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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)379号 判決 1963年7月17日

控訴人 株式会社喜多村石油店

右代表者代表取締役 喜多村広利

右訴訟代理人弁護士 江口繁

被控訴人 国

右代表者法務大臣 中垣国男

右指定代理人 高橋正

外二名

主文

一、(一)原判決中不動産の譲渡行為を取消した部分をつぎのとおり変更する。

(二)訴外唐津タイヤー再生工業株式会社が昭和三二年二月一日頃原判決別紙(一)の不動産につき、控訴人に対しなした譲渡行為は金三〇万円につきこれを取消す

(三)被控訴人のその余の請求を棄却する

二、その余の控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じ、これを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外会社がその所有の原判決末尾の別紙(一)の不動産(以下本件(一)の不動産と書く)及び同(二)の動産(以下本件(二)の動産と書く)を、控訴人に対して負担する債務の代物弁済として控訴人に譲渡し、この代物弁済に基ずいて、右(一)の不動産について、訴外会社から控訴人に対し、昭和三二年二月一日佐賀地方法務局受附第四八九号をもつて所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がなく、また≪証拠省略≫訴外会社は、昭和三二年一月二五日の更正決定(翌二六日発付し同日訴外会社に送達)により、(1) 昭和二八年度法人税本税九七、七三〇円、この法定納期限昭和二九年五月三一日、過少申告加算税四、八五〇円、利子税及び延滞加算税三二、二六〇円、(2) 昭和二九年度法人税本税一一七、〇〇〇円、この法定納期限昭和三〇年五月三一日、過少申告加算税五、八五〇円、利子税及び延滞加算税三八、九〇〇円、(3) 昭和三〇年度法人税本税三一五、五二〇円、この法定納期限昭和三一年五月三一日、過少申告加算税九、六五〇円及び重加算税四一、五〇〇円計五一、一五〇円、利子税及び延滞加算税二三、二三〇円、以上(1)から(3)までの合計六八六、四九〇円の、改正前の国税徴収法第六条の納期日を昭和三二年二月二六日(当時施行の法人税法第三三条参照)とする国税債務を負担していたことが認められ、これに反する証拠はない。

二、よつて訴外会社の控訴人に対する前示代物弁済による動不動産の譲渡が、改正前の国税徴収法第一五条の規定により取消しうるか否かについて判断する。

(一)  ≪証拠省略≫訴外会社は昭和二六年頃以来継続して控訴人からタイヤ類購入の売買取引をなしてきたところ、昭和二八年頃から経営不振におち入り、同年暮頃からつぎつぎに支払手形の不渡を生じ、昭和三〇年三月末には、控訴人に対し金一、五〇八、八四九円の支払債務を負担するにいたり、これが支払も殆んど困難の事情に立ちいたつたので、この取引上の債務を担保するため、昭和三一年二月一〇日工場抵当法第二、三条の規定により、本件(一)の不動産及び同(二)の動産と当時訴外会社の代表取締役であつた藤田茂外数名の共有にかかる唐津市千代田町二、五八三番地の一九宅地五〇坪(以下本件宅地と略記する)の六分の五の持分(訴外藤田武の持分六分の一を除くその余の六分の五の持分をいう)につき持分権者を物上保証人とし、右(一)(二)の不動産、動産及び右共有持分を共同担保となし、債権元本極度額一五〇万円の根抵当権を控訴人のために設定し、昭和三一年三月九日その旨登記を経由したが、昭和三二年二月一日頃(同年一月末日頃)控訴人の訴外会社に対する債権額は前示昭和三〇年の金一、五〇八、八四九円をはるかに越える金二、四〇九、二一四円となつたので、このうち金二〇〇万円の代物弁済としてその頃控訴人が右共同抵当物件の譲渡を受け、本件(二)の動産については引渡しを受け、前示のとおり同年二月一日控訴人に対し本件(一)の不動産及び本件宅地中の共有持分について所有権移転・持分移転登記をなした上、同年二月二七日右不動産、共有持分並びに前示(二)の動産を訴外会社に賃貸し、翌二八日には従来の継続的売買取引を、委託者を控訴人とする委託販売取引に改訂して昭和三三年六、七月頃まで訴外会社との間に取引を継続してきたこと、現在なお控訴人は訴外会社に対し二、〇三六、〇一四円の取引上の債権を有することが認められる。この認定に副わない証拠は採用しない。

