福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)129号 判決 1962年8月20日
控訴人(原告) 江里口鹿蔵
被控訴人(被告) 佐賀県知事
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の新請求中被控訴人が昭和二三年一二月二日別紙目録記載の農地につきなした売渡処分の取消請求を却下する。
控訴人の新請求中被控訴人が昭和三四年三月一日右農地についてなした買収処分の取消請求及び控訴人の予備的請求をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す。(一)被控訴人が別紙目録記載の農地につき昭和三四年三月一日訴外野中久雪を売渡の相手方としてなした売渡処分を取消す。との判決を求め、なお請求の趣旨を拡張して(二)被控訴人が右農地につき昭和二三年一二月二日訴外江里口常雄を売渡の相手方としてなした売渡処分並に昭和三四年三月一日になした買収処分を取消す。予備的請求として、もし、右の各請求が理由なしとすれば、右(一)の売渡処分及び(二)の買収並に売渡処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求める旨申立て、被控訴人の指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において別紙目録記載の農地(以下本件農地と称す)は、元訴外泉叶の所有であつたが、昭和二三年一二月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)により国の機関たる被控訴人がこれを買収し、同日同法第一六条により訴外江里口常雄に対してこれが売渡処分をなした。しかるに、同条によれば、同法による買収農地はその買収時期において、該農地につき、耕作の業務を営む小作農で農業に精進する見込のある者に売渡す旨規定しているのに、本件農地の売渡を受けた訴外江里口常雄は当時右農地の小作農ではなかつた。すなわち、従来控訴人が主張した如く、本件農地を訴外常雄から賃借して耕作中であつた訴外江里口邦夫が昭和二三年五月頃他に転職することとなつたので、その頃、控訴人は訴外常雄との間に右農地につき小作契約を締結し、爾来昭和三四年六月頃まで引続いてこれを耕作し来つたのであるから、買収時期たる昭和二三年一二月二日当時においても本件農地の小作人は控訴人であつて訴外常雄ではない。同訴外人は既に昭和二一年中に訴外江里口邦夫に右農地の小作権を譲渡していたのであるから、右農地につき売渡の相手方たり得る資格のなかつたことは明白である。よつて被控訴人のした訴外江里口常雄に対する右農地の売渡処分は違法たるを免れず、控訴人は同法により当然右農地の売渡を受くべき資格があるので、あらたに、右売渡処分の取消を求める。次に、右によれば、訴外江里口常雄に対する売渡処分の有効なことを前提としてなされた昭和三四年三月一日の本件農地の買収処分及び同日訴外野中久雪に対する売渡処分もともに違法に帰するから、当審においてあらたに右買収処分の取消を求め、なおこの点を従前の請求原因として追加主張すると述べ、予備的請求原因として、本件農地につき、被控訴人が昭和二三年一二月二日に訴外江里口常雄に対してなした売渡処分は、当時同訴外人が既に控訴人に右農地の耕作権を譲渡し、自らはこれを抛棄していたのに、これを無視してなしたものであるから、無効の行政処分である。また、その後昭和三四年三月一日右農地を目的としてなされた買収処分並に訴外野中久雪に対してなしたこの農地の売渡処分も控訴人の耕作権を顧慮せずしてなされたものであるから、無効というべく控訴人はこれらの買収、売渡処分が違法であることを主張して第一次的にその取消を求めるものであるが、それが理由なしとすればこれらの処分は右の理由によりいずれも当然無効であるから、予備的に右の買収売渡処分の無効確認を求める。なお、控訴人は昭和二三年一二月二日訴外江里口常雄に対して本件農地の売渡処分がなされたことをその当時知らず、その後昭和二四年六月一日に至つてこれを知つた次第であるが、右売渡処分につき訴願の手続はとつていない。乙第九号証の一、二は成立を認める。と述べ、
