福岡高等裁判所 昭和37年(ラ)53号 決定 1962年5月15日
理由
一、(抗告人の主張省略)
二、本件記録によれば、つぎの事実が認められる。
福岡地方裁判所が、執行証書を債務名義とする同庁昭和三五年(ヌ)第三〇号不動産強制競売事件について、昭和三六年八月八日福岡市東唐人町五九番地有限会社丸は産業に本件不動産の競落許可決定を言い渡したのに対し、執行債務者森脇美嘉の相続人である抗告人らは、同決定に対する即時抗告期間の最終日に当る同年八月一五日同裁判所に「競売手続開始決定(執行方法)に対する異議」と題する書面を提出して、右執行証書記載の債権全部及び執行費用を完済したことを主張し、かつ、民事訴訟法第五五〇条第四号前段の弁済証書(債務名義及び執行費用債権全部の弁済証書)を提出したところ、同裁判所は昭和三六年八月二四日附をもつて抗告人ら主張の事実は認めることができるが右弁済の事由は、本件強制執行を停止しうるにとどまり、既になしたる執行処分は一時保持されるものであるから、右弁済の事由をもつて本件競売開始決定の取消を求めることは許されないと説示して抗告人らの異議申立を却下したこと、この異議申立却下決定に対する抗告人らの即時抗告も結局抗告審において棄却され同決定は確定したこと、なお、右抗告とは別に抗告人らは前記競落許可決定に対し、即時抗告期間経過後の同年八月一八日即時抗告の申立をなしたが抗告期間経過後の不適法な抗告の申立であるとして却下され、同却下決定は確定したこと、よつて福岡地方裁判所は、昭和三七年二月二六日附をもつて競落代金支払期日を同年三月一二日午前一〇時(抗告人ら主張のように同年二月二七日を代金支払期日と指定した事実は存しない。)配当期日を同三月二〇日午前一〇時と各指定したところ、右代金支払期日前の同年二月二八日競落人において競落代金を完納したが、抗告人らは昭和三七年三月一四日「代金支払期日指定に対する異議申立書」と題する書面を原裁判所に提出し、前示債務名義の債権及び強制競売費用を完済し、かつその旨の弁済証書を提出したことを理由として、代金支払期日並びに配当期日指定の取消を求めたのに対し、原裁判所は、
民事訴訟法第五五一条によれば、弁済証書が提出されたときは従前の執行手続はなお保持されるのであり、他方同法第六八〇条は競落許可決定に対する不服方法として特に即時抗告を認め、しかも該即時抗告は執行停止の効力を有するものと規定し、第六八二条は、一の決定に対する数個の抗告については互に併合して裁判すべきものとし、また第六八六条は、競落人は競落許可決定により不動産の所有権を取得することを規定しているのであつて、これらの規定を互に対比して考えるときには、競落許可決定に対する即時抗告は、同決定の確定を遮断し所有権取得の効果を不確定のものとする効力を有するのに対し、弁済証書の提出はかかる効力を有するものではなく、競落許可決定に対する即時抗告期間中に弁済証書が提出されても、即時抗告期間はそのまま進行し、その徒過によつて競落許可決定は確定し、競落人は確定的に競落不動産の所有権を取得するものと解すべきである。そして競落許可決定が確定した以上、競落人は代金を裁判所に支払う義務を負い代金が完納された以上、裁判所は競落人に対し所有権の移転に伴う必要な手続を進めるべきであつて、かりにその後請求異議訴訟の確定判決正本の提出により、強制競売手続が取り消されたとしても、みぎの理に変りはないので異議申立中代金支払期日の指定の取消を求める部分は理由がないが、執行債権の弁済に関する抗告人らの主張は、請求異議訴訟の判決において最終的に判断されるのであるから、本件弁済証書の提出による執行停止の効果は、当然配当手続に及ぶものと解すべく、したがつて、本件において代金配当期日の指定がなされたことは違法であるとして同期日の指定を取り消したことが明らかである。
