大判例

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福岡高等裁判所 昭和31年(う)1719号・昭31年(う)1711号・昭31年(う)1710号・昭31年(う)1712号・昭31年(う)1713号・昭31年(う)1716号・昭31年(う)1720号・昭31年(う)1714号・昭31年(う)1717号・昭31年(う)1718号・昭31年(う)1715号 判決

昭和二四年五月一〇日熊本県知事作成の熊本県地方事務所処務規程第八条第三項には「課長に事故があるとき又は課長が欠けたときは地方事務所長があらかじめ指定した吏員がその職務を代理する」と規定されているところ、該規定の「事故があるとき」とは「長期又は遠隔の旅行或は病気等のため所管の職務を自ら有効適切に処理できない場合」と解すべく、又右代理は法定代理であるから右事由が生じたときは何等の指示を俟たずして当然に代理権が発生し、その範囲は特別の事情がない限り原則として課長の有する職務権限全般に及ぶものと解するのが相当である。従つて課長職務代理者の権限は右代理者に指定されただけでは未だ発生するに由なく、課長に現実に事故を生じた時初めて発生し且つ事故の終了と共に当然消滅するものと謂わねばならない。これを本件について観るに、熊本県八代地方事務所長作成の決済書類写及び被告人坂口正明に関する履歴書写によれば、被告人坂口正明が昭和二七年一二月一日附を以て八代地方事務所農地課長職務代理者に指定されていることは明らかである。ところで、出張命令簿(証第三一号)、当審証人竹永群亀の証言によれば、当時の八代地方事務所農地課長竹永群亀は昭和二八年一〇月中に災害復旧事業等のため熊本市又は八代郡内の各町村に一日乃至三日間宛約一〇回に亘つて出張し又同年一一月一九日より二一日迄災害復旧事業現場指導のため同郡柿迫村に出張していることが認められる。けれどもこの程度の近距離且短期間の出張旅行は未だ農地課長自身の職務の処理を必ずしも不可能ならしめるものとは認められないから、前記規程の所謂事故に該当するものとは解し難く、当審証人藤本伸哉、同重石隆三の各証言によるも熊本県当局はかかる程度の出張を事故として取扱つていないことが窺われる。その他記録を精査しても当時右農地課長に事故と認むべき事由が生じていた事実は認められないから、被告人坂口正明は当時未だ現実に農地課長の職務を代理すべき権限を有しなかつたものと謂わねばならない。このことは前記各証拠により認め得るように同被告人がすべて農地課長竹永群亀の許可を受けて同年一〇月中に八代郡内の各町村や熊本市に出張し又同年一一月二〇日同郡野津村、文政村に出張している事実に徴しても窺われる。のみならず、当審証人重石隆三、同山下純一郎、同竹永群亀の各証言によれば、被告人坂口正明はあらかじめ農地課長職務代理者に指定されていたものの、未だ曾て前記規程に基き職務代理者として同課長の一般的権限を行使した事例はなく、只農地課長が二、三日不在の時課内における極めて軽微な事項に関する文書を決裁処理することがあつたに過ぎない事実が認められる。然るに原審が同被告人は昭和二七年一二月から八代地方事務所農地課長代理として農地課長の一般的職務権限を代理行使し、昭和二八年一〇月及び一一月二〇日も亦右権限を有した旨判示したのは法律の解釈、事実の認定を誤つたものと謂わねばならない。

そこで、右誤が判決に影響を及ぼすか否を判断するにつき、更に同被告人が同事務所農地課勤務の吏員として農地等の災害復旧工事に関する職務権限を有していたか否かを検討する。

