福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)91号 判決 1965年4月14日
理由
原判決別紙目録記載の各土地が嘗つて補助参加人日東商事株式会社の所有であつたことは当事者間に争がない。
次に(証拠)によれば、訴外中山国俊は日東商事の代表取締役として、昭和三二年一月五日又は同月一二日控訴会社に対し、右土地等を一括して売渡した事実を認定することができ、該認定を左右するに足りる証拠はない。
しかるに右中山は昭和三一年一二月二七日開催された日東商事の取締役会において訴外江里口徹男とともに代表取締役に選任されたものであり、又右取締役会を構成する取締役中山外三名は前任取締役の辞任により同月二四日開催の株主総会において取締役に選任されたものであるが(右各就任の登記は昭和三二年一月一二日)、当時同会社の前任取締役は仮処分によりその職務の執行を停止され、代行者として植田夏樹外三名が選任されており、且つ右植田は商法第二六一条第三項、第二五八条第二項による代表取締役に選任されていた。しかして右仮処分は昭和三二年一月一四日その申請が取下げられ、同月二一日これに関する登記がなされた。以上の事実も亦当事者間に争のないところである。
このように仮処分により取締役の職務の執行が停止され代行者が選任されている場合でも、前任取締役の辞任により欠缺した会社の機関を整備するため、株主総会において後任取締役を選任することは、右処分の趣旨、内容に牴触するものではないから固より有効である。しかし右後任取締役が選任されたことにより、仮処分による代行者が当然その職務執行の権限を喪失するものとは解せられない。けだし仮処分は取消その他一定の事由がなければ効力を失うものではなく、その失効しない限り代行者が職務執行の権限を喪失する謂われはないからである。したがつて仮処分の存続する限り、取締役の職務は代行者において専らこれを執行すべきであつて、前記後任取締役がこれを執行することはできない。尤もこの場合、後任取締役が選任されたことにより代行者の存在はもはや必要がなくなつたわけであるから、事情の変更を理由として仮処分の取消を申請することは可能であるが、その取消に至るまでの間は依然代行者において職務を執行するものと解しなければならない。
商業登記規則第六一条は上来説示の法解釈に即応して、関連の登記手続を規定したものと解せられる。その他、後任取締役の選任により代行者が当然その権限を喪失するという控訴会社の見解を採用するに足りる法的根拠はない。
次に控訴会社は、「後任取締役は仮処分存続中といえども、少くとも代表取締役の選任をなすことができる」と主張する。しかし仮処分による職務執行の停止は全面的であると解すべきであるから、後任取締役は代表取締役の選任も亦これをなすことができない。株主総会による後任取締役の選任が仮処分中であつても有効にこれをなし得ることは前記の通りであるが、それは該選任が仮処分の趣旨、内容に背馳しないからである。これに反し、同じく会社の機関であつても取締役会により代表取締役を選任することは、仮処分の趣旨、内容に牴触するから許されないのであつて、両者は固より同日に論ずることができない。
以上の解釈によれば、本件において後任取締役より構成された取締役会において中山及び江里口を代表取締役に選任した行為は無効である。したがつて中山は控訴会社と本件土地につき売買契約を締結した当時、日東商事を代表する権限を有しなかつたものである。
控訴会社は更に、中山の代表取締役としての権限が仮処分存続中は発生しないとしても、仮処分申請の取下又は仮処分取消の時には発生し、爾後代表取締役として職務執行をなすことができる旨の見解を披瀝する。しかし取締役の職務執行停止代行者選任の仮処分の存続中取締役としてなした行為は絶対無効であつて、後に該仮処分が取消されたり、その申請が取下げられたりしても、これにより有効となるものではないし、又仮処分の失効を停止条件として行為することも許されないと解すべきである。したがつて本件において、後任取締役より構成された取締役会において中山を代表取締役に選任した行為は絶対無効であり、その後仮処分申請が取下げられたからといつて、その時から有効になるわけではない。なお右仮処分申請の取下後において、あらためて適法な手続により、代表取締役の選任がなされた事実は、本件に現われたすべての証拠によつても認めることができない。してみれば控訴会社の主張するように、本件仮処分申請の取下後である昭和三二年一月一七日、或は同年四月二五日に、本件売買契約につき追認又は新たな行為がなされたとしても、右は畢竟代表取締役の権限のない者による行為であつて、その効力のないことは明らかである。控訴会社は、中山の代表取締役に選任されたことが登記されている以上、同人に代表取締役としての権限がないとすればその代表権限に対する制限となり、この制限は善意の第三者である控訴会社に対抗することができないと主張するが、もともと代表権限のない者についてその権限を制限するということはあり得ないのであつて、右主張は採用することができない。
以上の理由により、日東商事と控訴会社との間に締結された本件土地の売買契約は無効であるから、その有効であることを前提とする控訴会社の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、失当としてこれを排斥すべきであり、これと趣旨を同じくする原判決は相当である。
よつて本件控訴は理由がないからこれを棄却する……。