大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和36年(ラ)229号 決定 1962年4月02日

抗告人 安部俊次郎

相手方 喜多崎チヨエ 外一名

主文

原決定(頭書記載の各取消却下決定)を取消す。

当庁昭和三六年(ラ)第二二九号事件(原審昭和三六年(ヲ)第六六〇号不動産引渡命令申請事件)を福岡地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の理由は抗告人提出の別紙「抗告の理由」二通及び「抗告理由補充申立書」記載のとおりである。

一、而して一件記録及び当審における抗告人並に相手方喜多崎チヨエの各本人尋問の結果によると、次の事実が疏明される。即ち債権者株式会社佐賀銀行は、債務者喜多崎チヨエに対する約束手形金二〇万円及びこれに対する昭和三十二年十月二日から完済に至るまで日歩六銭の割合による損害金債権に基づき昭和三十五年三月八日福岡地方裁判所に抵当権の実行として喜多崎耕助所有の別紙目録<省略>記載(一)乃至(四)の不動産に対して競売申立をなし該事件は同庁昭和三五年(ケ)第六七号不動産競売事件として係属し、昭和三五年三月一〇日不動産競売手続開始決定がなされ、昭和三十六年四月二十一日午前九時の競売期日において抗告人は別紙目録記載の(一)及び(四)の物件につき代金百五十万円で競買の申出をなし最高価競買人と定められ現金十五万円を保証金として納付し、同月二十八日午前十時に開かれた競落期日において競落許可決定を得た。然るに債務者喜多崎チヨエ及び抵当不動産所有者喜多崎耕助両名は同日福岡高等裁判所に右競落許可決定に対し即時抗告の申立をなしたが、同年五月二十五日抗告棄却の決定を受けたもので競落許可決定は確定した。(右両名は右決定に対して同年六月三日最高裁判所に特別抗告の申立をなしたが、同年七月二十五日抗告却下の決定を受けたが、特別上告の提起は高等裁判所の決定の確定を妨げない。)そこで競落人たる抗告人は同年八月五日及び同月七日の二回に亘り競落代金百三十五万円(競落代金全額百五十万円中十五万円は保証金として支払ずみ)を持参して競売裁判所たる福岡地方裁判所に出頭し、その納付方を申出たところ、同庁においては特別抗告審たる最高裁判所から未だ一件記録の返還がないから(同庁においてはその後同月十四日最高裁判所から返還記録を受領している。)受領手続ができないとの理由によりその都度これが受領を拒絶したので抗告人は同月二十二日競落代金として金百三十五万円を書留郵便に付して同庁に送付したが同庁においては競落代金として納入は不可能との見解の下に同庁会計係においてこれを保管している。

一方抵当不動産の所有者たる喜多崎耕助は昭和三十六年八月七日債権者佐賀銀行のため本件競売申立の基本債務全額及び競売手続費用を弁済供託したとの理由で同日同庁に対し債権消滅届を提出し、本件不動産競売手続開始決定に対し異議の申立をなしたが、申立外川原繁は右異議申立事件の審理中である、同月二十三日喜多崎耕助に対し金十七万円及びこれに対する昭和三十二年六月一日から日歩九銭八厘の割合による損害金債権を有するとして執行力ある公正証書正本に基き前記競売開始決定のなされた本件不動産中別紙目録記載(一)(四)の物件につき同庁に強制競売の申立をなし、同庁は、同日記録添付の手続をなし即日利害関係人たる佐賀銀行、喜多崎耕助、喜多崎チヨエ、川原繁に対しその旨を通知し次いで、同庁は抵当不動産の所有者たる喜多崎耕助において同年八月七日本件抵当債務全額及び競売手続費用合計金三十八万八、三六〇円を債権者銀行のため有効に弁済供託し、該抵当債務は消滅したとの理由により同年九月二十一日前記不動産競売手続開始決定の取消決定並に前記不動産競売申立の却下決定をなし、抗告人はこれに対し抗告を申立てた。

而して抗告人(競落人)は昭和三十六年九月三十日同裁判所に対し別紙目録(一)(四)の不動産の引渡命令を申請したが、同裁判所は競落代金が支払われていないから、抗告人(競落人)は右不動産の所有権を取得していないとして同年十月四日右申立を却下する決定をなし、抗告人は同月九日右決定に対し抗告を申立てた。

