黒岩金吾が被告人の前方約百二十三米の北野駅方面に向け線路ぎわから両手を揚げて打振り、電車を止めろと絶叫しながら停車信号をしているのに気付かず同一速度(時速四十キロ)を以て第四号踏切(本件事故現場)六十米一迄進行を続けた点。(二)同地点に来て始めて井上勝己外二名の児童を発見しながら同人等は線路上において戯れおるものと誤解し更に七米三進行し始めて黒岩の信号に気付き急停車の措置をとつた点を掲げている。そして被告人が黒岩の信号に気付いた地点その直後急停車の措置をとつたことに付いては争ない。唯黒岩が原判決認定の如く電車の前方百二十三米の地点で急停車の信号をしたか否かが本件の主たる争点である。

右の争点に付原審は原審における黒岩証人の供述、検証(第一回)における同人の指示説明を全面的に信用しこれを証拠として積極の判定を与えたものであり弁護人の論旨は主として右証拠の信憑性を争つているので先づこの点に付いて按ずるに。

なるほど原判決が採用した前示供述及指示説明によれば一応右争点に付原判決の如き判断はできる。即ち記録によれば右証人は昭和二十九年五月十四日検証現場において私はA点(第一回検証調書附属図面)まで走つて行つたその時電車はB点(同上)に来ていたと指示し、なお同日附尋問調書によれば同証人は検事の間に対し証人が始めて電車の来るのを見たのは被害現場から南方に東側の電柱六本目位であつて、そこで運転士が私の信号を感じて停車をしておれば事故は起さずに済んだろうと思うと述べている。しかしながら右黒岩の陳述は事件後一年数月後のものであり記憶の正確を期し難いことは右尋問調書中和智弁護人の後出警察員に対する同証人の供述調書を読み聞けての間に対し、同証人の供述として私は今まで橋の向うの方(電柱六本目当り)だと思つていたが今調書を読み聞けて貰つたのでは電柱四本目のところと申しており記憶がはつきりしないようになりましたが電柱四本目のところで運転士が立ち上つて私の信号に気付いたのははつきり覚えています…………私の記憶の中に橋の向うに電車が来ていたことが残つていますが私がそれをどこでみたかが記憶にないので子供のところから合図に走つて行く途中に見たものかも知れませんとの記載があることによつても察知できる。そして事故当日である昭和二十八年一月一日作成された同証人の警察員に対する供述調書には同人の供述として私は電車が来れば轢かれはしないかと思つたのでレールにはまりこんでいる小供の右足をつかまえてぬがそうとしたがぬげないので電車を止めた方が良からうと思い電車道の南側を宮の陣の方に走り約十三米の点において「止めろ止めろ」と叫びました。その時電車は今山道交叉点の西側四本目にさしかゝつていた(現場六八米の地点)との記載があり又当審において検察官が提出した昭和二十八年十二月一日附黒岩の検察官に対する供述調書には同証人の供述として自分が線路の左側の道路に出て見たとき電車の位置から四号踏切までは電柱の間が三ツ位あつた旨大体警察員に対する供述と一致する供述をしている。尤も検察官の調書には私は踏切から前述の道路へ走り出すときも走りながら手を挙げ大声で止めろ止めろと叫びながら走り電車が見えてからも両手を挙げて止めろ止めろと連続して叫び続けた旨の記載も存在する。以上の経過を綜合すると黒岩が線路わきで両手を打振り止めろ止めろと連呼して信号した時の電車の位置は事故現場から電柱四本目位の地点であつたこと、黒岩が右の信号をする以前恐らく電車を停車させようと決意した瞬間から信号地点に到着する迄の間同人の眼底に橋附近を進行して来る電車が映つたことは確実だと思われるが更に進んで原審のように黒岩の供述等から同人が信号を始めた時の電車の位置を橋向うと決定することは前示同証人の証言の経過に照らして無理である。進行中の電車の或時刻における位置を知ることは事柄自体困難である上に証人黒岩が当時あわてゝいたことは想像に余りあるところであり且かゝる微妙な証言は時の経過と共に後よりの想像と実際の経験とが不離不即の状態に混淆し勝ちのものである理に徴するときは事故後一年数月を経た事件当時の供述と反する供述はその信憑性に付多大の疑問がある。これを要するに原審における黒岩証人の前示争点に関する指示説明並供述は信用できない。そうだとすれば原判決挙示の証拠によつては判示の地点に到るまで黒岩の信号に気付かなかつたと云う点((一))に付いて被告人に過失があつたことはこれを認め難く記録を精査するも他にこれを認むるに足る証左がない。

次に(二)被告人が原判決判示の地点で線路上に児童の姿を認めながら線路上に戯れ居るもので当然退避するものと信んじ直ちに急停車の措置をとらず約七米三進行して後急停車の措置をとつたことに付被告人に過失の有りや否やの点に付按ずるに大串侃一の鑑定書によれば本件電車の制動距離は六八米二〇であり被告人が最初に児童を発見したと主張する点原審検証図面E点から児童の位置同(ホ)点の距離は約七七米〇五(当審の検証調査をも参照)であるから右発見地点にして誤りがないとすれば発見直後急停車の措置をとれば或は事故の発生を防ぎ得た結果になるかも知れない。しかしながら原審第二回検証の結果(同第一回検証附属図面をも参照)によればE点から事故現場の見透しは不可能であつて同図面X点に至つて始めて見透し得べくX点から事故現場までの距離は前示制動距離に足りない六五米八〇である。そうだとすれば被告人の主張するE点は正確であるや否や疑問であり果して被告人において当時児童を発見するや直ちに急停車の措置に出たとしても本件事故を避け得たか否か不明に帰する。即ち換言すれば(二)の過失を認むるに付いてもまた確証がない。

以上説明の通り本件公訴はその証明がない。従つて論旨は結局理由があり原判決は到底破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第四百条但書に則り原判決破棄の上次の通り自判する。

本件公訴は被告人は電車運転士にして西日本鉄道株式会社急行電車北野区営業所に勤務し甘木線の電車運転に従事するものであるが昭和二十八年一月一日午後三時十一分二輛連結電車第二一〇号下り列車を運転し甘木線古賀茶屋駅を発車し北野駅に向つて時速四十粁位の速度をもつて進行中三井郡北野町大字今山第四号踏切の手前約百二十六米の附近に差蒐つた際同所より左カープとなり井上運吉方の竹籔に遮られ第四号踏切の見透しは不可能にして同踏切の手前約五十米に接近して初めて之を見透し得る状況にあるを以て被告人は警笛を連続吹鳴するは勿論前方に対し細心の注意を払い以つて踏切附近における危害を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず不注意にもその際偶々第四号踏切上において井上勝己満六年がレールの間に右足を挾まれ自由を失い苦悶している状を認め黒岩金吾当三十年が被告人の前方約百十三米の線路際より両手を打振り電車を止めろと絶叫しながら停車信号をしているに気付かず同一速度を以て該踏切前約五十六米に接近して初めて踏切上の井上勝己外二名の子供を発見したるに拘らず、なおも児童が線路上に戯れ居るものと誤解し、更に十九米位進みて初めて黒岩金吾の停車信号に気付きたる過失により急停車の措置をとりたるも時既に遅く惰力進行の為右井上勝己を前車輪にて両足下腿部より切断し因て同日午後九時五分同郡北野町大字今山三百四十六番地北野病院において出血の為死に至らしめたものであると云うのであるが、犯罪の証明がないので刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条後段により無罪の言渡をなすべきものとする。

(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 裁判官 尾崎力男)

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