福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)859号 判決 1958年6月26日
控訴人 清水エム 外二名
被控訴人 松本敬子
主文
原判決中控訴人等の関係部分を取消す
被控訴人は控訴人等に対し別紙目録記載の各土地について長崎地方法務局昭和三〇年七月二六日受附第一二二七三号をもつてなされた同年同月二五日設立契約に因る債権者松本敬子、債務者金化商事株式会社間の弁済期昭和三〇年九月末日利息年一割八分の約定の金三〇〇、〇〇〇円の貸金債権を被担保債権とする抵当権設定登記、及び、同目録記載の(1) 及び(3) ないし(5) の各土地について長崎地方法務局昭和三〇年八月一〇日受附第一三一八四号をもつてなされた同年同月八日設定契約に因る債権者松本敬子債務者金化商事株式会社間の弁済期昭和三〇年一二月三一日利息年一割八分の約定の金一〇〇、〇〇〇円の貸金債権を被担保債権とする抵当権設定登記の各抹消登記手続をしなければならない。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理又は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする」旨の判決を求めた。当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出援用認否はすべて原判決摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、訴外亡清水広人が改正前の民法による戸主であつて控訴人ら主張の日に死亡し、原審相被告清水広幸がその法定の推定家督相続人たる嫡出の長男として家督相続をしたこと、しかるに控訴人等主張の日にその主張のような審判がなされて確定し清水広幸は僣称相続人であつて控訴人ら三名が亡清水広人の共同相続人であることが確定したこと、したがつて別紙目録記載の土地はすべて控訴人ら三名が共同相続により所有権を有すること、しかるに被控訴人は右審判のある以前に全く善意ですなわち清水広幸が家督相続により所有権を有する者と信じて同人と本件土地について控訴人ら主張の各日にそれぞれその主張の抵当権設定契約を締結しこれに基いて、その主張の如く各抵当権設定登記を経たこと。以上の事実については当裁判所の判断は原判決の説示するところと同一であるからこれ(原判決理由中、被告松本敬子に対する請求について、と題する部分の(一)(二))を引用する。
二、以上の事実によると、清水広幸が被控訴人に設定した本件各抵当権は無権限の者のなした無効のものであり、したがつて本件各抵当権設定登記もまた無効のものといわねばならない。しかるところ、被控訴人は前記の事実関係のもとでは控訴人らが真正相続人であることを理由として善意の第三者であつた被控訴人に対し僣称相続人となした前記の各契約並びにこれに基く各抵当権の設定登記の無効を主張することは許されない、と主張するので検討する。
(1) 登記の公信力を認めないことはわが不動産登記制度の原則であるから、本件土地について清水広幸が家督相続による所有権取得登記を経ていても同人が僣称相続人であることが審判の結果確定すれば、同人はかつて所有権を有したことはないことになるから、被控訴人がいかに同人を真実の所有者と信じて本件土地について抵当権の設定をうけてもそれは無効とする外なきこというまでもない(昭和四年四月二日大審院判決、民集八巻二三七頁参照)。
(2) かくては善意の第三者の保護を完うしえないとして、取引の安全迅速を重視する立場から、僣称相続人の相続不動産処分の無効を制限しようとし、民法第三二条の失踪宣告取消の場合に準じてことを解決しようとし、或はフランス判例法上確立された「共通的過失は権利を成す」の原則をわが国法にも適用すべしとする論もなされているが、これらはいずれも現行法の解釈論としては賛成しがたい。登記の公信力を認める制度ないしこれに類する制度(ドイツ法の相続証書)を採用するか、或は旧民法当時なされた相続法改正要綱「家督相続ノ回復前ニ相続財産ヲ取得シタル第三者カ善意ニシテ且ツ過失ナカリシトキハ回復者ハ其ノ取得ノ対価ニ相当スル金額ヲ弁済シテ其ノ財産ノ返還ヲ請求スルコトヲ得但財産取得ノ時ヨリ十年ヲ経過シタルトキハ此ノ限ニ在ラス」(遺産相続にも準用)の如き立法措置を講ずることによつて、始めて所論の目的を達しうることにならう。
(3) なお一言附陳するに、相続人は被相続人の法律上の地位を承継するといわれるが、それは具体的な権利義務だけでなく、契約上の地位とか意思表示の相手方たる地位等をも含む趣旨、すなわち、被相続人の「財産的な地位を包括的に承継する」意味でいわれるのであつて、被相続人の有した一切の法律上の地位ないし社会的道義的地位までも承継するものでないことは、多言をもちいない。本件の場合被相続人広人らのなした清水広幸を自己らの嫡出の長男とする届出は、国家の設けた戸籍制度に基き身分上の地位の確認を目的とする戸籍法上の届出という公法行為であつて、間接に将来財産上の権利義務に影響を及ぼすことが予想せられるにせよ、直接には私法上の取引につき広く一般第三者に対し同人を自己の相続人とする意思表示ないし財産上の地位の形成確認等の性質を有するものではない。したがつて法律上からみて、相続によつてかかる虚偽の届出をした被相続人の地位を承継すると解することはできない。一旦かかる届出をなしても後に自ら或は真正相続人から親子関係不存在ないし相続回復請求の訴を提起しうることは法の認めるところであり、右届出によつて推定相続人たる地位を取得した者又は遺産を相続したと信じた善意無過失の潜称相続人にとつては時として酷な結果(例えば遺産を考慮に入れて職業を選択し、事業を始めた如き)を招来することがあつても-このことは潜称相続人と相続不動産の取引をした善意の第三者と異るところはあるまい-、禁反言の法理によつて禁示されているのではないことからも自づから明らかである。
以上の次第で被控訴人が原審相被告清水広幸となした本件土地についての各抵当権設定契約及びこれに基づく控訴人ら主張の各登記は無効であるから、被控訴人に対し右登記の各抹消登記手続を求める控訴人らの本訴請求は理由があるから認容すべく、これを棄却した原判決は失当であるから取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中園原一 中村平四郎 亀川清)
目録
(1) 長崎市銭座町二丁目二六番の一
一、宅地 二〇坪七合一勺
(2) 同市同町二丁目二七番地の二
一、宅地 一三坪四勺
(3) 同市浜平町三四八番の一
一、畑 三畝二九歩 内九歩畦畔
(4) 同市同町三四九番
一、宅地 四五坪
(5) 同市同町三五〇番
一、宅地 九坪