大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和40年(ネ)251号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕そこで、控訴人らの取得時効の抗弁につき検討する。

(一) 《省略》

(二) 被控訴人は、矢作部落は権利を取得する主体たり得ない旨争うが、<証拠>を総合すると、控訴人らが主張する矢作部落とは、行政の単位としての村や区を指しているのではなく、行政区劃としての矢作部落に居住し、「座」の祭事等部落の事業を共同して行う人々の集団を指しており、決議機関として構成員全員による総会を有し、執行機関として惣代会計等の代表者を選任し、かつ財産を保有し、しかも財産は個人所有から切りはなされ、構成員全員に総有的に帰属する関係にあることが認められるので、右集団は権利能力なき社団というべく、その構成員が全体として、時効により所有権を取得することは許されるものと解すべきである。従つてこの点に関する被控訴人の主張も採用しない。

(三) 控訴人らは、矢作部落が、明治三九年五月一〇日以降、本件不動産を所有の意思をもつて占有してきた、と主張する。しかしながら、<証拠>によると、前示のとおり、明治三五年五月一〇日、当時の矢作部落惣代中野喜平外二名は、前記永松徳嘉に対し、中野家系図に記載してある財産は、系図その他の証拠物から中野家の所有財産であることが明白となつたので、既に安政年間に中野家祖先より部落住民に寄贈を受けているものと感違いしてなされた矢作村持なる公簿の記載は間違いであることを承認し、中野又四郎の相続人中野ツネヨに登記する旨約束したこと、次いで、明治三九年一〇月二日、矢作部落の惣代中野喜平は、ツネヨの母中野タキノより右登記の履行を求められたところ、永松徳嘉が帰郷したときに登記する旨約し、その趣旨を記載した書面を同女に交付したことが認められる。右認定事実によると、当時、矢作部落の住民は、本件係争不動産が、中野家のものであることを承認していたのであるから、右物件に対する矢作部落の占有は、所有の意思をもつた自主占有ではなかつたというべきである。

(四) さらに、控訴人らは、矢作部落が昭和二年八月二〇日以降、あるいは、遅くとも昭和八年一月八日以降、本件係争不動産を所有の意思をもつて占有を始めた旨主張する。しかしながら、前示のとおり、矢作部落の占有権限は使用貸借に基く権利にすぎず、所有の意思を欠くものであり、かかる占有が自主占有に転換するためには、占有者が自己に占有をなさしめた者に対し、所有の意思のあることを表示するか、または新権原により更に所有の意思をもつて占有を始める必要があり(民法一八五条)右控訴人らの自主占有の主張には、弁論の全趣旨に照らし、右占有の性質転換に関する主張も含んでいるものと解し得るが、控訴人らが自主占有開始の日として主張する右日時頃までの間に、矢作部落の住民が、被控訴人やその前主に対し、所有の意思をもつて占有する旨の思意表示をした事実ならびに新権原により自主占有を開始した事実を認めるに足る証拠はない。

もつとも、前示のとおり、矢作部落の住民はその総意に基き、昭和二二年八月二一日、別紙第一目録記載の不動産につき控訴人中野謙吾および訴外中村清三郎名義に所有権保存登記をしているので、遅くとも右時期においては、係争不動産に対する所有の意思を外部に表現し、被控訴人に対してもその意思を表示したと推認されるのであるが、本件係争不動産はもともと中野家の所有に属するものであり、これを中野家に返還する旨約したものであるから、矢作部落住民としては、代表者の交替や構成員の変動にかかわらず、返還義務のあることを後世にあやまりなく引継ぐべきであつたのに、これを怠ることによつて部落住民の共有と考えるに至つていることに鑑み、右所有権を信ずるにつき過失があつたものというべく、したがつて取得時効の完成には二〇年間の自主占有を要するところ、被控訴人が、本件訴を提起したのは昭和三六年四月三日であることが記録上明らかであるから、右訴提起により右時効は中断されたものといわなければならない。

したがつて控訴人らが本件係争不動産を時効取得するためには、右訴提起より二〇年前の昭和一六年四月三日以前に自主占有を開始しかつその旨の意思表示をしなければ取得時効完成の要件を充足しないことになるが右時期以前に、被控訴人が係争不動産の所有権を喪失せしめるがごとき行為をした事跡も、部落住民の自主占有を推認せしめる新たな権原取得行為も全くないのみならず、被控訴人の所有権を否定し、部落住民の共有物として占有する趣旨を客観的に明確ならしめるがごとき、自主占有の意思表示をなした事実を肯認せしめるに足る証拠もない。

また控訴人らは、本件係争不動産につき、矢作部落が土地台帳上所有者と表示され、地租を納入し、平隠公然と占有し、被控訴人も矢作部落の右不動産に関する諸決議に異論なく参加し、矢作部落の右不動産に対する所有権行使に異議を述べなかつたことをもつて自主占有の意思を表示したものと主張し、<証拠>によると、本件係争不動産は土地台帳上依然として矢作部落所有として記載され、また同部落管理の不動産につきその公租を支払い、山林に植林してその下枝や立木を売却し、毎年秣場の使用権や溜池の養魚を入札したりして占有管理し、その収益を座その他部落住民共同の費用に充ててきたことが認められる。

しかしながら、これらの事実は、前示中野家が矢作部落へ中野家財産の管理を委ね、その使用収益を認めて来た事実に鑑みると、右使用収益権の範囲内の権利行使であり、係争不動産に対する中野家の所有権を否定する行為とは目されず、かかる事実があつたからといつて、矢作部落住民の共有の意思が表示されたものとみることはできない。

してみると、矢作部落の住民が、時効完成に必要な二〇年の期間、所有の意思をもつて本件係争不動産の占有を継続した事実は認められないので、時効によりその所有権を取得するに由なく、この点に関する控訴人の主張は採用しない。

(入江啓七郎 藤島利行 前田一昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!