二、以上の事実によつて考えて見ると、本件競落許可決定は昭和三十六年五月二十五日確定しているが競落許可決定確定後は競落人は直ちに競落代金を裁判所に支払うことを要するものであるから裁判所の指定した代金支払期日前であつても競落代金を支払の為提供をなすことができ裁判所はその提供がその期日前たるの故を以てこれが受領を拒絶することができないものと解するを相当とする。(大審院昭和一一年二月一九日決定)原審は最高裁判所から一件記録の返還がないことを理由に抗告人が昭和三十六年八月五日提供した競落代金の受領を拒絶しているが手許に記録がないのに競落代金を受納するには、種々の困難不便があり、その故にその受領を拒否し得るとの見解、更には競落代金は競売裁判所の指定する支払期日にのみ支払い得るとの有力な見解も存するから、原審がこれ等の見解を採つて、これを受領しなかつたことを以て原審を非議するのは当らないが、それにしても右見解には理論上の難点があり、当裁判所はこれに賛成し得ない。然りとすれば競落代金の納入の正式の手続は未だ取られていないけれども、右の事情の下においては、競落人は昭和三十六年八月五日右代金を完納したと見るか少くとも右代金提供のとき以後は、代金不払より生ずる一切の不利益を免れるものと解すべきであり、後日正式に代金納入の手続を完了したときにおいて、前記三十六年八月五日に代金を完納したものとして取扱われねばならない。(勿論右の如き正式納入の手続は執行裁判所内の事務処理の問題であり、抗告人と利害関係人との間においては前記八月五日に代金の支払ありたるものとして処理さるべきである。)

右のとおり競落人たる抗告人は昭和三十六年八月五日本件競落物件の所有権を取得したものと解すべきであるから、原審が抗告人のなした前記競落代金の提供によつては競落代金支払の効果を生ぜず従つて抗告人は未だ本件競落物件の所有権を取得していないとの見解に立つて抗告人(競落人)の不動産引渡命令申立を却下した決定は失当といわなければならない。

三、次に抗告人が前記競落代金の提供によつて本件競落物件の所有権を取得した後である昭和三十六年八月七日に本件抵当物件の所有者たる喜多崎耕助は申立債権者株式会社佐賀銀行に対し申立債権全額を弁済供託しているのであるが右は競落人たる抗告人が競落物件の所有権を取得した後の弁済であるからこれによつて抗告人の右所有権取得を動かすことはできない。

更に本件競売手続においては、本件競売不動産中(一)(四)の物件につき昭和三十六年八月二十三日川原繁から公正証書の執行力ある正本に基き強制競売の申立がなされ、即日同裁判所により記録添付の手続がなされ、その旨利害関係人に通知されているのであるが、民事訴訟法第六四五条によれば、抵当権が消滅した為、右抵当権に基く競売手続において競売開始決定が取消され、又は競売申立が取下げられ、その他右抵当権に基くものとしては競売手続を続行すべからざるに至つた場合においては、第二の強制競売申立による記録添付のときにおいて、競売開始決定を受けたと同一の効力を生ずることが明らかであり(右効力の発生時期につき、大判昭和八年七月七日、大判昭和十年六月二十五日)右効力に基き、既存の競売手続を転用して競売手続を続行すべきものであつて、さきになされた競落許可決定も依然その効力を保有し、その売得金につき配当手続をなすべきである。然るに原審は前記川原繁の強制競売申立に基く記録添付のときより後である昭和三十六年八月七日なされた前記喜多崎耕助、喜多崎チヨエの申立債権者(佐賀銀行)に対する弁済により、本件抵当権は消滅したとの理由により同年九月二十一日本件競売手続開始決定を取消す決定をなし、且本件競売申立を却下する決定をなしたのであるが、右の決定が仮りに抵当権実行に基く競売開始決定のみを取消し、且抵当権実行に基く競売申立のみを却下する趣旨であつて右記録添付の効力に基く競売の続行を否定する趣旨でないとしても原決定自体にはそのような趣旨はあらわれて居らず、これを容観的に見れば、第二の競売申立を含めて別紙目録記載(一)(四)の不動産に関する一切の競売申立を却下し、右競売手続一切の根底たる競売開始決定を取消したものと認める外はない。さうだとすれば、右決定は、第二の競売申立に基く記録添付の効力を看過したものとして取消を免れない。(昭和三六年(ラ)第十一号関係)