(二)  ≪証拠省略≫訴外会社は法人税の申告について、昭和二八、二九年度は損失、同三〇年度は無所得の旨各申告したが、右申告について所轄徴税庁において昭和三二年一月頃調査の結果、右各年度の法人税につき同年一月二五日更正決定がなされ、前認定のとおり翌二六日訴外会社に同決定が発付通知されて納期日を同年二月二六日に指定されたこと、ところで当時訴外会社は経営不振で控訴人に対し前示のとおり二百数十万円の債務を負担していたが、本件(一)(二)の不動産・動産以外には見るべきなんらの財産はなく、債務弁済の資力とてなかつたところ、昭和三二年一月末頃右更正決定のあつたことを聞知した控訴人は、訴外会社が納税不可能の状態にあることを知悉していたので、そのまま放置すれば結局近く滞納処分がなされるものと思い、かつ前示根抵当権の目的たる建物と宅地については後記三に認定のとおり控訴人に優先する訴外佐賀銀行の債権元本極度額五〇万円(債権額四〇万円)の第一順位の根抵当権が存在し、同銀行において競売を申立てる気配があることを聞知し、もし滞納処分が執行されると国税債権は後記四のとおり自己の前示取引上の債権に優先し、同債権の満足を得られなくなることを憂え、訴外会社の代表者藤田茂と合意の上訴外会社及び控訴人は、前示国税の滞納処分による差押を免れるため、国税債権を害することを知つて、前認定のとおり本件(二)(一)の動、不動産を控訴人に代物弁済として譲渡し、不動産については前示の所有権移転登記をなし、動産については引渡を終えたこと、甲第三号証は右所有権移転登記経了後の昭和三二年二月一〇日に作成されたもので、代物弁済契約の日附を更正決定前の同年一月一九日に故意にさかのぼらせて作つたものであること(若し真に甲第三号証が同号証に記載のとおり昭和三二年一月一九日に作成されたものとすれば、甲第一二、一三号証の登記申請書には、特段の事情のないかぎり登記原因を証する書面として甲第三号証が添付され登記済証となつたはずであるのに、甲第一二、一三号証には、登記原因を証する書面が初めから存在しないから申請書副本を添付する旨記載してあるし(不動産登記法第三五条第一項第二号、第四〇条参照)、また甲第一二号証に各添付の委任状二通の日附、控訴会社の登記簿抄本の日附、訴外会社代表者藤田茂の印鑑証明書の日附は、いずれも代物弁済が昭和三二年一月一九日になされたと見るには極めて不自然なものばかりである。)の各事家が認められる。≪証拠の認否省略≫

(三)  そうすれば、本件代物弁済契約による前示(一)(二)物件の譲渡行為は、改正前の国税徴収法第一五条にいう所の、滞納処分を執行するに当り、滞納者(本件において訴外会社は、前示一の認定によつて明らかなように、昭和三二年二月二六日の経過をまつことなく、昭和二八年度の国税については、昭和二九年六月一日より、昭和二九、三〇年度の国税については、昭和三〇年六月一日より滞納者というべきである。)財産の差押を免れるため故意にその財産を譲渡したる場合に該当し、譲受人たる控訴人において譲受け当時その情を知悉していたときに当ることが明白であるから、政府(国)は後記の限度で右譲渡行為の取消しを訴求しうるものといわなければならない。

