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福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)719号 判決 1961年1月11日

控訴人(附帯被控訴人第一審被告) 国

訴訟代理人 中村盛雄 外三名

被控訴人(附帯控訴人第一審原告) 行方成佶 外一四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人等(附帯控訴人等)に対し別表第二記載の各金員を支払え。

右控訴人等のその余の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用はこれを八分し、その一を被控訴人等(附帯控訴人等)の、その七を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴(附帯被控訴、以下単に控訴という)代理人は控訴につき「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」旨の判決を、附帯控訴につき附帯控訴を棄却する旨の判決を求め、被控訴(附帯控訴、以下単に被控訴という)代理人は控訴につき主文同旨の判決を求め、附帯控訴につき「附帯被控訴人は附帯控訴人等に対し、それぞれ別表第一記載の金員を支払わねばならない。附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  被控訴代理人において

(一)  被控訴人等は控訴人に雇用されていた労働者であるが、昭和三一年一月二〇日附で出勤停止になり、さらに同年七月一〇日附で解雇された。しかし右処分はいずれも無効であるから、被控訴人等は控訴人に対し賃金請求権を有しており、昭和三一年九月一日より現在まで控訴人は同日現在の給与基準にしたがつて諸給与を支給して来た。

(二)  しかしながら、被控訴人等の給与は「アメリカ合衆国軍隊による日本人および日本国に居住する他国人の日本国内における使用のための基本労務契約」にもとづいて支給されることになつていて、右基本労務契約の内容は昭和三一年九月一日以降現在まで次のとおり変更されている。

(1)  昭和三二年四月一日より全労務者について基本給が六・二パーセント増額された。

(2)  昭和三二年一月一日以降全労務者については昇給額二〇〇円が三三〇円に改訂された。

事務系労務者で昭和三二年一月一日前に枠外昇給している労務者については四月一日附で二〇〇円の昇給額と三三〇円の昇給額との差額昇給が認められた。被控訴人中吉村孝雄、福元邦子、大津山宏、荒木昭男、井上富士男、坂本東吉、鳥井敬之、川満礼子が右事務系統労務者である。

(3)  昭和三二年七月一日より技能工系統労務者について月額三三〇円の枠外昇給が認められた。

(4)  昭和三一年度の年末手当支給額が在籍六ケ月以上の全労務者について給与月額の一一五パーセントから一六五パーセントに変更された。

(5)  昭和三二年度の年末手当支給額が在籍六ケ月以上の全労務者について給与月額の一六五パーセントから一八〇パーセントに変更された。

(6)  昭和三三年度以降の年末手当支給額が、在籍六ケ月以上の全労務者について、給与月額の一八〇パーセントから一九〇パーセントに変更された。

(7)  昭和三一年一月以降の夏期手当支給額が、在籍六ケ月以上の全労務者について給与月額の五〇パーセントから七五パーセントに変更された。

以上(1)ないし(7)の昇給もしくは手当支給額の増加は、控訴人のなした出勤停止及び解雇が無効であつて被控訴人等が控訴人の従業員として取扱われる限り当然支給を受くべきものであり、これらの昭和三一年九月一日以降昭和三四年一月三一日までの(1)ないし(7)の諸給与を被控訴人各別に計算した額は別表第一「未受領給与額」欄記載の金額となる。よつてこれが支払を求める。

(三)  控訴人の「賃金支払義務なく、仮りにあるとしても平均賃金の六割を支払えば足り」したがつて本件請求金額は理由がないとの主張は否認する。控訴人のなした出勤停止・解雇処分は不当労働行為であり、これは直接的には米国駐留軍によつて行われたとしても、控訴人の機関又は履行補助者の地位にあつてなしたもので控訴人のなした無効な処分に外ならず、賃金支払義務あるこというまでもない。また、かかる不当労働行為によつて被控訴人等が就労できないのは「駐留軍の都合により労務者を休業させた場合」に該当せず本件は労働基準法二六条の休業ではなく、民法五三六条二項の適用を受くべき場合に該当するから賃金全額を支給すべきである。

(四)  昇給規程で、六ケ月以上満足すべき勤務をした者について昇給させるようになつていることは控訴人主張のとおりである。しかし被控訴人等は就労の意思を有し、就労の申入を行つていたのであるから、被控訴人等が勤務できなかつたのは民法五三六条二項に該当する。したがつて被控訴人等は定期昇給分についても控訴人の有責行為により得べかりし利益を喪失したものとしこれが支給を受ける権利を有する。なお、就労している労務者については昇給時期に例外なく昇給が行われて来た事実に徴しても明らかである。

(五)  本件請求の基礎としている給与月額の中には有給休暇手当も含めているが、板付空軍基地における米国駐留軍労務者に対しては過去及び現在に亘つて有給休暇を賃金に換算して有給休暇手当として支払つていたものであり、請求金額は各被控訴人の過去六ケ月の平均賃金を基礎として算出したものであるから、受べかりし損害として請求する権利を有する。

