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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)750号 判決 1962年2月27日

控訴人 初田工業株式会社

右代表者代表取締役 初田健治

右訴訟代理人弁護士 塩見利夫

被控訴人 竹山松五郎

右訴訟代理人弁護士 清水正雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「原判決添付目録記載の宅地について、控訴人と被控訴人の間になされた昭和三二年八月三〇日附商品取引契約に基づく根抵当権設定契約が無効であることを確認する。同目録記載の農地(田二筆・畑七筆)について、根抵当権実行のためなされた控訴人申立による競売手続が無効であることを確認する。同目録記載の農地が、被控訴人の所有であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、左記諸点のほか、原判決の事実欄に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人の主張。

被控訴人が抹消を求めている本件宅地並びに農地を対象として設定された根抵当権の設定登記は、右宅地については他の抵当権者から農地については控訴人から、それぞれ抵当権実行のため競売申立がなされ競売手続が実施された結果、宅地に関しては原審係属中の昭和三四年二月九日福岡法務局西新出張所受付第一、七一二号同年一月二七日の競落許可決定により訴外光安新一郎に所有権移転登記がなされ、次で同年二月一八日同出張所受付第二、二二八号同月一〇日売買により訴外中林商事株式会社に所有権移転登記が経由されており、又同目録記載農地については、同年九月四日競落許可決定があり、同月二二日、田二筆は訴外船越復生に、その他の畑七筆は、訴外安武昭に、それぞれ所有権移転登記が経由され、根抵当権設定登記は既に抹消されている。従つて右根抵当権設定契約の無効確認を求める利益はなく、又既に完結した競売手続の無効を主張することはできないものである。

控訴会社は、本件抵当権設定に際しては当時福岡出張所長をしていた奈良禎三をして現地に臨み担保価値など調査せしめた上、取引に支障ないものと認めて被控訴人から担保提供を受けたのであるから、仮りに訴外瀬戸山嵬に代理権限がなかつたとしても、被控訴人の白紙委任状、印鑑証明書、土地権利証などが同訴外人を介して交付され、現地において前記奈良禎三出張所長が被控訴人と面談している点からみて、控訴人側に同訴外人に代理権ありと信ずるにつき、過失はない。

二、被控訴代理人の主張。

控訴代理人主張のような経過で根抵当権設定登記の抹消登記手続が現在なされていること、及び本件宅地並びに農地がそれぞれ控訴人主張の訴外人等に所有権移転登記が経由されていることはこれを認める。

しかし、被控訴人は控訴会社との間に根抵当権設定契約を結んだことはないのであつて、右は全く訴外瀬戸山嵬が被控訴人の印影権利証などを冒用して被控訴人名義の抵当権設定契約書を偽造した違法行為によるものであるから、無効な行為であるといわねばならず、仮りに控訴人主張のような表見代理行為が成立するとしても、控訴人には原判決が説示しているような過失があるから、その保護を受くべき筋合でない。従つて無効な抵当権設定行為に基づく抵当権実行により競売手続が実施されたとしても、被控訴人はその所有権を喪失する謂れはないのであるから、被控訴人は控訴会社に対し、右宅地に関しては、根抵当権設定契約の無効確認を、その他の農地に関しては、無効な根抵当権設定契約に基づく抵当権実行による競売手続の無効確認を求めると共に、同農地が依然として被控訴人の所有に属することの確認を求めるものであつて、当審においては、請求の趣旨を右のように変更して本訴請求を維持する。

三、証拠≪省略≫

理由

原判決添付目録記載の宅地並びに農地は、元被控訴人の所有であつたところ、宅地に関しては、控訴人以外の抵当権者から競売申立がなされ競売手続実施の結果、昭和三四年一月二七日競落許可決定により訴外光安新一郎に所有権移転登記が同年二月九日経由され、次で同月一〇日売買により訴外中林商事株式会社に所有権が移転し同月一八日その旨の登記がなされたこと、更に同目録記載の農地に関しては、控訴人よりなされた抵当権実行による競売申立の結果、昭和三四年九月四日競落許可決定があり、田地二筆に関しては訴外船越復生に、畑七筆に関しては訴外安武昭にそれぞれ同月二二日所有権移転登記が経由されていることは、いずれも本件当事者間に争いのない事実である。