ところで、不動産強制競売手続において、競落期日前に弁済証書が提出されると、民訴第五五〇条第五五一条により執行は停止され、これを無視して競落を許すことは違法であり、誤つて言い渡された競落許可決定に対しては、民訴第六八一条第二項第六七四条第二項第六七二条第一号により、同決定の取消を求めて抗告をなしうるが、右に見たように、執行証書を債務名義とする不動産強制競売手続において、競落許可決定の言渡し後その確定前に、執行債権及び執行費用を完済した旨の民事訴訟法第五五〇条第四号前段に当る証書が、執行裁判所に提出された場合は、右の競落許可決定を言い渡したことにはなんらの違法はなく、右の時期における弁済証書の提出は、その提出前すでに適法になされた競落許可決定を取り消す効力を有しない意味においては、同法第六七二条第一号第六七四条第二項第六八一条第二項の「執行を続行すべからざること」に当らないので、競落許可決定に対する抗告理由とはなり得ないで、たんに同法第五五一条に従い既になした執行処分を一時保持せしむべきであるから、競落許可決定は右弁済証書の提出によつて確定を遮断されるので、債務者としては遅滞なく請求異議の訴を提起して同法第五四七条の規定に従い。執行処分の取消決定または執行不許を宣言した執行力ある裁判の正本を得てこれを執行裁判所に提出して、競落許可決定に対する即時抗告をなして、同決定の取消を求めるか、あるいは、弁済証書の提出が一時執行処分を保持するに過ぎないのに、執行処分の取消決定は容易くは得られない実状にあり、かつ、執行不許の本案判決を得るには相当の日時を要する裁判実務の事情に徴し、債務者としては少なくとも、同法第五四七条の規定に従い、比較的容易に求めうる強制執行停止決定を得て、その正本を執行裁判所に提出して、本案判決のあるまで執行処分を保持せしめることによつて、競落許可決定の確定を遮断するの方途をとるべきである。しかるに、債務者である抗告人らはかような方途に出ないで、前示のとおり昭和三六年八月一五日に競売手続開始決定に対する異議の申立をなし、同月一八日競落許可決定に対する即時抗告をなしたのであるが、強制競売手続においては、執行債権の弁済による消滅というような実体的理由をもつて強制競売手続開始決定に対する異議を主張することができないばかりでなく、民事訴訟法第六七二条第六八一条第二項は同第五四四条との関係においては異議申立及び抗告の事由を制限するものと解すべきである(昭和三五年一二月一九日当裁判所決定・下級裁判所民事裁判例集一一巻一二号二六九八頁参照)から、すでに競落許可決定が言い渡された後は、競落許可決定に対し、同法第六八一条第二項第六七二条各号所定の事由を主張して不服を申し立てうるのは格別、これと離れて別個に同法第五四四条の異議を申し立てることはできないので、先に抗告人らの申し立てた異議は不適法であり、かりにこの異議申立を競落許可決定に対する抗告と善解しても、抗告の理由として主張するところの排斥を免れないことは、前説示のとおりである。もつとも異議ないし抗告が排斥されるということは、前示弁済証書の提出によつて生じた執行処分の一時の保持という効果になんらの消長を及ぼすものではないので、競落許可決定は、一時(一時とは相当の期間をいう)未確定の状態において存するので、先の抗告裁判所が、先に抗告人らのなした抗告を抗告期間経過後の不適法な抗告であると見て抗告を却下したのは、当裁判所の組みしがたい見解であるけれども、右抗告が理由がないとして排斥を免れないものである以上、抗告人らにおいて抗告の目的を達し得ない帰結にいたつては同断である。しかして、前示のとおり競落人は昭和三七年二月二八日競落代金を完納しているところ、昭和三六年八月一五日弁済証書の提出によつて生じた執行処分の一時保持による競落許可決定の確定遮断の効果は、相当の期間経過後には消滅するものというべきであるから、おそくとも昭和三七年二月前には、競落許可決定は確定したものと解すべきであるので、利害関係人の競売手続続行の申立がないのに、原審が競落代金支払期日を昭和三七年三月一二日午前一〇時と指定したのは相当で(競落人がこの期日前の同年二月二八日競落代金を納付したのは相当でないが、代金支払期日を経過するとともにそのかしは治癒されたと見るべきである)、これを違法とする論旨は採用しがたい。
原決定には当裁判所の以上の説示と趣を異にする点があるけれども、代金支払期日の指定を違法でないとする終局の判断は正当で論旨中以上の説示に反する見解は採用しない。
よつて主文のとおり決定する。