福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)328号 判決 1965年4月22日
控訴人
中里鉱業所労働組合
代表者組合長
井上末雄
代理人
滝内礼作
被控訴人
吉岡恒義
代理人
稲沢智多夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
当裁判所も、被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断するのであつて、その理由は左記のとおり補足訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
労働組合の決議をもつて、組合員の政治活動を規制することができるかどうかの問題は、判例学説上議論の存するところであるが当裁判所は憲法第二八条の法意に照らし、労働組合が組合員の労働者としての生活利益の擁護向上という観点から、それに必要不可欠な一定の政治的要求を決議し、その実現のために一定範囲の政治活動を展開する場合において、組合がこれに違反した行動をする組合員に対して、組合の統制権ないし懲戒権をもつてのぞむことの許されることがあるのは、必ずしも否定しえないと解するのであるが、右統制権ないし懲戒権をもつて組合員を規制することのできる組合の政治活動の範囲(種類、内容や手段、方法等)については、労働組合の本来の目的と憲法の保障する組合員の個人としての基本的人権などに照らして自ら限界があり、いかなる活動がその限界を逸脱するものというべきかの判定は、各具体的場合について個別的に判断するの外はない。
そこで、本件組合の大会決議について見るのに、成立に争いのない乙第一号証に徴すると、右決議の要旨は「組合の政治活動の推進」として、組合の純経済的要求を解決するためには、現在の社会機構の下では、少くとも石炭安定化の国家的施策を不可欠の要素とし、これが施策の実現は民社党の飛躍的成長に期待するのが最も適当であつて、本件参議院議員選挙(以下単に参議選ともいう)に際しては、民社党所属の全国区立候補者古賀専を支持すること、及び「創価学会対策」として、本件参議選に際し、創価学会信者の組合員が他の組合員に″折伏″と称する強引な勧誘などによる選挙運動を行なうことも予測され、これが混乱を防止するため、今後は創価学会信者の組合員らがその信ずる教え故に、大会決議に基づく組合の団体行動を故意に破り、反組合的行動を行つた場合には、組合規約により統制違反として処分されるべきことを決議したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかるところ、憲法(第一四条、第一九条、第二一条等)は労働組合の組合員を含む国民の最も重要な基本的人権の一つとして、政治活動の自由、就中公職選挙に関する選挙運動の自由を保障するものであつて、この憲法上の保障と労働組合の本来の目的に鑑みるときは、少くとも組合員の公職選挙に関する適法の選挙運動を、たとえ組合内部かぎりででも、一般的包括的に制限禁止する組合決議は法律的には無効であつて、何ら組合員を拘束する統制力を有せず、従つて右決議違反の事実をもつて懲戒事由とすることは許されないものと解するのが相当である。而して前記認定の大会決議は、前記古賀候補以外の立候補者を支持する組合員の政治的活動(選挙運動)を一般的・包括的に制限禁止する趣旨のものと解されるので、右決議は、右選挙運動を制限禁止した限りにおいて、法律的には無効であつて、何ら組合員を拘束する統制力を有するものではないから、たとえ組合員が本件参議選に際し、右古賀候補以外の他の政党所属候補者を支持するための反組合行動たる選挙運動を行つたとしても、この一事をもつてその組合員を懲戒処分することの許されないのは明らかである。しかるに、控訴組合は、被控訴人に対する本件懲戒処分の事由の一つとして、被控訴人が古賀候補以外の候補者の選挙ポスターを訴外中里炭鉱株式会社中里鉱業所構内にある池田鮮魚店に掲示して、控訴組合員及びその家族らに向け、前記組合決議違反の選挙運動をしたことを主張するものであるから、右主張の失当たることは前叙の次第により明らかであつて、右主張の事由をもつて本件懲戒処分を正当づけることはできない。
さらに、控訴組合は、本件懲戒処分の事由として、被控訴人が右訴外会社構内には同会社及び控訴組合の許可なくしてポスター等の掲示ができないことを知りながら、反組合的意図をもつて前記選挙ポスターの掲示をし、組合規約を無視してその統制を乱したことを主張し、原審証人石山勝、同江口渡は、右主張に副つて、会社構内には控訴組合若しくは会社の許可なくしてポスター等の掲示ができないことになつている旨証言するが、会社が会社施設の所有者ないし管理者の立場において、構内でのポスター掲示を許可事項とすることは理解できるけれども、これについて控訴組合の許可をも必要とすることについての根拠が明らかでないから、この点の右証言はたやすく採用できない。のみならず、<証拠>を総合すると、被控訴人が訴外二名と共に、昭和三七年六月三一日本件参議選に際し公明政治連盟推せん候補鬼木勝利の選挙ポスター一枚を前記池田鮮魚店の店先に掲示したこと及び同店の敷地が訴外中里炭鉱株式会社の所有地であることは認められるが、訴外池田清四郎が右会社より右敷地を借用して、右鮮魚店の建物を個人所有するものであり、しかも、右建物は公道(村道)に沿つて建てられていて、右ポスターは右建物の右公道に面する板張部分に貼付されていたものであることが認められる上に、右建物全部が右会社構内に位置することを明確に区別するような施設は全く存しないので、少くとも右ポスターの掲示個所は会社構内であると認めることは困難であるから、右掲示については右建物の所有者ないし管理者の承諾を得ればこと足り(被控訴人は右承諾を得ていたことが認められる)、控訴組合は勿論、右会社の許可をも必要としないものと解すべきであつて、右判断を左右できる証拠はない。従つて、被控訴人が控訴組合及び会社の許可を受けないで、右ポスターを貼付したことが懲戒事由に該当するとする控訴組合の前記主張の理由ないことも亦明らかである。更にまた、控訴組合は、控訴組合において被控訴人に対し温情をもつて反省を促し、再犯をしないことの誓約を求めたのに、被控訴人はこれに応じなかつたので、止むなく本件懲戒処分がなされた旨主張するが、前叙の次第により被控訴人には統制違反の事実を認めえないので、右主張の事由をもつて本件懲戒処分を正当づけられないことも多言を要しないところである。
以上説述したところにより、すでに本件懲戒処分は無効のものと断ずるの外はないが、仮りに、被控訴人の本件ビラ貼りの所為が組合統制権に基づく懲戒処分の対象となるものであるとしても、原判決理由説示(原判決九枚目裏六行目以下)のとおり右所為の統制違反の程度は軽微であり、これをもつて被控訴人を除名即解雇するに値するほどの著しい違反行為と目することはできないので、控訴組合の除名をもつてした被控訴人に対する本件懲戒処分は、いわゆる統制権の濫用として、これを無効と認めるのが相当であるから、この点よりしても亦、被控訴人の本訴請求を正当としなければならない。
よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のように判決する。(岩永金次郎 岩崎光次 小川宜夫)