被控訴代理人において、本件農地に対する昭和二三年一二月二日の売渡処分の取消訴訟に対する本案前の抗弁として、控訴人のこのような新請求は従前の訴訟とは何等関連性のない訴であるから、行政事件訴訟特例法第六条の趣旨からみても訴の併合は許されない。仮にそうでないとしてもこれについて控訴人は適法な訴願の手続をとつていないし、また既に出訴期間を経過しているからいずれにしても不適法であつて訴却下を免れない。と述べ、本案につき本件農地が、元訴外泉叶の所有であり、被控訴人が控訴人主張の日に自創法によつて右農地の買収処分をし、同日同法第一六条に則り訴外江里口常雄にこれを売渡す旨の処分をしたこと、控訴人が昭和二三年六月頃以降右農地を事実上耕作していたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。被控訴人は、本件農地を控訴人が事実上耕作していたという事実は、本訴が提起された後に知つた次第であるが、既に主張した如く控訴人主張の右農地の小作契約についてはその効力を認めるに由なく、従つて控訴人は自創法第一六条により売渡の相手方となり得る小作人には該当しない。被控訴人は、訴外江里口常雄に対し右農地の売渡をなすについてはもとより、同訴外人が買収当時の適法な小作人なりと信じ、かつそのように認定したものであるから、右の売渡処分は適法であり、その後になされた右農地の買収及び売渡処分にも違法の点は存しない。予備的請求についても、右に述べたところによつて、いずれも理由がないこと極めて明白というべきである。と述べ、乙第九号証の一、二を提出した。
ほかは、原判決事実に摘示したところと同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
本件農地は、元訴外泉叶の所有であり、昭和二三年一二月二日自創法により国の機関たる被控訴人がこれにつき買収の処分をし、即日これを訴外江利口常雄に売渡す旨の処分をしたこと(以下第一次の買収、売渡処分と称す)次いで昭和三四年三月一日被控訴人は農地法により右農地の買収処分をすると共に同日同法第三六条第一項第三号に従つてこれを訴外野中久雪に売渡す旨の処分をしたこと(以下第二次の買収、売渡処分と称す)控訴人が昭和二三年六月頃以降第二次の買収、売渡処分当時まで引続き右農地を耕作していたことはいずれも本件当事者間に争のないところである。
よつてまず、本件農地に対する第二次売渡処分の適否につき検討する。控訴人は長期に亘つて小作人として本件農地を耕作したものであるから農地法第三六条第一項第一号の「小作地につき現に耕作の事業を行つている者」に該当するに拘らず、被控訴人はこの事実を無視し、同条第一項第三号を適用してこれを訴外野中久雪に売渡したのは違法である。と主張する。しかしながら同条第一項第一号にいう「小作地につき現に耕作の事業を行つている者」とは旧農地調整法第四条又は農地法第三条により当該農地に対する賃借権等の設定移転につき、同条所定の行政庁の許可乃至承認を受けてこれを現に耕作する者であることを要し、所有者及びその世帯員以外の者がかかる許可乃至承認を受くることなく、単に事実上これを耕作するに止まる場合を含まないものと解すべきであつて、このことは、戦後の数次に亘る農地調整法の改正において農地の移動統制が強化せられ、農地につき右の許可乃至承認を受けずしてなされた小作権の設定、移転はその効力を生じないものとし、この統制規定は同法に代つて制定せられた農地法にもそのまま受け継がれた立法の経緯に照らしてこれを首肯するに十分である。しかるに、本件において控訴人がその耕作の当初は勿論、その後第二次の買収、売渡処分当時においても、本件農地の小作権の設定を受けるにつき農地調整法第四条又は農地法第三条所定の許可乃至承認を受けていないことは控訴人の自ら認めるところであり、また当時控訴人の主張する如く行政官庁の許可乃至承認を受けず口頭の契約のみで法律上有効な小作権の設定、移転をなし得る慣行が存した、との事実を肯認するに足る証拠はなく、かかる慣行を仮に肯定し得たとしても強行法規に反することは明かであるからその効力を認めることはできない。さらに訴外野中久雪が本件農地の売渡の相手方として選定せられた経過をみるに成立に争のない乙第一号証の一、二及四、同第二号証の一乃至三、公文書であるから真正に成立したものと推定すべき同第一号証の三の各記載に原審証人木村長二の証言を綜合すると、本件農地は前認定の如く自創法によつて訴外江里口常雄に売渡された農地であるのに、同訴外人が自らこれを耕作せず、法による行政官庁の許可乃至承認を受けることなく、長期に亘つて控訴人に事実上貸与し、これに耕作させていた為農地法第一五条により買収処分を受けたものであること、右農地の第二次売渡処分がなされるに当つて小城町農業委員会は、その売渡の相手方を選定するにつき特に公平かつ慎重に審議し、右のような買収の経緯からみて、本件については農地法第三六条第一項第一号を適用して控訴人に売渡すのは相当でなく、同条同項第三号により第三者から適格者を選定することとして、農業経営規模、稼働力、本件農地に至る距離関係等を検討した上訴外野中久雪を最適格者と認めて、被控訴人にその結果を進達した為、同訴外人に売渡の処分がなされた事実を窺知するに十分である。原審証人北島甚六の証言及び控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。