三、≪証拠省略≫訴外佐賀興業銀行(現在の佐賀銀行)は本件(一)の不動産について、訴外会社を債務者とする昭和二六年一二月一一日の債権元本極度額五〇万円の根抵当権設定契約に基き、即日その登記を了し、昭和二八年六月二三日訴外会社に対し金四〇万円を貸付けたが、訴外会社はその元本の返済をしないで手形の書替えを繰り返して昭和三二年一月末頃にいたり、前認定の本件(一)(二)の不動産・動産の譲渡当時も依然金四〇万円の債権が存在していたこと、控訴人は昭和三二年三月二六日訴外会社、訴外銀行と合意の上、同月から昭和三三年二月二七日までの間、前後一〇回にわたり法定代位弁済し、昭和三四年三月五日に同三三年三月五日の解約を原因として、佐賀銀行の前示根抵当権の登記の抹消登記をなしていることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、以上の認定によれば、訴外銀行の根抵当権は本件国税の納期限より一ヶ年前にあることが公正証書をもつて証明された場合に当るから、同根抵当権によつて担保される債権額四〇万円は、本件国税に優先することが明らかである。そして、改正前の国税徴収法第一五条は、滞納者の財産の譲渡行為を取消してこれを回復し、もつて国税債権の満足を目的とするものであるから、同条の規定によつて取消しうべき譲渡行為の目的物の上に、国税に優先する登記ある抵当権附債権が存在する場合は、同条による取消権は、民法第四二四条の規定による取消権の対象が譲渡行為であつて、譲渡不動産上に登記ある抵当権附債権が存在する場合と同様に、譲渡行為の目的物の譲渡当時の価額から抵当債権額を控除した残額の部分にかぎつて許され、譲渡行為自体につきその全部の取消しを請求し得ず、また取消の目的物が一個の不動産の譲渡行為で不可分のものと認められるときは、取消し債権者である国は一部取消しの限度で、かつ、特段の事情のないかぎり、譲渡行為時における価格の賠償を求めるの外はないと解するのが相当である。(民法第四二四条に関する昭和三六年七月一九日大法廷判決参照)されば右の限度並びに範囲を越えて譲渡行為自体につきその全部の取消しを求める被控訴人の請求は、その超過部分に関するかぎり失当であつて排斥を免れない。

四、つぎに控訴人は、更正決定による訴外会社の国税の納期日は、控訴人が前示極度額一五〇万円の根抵当権を取得した昭和三一年二月一〇日より一年以上の後に到来する日であるから、改正前の国税徴収法第三条の法意に照らし、同根抵当権によつて担保される債権額金一五〇万円の限度では、国税債権に優先し、また本件(二)(一)の動・不動産の価格が金一五〇万円以下であることは、被控訴人も自認するところであるから、同物件を金二〇〇万円の代物弁済として譲受けた行為は、取消し得べきでないと主張する。しかし、前示甲第四号証の一、二、第一〇号証によれば、控訴人が主張の根抵当権設定登記をなした日時は、昭和三一年三月九日であることが明らかであり改正前の国税徴収法第三条の「納税人ノ財産上ニ抵当権ヲ有スル者ソノ抵当権ノ設定ガ国税ノ納期限ヨリ一箇年前ニアルコトヲ公正証書ヲ以テ証明シタルトキ」というのは、抵当権者が抵当物件について国税に対し優先権を主張するには、第三者に対する対抗要件である抵当権設定登記の日が国税の納期限の一ヶ年前であることを必要とする主旨で、たとえ抵当権設定の日が国税の納期限の一年前であつても、その対抗要件である抵当権設定登記の日が国税の納期限前の一年以内である以上同抵当権はその国税に優先するものではないから、右第三条を援いて控訴人の抵当権が国税に優先するものとし、この優先権あることを前提とする控訴人の主張は採用のかぎりでなく、また、控訴人がその主張するように時価をはるかに超過する金二〇〇万円という高い価格で本件物件を代物弁済として取消し、その反面控訴人の訴外会社に対する二〇〇万円の債権が消滅したとしても、右の債権の存在をもつて国税に対抗し得ないものである以上、国が代物弁済という譲渡行為を取消すことを妨げないのは当然である(ただし、本件においての取消しの限度範囲については前説示のとおりである)。