また、原審は、抗告人(競落人)の不動産引渡命令の申請を却下し、右却下決定に対する異議申立をも却下しており、その失当なることは既に説示したとおりであるが、原審が右引渡命令の申請を却下した理出は、未だ競落代金が正式に納入されていないという点にあるところ、右抗告人(競落人)の提供した競落代金は前示のとおり原審裁判所の会計係に保管されたままとなつており、同裁判所はこれを競落代金として受領できない旨抗告人に通知しているので、これを正式に納入する手続が完了した上で原審において引渡命令を発する手続をなすのが相当であり、右の如き手続上の不備をみたす手続をなさしめる為、右引渡命令却下決定を取消すと共にこれを原審に差戻すを相当とする。(昭和三六年(ラ)第二二九号関係)

なお抗告人は原審が競落代金の受領を拒否し、未だ競落代金の支払なきものとした処分に対し執行方法の異議を申立て、その異議申立却下決定に対し抗告を提起しているが(昭和三六年(ラ)第一一号関係)右決定の失当なることは既に説示したとおりである。而して抗告人の右異議の申立は、その形式から見れば単に抗告人の意見を陳述したものにとどまり必ずしも却下決定をなす必要はなかつたと思料せられるが、既に決定がなされており、これに対する抗告がある以上これに対する判断を示す必要があるから右決定もこれを取消すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 岩崎光次)

(1) 三六年(ラ)第二二八号事件及び同年(ラ)第十一号事件抗告理由書

一、前記二個の決定は相干連する事件に付併合して抗告します。

二、原裁判所は抗告人が競落許可決定は確定したことを事由として同年八月五日及び同月七日原裁判所に競落代金の納付方申出でたけれども、当時一件記録は最高裁判所に送付されたまゝ競売裁判所に返還されず、それが為め競売裁判所においては当該事件名及び事件番号競落人の氏名、競落物件、競落代金及び競落許可決定が確定したか否か等審査確認するに由なしとして右代金受領を拒絶したものである。かゝる場合有効に代金受領手続を執ることができないので、かような取扱いをすることは競売法第三十三条第一項の法意に適合するものと解すべきであると云ふにあります。しかして原裁判所が(一)相手方喜多崎耕助が昭和三十六年八月七日相手方佐賀銀行に対し本件抵当債務全額及び競売手続費用合計三八八、三六〇円を有効に弁済供託したのでこれにより総債務は消滅したことを認められ、同人が為した昭和三十六年(ヨ)第五三五号異議事件に付本件競売開始決定の取消が決定を為され(ニ)抗告人の為した昭和三十六年(ヲ)第五八七号異議事件に付却下決定を為された。しかし以下述べるように右二つの決定は競売法第三十三条第一項の解釈を誤りたる違法があると信じます。蓋し抗告人は競落許可決定確定により遵守すべき同法条と大審院の判例(昭和十一年二月十九日決定)に従い何等の過失なくして弁済提供したものであり、義務履行の原則である民法第四九三条に従い弁済提供を為し同第四九二条により弁済提供の効果として不履行に因り生ずべき一切の責任を免れたのであるからであります。

原裁判所は抗告人が為した弁済提供の効果については何等の理由を説示されず競売裁判所が代金受領を拒絶したのは競売法第三十三条第一項の解釈として相当であると説示されたのは理由不備であり且つ前記各法条の解釈を誤りたる違法がありと信ずるものであります。裁判所における記録の保管、審査等は手続上実務上重要な点であること勿論でありますが、抗告人の競落代金の納入申出そのもの及裁判所において之を受領さるゝことは裁判所自体に干するものでなく記録が在庁しない為め明瞭を欠くとするも、同事件に干する諸帳簿は存在し、たとい後日不完全履行等を生じ不利益を生ずる場合は抗告人自らの責任であるから受領を拒絶さるる理由なく又競売手続上不都合を生ずるおそれある筈はないであろうし、記録が他庁にある場合においても裁判以外において控訴申立、上告申立、抗告その他の手続がなさるることは実務上頻繁に取扱われつつあることでありまして、記録の在庁するや否やにより法律上の権利の消長を来たすという如きことは到底是認さるることではないと信じます、事実上抗告人が競落代金の完納せんとし又競落許可決定確定により競落物件の所有権取得の効果が記録の在庁するや否やにより左右さるゝが如きは在り得ないことであります。原決定の裏を返せば記録が在庁しない場合は代金受領を拒絶してよいとの結論を生じ明らかに前示大審院の判例に反することとなります。結局原裁判所の決定は違法でありますから取消さるものと信じます。

