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福岡高等裁判所 昭和41年(う)934号 判決 1967年6月13日

被告人 村山義雄

主文

原判決中その判示第一〇の罪に関する部分を除くその余の関係部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用中、原審証人西前栄吉、同宮本正昭、同坂田重勝、同泉清子、同上田正行(昭和四一年四月一三日請求分)、同杉本吉徳(同日請求分)、同吉岡敏親、同宗村一治に各支給した分の三分の一、同上田正行(同年五月一一日請求分)、同杉本正徳(同日請求分)、同河端正誠、同前畑護に各支給した分の二分の一、同岡山清、同高島シズエ、同高島繁喜、同岩永一喜(同年六月一三日請求分)、同岩村茂夫、同田辺一明、同稲田清房、同伴正善、同一宮輝次、同柳田豊次郎に支給した分の全部は被告人の負担とする。

本件公訴事実中西本敏雄に対する恐喝、神園市之亟に対する強要、及び不正談合の点(昭和四一年五月二七日付起訴状公訴事実第一、第三、第四)は無罪。

原判決中その判示第一〇の罪に関する本件控訴を棄却する。

理由

主任弁護人藤井亮が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人並びに弁護人衛藤善人提出の各控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

右控訴趣意中事実誤認の論旨について

原判示冒頭事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示冒頭記載の如き事実が認められないではない。原判示冒頭事実は要するに被告人が地方議会議員となるまでの経歴とその間における土建業村山組(正確には有限会社村山建設)を熊本県下の業者中、上位にまで発展させ、代表者こそ吉田国雄にさせているがその実権を掌握しており、また県内の建設業者団体に働きかけて熊本県建設業協会を設立して代表理事にまでなり次第に建設業界において勢威をもつに至つた経過を現わしており、なおこれに併せて高広政幸、大島浩等との関係を明らかにしているものであるが、陰の土木部長など原判示の噂は関係証拠のうちでも一部に現われているだけで世人一般にまでかくの如くいわれていたものではないことは、原判示に「時に」という限定があるところからもうかがえるのであり、また暴力団の組長の点も原審は熊本市内で暴力団といわれていた村山組の組長と判示しており、決して客観的に村山組という暴力団があり被告人がその組長であつたこと、そして現在もなおそうであるとまで認定しているわけではなく、風評の限度を出ないことを明らかにしているものと解され、被告人と接触することのあつた者のうち一部の者の間で右のような噂や風評があつたことを判示するものとして、必ずしも事実認定を誤つたものというをえず、更に原判決が原判示関係犯罪の背景とする被告人の地位勢力も、これらの者の受け取る範囲の限度で示されているものであつて、かつての被告人の経歴を知る者が被告人の今なお粗暴なふるまいと業界における勢威におされ、しかも県議という強い影響力を及ぼしうる地位に威圧される状況を示すものとして、これまた、あながち事実の誤認というをえない。

原判示第一事実関係

(一)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は昭和三九年八月二日頃熊本県庁商工水産部長室で同部長河端修に対し、近く入札に付される熊本県発注の塩屋漁港改良工事に村山建設が指名されていないことから、原判示のとおり「今から追加指名をしろ、その位のこともできんなら知事に辞表を出せ、部長をやめろなどの言辞及び態度をもつて同人の身体、自由、名誉などに危害を加えることをもつて同人を脅迫したことを認めることができる。右被告人の言動は一般的にみて人を畏怖させるに足り、たとえ同人が現実に畏怖の念を起していないにしても、被告人の所為が脅迫罪に該ることは明らかであつて、原審が被告人の所為につき脅迫罪の成立を認めたことは相当であり、事実を誤認した違法は存しない。