控訴人は、右宅地並びに農地を目的として担保提供者である控訴人と債権者である被控訴会社との間になされた昭和三二年八月三〇日附商品取引契約に基づく根抵当権設定契約(債権元本極度額金一六五万円、債務者訴外万和産業株式会社)は、控訴人の全く関知しないものであつて、無効な行為であると主張し、仮りに控訴人主張のように訴外瀬戸山嵬の表見代理行為によるものであるとしても、被控訴本人の真意を確かめることなく、時価二〇〇万円以上の不動産に右訴外人を介して根抵当権設定行為に及んだのは、非常識な行為であつて、専ら控訴会社の過失によるものといわねばならないから、その保護を受くべき限りでないと主張する。そこで審按してみるのに、先ず原判決添付目録記載の不動産のうち、宅地に関しては、成立に争いのない乙第六号証の一(登記簿謄本)によれば、一番抵当権者である訴外平田清登から任意競売の申立があり、昭和三二年一〇月九日競売開始決定(同月一二日登記)、昭和三四年一月二七日訴外光安新一郎に競落許可決定があり、その結果控訴人を債権者とする本件根抵当権設定登記は既に抹消されているのであるから、控訴人が該担保物件により配当を受けた金額の返還を求めるなら格別、単に過去になされた抵当権設定契約の無効確認を求める請求は即時確定の利益がないので、既にこの点において失当として棄却を免がれない。次にその余の農地に関し、控訴人の申立による競売手続の無効確認を求める請求に関しても、右競売手続は既に完了して、訴外船越復生及び同安武昭にそれぞれ競落許可決定による所有権移転登記手続が経由されていることは、本件当事者に争いのないところであるから、過去の事実に関し無効宣言を求めるにすぎないのであつて、斯様な請求も亦許さるべき限りでない。従つてこの部分も亦失当である。しかのみならず本件根抵当権設定契約が有効であることは後段認定のとおりであるから、右各請求はいずれの点よりしても排斥を免れないものである。次に進んで本件農地(田二筆・畑七筆)につき依然として被控訴人の所有に属することの確認を求める請求については、被控訴人において控訴人が競売を実行した根抵当権設定契約が無効であると主張し、控訴人はこれを有効であると極力抗争するので、登記簿上既に第三者たる訴外人に移転登記がなされているけれども、控訴人との関係が先決的に確定されねばならないから被控訴人においてこれが確認の利益を有するものといわねばならない。そしてこの点に関しては、成立に争いのない乙第三号証の一乃至三≪省略≫を合せ考えれば、被控訴人はかねて本件不動産を担保として他から金融を得度いと念願していたところ、偶々訴外楢崎貴仁及び同瀬戸山嵬と知り合い同訴外人等に対しこれを依頼した結果、同訴外人等は控訴会社から農機具並びに噴霧機等の商品を株式会社万和産業名義で買い入れ、右商品の売捌きによつて自己の金融を得ようと図り、被控訴人より提供された本件担保不動産を他の物件と共に控訴会社との取引に対する担保としてこれに根抵当権を設定するに至つたものである。而して被控訴人が右瀬戸山に対し本件不動産を担保に他から融資を受けることを依頼し、同訴外人に対し右手続についての代理権を授与した事実並びに被控訴人が同人に白紙委任状印鑑証明書権利証を交付した事実は被控訴人の自認するところであり、前顕各証拠によると右白紙委任状その他の書類は瀬戸山から控訴会社九州営業所長奈良禎三に交付され、同人は瀬戸山が本件根抵当権設定契約をなす権限を被控訴人より授与されているものと信じ、同人との間に右設定契約を締結したものであることが認められ、被控訴人は右白紙委任状等を瀬戸山に交付することによつて、控訴人に対し本件根抵当権設定契約をなす代理権を同人に附与したことを表示したものといわなければならない。よつて控訴人側に瀬戸山を代理人と信ずるにつき過失があつたか否かにつき検討するのに前示証拠によると控訴会社の九州営業所長であつた右奈良禎三は前記担保物件の現地調査を遂げ、被控訴人とも面接した上これに抵当権設定の上取引することとなることを告げ、又乙第一号証(根抵当権設定契約書)同第二号証(代物弁済予約証書)は控訴会社が予め司法書士に作成して貰つて楢崎を介して被控訴人に示し、被控訴人はその娘婿である牧山勇雄をしてこれに被控訴人名を記名捺印せしめたものであること、更に本件農地に関しては既に控訴会社に優先する担保権が設定されていたのであつて、被控訴人は不動産を担保として金融を受けるに際し履践さるべき手続に関しても経験者でこれを知悉していたことが推認されるばかりでなく、控訴会社に優先する担保権者があるので実質的担保価値は比較的僅少であつたことをそれぞれ認めることができる。右認定に反する原審証人牧山勇雄の証言、原審並びに当審における被控訴本人の供述部分は、当裁判所の措信しないところで他に右認定を妨げる証拠はない。

以上認定の事実関係に徴すると控訴会社に本件根抵当権設定契約に際し過失があつたものとは認め難く、当裁判所は、控訴会社と被控訴人との間の本件根抵当権設定契約は、民法第一〇九条の規定によつて有効であると判断する。さすれば本件農地は適法な競売手続により競落人の所有に帰したものであるから、被控訴人の所有であることの確認を求める右請求も失当といわなければならない。

しかるに、原判決は以上と見解を異にし、控訴人の本件根抵当権設定契約はすべて無効として根抵当権設定登記の抹消登記手続を命じているのであるから、民事訴訟法第三八六条によつて取消を免かれないものといわねばならず、被控訴人の本訴請求は総て失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、同法第八九条第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中園原一 裁判官 厚地政信 原田一隆)

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