福岡高等裁判所 昭和37年(ツ)3号 判決 1962年2月27日
上告人 谷口初
被上告人 井田政樹
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡地方裁判所に差し戻す。
理由
一、上告理由一、二、四点について。
公正証書にいわゆる執行約款を附することを認諾する行為は、公証人に対する債権者と債務者との合意的訴訟行為であるから、その合意たる性質を有する点において、民法第一〇八条の規定が類推適用されるものと解すべきである。したがつて、右の執行認諾約款を含めて、公正証書の契約条項が当事者間に取りきめられており、公正証書作成の代理人がたんに右の取りきめられた各条項を公正証書に作成するためのみの代理人であつて、取りきめと異なる新たな条項を決定したり、取りきめられた条項を変更したりするものでない以上、かかる公正証書作成の代理関係については債権者が債務者の委任に基いて、債務者のために公正証書作成の代理人を選任し、同代理人との間に執行認諾約款附の公正証書を作成しても、なんら民法第一〇八条の法意に反するものではない。されば、原判決が前説示と同一の前提に立つて、債権者たる被上告人(控訴人・被告)が債務者たる上告人(被控訴人・原告)の委任に基いて、上告人のために公正証書作成の代理人を選任し、同代理人との間に、予じめ取りきめられた契約条項につき、執行認諾約款附公正証書を作成したことをもつて、民法第一〇八条の法意に反するものではないと説示したのは、そのかぎりにおいて相当であつて、これに反する所論は採容のかぎりでない。
ところで、上告人は、被上告人を貸主・訴外常岡健一を借主・上告人を連帯保証人・借用元金六万円の執行認諾約款附金銭消費貸借公正証書が作成され、これを債務名義として上告人所有の不動産に対し強制執行が着手されたので、右公正証書の執行力の排除を求めるため、請求異議の訴を提起し、訴外常岡健一が昭和三三年一〇月一日被上告人から金五万円を借り受けるに際し、上告人が連帯保証人となつたことはあるけれども、公正証書記載のように、同訴外人が被上告人に対し負担する債務について、金六万円の連帯保証債務を負担したことはなく、右のような公正証書を作成したことは勿論、作成の委任をしたことなく、かつ執行認諾約款を附する合意をしたこともなく、前示公正証書は偽造の委任状に基く無権代理人の委嘱によつて作成された無効のものであると主張したことは、原判決および引用の第一審判決によつて明らかであるが、これに対し原判決は、訴外常岡健一は上告人連帯保証の下に、昭和三三年一〇月一日被上告人から金五万円を、利息日歩三〇銭、弁済期同年同月末日、弁済期までに弁済がないときは公正証書を作成することを約定したが、公正証書に執行認諾の約款を附するか否かについては明示の合意がなされなかつたことを認定し、つづいて、昭和三四年一月一三日作成された公正証書には、貸付日・借主・連帯保証人は右約定のとおり記載されているが、貸金額・弁済期・利息は約定のとおりではなく、貸付元金は六万円、弁済期は昭和三四年一月二五日利息は別途契約をもつて協定する利率による旨、かつ、強制執行認諾約款が附せられていることを認定し、なお、被上告人が約定の元金五万円が公正証書には元金六万円と記載された事情として後記のように主張しているのを判決の事実らんに摘示せず、従つてこの主張をしん酌しないで、原判決は、前示約定と異なる公正証書が作成されるにいたつた経緯として、上告人との関係において、被上告人は予じめ上告人から上告人のため、その代理人を選任して前説示内容の公正証書を作成することの承諾と委任を受け、これにより被上告人は訴外板谷シヅカを上告人の代理人に選任して、同代理人との間に公正証書が作成されたので、執行認諾約款を含めて、同公正証書は前説示の理由によつて有効であると認定しているけれども、訴外常岡健一との関係、ひいて同訴外人の主債務に附従性を有するかぎり上告人との関係において、被上告人が前記金五万円の貸付当時訴外常岡健一から公正証書作成用として受けとつていた同訴外人の白紙委任状及び印鑑証明書を使用し、被上告人において同訴外人のため、前記板谷シヅカを代理人に選任し、もつて、前記の公正証書が作成されたことを認定しただけで、主債務者常岡健一が元金五万円の債務を負担するに過ぎないのに、連帯保証人たる上告人が、何が故に公正証書表示の金額につき債務を負担するかについて、なんら説示することなく、たやすく、前摘示の上告人の請求を全部排斥しているのである。
