福岡高等裁判所 昭和31年(う)1406号 判決
原判決が判示事実認定の証拠に引用している(一)医師安永桂作成の上妻摩都恵に対する診断書、(二)司法警察員作成の実況見分調書、(三)司法巡査作成の強姦致傷現場写真撮影報告と題する書面(添附写真を含む)を記録について調べてみると之等は被告人側において之を証拠とすることに同意するか刑訴法第三二一条所定の要件が充たされない限り証拠能力を有しない。従つて断罪の資に供し得ない書面であること洵に所論のとおりである。原審第一回公判調書を見ると検察官の請求により右三通の書面につき証拠調を施行しているが被告人又は弁護人において之を証拠とすることに同意したことの記載は所論のとおり同調書に見当らない。書面を証拠とすることに同意があつた場合にはその旨公判調書に記載せねばならないことは刑訴規則第四四条第一項第二二号の明定するところである。前記公判調書に前記の如くその点の記載がない以上被告人側において前記三通の書面を証拠とすることに同意なかりしものと認めるを相当とする。尤も同公判調書には被告人側において証拠調に関し異議の申立をなしたことの記載も存しないが異議申立をしなかつたからとて直に同意があつたものと看做すのは当を得ない。記録を通覧しても前記同意の事実を首肯するに足る証左は存しない。而して前記三通の書面が原審第一回公判期日に刑訴法第三二一条所定の要件を充足していたことは記録上窺えない。してみれば原審は証拠能力なき書面について証拠調を施行したもので原審の訴訟手続に法令違反があると云わねばならない。医師の作成した診断書には正規の鑑定人の作成した書面に関する刑訴法第三二一条第四項が準用されるから診断書の作成者が公判期日(審理更新前の公判期日でも差支ない)において証人として尋問を受けその真正に作成されたものであることを供述したときは証拠能力をもつようになる。このことは診断書について証拠調が既に施行されていた場合たるとそうでない場合たるとにより異るものではない。ところで原審第二回公判調書によれば弁護人の請求により本件診断書の作成者たる医師安永桂が同公判期日において証人として尋問を受けその真正に作成されたものであることを供述していることが認められるから之により同診断書が証拠能力を持つに至つたことは前段の説明により自ら明らかである。次に原審第四回公判調書によれば公判手続が更新され本件診断書につき証拠調が施行されている。原審は同公判期日において現に証拠能力を有する本件診断書を取調べたものであるからその取調べに違法はなく従つて原審が之を断罪の資に供したことも違法でない。原審が之につき第一回公判期日において取調をなした手続上の違法は公判手続の更新により解消したものであるからこの点は原判決に影響を及ぼさない。第四回公判期日において前記(二)(三)の書面を取調べ判決に之を引用したのは訴訟手続上違法であるに相違ないが両書面を除外しても爾余の証拠により判示事実を認定できるから原判決に影響を及ぼさない。論旨は結局理由がない。
(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)