(二)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示のとおり昭和三八年夏、熊本県発注予定の熊本浜町線道路改良工事につき土建業の上田正行が地元業者として継続工事に今回もその施工を希望していたところ、村山建設の従業員が現地を見に来たことをきいて村山建設もこれを希望していることを知り、被告人にこの工事を譲つてくれるよう申し入れたが、かえつて村山建設でもらうといつて、ききいれられず、所用で熊本県庁に出向いた際土木部監理課長渋谷徹弥に対し村山建設は別工事を予定工期内に完成できないでいるのにそんな業者をさらにこの工事にも指名するつもりかなどといつて中傷したことがあり、同年八月上旬頃これを聞き知つた被告人は憤慨し、早速熊本市内から熊本県上益城郡矢部町の上田正行方に電話をかけて、同人に対し原判示のとおり「お前はこの前、監理課長に何というたか、すぐ出てけえ、出て来んなら仕事はさせんぞ」などの言辞及び態度をもつて同人の自由財産等に害を加うべきことをもつて脅迫したことを認めることができる。たとえ所論の如く村山建設の工事遅延が天候に影響されてやむをえなかつたものであつてこれを非難すべきではなく、従つて被告人が上田の言動に憤慨したこともまた無理からぬところとしても、それだからといつて被告人の言動が脅迫罪に該当しないとする根拠とはなりえず、また被告人が県会議員であるが故に不当な要求でもいれられることがあるということもなく、いわんや被告人は工事指名の権限を持つものでもないにしても、なお被告人の地位勢威は県庁土木部や業者に対し影響を及ぼしうる地位にあり、上田正行に今後の工事落札ができないようにさせることも不可能ではなく、右被告人の言動は、まさに自由、財産等に害を加うべきことをもつてした脅迫というに足り、現実には上田正行は右工事の指名業者となりえず結局は村山建設がこれを落札していることが明らかである。すると、原審が本件被告人の所為をもつて脅迫にあたるものと認定したことは相当であり、事実を誤認した違法は見出しえない。

(三)の事実について

しかし原判決挙示の関係証拠(但し、桝永光男の検察官に対する供述調書は司法警察員に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和四一年一月二二日付供述調書は同月二三日付供述調書の各誤記と認められる。なお、原審証人田上政治は被告人関係では取り調べられてはいないので同証人の原審昭和四一年五月一一日の公判期日における証言は、これを証拠から除外すべきであり、これを事実認定に供した原審の措置は違法というべきも、これを除いても原審の認定した脅迫の事実は肯認でき、しかも右証言は原審の右事実認定に影響を及ぼしたものとは認められないから、右の違法は未だ判決に影響を及ぼすものとはならない。)によれば、被告人は前記説示のとおりの原因で上田正行に対し憤慨して電話で脅迫したことがあつたあと、昭和三八年八月二〇日頃熊本県建設業協会主催で行われた熊本県土木部監理課長の更迭に伴う新任者大海政男、前任者渋谷徹弥の歓送迎会に出席すべく会場の熊本市手取本町の鶴屋百貨店五階食堂に赴いた際、前記上田正行も来ていたので同人を入口附近へ呼び出し、同人に対し、原判示のとおり「お前は監理課長に何ていうたか、今ここで監理課長にいつたようにもういつぺんいえ、そこに座れ、座つてことわれ」などの言辞及び態度をもつて同人の自由等に対し害を加うべきことをもつて脅迫した事実を認めることができ、その脅迫が二-三〇分に及んだことも認められないではない。ただ原審は高広政幸と互いに意思を通じ配下の者二、三人とともに上田正行をとりかこんで前記脅迫に及び、高広もその間、傍にあつて、これに気勢を加え共同して上田を脅迫したことを認定している。しかし、原判決挙示の関係証拠によつては右高広との関係事実を認定するには充分ではなく、他にこれを認めるに足る証拠もないから、原審の右認定は誤であるというべきであるが、もともと本件は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の三に該当する常習として刑法第二二二条の罪を犯した罪の一部であり(蓋し、本件は昭和三九年法律第一一四号による改正前の事実であるが、常習脅迫を処罰する改正前の同法第一条第二項は刑罰の強化とともに改正後は第一条の三に置きかえられており、改正法の施行後の脅迫の事実も後記のとおり認められるので、本件は旧法から新法にわたつて行われた常習脅迫でありこのような場合には一罪として新法が適用されるものと解するからである)、被告人の行為が刑法第二二二条に該当するものであれば、たとえ共犯や共同行為者についての判断に誤があつても判決に影響を及ぼすものとは認められない。すると、原審の右認定については判決に影響を及ぼす事実の誤認ありというをえない。

