福岡高等裁判所 昭和37年(う)893号 判決 1967年12月18日
本籍 佐賀県杵島郡江北町大字上小田一、五〇八番地
住居 佐賀市上多布施町中折下五班
小学校教諭 中島勇
大正七年八月六日生
<ほか三名>
右の者らに対する地方公務員法違反被告事件につき、昭和三七年八月二七日佐賀地方裁判所が云渡した無罪判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は次のように判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は検察官子原一夫提出同長富久名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人森川金寿、同今泉三郎、同柳沼八郎、同立木豊地、同岩村滝夫、同新井章連名提出の反論弁駁要旨記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
検察官の控訴趣意は、要するに、原判決は一部を除き、概ね公訴事実通り、被告人らが原判決にいわゆる争議行為を提案等した事実を認定しながら、被告人らの提案等した争議行為は公共の福祉に反するおそれがないことが明らかであり、地方公務員法三七条一項六一条四号にいわゆる争議行為にあたらないとして無罪の言渡をしたが、これは、地方公務員は住民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し職務の遂行に当っては全力を挙げてこれに専念しなければならず、いやしくも地方公務員が争議行為をすれば住民の権利を害し公共の福祉に反するのであるから、その態様方法の如何を問わず一切の争議行為は禁止され、いかなる争議行為でもこれを企て、その遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおった者は処罰を免れないと規定している地方公務員法三七条一項六一条四号の解釈適用を誤ったものであるというにある。
そこで検討するに、なるほど地方公務員が憲法二八条の勤労者として有する労働基本権の保障ももとより何らの制約をも許さない絶対的なものではないのであって、住民生活全体の利益の保障という見地からの制約を内在的制約として内包していること、公務員はその職務の性質が公共性の強いものであり、一般的に云えばその職務の停廃が国民生活全体の利益を害し国民生活に重大な障害をもたらす虞があることは所論のとおりであるが、これらのことから直ちに検察官主張の結論を帰納することはできない。
(一) 労働運動の歴史は先づ労働者の団結および争議行為の刑罰からの解放ついで民事制裁の解除さらに不当労働行為制度へと進んでいるのであって、争議行為に刑事制裁を科することは合理性の認められる必要最小限度に止むべきであり、ことに同盟罷業のような単純な不作為に刑事制裁を科することは特別に慎重でなければならない。
(二) およそ同盟罷業は労働組合の統制の下に労働を放棄するものであり、そのためには労働者相互の了解が一致することが必要で、同盟罷業で団結を伴わないものはないからその決定および実行について主唱、討議、説得、伝達がなければ事実上到底行われ難くこれらの行為のない争議行為というものは殆んど考えられず、しかもこれらの行為が地方公務員法六一条四号の共謀、そそのかし、あおり、企てのいずれかに該当することは明らかであるから、同盟罷業の共謀、そそのかし、あおり、企てた者(以下煽動行為者という)を処罰することは争議行為を刑罰をもって禁止する結果となる。
(三) さらに、同法は争議行為の実行行為者に対する処罰規定を欠いているが、このように実行行為者を処罰せず煽動行為者のみを処罰するというのは一般刑罰法体系からは全く特異なことである。一般に煽動行為者等の共犯者を処罰するのは実行々為が可罰的であることを前提とし、これを禁圧するためである。したがって実行々為者を処罰せず煽動行為者を処罰するにはそれだけの合理的な理由がなくてはならない。
(四) 又地方公務員について争議行為の煽動行為者等を処罰する所以のものは公務員の職務の性質が公共性の強いものであり、その職務の停廃が住民生活全体の利益を害し重大な障害を与える虞があるからであるけれども、同じく地方公務員であってもその職務内容の公共性はその職種と地位により程度の差があり、純行政作用のように一日の停廃でも直ちに住民生活に重大な障害を与えるようなものもあれば現業々務又はこれに類する職務例えば教職員の職務の如くこれと同一に論じられないものもある。
