福岡高等裁判所 昭和40年(ネ)316号 判決 1965年11月30日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、昭和三八年四月一六日以降原判決添付別紙目録記載の土地明渡し済みに至るまで、一ヶ月金七、五〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、
被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠の関係は、左記の点を附加するほか、原判決の当該摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴代理人の主張
(一) 原判決は、憲法第二九条に違反する。すなわち憲法第二九条には「財産権は、これを侵してはならない。」「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定されており、また、道路法第四条には「道路を構成する敷地、支壁その他の物件については、私権を行使することができない。但し、所有権を移転し、又は抵当権を設定し、若しくは移転することを妨げない。」と規定されている。
そして以上の諸規定について考察してみると、結局、個人の所有に属する宅地が道路敷地を構成する場合には、その個人は当該宅地上に家屋を建築したり、物を置いたりするような、所有権本来の使用収益が禁止せられるにとどまり、これがため、その道路の管理権者が、その道路敷地の所有権者に対し、何ら補償の義務がないということはできない。そしてこの理は、道路法第四条但書に「但し所有権を移転し、又は抵当権を設定し若しくは移転することを妨げない。」旨規定されていることからも明らかである。
(二) 道路法第九一条第一項には「同法第一八条第一項の規定により道路の区域が決定された後道路の供用が開始されるまでの間は、何人も、道路管理者が当該区域内にある土地について権原を取得する前においても、道路管理者の許可を受けなければ、当該土地の形質を変更し、工作物を新築し、改築し、若しくは大修繕し、又は物件を附加増置してはならない。」旨、また同法第二項には「道路の区域が決定された後道路の供用が開始されるまでの間においても、道路管理者が当該区域内にある土地について権原を取得した後においては、当該土地又は当該土地に設置された道路の附属物となるべきものについては、第四条、第三章第三節、第四三条、第四四条、第七一条から第七三条まで、第七五条、第八七条および次条から第九七条までの規定を準用する。」旨、また、同法第三項には「第一項の規定による制限により損失を受ける者がある場合においては、道路管理者は、その者に対して通常受けるべき損失を補償しなければならない。」旨を各規定している。そしてこれらの規定の趣旨から考えれば、本件道路管理者である被控訴人が控訴人に対し、相当額の補償をなすべき義務のあることは明白である。
(三) 被控訴人は本件宅地に対し、固定資産税滞納処分として差押えを行つた事実がある。若し本件土地が被控訴人主張の如く被控訴人の所有であるとすれば、本件土地に対し前記の如き差押えを行なう道理はなく、この点からみても、国が本件土地の所有権を有するとの被控訴人の主張が理由がないことは明らかである。
二、被控訴代理人の主張
(一) 本件土地は、国が当時の本件土地所有者である訴外桝谷音三から道路敷地として贈与を受けたものであり、昭和七年ごろ国の機関としての旧八幡市長がこれを道路に認定し、設備を完成したうえ、昭和八年ごろ供用開始を告示し、爾来、道路として公共の用に供せられて今日に至つているのである。しかも控訴人が本件土地所有権を取得したのは、その後の昭和三八年四月一六日というのであるから、控訴人は、本件土地所有権取得の当初から、新道路法第四条(旧道路法第六条)の規定により、本来その使用収益をなし得ない筋合であつたものというべく、したがつて被控訴人に対し、不法行為を理由として本件土地の引渡し、またはこれに代わるべき損害賠償請求権の存しないことは明らかである。よつて原判決が憲法第二九条に違反するという控訴代理人の主張は理由がない。
(二) 控訴代理人は、道路法第九一条第三項の規定によつて、被控訴人は控訴人に対し、相当額の損失補償をなすべき義務がある旨主張するが、かような見解はこれを争う。