五、さらに控訴人は原判決の控訴人の主張四記載のとおり控訴人の訴外会社に対し有する債権は新国税徴収法附則第五条第二項、同徴収法第一六条により国税債権に優先するので、新国税徴収法施行後は、本件代物弁済による譲渡行為は、取消しうべきでないと主張する。

しかし、前示附則第五条第二項新国税徴収法第一六条の規定は、新法施行時に登記ある抵当権附債権が存在することを前提して、新法の施行された昭和三五年一月一日以後に強制換価手続による配当手続が開始される場合について適用されるもので、すでに代物弁済によつて抵当権附債権が消滅し、かつ、甲第一〇号証により明らかなように抵当権設定登記も抹消登記された上、後記七説示のとおり、本件(一)の不動産は訴外蛇の目ミシン工業株式会社に売却されて、すでに所有権移転登記されている本件のごとき場合にまで適用されるものではないので、控訴人の右主張はすべてその前提を欠き理由がない。

六、控訴人は被控訴人の本件取消権の行使は、権利の濫用であると主張するが、控訴人に対する訴外会社の譲渡行為が取消し得べきものである以上、被控訴人が取消権を行使するのは特段の事情のないかぎり権利者の正当な権利の行使であつて、これをもつて直ちに権利の濫用であるとすることはできないし、本件において、被控訴人のなす取消権の行使をもつて権利の濫用であるとすべきなんらの事情も存しないから、控訴人の主張は理由がない。

七、以上の説示によつて明らかなとおり、前認定の国税債権の範囲内で、かつ前示三説明の限度において、訴外会社の控訴人に対する本件(二)(一)の動・不動産の譲渡行為は取消しを免れない。ところで≪証拠省略≫本件(一)の不動産は昭和三四年三月一〇日控訴人から蛇の目ミシン工業株式会社に、また本件(二)の動産のうち、原判決別紙(三)の動産は、昭和三三年八月三〇日訴外株式会社筑豊ゴム工業所にそれぞれ売却され、右(二)の動産のうちその余の物件は現在すでに滅失して存在しない事実が認められ、また、国税債権に優先する訴外銀行の登記ある抵当権附債権が存在することは、先に認定したとおりであるので、被控訴人は控訴人に対し右各物件の原物の返還に代えて、国税債権の存する限度で、かつ、譲渡行為のなされた当時の時価相当の金員(本件(一)の不動産については、この時価から前示佐賀銀行の抵当債権額を差し引いた残額)の支払を求めることができるといわなければならない。

そして≪証拠省略≫本件(一)の不動産の譲渡行為当時の時価は金七〇万円であると認めるのが相当であるから、これから訴外佐賀銀行の有した抵当債権額金四〇万円を差し引いた残額金三〇万円についてのみ譲渡行為の取消しを許すべきである。

≪証拠省略≫本件(二)の動産の譲渡行為当時の時価は金二五万円と推認するのが相当で、これに反する証拠は採用しない。

したがつて控訴人は被控訴人に対し金五五万円を請求しうるところ、原判決が控訴人に金四五四、五〇〇円の支払を命じ、その余の被控訴人の請求を棄却したのに対し、被控訴人から控訴、附帯控訴の申立がないので、当裁判所は控訴人に原判決認容の限度において被控訴人に対し金員の支払を命ずべきである。

八、よつて、本件(一)の不動産の譲渡行為の取消しを命ずる点について、当審と趣を異にする原判決は一部不当であるからこれを変更し、本件(二)の動産の譲渡行為の取消しと金員の支払を命ずる原判決は結局相当で控訴は理由がないので、民訴第三八六条第三八四条第九六条第八九条第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 池畑祐治 判事 秦亘 佐藤秀)

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