福岡高等裁判所 昭和31年(う)1951号 判決
原判決摘示の事実、殊に、判示事情のもとに池田忠義が、被告人を連れ帰ろうとして被告人の背後から被告人の着衣ジヤンバーを引張るにかかわらず、被告人は、なおも執拗に宮崎長作の左手と丹前の右袖とを握つて離さず、池田忠義が同所四畳半の間の上り口から足を踏み外したことと相まつて、三名もろとも土間に転落し、宮崎長作の顔面を台所に備付けてあつたコンクリー卜製水槽に衝突させ、因つて同人に対し判示傷害を負わしめたものであることを認定するのに十分である。
所論によれば、宮崎長作の判示傷害は、池田忠義の単独行為に因るものであつて、被告人の行為に因るものと認める余地なく、被告人は傷害の責を負うべき限りでない、というのであるが、被告人は、前記証拠によつて認めることができるように、平素のうつ憤がある上に、当時たまたまいささか飲酒していた関係もあつて当初から喧嘩腰で宮崎長作方に臨み、判示四畳半の間の火鉢のそばに上り込み、粗暴な態度で宮崎長作と対坐対談するうち興奮し、宮崎長作と共にその場に立上つて相対峙するに至り、一旦五尺ほど仲裁者池田忠義のために後方へ引き離されながら、これをふり切つてふたたび火鉢のそばに立到り、池田忠義において、「宮崎は病気だからよけいなことはいわずに帰ろう。」と、被告人の背後から被告人の着衣ジヤンバーを引張つたのにかかわらず、前記のとおり、不法にもなお執拗に宮崎長作の左手と丹前の右袖とを握つて離さなかつたのであつて、宮崎長作に対する被告人の右所為が暴行にあたるものであることは論なく、被告人に右暴行の認識があつたこともまたきわめて明白である。
よつて進んで、被告人の右暴行と判示傷害との間の因果関係を審究するに、宮崎長作が判示傷害を受けるに至つたのは、前述のとおり、池田忠義、被告人および宮崎長作の三名もろとも判示土間に転落し、宮崎長作の顔面を判示水槽に衝突させたことによるものであり、右の転落、衝突たるや、実に、被告人が執拗に宮崎長作の左手と丹前の右袖とを握つて離さなかつた被告人の前示暴行の所為と、被告人の背後から被告人の着衣を引張つていた仲裁者池田忠義が、たまたま判示上り口から足を踏み外したこととに基因するものであつて、なお前記証拠に徴すれば、その際、被告人において右のように執拗に宮崎長作の手や丹前を握り続くべき何ら格別の事情も存せず、もし放そうとさえすれば、容易に宮崎長作を手放すことのできる状況であつたことも明かなところであるから、被告人の右暴行の所為と判示傷害との間には、事実上の因果関係はもとより、法律上の因果関係があるものと解するのが相当であるというべく、その間に事実上も法律上も何ら因果関係を認める余地がないとする論旨には賛同することができない。
(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)