しかし、連帯保証もまた一つの保証に外ならないので、主債務に対する附従性を有し、連帯保証人の負担する債務の額は、主債務者の負担する債務の額以下でなければならない以上、主債務者常岡健一が被上告人に対して負担する債務の額としては、原審の認定するところは、元金五万円及びこれに対する昭和三三年一〇月一日以降利息制限法所定の最高利率年二割の割合による金員であるから、連帯保証人である上告人が被上告人に対し負担する債務の額も当然、右主債務者の負担する額以下であるべきであるのに、なんら格別の理由を示すことなく、上告人の負担する債務の額を元金六万円と認定する原判決は、理由不備の違法があるものというの外なく、この点の論旨は理由がある。(附言すれば、貸付元金が五万円であるのに、公正証書には元金六万円と記載されている理由として、被上告人は原審において、「右元金六万円は(1) 貸金五万円と(2) これに対する昭和三三年一一月及同年一二月の二ケ月分の利息九千円(一ケ月九分の割合による二ケ月分の利息)及び(3) 経費千円の合計である。経費千円というのは、元来本件金員は被上告人が訴外大櫛なる者から金六万円を利子一ケ月八分五厘の約束で借り受け、一ケ月分の利息として金四千六七五円を天引きされ、残金五万三二五円を受け取り、そのうち五万円を訴外常岡健一に貸与したものであるが、その貸借の際に要した酒代千五〇〇円は上告人が負担することになつていたが、昭和三三年一〇月分の利息として被上告人が金五〇〇円の過払を受けていたのでこれを右千五〇〇円から控除して千円となるのである。そして右の(1) ないし(3) の三口を貸金六万円に改めて、前示の公正証書を作成することを上告人も同意した」と主張しており、その趣意を善解すれば主債務者である訴外常岡健一においても、右の合意・同意をなしたというにあるもののようであるが、原審は前示のとおりこの主張を事実らんに摘示せず、したがつてこの主張に対し考慮を払つた事跡が認められないが、もし右の主張事実が肯認されるにおいては、右(2) の点は、いわゆる約定重利であるので利息制限法の規定を潜脱しようとするものでないかぎり、同法の制限内において合意の効力を認むべきであるから、原審としては約定重利のうち、元金に組み入れる金額の有無を先ず判断しなければ、ひいて上告人の本訴請求の当否を判定し得ない筋合であり、ことに右(2) の複利の約定が存在すると仮定したところで、利息制限法の規定にてい触する部分の存することは明らかであるので、前説示に徴し、上告人の請求は被上告人の主張事実自体に照らし少くとも一部は理由あるものというべく、これを全部排斥した原判決は審理不尽理由不備の違法があるといわなければならない。)
二、上告理由三点について。
債権者が主債務者に対し第三者を連帯保証人として金員を貸与した場合、主債務者を除外して連帯保証人のみとの間に、連帯保証関係について公正証書を作成し、執行認諾約款を附することの適法有効であることから見ても、主債務者及び連帯保証人との間に一個の執行認諾約款附公正証書を作成したときにおいても、主債務者との間における同公正証書の有効であることを連帯保証債務発効の前提要件とするなど特段の事情のないかぎり、たとえ、執行認諾約款附公正証書がなんらかの事由のため、主債務者との関係において効力を生じ得ない場合でも、それがため同公正証書は連帯保証人との関係においてもまた、その効力を生じ得ないものと解することはできない。けだし、主債務に対し附従性等を有するとはいえ連帯保証は債権者との関係において主債務と別個の一つの法律関係をなすものであるからである。したがつて所論のとおり、被上告人が訴外板谷シヅカを主債務者常岡健一の代理人に選任し、同代理人との間に本件公正証書を作成したことが、民法第一〇八条の法意に反して許されず、同公正証書が右主債務者との関係においては無効であると見たところで、それだけの理由で直ちに同公正証書が連帯保証人である上告人との関係においても、当然に無効になるということはない。したがつて三の論旨中これに反する所論は採容に値しない。