(三) 被控訴人が本件土地につき昭和二八年二月一九日納税名義人を桝谷晴弘として、昭和二五年度分の固定資産税一、二五〇円、昭和二六年度分の同一、〇一〇円、昭和二七年度分の同一、〇六〇円の滞納ありとして差押えをなし、右金員および昭和二八年度分の同一、一六〇円、昭和二九年度分の同一、三九〇円、合計五、八七〇円を昭和三〇年八月一八日訴外亡桝谷秀彦より徴収し、翌一九日差押えを解除した事実はある。しかしながら右は、旧八幡市の課税担当係員が固定資産税課税台帳に本件土地の当時の所有名義人として桝谷晴弘が登載されていたために、係の異なる道路管理担当係備付帳簿を精査することなく、錯誤に基づいて課税したものにほかならず、その後本件土地が道路敷地であることが判明したので、昭和三〇年度以降の固定資産税は課税されていない。したがつて被控訴人が本件土地につき前記課税処分を行なつたからといつて、本件土地が国の所有であるとする被控訴人の主張と矛盾するものではない。
理由
当裁判所も、左記の点を附加するほか、控訴人の本訴請求を棄却した原審の見解を正当と判断するので、これを引用する。
一、控訴代理人は、控訴人の請求を排斥した原判決は、憲法第二九条に違反する旨主張する。しかしながら、当審において引用する原判決認定の事実によれば「本件土地は、昭和六年一二月三日国が当時その所有者であつた訴外亡桝谷音三から旧八幡市の市道用地に供するために贈与を受け、昭和六、七年頃、国の機関としての旧八幡市長がこれを市道に認定し、設備を完成したうえ、昭和八年頃適法に供用開始を告示し、爾後その供用が廃止されることなく、昭和二七年一二月五日新道路法の施行に伴なつて、更らに新道路法に基づく市道の認定がなされた結果、本件土地は、市道として旧八幡市の営造物となり、その後昭和三八年二月一〇日旧八幡市が他の北九州四市と合併し、北九州市として被控訴人市が発足するともに、その営造物になつたのであるが、控訴人の本件土地所有権の取得は、その後の昭和三八年四月一六日である。」というのである。
しかして行政庁が適法に路線の認定を行なつた後道路法施行令に基づいてその告示をなし、道路として公共の用に供するに至つたときは、私有土地といえども、道路を構成する敷地として、所有権の移転または抵当権の設定若しくは移転を除くのほか、私権の行使は制限せられるのであつて(旧道路法第六条、新道路法第四条)、その制限は、公法的関係に基づく絶対的なものであり、道路の変更、廃止がない限り、第三者に対してもその効力を有するものと解すべく、したがつて、爾後、第三者が道路を構成する敷地所有権を取得したとしても、かかる者は、道路法の規定に基づき私権の行使を制限せられた状態においてこれを取得し得るにすぎないものというべきである。しかも、かかる公法的関係に基づく制限は、不動産登記法上の登記事項ではないのであるから、かかる第三者が土地所有権に基づいて道路管理者に対し道路敷地の引渡し若しくはこれに代わるべき損害賠償を求め得ないことはもちろん、所有権の事実上の支配をなし得ないことの故をもつて、所有権の不法侵害ありとして、道路管理者に対し、損害賠償ないし不当利得の返還請求をなし得べき筋合でないことは明らかである。以上の如く、本件土地の市道としての供用には、何ら違法不当の廉はないのであるから、他の理由ならばとにかく、これを前提とする控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、これを憲法違反とする前記控訴代理人の主張は理由がない。
二、控訴代理人は、道路法第九一条の規定により、被控訴人は控訴人に対し相当の補償をなすべき義務がある旨を主張する。しかしながら同条の規定は、道路管理者によつて、道路の区域が決定せられた場合には、その後供用開始前といえども(道路管理者が当該区域内にある土地について権原を取得する前後にかかわらず)、その区域について一種の公用制限を課し、一定の権利行使を制限し、道路の新設に障害を生じないようにするとともに、反面これに因つて生ずる損失を補償すべきことを定めた趣旨であることは、同条を精読すれば自から明らかなことである。しかるに本件の場合においては、前記説明の如く、道路管理者が適法に路線を認定し、供用開始を告示し、既に市道として公共の用に供せられるに至つた後において、控訴人は、本件土地所有権を取得するに至つたというのであるから、控訴人は、はじめから私権の行使を制限された状態において土地所有権を取得したにすぎないものというべく、したがつて道路法第九一条の規定により、被控訴人に対して損失補償を求める控訴代理人の前記主張は理由がない。
三、原審証人梶原馨の証言によれば、被控訴人主張二の(三)の事実が認められるから、被控訴人が、本件土地につき誤つて固定資産税滞納処分としての差押えを行なつたからといつて、これをもつて直ちに控訴人に、本件損失補償の請求権なしとの前記認定に影響を及ぼすものではない。
しかるときは、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条に従い主文のとおり判決する。