福岡高等裁判所 昭和38年(う)57号 判決 1963年7月15日
被告人 吉村順喜
主文
本件控訴を棄却する。
理由
一、法令誤用の主張について。
所論は、原判決は「被告人は昭和三七年九月一〇日午前九時頃右(判示第二の事実)窃取したケーブル線を同町(長崎県西彼杵郡崎戸町)土井の浦山中において切断していた現場を同鉱業所(三菱鉱業株式会社崎戸鉱業所)資材課員松尾三郎から現認され、同人が右事実を同鉱業所勤労課および警察官に申告したため、自己が該窃盗事件の被疑者として捜査されていることを聞知するやこれに憤激し、翌九月一一日午后一時二五分頃同郡大島町中戸酒類販売店崎山イキ方公衆電話にて、同鉱業所資材課事務所の電話口に右松尾三郎を呼び出し、同人に対し『昨日俺があれだけ内証にしてくれと頼んだのに何故喋つたか、それでも男か、お前にはお世話になつたから午后八時に出て来い、場所はどこでもよい、お前が決めろ、お前が警察、警察と言うなら午后八時とは言わん、今からすぐ来るけんそこに待つとけ』等と申向け、もつて自己の窃盗事件の捜査に必要な知識を有する同人に対し故なく面会を強請した。」との訴因については、証拠により右起訴にかかる事実はこれを認めるに充分であるが、刑法第一〇五条の二にいう「面会の強請」とは、直接その相手方に対し、言語、挙動等を示して、強いて面会を求める場合をさし、電話、文書、使者等により間接的に面会を求める場合までは包含しないと解すべきであるから、電話を通じて間接的になした被告人の右所為は罪にならない、として無罪の言渡をした。しかし右法条制定の趣旨、目的、同法条の規定の形式からすれば、面接その相手方に対し言語、挙動等を示してなす面会の強請と、本件のごとく電話によるそれとを区別し、電話による面会の強請行為は間接的だからとの一事をもつて本罪を構成しないものと解しなければならない合理的な理由は見出せない、本罪は、面会強請の手段方法が、直接相手に向つての強請であろうと、家人などを介し、または本件のごとく電話による等間接的な場合であろうと、その直接、間接たるを問わず、すべて成立するものと解するのが相当である。原判決には右法条の解釈適用を誤つた違法がある、と主張する。
案ずるに、刑法第一〇五条の二の規定は、面会強請の方法についてなんらの限定もしていないのであるから、その方法は直接たると間接たるを問わないようにも解せられるのであるけれども、面会強請の社会的意義からいつても、はたまた同法条の保護法益が、刑事司法の適正な運用という国権の作用であるとともに、同法条所定の者の個人的平穏でもあること、および同法条制定の趣旨、目的からみても、その方法にはおのずから限界があるものであつて、直接相手方の住居、事務所等において行なうことを要し(家人等を介する場合を含む)、書信、電話等によるがごとき間接に行われるものは包含しないものと解するのが相当である。けだし、いわゆるお礼参りとして、刑事被告事件の被疑者、被告人、その身内の者等が被害者、証人、参考人等同法条所定の者に対し、示談や告訴、告発の取下を求め、あるいは捜査、裁判機関に対し有利な供述をなさしめるため、その住居、事務所等において面会を強請し、同人らに個人生活ないし社会生活上すくなからざる不安、困惑を感ぜしめ、また感ぜしめつつあることは一つの大きな社会的事実であつて、この現実に立脚し、この種事犯の取締を目的として同法条は新設されたものであり、またその面会の強請が住居、事務所等においてする直接の方法によるのと、書信電話等による間接の方法によるのとでは、相手方の蒙る不安、困惑の程度が一般に格段の相違があり、後者はむしろ一般に認容しうべきところである。もつとも、書信、電話等による間接の方法による場合でも、その威圧の程度が強度となり、一般に人を畏怖させるに足る程度に達することもあろうが、そうなれば脅迫罪が成立し、場合によつては強要罪ないし恐喝罪の着手があることになるだけである。原判決が、本件電話を通じて間接的に面会を求めた被告人の所為は同法条にいう面会強請にあたらない、として無罪の言渡をしたのは相当である。この論旨は理由がない。
二、訴訟手続の法令違背について。
所論は、かりに被告人の本件電話による面会強請の所為が刑法第一〇五条の二の罪を構成しないとしても、被告人は相手方に対し「それでも男か、お前にはお世話になつたから午後八時に出て来い」云々と申し向けたもので、暗に相手方の生命、身体に対し危害を加うべき旨の告知であり、脅迫罪を構成することは明らかであるから原裁判所としては、刑事訴訟法第三一二条第二項により、検察官に対し脅迫罪としての訴因罰条の追加または変更を促がすかまたは命じたうえ、さらに審理を尽すべき義務があるのにかかわらず、原裁判所がかかる措置をとらず漫然無罪の判決をしたのは、訴訟手続の法令違背である、と主張する。
しかし、裁判所は自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促がしまたはこれを命ずべき責務のないことは、昭和三三年五月二〇日言渡最高裁判所同三〇年(あ)第三三七六号判決(同判例集一二巻一四一六頁)の示すところであるから、この論旨も理由がない。
三、量刑不当の主張について。
記録によると、本件窃盗は再度に及んだものであり、犯後の情況からしても、軽視を許さないものがあるが、反面被告人は三菱崎戸鉱業所を停年退職後生活の安定を失い一時の迷から本件所為に及んだものであり、前科はなく、今は改悟の情も窺われるのであるから原判決が被告人を刑の執行猶予にしたのはむしろ相当であり、それが軽きに失して不当であるとは認められない。この論旨もとるをえない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 青木亮忠 木下春雄 内田八朔)