なお原審は、被上告人が上告人連帯保証の下に、訴外常岡健一に対し金五万円を貸与し、弁済期に弁済がない場合は、公正証書を作成する旨の合意が関係当事者間になされたことを適法に認定しているところ、かように、弁済期を徒過した場合に公正証書を作成するとの合意をなした当事者の趣意は、特別の事情のないかぎり、たんに消費貸借の成立を証するにとどまる執行証書でない契約成立証明用の公正証書を作成するにあるというよりも、むしろ強制執行に備うる執行認諾約款附公正証書を作成することを合意したものと推認するのが相当であるから、これと同旨の説示をなす原判決は相当で、論旨三のうちこれに反する点も採容に値しない。論旨援用の判例は右の説明及び前記一に説示するところとなんら矛盾てい触するものではなく、要するに、論旨三は上告人に対する関係においては、原判決を攻撃する適法の理由とはならない。
よつて、民事訴訟法第四〇七条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)
上告の理由
原判決には、判決に影響をおよぼすこと明らかなる次のような法令違背があるから破棄せられるべきである。
一、原判決は「なお、公正証書作成の代理人は単に右条項を公正証書に作成するためのみの代理人であつて、新たに契約条項を決定するものではないから、かかる代理関係については、控訴人の委任に基き被控訴人のために代理人を選任し右代理人との間に本件のような執行約款付公正証書を作成しても、右はなんら民法第百八条の法意に反するものでないことは明らかである。」としている(五枚目表初行以下)。
二、ところで、原判決の認定事実によれば、
1 訴外常岡健一が被上告人から借りうけた当初(昭和三三年一〇月一日)の両名の契約条項は
(1) 金額 金五万円
(2) 利息 日歩三〇銭(年一〇割九分五厘)
(3) 弁済期 昭和三三年一〇月末日
(4) その他 弁済期日までに返済のないとき公正証書を作成する(但し執行約款の話合いなし)。
であること。
2 被上告人が右訴外人の委任にもとずき同訴外人のために選任した代理人訴外板谷シヅカと、被上告人との公正契約条項は
(1) 金額 金六万円
(2) 利息 別途契約を以つて協定する利率
(3) 弁済期 昭和三四年一月二五日
(4) その他 債務者は執行認諾する
であること。
が明白である。
三、しからば、債務者である訴外常岡健一に関するかぎり、同訴外人の本件公正証書作成代理人である訴外板谷シヅカは、単に当初の契約条項を公正証書に作成するためのみの代理人ではなく、当初の額、弁済期、態様等をこえて、新たに契約条項を決定し、本件公正証書を作成したものであることが明白である。ところでこのように、当初の条項を単に公正証書に作成せしめるためでなく、新たに契約条項を決定せしめしかも新たに執行約款を附加してその公正証書を作成せしめるがごとき代理人を、被上告人が訴外常岡健一のために選任し、右代理人との間において公正証書を作成することは、民法第一〇八条の法意に反し無効であることは論をまたないところであり、主たる債務者である同訴外人の関係において本件公正証書が執行証書としての効力を生じないものであることは明瞭である。(大判昭和一五、七、二〇新聞四六〇九、九参照)
しかるに原判決は、その理由中において右論旨を認めながら、被上告人が右訴外人に本件委任状を見せていないことの前提と、前記認定事実のもとに、同条の法意に触れないものであるとするならば、同条の法令適用の誤りをおかすものといわざるをえない。
四、そもそも保証債務は主たる債務に附従するものであつて、主たる債務が無効または取消の場合保証債務もまた無効とされまたは取り消されるものであり、保証債務はその態様において、主たる債務より重きをえないこと論をまたないところである。
されば、前述の理由により主たる債務者である訴外常岡との関係で本件公正証書が執行証書としての効力を生じないものである以上、その連帯保証人である上告人の関係においても本件公正証書が執行証書としての効力を生じないものであることは、保証債務の附従性に照らし当然の理といわざるをえない。
したがつて、上告人の関係においても、本件公正証書は無効であり、その執行力が排除せられるべきである。