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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)775号 判決 1965年1月25日

控訴人 日本調味料株式会社

被控訴人 福岡県第一信用組合

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  (1)  予備的請求に基づき被控訴人は控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和三七年一〇月二日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人その余の予備的請求を棄却する。

三  控訴費用はこれを一〇分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴人は「首位的請求として原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和三七年一〇月二日以降完済まで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。予備的請求として、被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和三七年一〇月二日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、被控訴人は「控訴棄却並びに予備的請求棄却」の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において、一、被控訴人はその組合員である溝口文次郎に対し中小企業等協同組合法(以下中協法と書く)及び定款の規定上当然資金の貸付をなしうるところ、ここに資金の貸付とは必ずしも現金を即時貸付ける場合にかぎらず、将来条件が成就した時組合員のために、組合員に代つて出捐することも資金の貸付に当るのである。すなわち、被控訴人の組合員が第三者となす取引上の債務につき、被控訴人において第三者に対し保証をなし、右組合員が取引上の債務を支払い得ない場合、保証契約に基づいて支出すること、換言すれば、組合員に対する将来の支出(貸付)を予じめ承諾しておくことも貸付であり、本件はこれに当るのであるから、本件保証契約は有効である。

二、予備的主張。

仮りに本件保証が無効であるとしても、被控訴人の代表理事長崎秀雄がなした本件保証行為は、同人がその職務を行うにつき、控訴人に加えた加害行為であるから、(中協法第四二条、商法第二六一条第二項、第七八条第二項、民法第四四条第一項)、被控訴人は控訴人に対し損害賠償として予備的請求趣旨記載の金員を支払うべきである。すなわち、控訴人は溝口文次郎に対し、控訴人との所定期間内の取引によつて生ずべき債務につき一定の限度を定めて保証をなす確実な保証人を立つべきことを要求したところ、同訴外人は被控訴人の代表理事長崎秀雄に対しその旨の保証をなしてくれるよう委託した結果、中協法に基づいて設立された信用組合である被控訴人の代表理事長崎秀雄は、組合員溝口文次郎の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上をはかることを目的として、本件の保証をなしたのであり、この保証は長崎秀雄が被控訴人の代表理事としてその職務の執行につきなしたものである。しかしてすでに溝口文次郎が倒産して売掛代金四、八五九、八三〇円の債務を支払い得ない現在、被控訴人の保証がなければ同訴外人と取引を開始しなかつたであろう控訴人に対し、被控訴人は保証限度額金三〇〇万円及びこれに対する本件支払命令送達の翌日である昭和三七年一〇月二日以降完済まで、年五分の割合による損害金を支払うべきである。

三、被控訴人の代表理事は保証能力がないのにそれを知らずに保証をした点において、その職務を行うにつき過失がある。また被控訴人の過失相殺の抗弁は否認する

と述べ、<証拠省略>

被控訴人において、一、被控訴人は中協法に基づいて設立された信用組合であるところ、本件保証は中協法及び被控訴人の定款の規定に照らし、被控訴人の目的の範囲内にあらざる法律上無効の行為であるから、民法第四四条第二項によつて理事個人に対し責任を問うは格別、代表理事長崎秀雄が職務の執行につき加害行為をなしたとして、被控訴人に損害の賠償を求めることはできない。詳言すれば、被控訴人が保証をなし得るのは、中協法及び定款所定の例外的な場合に限られ、保証という行為のいわゆる外形観察からしても被控訴人の目的の範囲内の行為とは認めがたいものである。これは預金の受入れのように、本来原則的になし得る預金の受入れを、たまたま員外者からなした場合と異なるのである。また、本件保証をなすについて、被控訴人に故意ないし過失がないので不法行為自体が成立しないし、かつ、控訴人の溝口文次郎に対する債権は現に存在し、本件保証がなされたことによつて消滅するものでないから、控訴人に損害が生じたとはいい得ない。

