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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)235号 判決 1955年12月12日

控訴人(被告) 武雄税務署長

訴訟代理人 川本権祐 外二名

被控訴人(原告) 北川鉄次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴人指定代理人において、(一)所得税法上農業所得は一の事業所得として規定されているが(所得税法第九条第一項第四号)それは実質的にも事業所得の範疇に属すべきものである。(それが資産所得、勤労所得でないことは明らかである。)而しておよそ事業は組織的一体として(これを組成する個々の財産、労働力その他の諸要素の有機的結合の下に成立し経営され、この事業経営による所得は該事業の経営主体に帰属すべきものであつて、これを組成する財産の権利関係とは無関係である。この理はもとより農業経営についても妥当するところであるが、一般に自家労働中心の小規模経営を特徴とするわが国の農家において、夫と妻とがその生計を一にしながら、各自の所有田につきそれぞれ独立に二個の農業経営を行つているとは通常考えられないところであるし、又夫婦それぞれの所有田があるからといつて、その農業が夫婦の共同経営にかかるものとすることは特段の事情のない限り、わが国農村の社会構造から遊離した観察たるを免れない。本件においても右いずれかの場合に当ると認むべき特段の事情は存しない。従つて本件においては一個且つ単独の農業経営の主体が誰であるかを明らかにすることが先決問題であつて、この点を等閑に附しては本件農業所得の帰属は決せられない理である。なるほど夫婦は、各自その特有財産につき法律上自由にこれを使用、収益、処分し得るけれども、自家の家業として農業が営まれ、その経営者が夫であつて妻が自己所有田をその用に供することは、円満な婚姻生活が維持されている限り、そして夫が生計の主宰者である場合においては、世上当然のこととして怪しまないところであるし、そのこと自体あえていわゆる別産制の趣旨にもとるとは考えられない。仮に右の場合妻が何等かの名目で、何程かの対価を得ているとしても、それは農業所得ではないし、ましてや農業所得の帰属とは関係がない。本件の如きは正に右の場合に当るものと認められるのであつて、被控訴人の妻トヨの所有田をも含めて被控訴人が本件農業経営の主体であり、従つてその所得はすべて被控訴人に帰属すべきものである。(二)本件畑の所得標準率は一般納税農家のうち経営状況及び収穫量の中庸なものを対象とし、その普通畑(野菜畑に対する)につき調査した結果とその他の資料調査とを綜合して作成されたものであつて、畑の作物を販売することを営業とする専業農家の所得標準率ではない。なお年間を通じ野菜栽培を主とし、これを販売することを主たる目的とする野菜畑の所得標率準は通常別個に作成されている。以上の次第であつて控訴人の本件更正処分には何等違法の点は存しないと述べた外、原判決当該摘示と同一であるから、これを引用する。

<立証 省略>

理由

当裁判所は、原判決の理由中、農業所得額についての判断のうち、被控訴人所有の畑より生ずる所得に関する部分(原判決書十八枚目裏五行から十九枚目表五行まで)を後記のとおり改める外、原判決の説示するところと同一の理由により、本件更正処分の取消を求める被控訴人の請求を理由があるものと認めるので、ここに原判決の右理由記載を引用する。

前顕乙第五号証、各成立に争のない乙第十五号証の一乃至四に前記橋村証人及び当審証人松尾金三の各証言を綜合すれば、被控訴人所有の畑より生ずる所得についても、実額調査をなす資料が存しなかつたので、朝日村(市町村合併前の被控訴人の居村)三ヶ部落の専業農家のうち中庸地を対象とし、普通畑(年間野菜のみ菜培する畑以外のもので麦、菜種、豆類を作る畑を指称する。)につき、立毛中の作付状況の実体調査並に各種農業団体について収穫量の資料調査をなし、必要経費については水稲、裏作の場合と同様の精密な調査を遂げた上算出せられた農業所得標準率に基き、推計課税の方法を採り、畑一反三畝三歩(反別を被控訴人主張の如く一反二畝十六歩としても税額に変りはない。)に反当り一万五千八百二十円の所得標準率を適用して、金二万七百二十五円の所得額を算定されたものであつて、年間野菜のみを栽培し作物を販売することを営業とする専業農家のいわゆる野菜畑についての所得額算定には、一般にこれとは別個に高額の所得標準率が適用されたものであることが認められるので、右所得標準率適用による推計は合理的であつて相当であるといわなければならない。他に本件畑より生ずる所得につき右と異る実額認定又は推計をなし得る資料は存しない。

然らば、右は原判決と一部理由を異にするけれども、結局被控訴人の農業所得は確定し得ないことになり結論において同一に帰するので、本件更正処分は全部違法としてこれを取り消さざるを得ない。

よつて本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主交のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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