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福岡高等裁判所 昭和33年(う)876号 判決 1958年11月05日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三十日を原判決の刑に算入する。

理由

弁護人諫山博の控訴趣意は、同弁護人提出の同趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一点について。

論旨は、原判示第一事実について、被告人は韓国人で韓国の麗水港で下船したのであるから「外国」において下船したことに当らないし、又船長と喧嘩して下船し、その後船長に勧められても乗船を肯じなかつたというのであるから「脱船」したことにもならない。若し船員が喧嘩して下船し再乗船を拒否することまで船員法第百二十八条第四号により刑罰で禁止するものであるなら、右規定は憲法第十三条、第十八条及び職業選択の自由換言すれば職業に就かない自由を保障する憲法第二十二条に違反するというのであるが、船員法第百二十八条第四号にいわゆる「外国」とは「船員の本国以外の地」の意ではなく、日本の施政権の及ぶ地域以外の地を指称するものであり、又「脱船」とは海員において雇入れ契約の期間の満了とか同契約の解約その他正当な理由なく主観的恣意的に契約関係を放棄して下船し若しくは帰船しないことをいうものと解するを相当と思料するところ、被告人は原判決認定のとおり日本船舶である第二竜王丸に事務長として乗船中、外国たる韓国麗水港において同船々長矢野浦太郎と喧嘩をし同人から殴打暴行を受けたことに立腹して擅に下船し、その後右矢野から帰船を懇請されたけれどもこれに応じなかつたというのであるから、船長との喧嘩が動機であるとはいえ、これを以つて第二竜王丸の事務長として就労する契約関係を破棄し得べき正当事由と認むべき何等の証拠がないので、結局被告人は「外国」において何等正当な理由なく主観的恣意的に第二竜王丸の事務長として就労すべき契約関係を放棄して帰船せず、即ち「脱船」したというべきであるから、正しく船員法第百二十八条第四号の場合に該当し、原判決には所論のような同法条第四号の解釈適用を誤つた違法はない。又、右規定は同法条第一号ないし第三号の場合と共に、海員労働が船舶という特殊な場所における特異な労働関係であることから、船内紀律、航海の安全等の公益上の必要に基き設けられた規定であつて、公共の福祉に添うものであり、かかる公共の福祉のための必要から特に海員の補充困難な「外国」において、而も正当な理由に基いて下船等をする場合でなく前説示のような「脱船」をした場合に限りこれを処罰することとしているのであるから、たとえ外国においても、正当な理由によつて下船し、又は帰船しない自由をも制限しようとしているものではなく、憲法第十三条及び第十八条に違反するものでないことは勿論、職業選択の自由を保障する憲法第二十二条第一項に牴触するところはないと思料する。従つて論旨はいずれも理由がない。

同控訴趣意第二点について

論旨は要するに、原判示第二事実について、被告人は千鐘海その者であつて、自己の船員手帳である千鐘海名義の船員手帳を所持して本邦に入国したものであるから、出入国管理令違反には当らないというのである。

よつて記録を調査するに、被告人の原審第四回公判における供述、司法警察員及び検察官に対する各供述調書、矢野浦太郎の司法警察員及び検察官(昭和三十三年四月九日附)に対する各供述調書並びに李東及び李任碩の各司法警察員に対する供述調書によると、被告人の戸籍簿上の氏名は「金正洪」であることが明らかである。尤も被告人の右各供述調書、河野キミ子の検察官に対する供述調書、法務省入国管理局登録管理官室作成の外国人登録調査書及び検察事務官作成の前科調書によれば、被告人は昭和二十二年十二月二十四日長崎地方裁判所厳原支部において関税法の罰則等の特例に関する勅令違反罪により懲役一年に処せられて服役出所後名前が悪いというような理由で「金春基」と変名し、その変名をもつて外国人登録手続をも了して爾来「金春基」とも名乗つていた事実が認められ、而して原審弁護人提出の戸籍謄本二通によると、「金春基」なる者が朝鮮の戸籍簿上実在し、同人は千喜植と養子縁組をなし、その後その名「春基」を「鐘海」と改名し「千鐘海」と称するに至つた事実が窺えるが、この「金春基」が被告人と同一人であることを認むるに足る証拠はなく、右のとおり「金春基」なる者が実在するとすれば、偶然被告人の変名と一致したのか、或いは被告人が故意にこの実在人の名を取つて自己の変名としたものではないかと推測せしめるに過ぎない。果して然らば、被告人は素より「千鐘海」ではなく、被告人が「千鐘海」名義の船員手帳を所持していたとしても、これを有効な被告人の乗員手帳ということのできないこと勿論である。この点につき被告人は司法警察員及び検察官(昭和三十三年四月九日附)に対する各供述調書において、韓国貿易船々員となり日本に入国するため船員手帳が必要となつたが、正式に韓国に入国したものでないので居住証明書も貰えず、又国外へ持出禁止となつているスクラツプを輸出するのであるから自分の本名が使えないので、漢徳号船主盧漢浦に頼み、千鐘海の戸籍謄本に自分の写真を添えて手続し、同人名義の船員手帳を貰つたものであると自供しており、千鐘海名義の船員手帳が不真正のものであることは、被告人自身が最も良く知悉していたところである。従つて論旨も亦理由がない。

同控訴趣意第三点(量刑不当)について。本件記録及び原審で取調べた証拠にあらわれた本件犯罪の動機、態様その他諸般の情状を考究し、なお所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑の量定は相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用しない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし、なお刑法第二十一条、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 木下春雄 内田八朔)

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