二、かりに被控訴人に損害賠償義務があるとしても、本件保証契約の締結について控訴人にも過失があるので賠償額について斟酌さるべきである。

と述べ<証拠省略>

た外は、原判決に示すとおりである。

理由

一、控訴人が調味料の製造販売を業とする株式会社で、被控訴人が中協法に基づいて設立された信用組合であり、訴外溝口文次郎が被控訴人の組合員であること、被控訴人の代表理事長崎秀雄が被控訴人を代表し(この点は成立に争いのない甲第一号証により認める)、昭和三六年一一月二四日、同訴外人が同日から昭和三七年四月三〇日までの間、控訴人から調味料を継続して買受ける取引をなすに当り、同期間中の取引によつて同訴外人が控訴人に対して負担すべき債務につき、金三〇〇万円を限度として、控訴人との間に保証契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、よつて右保証契約が有効であるか否かについて判断する。

中協法に基づく信用組合の権利能力は、中協法、協同組合による金融事業に関する法律等の法律に基づく信用組合の定款所定の事業(いわゆる法人の目的)によつて能力の制限を受けることはいうまでもない。もつとも、ある行為が定款所定の事業の範囲内にあるかいなかは、信用組合の主観によつて決することなく、その行為が客観的に外形より観察して、定款所定の事業の遂行上必要であるかどうかによつて決すべきであるが、商行為その他の営利行為を目的とする会社のように、原則として社員の資格に制限なく、定款所定の目的たる営業は、たんに営利を目的づける徴表手段たるに過ぎないのと趣を異にし、小規模の事業者勤労者等に必要な金融事業を行い、これらの者の公正な経済的活動の機会を確保し、もつてその自主的な経済的活動を促進し、その経済的地位の向上をはかることを目的とするとともに、協同組織による金融業務の健全な経営を確保し、預金者その他の債権者及び組合員の利益を保護することにより、一般の信用を維持し、もつて協同組織による金融の発達をはかることを目的とするものであること、それがため中協法、協同組合による金融事業に関する法律が、その目的達成のため詳細な規定を設けていることを重視し、(中協法第一条、協同組合による金融事業に関する法律第一条参照)ある行為が信用組合の定款所定の事業遂行のために必要であるかを決するについては、会社におけると異なり、拡張解釈することなく、法文や、定款規定の文言に従つて公正忠実に解釈しなければならない。

ところで、成立に争いのない乙第一号証(被控訴人の定款)によれば、被控訴人の事業としてその第二条に中協法第九条の八と全く同旨の規定があるところ、前認定の本件保証は、右定款第二条の各項号、中協法第九条の八の各項号のいずれにも該当せず、これを客観的に外形から観察しても被控訴人の定款所定の事業の範囲内に属しないものであることが明白である。けだし、被控訴人が保証をなし得るのは、銀行その他の金融機関の業務を代理して代理貸付をなす場合において(貸付の相手方が組合員であると否とを問わない)、貸付によつて生じた相手方の貸主たる金融機関に対し負担する債務を被控訴人において当該金融機関に対し保証するという特殊の場合に限られ(前示第二条第二項、第一、二号、第九条の八第二項第一、二号参照)、右以外に組合員のために組合員の債権者に対して保証をなし得る定款ないし法律の規定は存しない。保証は保証する者にとつては、保証料を徴する場合であると否とを問わず、保証債務という債務を一方的に負担する行為であり、主債務者に対し所定の求償権を有するとはいえ、保証債務額の著大であればある程あるいは保証人たる被控訴人の財産の減少を招来しないとも限らない危険な行為で、ひいては中協法第一条、協同組合による金融事業に関する法律第一条所定の目的の達成を阻害するにいたらないとも限らないのである。したがつて前示特殊の場合に保証をなし得るの外、被控訴人は組合員のため、その債権者に対し保証をなし得ないものというべきである。

