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福岡高等裁判所 昭和39年(行ケ)8号 判決 1965年3月16日

原告 森安直 外一名

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは、「被告が昭和三九年八月六日執行の熊本県有明海区漁業調整委員会委員選挙において当選人と決定した伊藤信次の当選の効力に関する原告らの異議申出を棄却した決定を取消す。右伊藤信次の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

原告らは請求の原因として

一、原告森安直は昭和三九年八月六日執行の熊本県有明海区漁業調整委員会委員の選挙に立候補し、得票数一、九五六票をもつて次点で落選人となつたもので、原告本島義明は右選挙の選挙人であつた。

二、訴外伊藤信次は昭和三八年四月三〇日ないし昭和四二年四月二九日を任期とする横島村議会議員の公務員であつたところ、同人が現公職のまま右海区調整委員選挙に立候補し当選人となつたのは公職選挙法第八九条の公務員の立候補制限の規定に違反する行為である。

三、漁業法第九五条は海区漁業調整委員会委員と都道府県の議会の議員との兼職禁止を規定しているが、右の規定は本件横島村の如く海面及び漁場を所在地とする市町村議会議員と右海区調整委員との兼職についても拡張解釈され、禁止されるものと解すべきである。

四、漁業法第九七条の二に海区調整委員が地方自治法第一八〇条の五第六項の規定に該当するときは、その職を失うと規定してあり、訴外伊藤信次は委員として熊本県の機関関係にある横島村漁業協同組合と請負と類似の海産物販売請仲買の契約をしているので、地方自治法第一四二条の法意にも違反し、同人を海区調整委員に選出するのは違法である。

五、原告は前記のような理由で昭和三九年八月一五日被告に対し本件選挙の当選の効力に関し異議の申出をしたところ、被告は昭和三九年一一月二一日原告の異議申出を棄却して、その決定書を同年一二月一一日原告に交付したので本訴請求に及ぶものである

と陳述し、

被告代表者は答弁として

一、原告主張の第一、第五項の事実及び訴外伊藤信次が本件選挙当時横島村議会議員であつたことは認めるが、その余の主張は否認する。

二、原告は訴外伊藤信次が横島村議会議員として現公職のまま本件選挙に立候補したことを公職選挙法(以下公選法という。)第八九条の規定に違反すると主張するが、本件選挙における立候補の制限は漁業法第八七条第二項又は第三項の規定によるのであつて、公選法の規定により制限されるのではなく漁業法第九四条により準用される公選法の立候補関係規定中にも右八九条を除外し、準用される同法第九〇条の規定についても同条中「前条」とある公選法第八九条を読替規定により「漁業法第八七条第二項又は第三項」と読替えて適用されるのであり右伊藤信次の立候補は漁業法の立候補制限規定に抵触せず、まして準用される公職法第九〇条の規定により同人の横島村議会議員たる職を失なわせるものでもない。

三、原告は漁業法第九五条の規定が海区調整委員と都道府県の議会の議員との兼職を禁止しているところから、この規定を拡張解釈し市町村議会の議員との兼職も禁止されるものとして、現に横島村議会議員たる訴外伊藤信次の本件選挙における当選の無効を主張するものであるが、同条の規定は漁業調整委員と市町村議会の議員との兼職を禁ずるものでないことは明かである。

四、漁業法第九七条の二の規定により海区漁業調整委員が地方自治法第一八〇条の五、第六項の規定に該当してその職を失い、あるいは漁業法第九四条で準用される公選法第一〇四条の規定によりその当選を失なう場合の「当該普通地方公共団体に対する請負行為の制限」とは、本件海区調整委員の場合は普通地方公共団体たる熊本県に対する請負行為の制限であつて、原告の主張する横島村漁業協同組合に対するものではなく、「普通地方公共団体」とは地方自治法第一条の二に明示するとおり漁業協同組合を含まない。

以上原告の各主張はいずれも原告の法解釈の誤りであるから、本件選挙の最下位当選人たる訴外伊藤信次の当選を無効とする理由とはなりえない

と述べた。

理由

原告の請求原因第一及び第五項の事実は当事者間に争いない。

そこで、以下原告らの主張の当否について判断する。

一、原告は訴外伊藤信次が横島村議会議員として現公職のまま本件選挙に立候補したことは公職選挙法(以下公選法という)第八九条の規定に違反すると主張し、その趣旨とするところは、右伊藤に対する投票は候補者としての欠格者に対するものとして、すべて無効であり、従つて同人の当選は無効であるというにあると解される(右公選法違反の立候補は無効ではなく、同法第九〇条により、その公務員が当該公務員たることを辞したものとみなされるに過ぎない。ただ漁業調整委員については後記のとおり漁業法第九一条の特則がある)。しかし漁業法が海区漁業調整委員会委員の選挙につき特別の規定を設け、同法第九四条により右選挙につき公職選挙法の準用せらるべき場合を限定して規定しているところから見て、右選挙につき公選法の規定が全面的に準用せらるべきものでないことは明かである。

しかして本件選挙における立候補の制限は、漁業法第八七条第二項又は第三項の規定によるべく、そのことは同法第九四条により準用される公選法の立候補関係規定中にも公選法第八九条を除外し、準用される同法第九〇条、第九一条の規定についても、右各条中「前条」または「八九条」を、読替え規定により「漁業法第八七条第二項又は第三項」と読替えるものとされている点に徴するも明かである。しかるに本件において、訴外伊藤信次が漁業法の定める右立候補制限に該当する者(同該当者であれば、同法第九一条第二号により、同人に対する投票は無効である)であることについては何らの主張立証もない。これを要するに本件選挙に公選法第八九条が準用されることを前提とする原告の主張は、それ自体失当である。

二、原告は海区調整委員と都道府県議会の議員の兼職を禁止している漁業法第九五条の規定は、横島村議会議員たる訴外伊藤信次が海区調整委員を兼ねる場合をも禁止する法意であると主張するが、漁業法第九五条の明文に反して原告主張のような拡張解釈をする余地はない(海区漁業調整委員会は都道府県の委員会であり、市町村の委員会でないことは地方自治法第一八〇条の五第二、三項により明かである)と解するので、右原告の主張は理由がない。

三、原告は訴外伊藤信次は海区漁業調整委員会の委員として横島村漁業協同組合と請負類似の契約をしているから、漁業法第九七条の二、地方自治法第一八〇条の五、第六項の規定により、その委員としての職を失うべきものと主張するが、地方自治法第一八〇条の五、第六項にいわゆる「当該普通地方公共団体等に対する請負行為の制限」とは、本件海区調整委員の場合は普通地方公共団体たる熊本県もしくはその長、委員会または委員等に対する請負行為の制限であつて、横島村漁業協同組合を含まないものと解すべきである。けだし漁業協同組合は、その本質においては私法人であつて、地方自治法第一条の二に規定する普通地方公共団体に該当しないことは極めて明かである。

よつて、この点に関する原告の主張も理由がない。(なお右二、三における兼職禁止等に関する原告の主張は、それだけでは本件当選無効の原因とはならないが、右前提主張自体が失当であるから、その点の詳説を省略する)

以上原告らの訴外伊藤信次の当選を無効とする法律上の見解はすべて理由がないから、原告らの本訴請求は主張自体失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎 岩崎光次 小川宜夫)

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