右抗告人 安部俊次郎

(2) 三六年(ラ)第二二九号事件抗告理由書

一 申立人は福岡地方裁判所昭和三十五年(ケ)第六七号不動産競売事件に付本件不動産を昭和三十六年四月二十一日午前九時の競売期日に於て競落し同年四月二十八日競落許可決定を受けたものであるが債務者等は之に対し抗告並再抗告をなしたものであるが最高裁判所に於て右抗告棄却の決定により確定したものである。

よつて申立人は昭和三十六年八月五日並同月七日福岡地方裁判所に対し競落代金を納付のため出頭したるところ同裁判所は右競売事件の記録が在庁していないとの理由によりその受領を拒否せられたるものである。

然るに申立人等は昭和三十六年八月七日に至り競売債権者たる株式会社佐賀銀行に対し債権の弁済として福岡法務局に対し債務金並競売申立費用を供託し基本債権消滅を原因として本件不動産競売開始決定に対する異議申立を同日付で提出したるものである。

二 然るところ右異議申立事件が審理中である昭和三十六年八月二十三日申立外である相手方等の債権者川原繁より同人等に対する福岡法務局所属公証人松井善太郎作成第八八六九九の二公正証書の執行力ある正本に基き本件不動産に付強制競売申立を為しこの申立書は即日前記競売記録に添付せられたものである尤もこの場合は前記競売記録は既に最高裁判所より福岡地方裁判所に対し還付せられ同庁に在庁していたものである。

よつて申立人は福岡地方裁判所に対し競落代金百三十五万円を郵送し同月二十五日同裁判所に於て送達を受けて会計係に保管せられているものである従つて申立人は右代金支払を理由として昭和三十六年九月三十日福岡地方裁判所に対し不動産引渡命令の申立を為したものであるが係り裁判官は右代金の納付手続を故意に為さずして昭和三十六年十月四日附を以て申立人の右不動産引渡命令申立を申立人に於て代金納付を為していないとの理由で却下決定をなされたものであるが之は全く法を弁えぬ決定である。

三 即ち本件株式会社佐賀銀行の競売申立に対し申立人が競落許可決定を得、該決定は確定したるも前記の如く代金受領拒絶中に申立外川原繁より同一物件に付強制競売の申立があつたもので株式会社の競売開始決定が基本債権の消滅により取消されても本件競落許可決定は申立外川原繁の競売申立の為にその効力を保有せられているものであるから申立人の不動産引渡命令申立は適法であり之を却下したるは不当の決定である。

右抗告人 安部俊次郎

(3) 右抗告理由に対する補充申立書

一、たとい既に主張した抗告理由がないとするも、川原繁は債権者として喜多崎チヨエ、喜多崎耕助を債務者として昭和三十六年八月二十三日福岡地方裁判所に対し福岡地方裁判所の執行力ある債務名義により強制競売申立を為し、申立と同時に民事訴訟法第六四五条により福岡地方裁判所昭和三五年(ケ)第六七号事件の執行記録に添付されているところ、右申立は配当要求の効力と、既に開始された競売手続の取消となりたるときは同時に該申立自体競売開始決定を受けたと同一の効力を生じ記録添付のときの状態における手続をそのまゝの効力を保持し地位を附与さるゝので抗告人は本件に付競落許可決定を受け之が確定した効力を保有し有効に存続すること明らかでありますから、抗告人は本件競売手続完結に至るまですべての手続の続行を求めるものであります。

右抗告代理人 吉野作馬

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例