二  控訴代理人において

(一)  被控訴人等の給与がその主張の如き基本労務契約によつて支給されていること、その主張の如き基本給の増額、手当額が変更されたことは認める。

(二)  しかし、被控訴人等主張の如く吉村孝雄外八名が事務系統労務者として昇給額の支給を受け得べきであつたこと、技能工系統労務者の昇給の点についての主張は否認する。昇給規程によると、六ケ月以上満足すべき勤務をしたものについて昇給させることになつているが、国は解雇者については満足すべき勤務かどうかの認定をなしえない。よつて被控訴人等は昇給額請求の債権を有しない。

(三)  控訴人は被控訴人等に対し賃金支払義務が全くない。民法五三六条二項の反対解釈として、雇傭契約において使用者の責に帰すべき事由がない限り労働者は反対給付すなわち賃金給付請求権を有しない。ところで、債権者の責に帰すべき事由とは、一般に債権者の故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由と解されているから、かりに使用者において有効と信じた解雇が裁判所で無効とせられたとしてもそのことの故に当然使用者について責に帰すべき事由があるとはいえない。すなわち使用者が解雇を有効と信ずるについて相当の理由があり、且つ、これを信ずるについて過失がなく、その他信義則上非難さるべき事情のない限り使用者の就労拒否についてその責に帰すべき事由があるとはいえない。本件においては、控訴人は原審で陳述したような事情で被控訴人等をいわゆる保安解雇したのであつて控訴人と在日米軍との関係、保安解雇の性格、保安解雇の適法性、その他本件保安解雇をめぐる従来の控訴人の主張に徴すれば、控訴人が被控訴人等に対する保安解雇を有効であると信ずることはけだし当然であり、かく信ずるにつき過失はないものというべきである。したがつて控訴人には保安解雇以降の賃金支払義務はない。

(四)  かりに右主張が容れられないとしても、控訴人は被控訴人等に対し平均賃金の六割(昭和三二年一〇月一日以降は正規に勤務した場合に支給すべき給与の一〇〇分の六〇)についてのみ支給義務を負うにすぎない。本件保安解雇当時の労務基本契約によれば駐留軍労務者に対する給与については駐留軍事務系統労務者給与規程及び駐留軍技能工系統労務者給与規程によることとされていて、その各規程には、駐留軍の都合により労務者を休業させた場合一日につき平均賃金の六割に相当する休業手当を支給する。平均賃金の算定については労働基準法の定めるところによるとの条項があり、昭和三二年一〇月一日締結発効した新労務基本契約によると、労務者が米国政府の都合により正規の所定勤務時間中に勤務することを許されない場合には、正規に勤務した場合に支給すべき給与の一〇〇分の六〇を支給するとの条項がある。すなわち、駐留軍労務者は、基地の都合上就労せしめられない場合のみならず、特定の労務者について生じた事由に基き就労せしめられない場合でも、これらの条項によつて平均賃金の六割(昭和三二年一〇月一日以降は正規に勤務した場合に支給すべき給与の一〇〇分の六〇以下同じ)についてのみ控訴人に対し金員給付請求権を有するにすぎない。このことは昭和三二年九月三〇日まで存続した全駐留軍労働組合との労働協約によつて確認されている。被控訴人等はいずれもいわゆる保安上の理由により解雇され、基地から排除されて就労せしめられないのであるから、保安解雇が無効とされた場合にあつても右にいわゆる休業にあたり、右以降は控訴人は平均賃金の六割に相当する金員についてのみ被控訴人等に対し給付義務を負うにすぎないというべきである。

もつとも、右の休業手当に関する各規程は労働基準法二六条と同趣旨のものであつて、これら各規程は民法上使用者の責に帰すべき事由による履行不能として賃金全額の支払義務ある場合につき、特に労働者の賃金請求権を六割に減額してその権利を労働者に不利益に制限したものとは考えられない、との見解も一応は考えられるが、右見解は以下述べる理由により正当ではない。いわゆる間接の雇傭形式による駐留軍労務者に対する一定の給与、その他特定の管理費は、一旦日本国政府において当該請求権者に支払うが、基本契約(旧三条、新四条)によりこれらにつき日本国政府は米国より補償を受けることとされている。日本国政府は形式上雇主として労務者と雇傭契約を締結しているけれども、実質上の雇主は米国であつて雇傭契約に伴う費用はすべて終局的には実質上の雇主たる米国が負担することとされている。したがつて間接雇傭形式による労務者は日本国政府が米国から補償を受ける範囲の諸給与を所定の手続にしたがつて支払を受けるにとどまり、右以外についてはなんらの請求権を有しないのである。この点を明確にしたのが前記の休業手当に関する規程であつて、右の範囲内にあつては日本国政府は米国から補償を受けるけれどもこれを超える部分については米国から補償を受け得ない。したがつて右のいわゆる休業にあたる以上、労働基準法二六条、民法五三六条の規定にかかわらず、前記の休業手当以上の給付義務を負わない。

