福岡高等裁判所 昭和30年(お)1号 判決
本件再審請求理由の要旨は、「請求人両名は昭和二八年四月一九日施行の衆議院議員総選挙に際し、長崎県第二区の選挙人であつたところ、同年四月五日京崎美太郎、長村十次郎と共謀して壱岐郡武生水町郷の浦海浜ホテルに於て、同選挙区議員候補者西村久之の選挙運動者松尾文吉、崎村正雄の両名に対し、共に同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動をなす旨申向けその報酬として現金二万五千円を供与され度き旨の要求をなしたものである、として公職選挙法第二二一条第一項第四号第一号違反の罪名で起訴せられ、同年一二月一五日武生水簡易裁判所に於て無罪の判決を受けたが検察官から控訴せられ、福岡高等裁判所第四刑事部に於て審理せられた結果、昭和二九年四月一四日原判決を破棄し、請求人両名を各罰金一万円に処する、右罰金を完納することができないときは二〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する旨の有罪判決を受け、最高裁判所に上告に及んだのであるが、昭和三〇年二月三日上告棄却の判決を受け、右有罪判決が確定するに至つた。しかしながら自由党壱岐支部の他の主脳者等に対する判決に於ては公民権停止の規定の適用を免れ寛大な処分を受けているのに反し、請求人等に対する右判決はその科刑遥かに重きに過ぎ、明かに不公平の処置たるを免れないのみならず、相被告で請求人等よりも主たる地位にあると目せられる京崎美太郎は、昭和二九年四月二二日福岡高等裁判所第二刑事部に於て控訴棄却の判決を受けて原審の無罪判決が確定し、更に同年一二月二五日相被告長村十次郎も亦、同裁判所第三刑事部に於て請求人等と共同犯行の分については無罪の判決を受け、同判決が確定するに至つた。従つて右相被告人長村十次郎が同一事件について無罪の判決を受けたのは、請求人等に関しても無罪とすべき有力な新証拠を発見するに至つたものといわねばならないので、刑事訴訟法第四三五条に則り再審を求めるため本件請求に及んだ。」と謂うのである。
そこで審案してみるのに、請求人等が昭和二九年四月一四日福岡高等裁判所第四刑事部に於て、公職選挙法第二二一条第一項第四号第一号違反の共同正犯者として、請求人等主張のような有罪判決を受け、次で最高裁判所に於て上告棄却せられたためその主張日時右有罪判決が確定したものであること、請求人等と共同正犯者として起訴せられた京崎美太郎が、請求人等主張の昭和二九年四月二二日当裁判所第二刑事部に於て控訴棄却の判決を受け、原審における無罪の判決が確定し、更に共同正犯者たる長村十次郎が同年一二月二五日同裁判所第三刑事部に於て、原判決破棄自判の上原判示第一の請求人等と共同正犯に関する部分について無罪の判決を受け、該判決が確定したことは本件記録に徴して明かである。
しかしながら刑事訴訟法第四三五条第六号は、有罪の言渡を受けた者に対し無罪(中略)を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したるときと規定しているのであつて、所論のような相容れない判決の確定した一事を以て、直ちに有罪の言渡を受けた者に対し無罪を言渡すべき明確なる証拠を新たに発見したとなし、再審の申立をなし得るものということはできない。このことは共犯者甲乙二名間において、甲は犯行を自白しているのに対し乙はこれを否認している場合、乙は甲の証人としての供述もしくは供述調書によつて有罪判決を受ける場合もあるのに対し、甲は同人の右自白のほか他にこれを認むべき補強証拠がなければ、無罪の判決を受けざるを得ない結果を招来する場合もあることに想到すれば、容易に理解せられ得る。従つて共犯者間に於て、その一人は有罪の判決を受け、他の者は無罪の判決を受ける場合も往々にして免れないのであつて、一見矛盾の感を与えないでもないけれども、それは無罪の判決があつたからといつて直ちに当該構成要件事実の不存在を意味するものでなく、その理由において当該裁判官の心証形成上充分でなく犯罪の証明なしとして無罪とされ、或は前示説明のように補強証拠なしとして採証法則上無罪とされる場合等多様であつて、殊に前者の裁判官の心証形成に関しては担当裁判官の主観に影響せられ、甲乙両裁判官の心証が異る場合のあることは已むを得ないところである。従つて証拠の証明力に対する裁判官の価値判断が異り、甲裁判官に於ては有罪とせられた事件も、乙裁判官に於てはその共犯者を無罪とせられる場合もあるのであつて、右判決が矛盾するからといつて直ちに再審事由となるということはできない。しかし等しく国家機関たる裁判官の言渡した二個の確定判決が、その内容において矛盾し、その何れかが誤つていると目される事態は真実の発見を目的とする刑事訴訟手続において、極力これを避けなければならないことは言を俟たないところであるから、有罪の確定判決を受けた者に於てこれと相容れない確定判決のあつたことを知り、その事件の証拠資料を検討し、その中に自己の事件の証拠資料となつていず、且つ自己が無罪の言渡を受くるに足る明瞭な証拠を発見した場合においては、これに基き再審の申立をなすことができるものといわねばならないところ、請求人等の主張する相被告人等の無罪判決は、いずれも当該裁判官の心証形成上犯罪の証明不充分として無罪を言渡されたものであるが、右事件の証拠資料中請求人等を無罪とすべき新たな明確な証拠資料を発見したとの点については、請求人等の請求書その他の添附書類によつても遂にこれを確認することができない。