福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)572号 判決 1964年2月08日
福岡相互銀行
理由
一 本件不動産(原判決末尾目録(2)(3)の不動産をいう)は、同目録記載の(1)及び(4)ないし(8)の不動産とともに、もと被控訴人の先代草刈菊太郎の所有であつたが、昭和二〇年四月五日同人の死亡により被控訴人においてその家督相続によつて、これが所有権を相続取得し、昭和三〇年六月九日その旨の所有権移転登記をなしたこと(この点原判決の理由一の記載を引用する。ただし理由一の六行目に「家督」とあるのは「家督相続」の誤記と認めて訂正する)右(1)ないし(8)の不動産には、昭和三〇年八月三日長崎地方法務局佐世保支局受付第五、一八六号をもつて、同年七月二五日の根抵当権者を被告知人福岡相互銀行、根抵当権設定者を被控訴人、債務者を前出静一とし、債権元本極度額金五〇万円、遅延損害金日歩五銭の根抵当権設定契約に基づく根抵当権設定登記が経由されついで、昭和三〇年一〇月一四日同支局受付第七、三一三号をもつて、同日右債務者前出静一の債務を訴外北九州船用品株式会社が免責的引受けをなした旨の付記登記なされていること(当事者弁論の全趣旨と成立に争いのない甲第一八号証、同甲第二四号証から第二七号証による)が認められる。(便宜この抵当権を第一抵当権と称する。)
二 そして右第一抵当権の設定契約及びその登記が、訴外鳥本敬七、前田静一、前記訴外会社の代表取締役である訴外山下恵一郎らが、被控訴人不知の間にその氏名を冒用してなした一連の無権代理行為であることは、原判決の理由三に説示するとおりであり、また控訴人らの無権代理追認の抗弁の採用し得ないことは、原判決の理由四に説示するとおりである(同四の一行以下八行「証拠は存しない。」まで)から、いずれもここに引用する。
三 ところで、(一)前認定の被告知銀行を根抵当権者、被控訴人を根抵当権設定者、訴外前田静一を債務者(後に北九州船用品株式会社において免責的債務引受けをなして債務者となつた。)とする右第一抵当権の設定契約及びその登記は、被控訴人の氏名を冒用してなされた無効のものであることを、同銀行において覚知し、同銀行佐世保支店の貸付けを担当する課長西本利孝は、昭和三〇年一〇月一九日(被控訴人は同月一七日と主張するが、成立に争いのない甲第一九号証及び前示甲第一八号証に徴し、同月一九日と認める)北九州船用品株式会社に対し金五〇万円を、弁済期同年一一月一七日、遅延損害金日歩五銭と定めて貸与し、同会社は右金五〇万円のうちから、前認定の債務引受けによつて負担した当時の全債務金三五万円を完済し、残金一五万円の交付を受けたことその頃被控訴人は被告知銀行に対し、右訴外会社が負担する債務を担保するため、改めて本件不動産につき抵当権を設定し(便宜これを第二抵当権と称する)、かつ連帯保証債務を負担したこと(この点原審被控訴本人尋問の結果により成立を認める乙第一号証及び前示甲第一九号証参照)は、被控訴人の主張するところであり、また控訴人らの明らかに争わない事実である。
(二) そして(証拠)によれば、被告知銀行は長崎地方裁判所佐世保支部に対し昭和三二年一月一八日附(同月二二日同裁判所長受附)をもつて、前示北九州船用品株式会社を債務者とし、同会社に対する貸金残額金四七五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年六月一一日以降完済まで日歩五銭の割合による遅延損害金の満足を得るため、根抵当権設定者である被控訴人所有の本件二筆の不動産を含む前示一の(1)ないし(8)の不動産に対し、抵当権実行のため競売を申立てたこと。同申立書には競売法第二四条第二項第三号の競売の原因たる事由として、つぎのとおり記載してあること、すなわち、「債権者(被告知銀行)は債務者と昭和三〇年七月二五日債権元本極度額金五〇万円、日歩五銭の損害金を、期限後支払いの根抵当権設定契約をなし、(意明らかでないが原文のまま書写す)同年八月三日長崎地方法務局佐世保支局受附第一、一八六号をもつて、根抵当権設定契約をなし、同年一〇月一四日前記訴外会社において債務を引受け、即日その旨の登記を了した。債権者は右根抵当権の契約に基づき、同年一〇月一九日金五〇万円を貸越した。これは、公証人松尾定次作成の第二〇、四一六号の本件根抵当権契約による貸越しをしたものである。ところが、債務者は、内金二五、〇〇〇円と昭和三一年六月一〇日までの損害金の支払いをなしただけで、残元金四七五、〇〇〇円と昭和三一年六月一一日以降の損害金の支払いをしないで、本件競売を申立てた。」と。右のとおり認めることができる。