熊本県地方事務所処務規程第六条には、農地課の事務分掌は左の通りである。一、水利組合及が土地改良区の指導監督に関する事項。二、農地等の調整に関する事項。三、開墾事業に関する事項。四、土地改良事業に関する事項。五、耕地の災害復旧に関する事項。六、耕地整理に関する事項。七、開拓地の営農指導に関する事項。八、農業土木金融及び補助金交付の指導に関する事項。とあり、又農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律(昭和二五年五月一〇日、法律第一六九号)第六条には、都道府県知事は農地等の災害復旧事業につきこの法律により補助を受けて工事を行う者に対し、当該災害復旧事業を適正に実施させるため、必要な調査を行い報告を求め、又は事業の施行に関し必要な指示をする事が出来る、と規定している。これ等の規定に徴すれば右法律に基き国庫より直接補助を受ける農地及び農業用施設等の災害復旧工事(本件薩摩堰災害復旧工事もこれに属する)に関しては、これを適正に実施させるため熊本県知事更にはその下部機関である同県八代地方事務所農地課(地方自治法第一五五条第一項第一七五条第二項前記処務規程第六条参照)において、必要な調査を行い、報告を求め又は事業の施行に関して必要な指示を与える職務権限を有し、従つて事業主体のなす工事請負契約締結の方法、競争入札の実施、その際における予定価格の決定、工事の施行等に関して意見を述べたりその他の方法を以て指導監督することも亦右権限に属するものと解するのが相当である。而して竹永群亀の検察官に対する昭和三一年二月一三日附、同月二一日附、同月二三日附各供述調書、当審証人重石隆三、同山下純一郎、同竹永群亀の各証言によるも八代地方事務所農地課は農地、農業用施設等の災害復旧工事に関し右各種指導監督権を行使して来た事実が認められる。けれども、右各証言及び農地課事務分担表によれば、同事務所農地課は耕地係、農地係、開拓係に分かれて前記規程第六条各号所定の職務を分掌し、耕地係は土地改良及び農地、農業用施設の災害復旧関係事務(前記規程第六条第四号五号)を分担し開拓係は未墾地開拓関係事務(右第六条第一、二、三号第七号)を分担し各係員の職務は農地課事務分担表自体によつて固定的に配分されている事実、しかも右各係は熊本県農地部耕地課、農地課及び開拓課の各所属員が各々その出先機関として右各課に対応する前記各係の構成員となつており、且耕地係殊に農地、農業用施設等災害復旧関係事務はその職務の性質上技術的智識を多分に要する関係からすべて技術吏員を以て充てられているのに反し開拓係は事務吏員を以て充てられている事実、従つて各係所属員の入替、交替は行われず、又他の係の事務を便宜融通しあつて取扱うことのない事実並びに被告人坂口正明は本来熊本県農地部開拓課所属の事務吏員にしてその出先機関として八代地方事務所農地課開拓係に配属され、未墾地開拓地の買収、売渡、開拓用地配分事務と兼ねて一般庶務を担当していた事実が認められる。従つてかかる方法を以て職務の分担を定めた組織と機構に鑑み更に地方自治法第一七三条を参照すれぱ、被告人坂口正明は農地及び農業用施設等災害復旧工事に関しては現にこれを取扱う職務権限を有しなかつたのは勿論、該職務権限が農地課所管に属するものとは謂い乍ら法令上上司の命を受けてこれ等の職務を処理し得べき地位に在つた者とも認め難いから、畢竟同被告人は右工事に関する一般的権限延いては右工事につき事業主体のなす工事請負契約締結の方法、予定価格の決定等に関する指導監督権を有しないのは勿論、かかる職務が同被告人の担当する開拓関係事務と密接な関係を有したものとも謂われない。

又当審証人竹永群亀、同重石隆三の証言に農地農業用施設災害復旧事業刷新要項を参照すれば、右災害復旧工事の検査については特にこれが検査員として任命された者のみが該権限を有するものと解すべきであるから、かかる任命を受けていない同被告人は右検査につき何等の職務権限をも有しなかつたものと謂わねばならない。而して原判決挙示の関係証拠によれば、同被告人が原判示第八の如く昭和二八年一〇月頃中川政行より上原磨が今後請負うことのあるべき八代市、八代郡下の農地等災害復旧工事の検査や指導監督等につき便宜な取計いを受けると共に、右工事請負につき便宜な取計いを受けたい趣旨を以て供与することを知り乍ら現金一三万円の供与を受けた上、同年一一月二〇日実施された八代郡野津村施行の薩摩堰災害復旧工事の指名競争入札に際し、中川政行より上原に右工事を落札させる為右工事の予定価格を金三一七万二二六〇円に決定して貰いたい旨の依頼を受けてこれを諒承し、同日野津村役場に赴いて同村村長中村改平が右予定価格を決定するに際し同人に予定価格は金三一七万二二六〇円が相当であると意見を述べて該価格に決定するに至らしめ、上原磨をして右工事を落札せしめた事実を認めるに十分である。けれども、前叙の如く同被告人が右工事の検査、指導、監督の権限を有しない以上、右金員の収受及び意見の開陳はいずれも同被告人の職務とは何等関係のないものであるから、加重収賄罪は勿論単純収賄罪をも構成する謂われはない。然るに原審が同被告人に対し前記職務権限を肯定し同被告人の右所為をその職務に関するものとして加重収賄罪の成立を認めた上懲役刑を科して右金員を追徴したのは、法律の解釈、事実の認定を誤つたものにして、該誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)

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