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福岡高等裁判所 昭和41年(う)534号 判決 1966年10月03日

控訴人 原審検察官

被告人 小川正一

検察官 森崎猛

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月及び罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官森崎猛提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。

無免許運転の禁止は道路における危険を防止し交通の安全と円滑を図るため公安委員会の運転免許を受けないで自動車等の運転を禁ずるものであり、自動車損害賠償責任保険証明書の備付は自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより被害者の保護を図りあわせて自動車運送の健全な発達に資するため自動車は自動車損害賠償責任保険証明書を備え付けなければ運行の用に供してはならないとするものであり、右各違反はその保護法益、罪質、態様を異にしその処罰の対象となる主体も必ずしも一致しない。以上の諸点ならびに既判力の効力を併せ考えるとき本件右二つの違反行為はたまたま同一の運転行為の際犯されたものであつても刑法五四条一項前段にいわゆる一個の行為に当らないものと解するを相当とする。

そうすると本件右二つの違反行為を観念的競合になるとした原判決は法令の適用を誤つたものであり、この違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。論旨は理由がある。

そこで他の論旨に対する判断を省き刑事訴訟法三九七条一項に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に自ら判決することとする。

原判決の認めた罪となるべき事実に法律を適用すると、原判示無免許運転の所為は各道路交通法六四条一一八条一号に、自動車損害賠償保障法違反の所為は同法八条八八条に該当するので、前者につき各懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文一〇条により犯情の最も重い原判示第二の無免許運転の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、その刑期及び金額の範囲内において被告人を懲役三月及び罰金三、〇〇〇円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本冨士男 裁判官 安東勝 裁判官 矢頭直哉)

検察官野田英男の控訴趣意

原判決は、被告人が昭和四一年四月一五日から同月二七日までの間四回に亘り、熊本市新市街神戸屋肉店前道路外三か所において、いずれも公安委員会の免許を受けないで軽自動三輪車を運転した事実と、その第四回目の無免許運転の際、自動車損害責任保険証明書を備付けないで同軽自動三輪車を運転して運行の用に供した事実を認定した上、右第四回目の無免許運転の事実と自動車損害賠償責任保険証明書を備付けないで右自動車を運行の用に供した事実とは、一個の行為にして数個の罪名に触れるものであるとして刑法第五十四条第一項前段を適用し、被告人を懲役三月に処し、三年間右刑の執行を猶予する旨の言い渡しをしたが、この判決は次に述べる二点の理由により破棄さるべきものと思料する。

第一点、原判決は、法令の適用に誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

すなわち、原判決は破告人が公訴事実第一の(四)の昭和四一年四月二七日午後一〇時ごろ、熊本市水道町四番地田村商事給油所前道路において、公安委員会の運転免許を受けないで軽自動三輪車三熊く二八号を運転した道路交通法違反の事実と公訴事実第二の右日時、場所において自動車損害賠償責任保険証明書を備付けないで軽自動三輪車三熊く二八号を運転し、もつて運行の用に供した自動車損害賠償保障法違反の事実を認定したうえ、右は、一個の所為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条に従い、重い無免許運転の罪の刑に従い処断すべきこととなると判示した。

しかしながら、右無免許運転行為と自動車損害賠償責任保険証明書不備付の行為は、同一場所、同一機会に行われたとはいえ、前者は一般に交通の安全を害し危険発生のおそれのある行為であるのに対し、後者は自動車事故により現実に人の生命または身体に危害を加えた場合における損害賠償を保障するため、保険契約を締結した自動車でなければ運行に供してはならないとすると共に、運行中は何時如何なる場合でも、直ちに損害賠償責任保険証明書の提示ができるよう、車両に備付けるべき義務を課したものであり、その懈怠は前記無免許運転行為とはその侵害法益、侵害の意思及び態様を全く異にし、刑法第五四条第一項前段にいう一個の行為には該当せず、全く別個の行為といわなければならない。