(五)  被控訴人等請求の金額中には算出の基礎として有給休暇手当も算入しているが、被控訴人のうちには従来有給休暇をとつて右手当を貰つていなかつた者もあり、また満足すべき勤務をしていないのであるから、右手当の算入は不当である。なお、算定の基礎としては、保安解雇当時の基本給、扶養手当、勤務地域手当、語学手当、臨時手当並びに月額として支給されていた特殊作業手当及び夜勤給の限度に止まるべきで、前記有給休暇手当、勤務時間に応ずる特殊作業手当、時間外手当、軍休出勤加給等(被控訴人等はこれらを含め請求している)は現実に勤務していない被控訴人等は請求権を有しない。

三  新しく提出援用認否の証拠関係<省略>

理由

控訴人が被控訴人等に対しなした昭和三一年一月二〇日附出勤停止及び同年七月一〇日附解雇の処分がいずれも無効であることについての当裁判所の判断は原判決理由の示すのと同一であるからこれを引用する。

よつて附帯控訴による賃金支払請求について判断する。控訴人と被控訴人等間には、前記認定の如く、出勤停止・解雇の処分が無効であるから雇入契約・雇用関係が存続する。しかして被控訴人等が出勤停止・解雇処分後も所定の労務を提供しているにかかわらず、米駐留軍がこれが受入れを拒否し、結局控訴人がこれを拒絶しているため、被控訴人等が就労しえないことは当審証人大井重信の証言及び口頭弁論の全趣旨により認められる。

控訴人が被控訴人等の就労を拒否する原因はさきに認定したように被控訴人等の正当な組合活動を嫌悪しこれを抑圧するにあつて、その藉口する米駐留軍の保安上の理由によるものでなく、保安上の理由が存在することについては、これを首肯するに足る事実が認められない以上、控訴人はその責に帰すべき事由によつて被控訴人等の債務の履行を不能ならしめているから、被控訴人等は控訴人の従業員としての地位に基く賃金支払請求権を有するものといわねばならない。控訴人はこの点につき故意又は過失等就労拒否につきその責に帰すべき事由はないと主張するがこれを認めるに足る証拠は存しない。

しかして、被控訴人等が、出勤停止、解雇処分がなかつたならばその受けるべき昭和三一年九月一日以降昭和三四年一月三一日までの賃金の額は、成立に争ない甲第三二号証、第三三号証の一ないし五、七ないし一五、一七により別表第二の金額になることが認められる。

被控訴人等は、右の賃金額を別表第一の如く主張するけれども、右の額のうちには定時昇給すべき額その他をも含まれていると推認されるところ、定時昇給は控訴人のなす賃金増額の意思表示をまつて始めて実現するもので、かかる行為が存在しない以上、当然に昇給したものとしてその額が雇用に基く賃金額に包含せしめらるべきものではない。その他、全立証を検討しても、別表第一の賃金額を認めるに足る証拠は存しない。

控訴人は被控訴人等が本件出勤停止、解雇処分が無効とすればその受くべき賃金は、平均賃金の六割(昭和三二年一〇月一日以降は正規に勤務した場合に支給すべき給与の一〇〇分の六〇)と主張する。なるほどその主張のように、駐留軍事務系統労務者給与規程、駐留軍技能工系統労務者給与規程によると「駐留軍の都合により労務者を休業させた場合」にはさような額が支給さるべきことが成立に争なき乙第二四号証により認められるけれども、本件の場合は被控訴人等は解雇処分に附せられたもので、駐留軍の都合によつて休業させられた場合に該当するものでないから、右規程を適用すべき場合に該当しないと判断するのが相当であり、被控訴人等の如き間接雇用の形式による労務者に対する給与についての米国と控訴人間の取極めがその主張の如くであつたとしてもそのことの故に被控訴人等の前記賃金請求権が拘束され縮少されるものと解するのは相当でない。なお、控訴人は予備的に、賃金全額の支払義務が存するにしてもその賃金算定の基礎については、当裁判所が前段に認定した額と異るものがある旨主張するが、当裁判所が認定の資料とした甲第三二号証、甲第三三号証の一ないし一七(但し、六、一六を除く)と対比し、右主張を裏付けるに足る資料は存しない。

よつて被控訴人等の附帯控訴による請求は別表第二の限度で認容するに足り、その余の部分は理由なく棄却すべく、本件控訴は理由がない。

そこで民事訴訟法三八四条を適用し、訴訟費用につき八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 鹿島重夫 小川宜夫)

(別表省略)

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