(五) 又憲法一八条のその意に反する苦役とは単に苦役を伴う労役のみと解すべきではなく、本人の意思に反して他人のため強制される労役も含むものと解するのが相当であるから労働者が単に労働契約に違反して就労しなかったとの理由だけで処罰することは結局刑罰の威嚇によって人の意に反する苦役に服させることになるので憲法一八条に違反するものである。したがって労働契約に違反して就労しなかったことそのものを処罰するのでなく、集団的な争議行為の煽動行為を処罰するにしても、前記のとおり、煽動行為のない争議行為というものは殆んど考えられないから、煽動行為者を処罰するには違法性の強い争議行為を煽動した場合に限ると解するのが相当である。
(六) さらに同法は争議行為の実行々為の有無を問わず煽動行為を処罰するものであり、ひいては言論等の表現活動の自由に属するものを処罰しようとするものであるから右煽動行為者を処罰するには違法性の強い争議行為を煽動した場合に限ると解するのが相当である。
以上の諸点を総合して考え合せるとき、地方公務員法六一条四号の刑罰をもって取締らなければならない対象となる煽動行為は煽動した争議行為が特に違法性の強い場合に限ると解すべきである。違法性の強い争議行為が何であるかについては立法による解決が望ましいがその限界は
(一) 争議行為の目的が公務員の勤務条件の改善ではなく、いわゆる政治的目的であるとき
(二) その公務員の職種地位からみて住民生活に対し明白かつ重大な障害をもたらす虞があるとき
(三) 争議行為の手段方法に暴力を伴い又は不当に長期間に亘るなど相当でないときに違法性が強いと解するのが相当である。そして具体的には社会通念に照し良識ある判断によって決すべきものと解する。結局争議行為の実行々為者にも煽動行為者にも民事責任を問うことはともかく、煽動行為者に刑事責任を問うには右のように解さない限り憲法二八条二一条等に違反するものと解するのである。
これを本件について考えるのに、記録によれば、被告人らの煽動した同盟罷業は佐賀県下の公立小中学校教職員が三日間三、三、四割の休暇をとるものであり、その間学校においては一部の学級において授業計画を変更し自習、テスト、映画鑑賞、学芸会の練習等をさせたり、あるいは合併授業をする等児童生徒に対し平常どおりの授業活動を行うことができなかったものではあるが、その授業面に与えた影響は一日一〇割の休暇より軽く、他面公立小中学校においては平素でも研究発表会、研修あるいは教科書展示会等のため、又は多数の教職員が同時に有効な有給休暇をとった場合などに、同様な現象を呈したこともあり、又小中学校共実際の平均出校日数は文部省の定める授業所要基準日数を一〇日ないし三〇日上廻っており本件同盟罷業による授業の遅れは回復することがさして困難であるとは認められない。そうすると被告人らの煽動した同盟罷業により住民の教育を受ける権利が侵害される程度は直ちに住民の生活に重大な障害をもたらす虞があったという程度には達していないと認めるのが相当である。
検察官は右同盟罷業は単に授業面に止まらず児童生徒の精神面、児童生徒の管理養護および事務面に及ぼした障害が深刻重大であったという。なるほど本件同盟罷業が授業面以外の所論の各方面にもある程度の障害を与えたことは窺われるけれども、その程度が住民の生活全体に対し重大な障害をもたらす虞があったことを認め得べき証拠はない。
次に本件同盟罷業の目的は、教職員の定員削減反対、同定員削減を含む財政再建計画粉砕、昭和三二年度教育予算の大幅確保、教職員の昭和三一年度昇給昇格の完全実施、教職員給与の二、〇〇〇円値上等であったからいわゆる政治的目的のためになされたものとは云えず(佐賀県財政が結果的には法定再建計画を余儀なくされるほどに窮乏していた状況下において県当局の見解と大きく距る斗争目標を掲げたとしても所詮は立場の相違に由来することであり、そのことから直ちに争議行為の目的自体が違法なものということはできない)、その手段も単に労務の提供をしないという不作為に止り、何ら暴力を伴わずその他不相当のものであったと認め得べき証拠はない。
そうすると当裁判所の前記見解に従えば被告人らの煽動した同盟罷業は未だ処罰の対象にならないことに帰するので、被告人らを無罪にした原判決は相当であり、本件控訴は刑事訴訟法三九六条に則り棄却を免れない。
よって主文のとおり判決する。
検察官 森崎猛・船津敏 出席
(裁判長裁判官 塚本冨士男 裁判官 安東勝 裁判官 矢頭直哉)