このことは、自動車の無免許運転行為とその運行中に行われた安全運転義務違反の所為ないし、通行区分違反の所為とは運転行為が外形的に単一の如く連続していることの一事を以て直ちに右運転行為を目して、刑法第五四条第一項前段に所謂一個の行為となすことは必ずしも相当ではなく、無免許運転行為の継続中行われた安全運転義務違反の所為、又は通行区分違反運転の所為と無免許運転の所為とは、その侵害法益、侵害の意思及び態様を全く異にするが故に右法条に言う一個の行為には該当せず、これを別個独立の行為と認めるのが相当であるとした東京高等裁判所の判決(高裁、集一六巻二号二二〇頁)によつても明らかといわなければならない。なお、昭和三八年三月四日東京高等裁判所第五刑事部(別添判決謄本参照)は、道路交通法第六十二条に違反する整備不良車両の運転と同法第六十四条に違反する無免許運転とは、それぞれその法益および処罰の対象となる主体を異にしているから(なお、右両者の罰則規定においても、法定刑の軽重に差異がある)右両者は、所論のような包括一罪ではなく、別個独立の犯罪であると解するのを相当とする旨判示して原審が右二個の違反事実を併合罪関係にあるとしたのを支持している。

右二個の裁判例は孰れも道路交通法違反に関するものであるところ、本件は道路交通法違反と自動車損害賠償保障法違反の関係であつて、それぞれの法律の目的が前記のとおり全く異つたものであることに想いを致せば、本件違反行為は一所為数法関係にはなく、併合罪関係にあることが一層明らかであるといわなければならない。

第二点、原判決は、刑の量定が軽きに失しこの点においても破棄を免れないものと思料する。

すなわち、被告人は、(一)昭和四〇年六月一七日静岡県御殿場市新橋道路において、第一種原動機付自転車を無免許で運転した事実により、昭和四一年一月五日熊本簡易裁判所において罰金五千円に(二)昭和四〇年一一月一九日荒尾市本村において、軽自動四輪車を無免許で運転したことにより昭和四一年一月五日熊本簡易裁判所において罰金一〇、〇〇〇円に各処せられ(記録三四丁、三五丁)、さらにその後、昭和四一年四月一五日熊本市新市街神戸屋肉店前道路、同月一七日同市西辛島町交差点、同月一八日同市新屋敷町吉本電機店前道路において、いずれも無免許のまま軽自動三輪車を運転し(原判決認定事実第一(一)乃至(三))、同月二十六日交通切符を所持して熊本簡易裁判所に出頭し、検察官事務取扱検察事務官において略式命令告知請書を徴したが、検察官は前記前科及び右三件の常習的無免許運転行為の犯情に鑑み、罰金相当事案ではないと認めて処分を留保し(記録一九、二〇、二一丁、なお当審において取調請求予定の交通切符三通に附属する処分留保通知書三通)被告人に対しては右三件の無免許運転行為につき公判請求する旨並びに今後自重すべき旨告げて帰宅せしめたのに拘らず、同月二七日午後一〇時ごろ、熊本市水道町四番地田村商事給油所前道路において、軽自動三輪車を無免許で運転して(原判決認定事実第二)現行犯逮捕されるに至つたものである。被告人は畳床運搬等の目的をもつて本年四月初頃本件軽自動三輪車を売買予約して事実上使用していたもので(記録一二丁裏以下)前記違反の状況とその営業の態様に照らせば、被告人は常時継続的に自動車の無免許運転を敢行していたものと推認するに十分であつて、順法精神の欠如と自己の違反行為に対する反省悔悟の情が認められない被告人に対しては原判決の量刑を以てしては処罰の効果を期待し難く却つて右の如き被告人の態度からすれば再犯のおそれが極めて濃厚であるといわなければならない。近時、自動車による人身事故が累年増加の傾向を示し、重要な社会問題の一として取上げられ、自動車運転業務については、更に厳格な規制が要求される今日の実情下において、常習的無免許運転を敢行して省みない被告人に対し、わずかに懲役三月に処し、しかも三年間その刑の執行を猶予した原判決は、量刑著しく軽きに失するものといわざるを得ず、この点においても破棄を免れないものと信ずる。

よつて原判決を破棄し、更に適正なる判決を求めるため控訴を申し立てた次第である。

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