控訴人は組合員のためその債権者に対し保証をなすことは、組合員に対する資金の貸付に当ると主張し、資金の貸付という用語が場合によつて保証を包含する広義に解されることのあるのは、当裁判所でもこれを否定しないが、本件においての控訴人の主張は、中協法第九条の八第一項第一号第二項第二号前示定款第二条第一項第一号第二項第二号と対照すれば、右第九条の八、第二条の解釈としては独自の見解で、当裁判所の組しがたいところである。(中協法第九条の二第一項第二号と、第九条の八第一項第一、二号と対比すれば、信用組合は組合員のためにする事業資金の借入をなし得ないと解すべきである以上、組合員のために保証をなすことは、前説示の場合を除いて許されないと解すべきである。)

以上説示のとおり本件保証は信用組合である被控訴人の能力外の行為であつて法律上無効と解すべきであるから、保証契約の有効に存在することを前提する控訴人の首位的請求は失当で排斥を免れない。

三、つぎに予備的請求について判断する。

中協法第四二条により準用される商法第二六一条第二項、第七八条第二項民法第四四条第一項の規定に基づいて、信用組合の理事がその職務を行うにつき、故意または過失により他人に損害を加えた場合に、信用組合が賠償の責に任ずるには、理事の行為が必ずしも信用組合の事業の範囲内の行為であることを要せず、実質上は事業の範囲外の行為であつても、その行為の外形から観察して事業の範囲内における行為と認められ得るものであれば足りると解するのが相当である。本件保証契約は、被控訴人の定款第二条、中協法第九条の八に照らし、実質上被控訴人の事業の範囲外の行為で無効の契約であることは、先に説明したとおりであるけれども、被控訴人が組合員のためにその債権者に対し保証をなすことは、その行為の外形から観察して、被控訴人の事業の範囲内の行為と認められるので、本件保証は被控訴人の代表理事長崎秀雄がその職務の執行につきなしたものというべきである。しかして同代表理事には、本件保証契約が前示被控訴人の定款第二条、中協法第九条の八の規定に違反し無効であることを、少くとも過失によつて知らないで締結したという、いわゆる契約締結上の過失があると解すべきであるから、控訴人がこの保証を有効と信じたために訴外溝口文次郎と取引を継続し、それによつて控訴人に損害を生じたとすれば、被控訴人は、保証の限度額金三〇〇万円の限度内において賠償する義務があるといわなければならない。

よつて右の点について考察すれば、当事者口頭弁論の全趣旨、原審証人佐藤重利、当審証人溝口文次郎、鈴東正則の各証言によると、控訴人は本件保証を有効であると信じたがために、かつ、この保証があればこそ、昭和三六年一一月二四日以降昭和三七年四月三〇日までの間、訴外溝口文次郎に対し調味料を掛売販売し、金三〇〇万円を越える売掛代金債権残存するところ、その頃同訴外人は倒産して同訴外人からこれを回収することは全く不可能であつて、右売掛代金額相当の損害を被つたことが認められ、(被控訴人のいうように控訴人が同訴外人に前示売掛代金債権を有するということは、控訴人に損害を生じたとすることの妨げとはならない。)これに反する証拠はない。

ところで、被控訴人は右損害については控訴人にも過失があるので賠償額につき斟酌すべきである旨抗弁するから判断すれば、当審証人津脇吉雄の証言、前示各証言及び当事者口頭弁論の全趣旨によると、控訴人にも本件保証が中協法第九条の八の規定に照らし無効であることを知らないでこれを締結して取引を継続し、金三〇〇万円を越える(控訴人の主張によれば金四、八五九、八三〇円である)売掛代金の生ずるがままに放置したという点について少くとも過失の責があること、また同保証は控訴人が前示溝口文次郎を介して被控訴人に対し、保証能力あるものとして要求したため、被控訴人においても不用意にもこの要求に応じて保証契約を締結するにいたつた事情が認められるので、右の控訴人の過失を斟酌し、被控訴人の賠償すべき金額は、金一〇万円をもつて相当と認める。

よつて被控訴人は控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する損害発生後の昭和三七年一〇月二日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべく、これ以外の控訴人の請求は失当であるから棄却すべきである。

四、よつて民訴第三八四条、第九五条第八九条第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

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