(三) また、前記甲第一九号証公証人松尾定次の昭和三〇年一〇月二七日作成にかかる第二〇、四一六号金銭貸借契約公正証書によれば、被告知銀行が債務者北九州船用品株式会社に対し昭和三〇年一〇月一九日貸付けた前示金五〇万円の元利金債権につき、同会社のため、被告知銀行に対して被控訴人は連帯保証をなし、かつ、債務不履行の場合における強制執行を認諾していることが認められる。
四 以上の認定によつて、被告知銀行のなした競売が有効であるかどうか、また、控訴人らが競落不動産の所有権を取得するかどうかを説示すれば、第一抵当権は終始無効であつて、控訴人ら抗弁のように追認によつて有効となつたことはなく、訴外会社の被告知銀行に対する債務は、同会社のなした弁済によつて消滅したのであるから、第一抵当権に基づいては被告知銀行は競売を申立てることはできないし、かりに競売を申立てても、その競売手続における競落人は、競落不動産の所有権を取得し得ないことは当然であるけれども、同銀行は第二抵当権を有しており、この抵当権が登記を経たという証拠はないが、未登記抵当権者といえども同抵当権設定者において不動産を所有するかぎり、抵当不動産に対して競売を申立て得ることは当然である。しかして、同銀行の申立てた競売申立書の記載は、前記三の(二)に示すとおりであり、一見無効の第一抵当権に基づいて競売を申立てたかのような外観を示しているようであるが、すでに第一抵当権が無効であることを知悉し、債権も完全に回収した上、改めて第二抵当権者となつた被告知銀行が、特殊の事情がないのに、わざわざ無効かつ不存在の第一抵当権によつて競売を申立てたと解するのは正常でなく、むしろ特段の事情のないかぎり、事実有する第二抵当権に基づいて競売を申立てた(第一、第二の抵当権は目的不動産が同一で、その債権の元本及び損害金の額も全く同一であるから、被告知銀行は第二抵当権の被担保債権を第一抵当権の登記によつて担保されるべく、流用する積りであつたかも知れないが、かかることは許されない。)と解するのが解釈の正道であるというべきところ、右競売申立書には、要約すれば被告知銀行が昭和三〇年一〇月一九日債務者である訴外会社に金五〇万円を、遅延損害金日歩五銭、弁済同年一一月一七日(申立書自体には弁済期日時の記載はないが、同書に公証人松尾定次作成の第二〇、四一六号公正証書を引用しており、この公正証書と総合して弁済期が認められるし、また競売申立書自体には弁済期の記載がなくても、競売申立が違法であるとはいえない)と定めて貸付け、これを担保するため、被控訴人所有の前示一の(1)ないし(8)の不動産に抵当権を有するので競売を申立てる旨の記載が存するので、甲第一八号証の競売申立書は、第二抵当権に基づく競売の申立書たる効力を有しないとはいえないといわなければならない。もつとも、競売法第二四条第二項第三号の競売申立書に記載すべき競売の原因たる事由というのは、競売の基本たる抵当債権を特定しこれをそれ以外の他の抵当債権と識別し得る程度に記載すべきであるが、本件のように、債権を特定しこの債権を担保する第一の抵当権を有する旨記載するのは、右第二四条第二項第三号の記載として相当でないこと言をまたないけれども、被告知銀行が右債権を担保する第二の抵当権を有するかぎり、同銀行はその抵当不動産に対し競売を申立て得べきであり、しかして前示競売申立に基づく競売手続は、第二抵当債権に基づく競売手続として有効なものと認むべく、その競売手続において、控訴人らが被控訴人主張のとおり本件不動産を競落し、その所有権移転登記を受け(この点は当事者間に争いがない)、競売手続が終了した以上控訴人らは有効に本件不動産の所有権を取得したものというべきである。
五 以上見たとおり被控訴人の請求は理由がなく、これを認容した原判決は不当。