してみると、控訴人は、農地法第三六条第一項第一号にいう「当該小作地につき現に耕作の事業を行つている者」に該当しないことは明らかであり、また国の機関が同条第一項第三号によつて、何人を売渡の相手方として選定するかはその裁量に任せられているものと解すべく、本件において、被控訴人及びその下部機関である小城町農業委員会が野中久雪を売渡の相手方としたことにつき、その裁量を誤つたものとは認められないので、本件農地の第二次売渡処分について控訴人の主張する違法は存しない。
次に控訴人の新請求につき、その当否を検討する。自創法による農地売渡処分の取消を求める訴については、同法第四七条の二の規定によるべきところ、控訴人は本件農地につき、第一次の売渡処分が行われたのを知つたのは、昭和二四年六月一日であることを自認しており、同日から控訴人が当審において右売渡処分取消の訴を提起するに至るまで、既に同条項の一ケ月及び処分の日から二ケ月の出訴期間のいずれをもはるかに徒過していることは明白である。なお、右出訴期間以外の事項につき、行政事件訴訟特例法第五条の規定を適用すべきものと考えるが、控訴人は本件につき同条第三項但書所定の事由の存することについては、何等疏明しないから結局本件農地の第一次売渡処分につき、仮に控訴人の主張する違法があり、取消を免れなかつたとしても、既に出訴期間を経過しているので、右処分の取消を求める控訴人の新請求は不適法として却下すべきものである。
控訴人はさらに本件農地に対する第一次の売渡処分が右のとおり違法で取消すべきものであれば、これを前提としてなされた第二次の買収並に売渡の各処分も亦、この点で取消を免れない、と主張するけれども前段に認定したとおり、第一次の売渡処分については既に出訴期間を経過し、もはや右処分の違法を主張することは許されないのであるから、その違法を理由として第二次の買収並に売渡処分攻撃する控訴人の主張は理由がなく、第二次買収処分の取消を求める控訴人の新請求も亦失当たるに帰する。
次に控訴人の予備的請求について審究する。
本件農地につき、第一次の買収処分がなされた当時の所有者が訴外泉叶であつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証の一、二公文書であるから成立を是認し得る同号証の三及び同第五号証の各記載に、原審における証人江里口常雄、同木村長二の各証言を綜合すると訴外江里口常雄は泉叶の所有に係る本件農地を永年に亘つて賃借小作し、戦後一時、親類筋に当る訴外江里口邦夫に耕作させたことはあつたが前記のように昭和二三年六月頃以来控訴人に対し、法による行政官庁の許可乃至承認を受けることなく、賃貸して事実上これを耕作せしめていた。しかし、地元の小城町農業委員会には極力これを秘していた為同委員会においてはながくこれを知らず、昭和三一年八月頃漸やくこれを知り、農地法第一五条による買収の要否を検討するに至つたほどであり、昭和二三年一二月の第一次売渡処分当時はまだ訴外江里口常雄を適法な小作人と認めていたことをそれぞれ窺知するに十分である。
してみると、被控訴人は訴外江里口常雄に本件農地を売渡すにあたり、現実の耕作者が同訴外人でなく、控訴人であつたことに気付かなかつたものというべきであるが、前記認定事実に控訴人が当時右農地につき行政官庁の許可乃至承認を受けた適法かつ有効な小作契約を締結していなかつた事実を考え合わせれば、被控訴人が訴外江里口常雄を本件農地につき耕作の業務を営む小作農と認めてこの農地を同訴外人に売渡す旨の処分をなしたことを以て重大かつ明白な瑕疵ありとはいい難く、既に抗告訴訟の出訴期間も経過しているのであるから、右売渡処分は結局適法たるに帰し、これを目して当然無効なりとなすことはできない。
次に前段に認定した如く、右農地につきなされた第二次の買収並に売渡処分につき控訴人の主張する違法のかどはなかつたのであるから、右処分を当然無効なりとなす控訴人の主張は採用し難い。従つて、控訴人の予備的請求も亦すべて理由なきに帰するものというべきである。
果して、しかりとすれば、控訴人の本訴請求中本件農地に対する第二次売渡処分の取消を求める部分は理由がないのでこれを棄却すべきであるが原審は右請求を訴の利益なしとして却下しているので当審としては結局右に関する控訴を棄却すべく、控訴人の新請求中、第一次売渡処分の取消を求める部分は、出訴期間経過につき訴を不適法として却下し、また第二次買収処分の取消を求める部分及び第一次売渡処分並に第二次買収、売渡処分の各無効確認を求める予備的請求はいずれも理由なきに帰し失当であるから、これを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条第九五条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 相島一之 高次三吉 木本楢雄)
目録
佐賀県小城郡小城町大字岩蔵字米野四六一九番
一、田 六畝二九歩