(四)の事実について

しかし原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、熊本県建設業協会設立のときには賛成しておりながら、後になつて右協会の運営に不満な業者で設立された熊本県綜合建設業協会に入会した株式会社双栄建設代表者西前栄吉に対する憤懣から、昭和三八年一〇月二五日午後八時頃大島浩と共謀の上外二、三名(高広政幸を除く)等とともに熊本市新町料亭「すざき」此里の間におしかけて、同所で開かれていた業者の熊本県発注の中園橋改築工事に関する入札協調会に出席していた右西前に対し、原判示のとおり「おい双栄、ぬしや二重人格だ、協会に加入するまでは賛成して陰に廻つたら反対する、反対なら反対でいいからどうして最初から反対せんか、こういう卑怯な奴には仕事はやるな」などと申し向けたり、傍の業者坂田重勝に対して「これには仕事はやるな」などと申し向け、大島において「何とか双栄さん、いわんか」と申し向けて気勢を加え、共同して西前の身体財産などに害を加うべきことをもつて脅迫した事実を認めることができ、被告人の言動が単に不満不平から大声で西前を詰責したにとどまるものとは解されない。そして、本件工事を競争者の坂田重勝が落札せず西前がこれを落札しているからといつても、それは被告人が積極的に坂田重勝落札のため努力しなかつたというのではなく、被告人と西前とに対する特別の配慮から、入札当日になつて坂田重勝がことさら失格に近い値で入札したため結局西前が落札するに至つたものであるから、たとえ被告人が坂田の落札を積極的に工作しなかつたからといつても、そのことから直ちに被告人に本件脅迫の犯意がなかつたというをえない。また西前が被告人の来訪を予期していたとしても右認定を妨げるものではない。ただ、被告人が本件犯行につき高広政幸と共謀し共同行為をした点についてはこれを認めるに足る証拠はないので、原審が右の点を認定したことは誤であるけれども、この事実誤認が判決に影響を及ぼすものとは解されないこと原判示第一(三)事実について説示したところと同様であるから、本件につき原判示は未だ破棄するに足る事実誤認があるとは認められない。

(五)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が昭和三八年一二月初旬頃、熊本市北水前寺町の熊本土木事務所所長室において、失対課長田中三利が、さき頃行われた被告人を顧問とする熊本新興自由労働組合と熊本県当局との団体交渉に出席しなかつたことで同課長を難詰した際、なおも原判示のとおりの言辞を用い、被告人と寺本知事の選挙用ポスター撤去について選挙妨害だと難癖をつけ、特に「寺本知事のため失対課長もしておるのに知事の不為のことばするな、俺が税金で雇うとるに、いうことをきかんならやめてしまえ、馬鹿たれが、俺の組合もよその組合なみに賃金カツトなどして可愛いがらんなら俺にも考えがある、人夫は明日から失対には出さず、俺の方で賃金も払うから」などと申し向け同人の身体、自由、名誉などに危害を加えかねない気勢を示して脅迫した事実を認めることができる。そして所論の如く同課長が団体交渉に出席しなかつたことから、組合長からの依頼で田中課長と折衝、抗議したにとどまるものとは認められず、選挙用ポスター撤去に関しても、それが公共の建物(失対詰所)に掲示してあつたために同課長は選挙管理委員会に問い合せて撤去したもので、しかもその点については充分に説明したにもかかわらず、執拗にこれを不当としてなじり、ひいて右の如き同人の身体自由名誉などに害を加うべきことをもつてした脅迫の言動は到底単なる抗議の程度にとどまるものとは解しえられないのである。原判決が被告人の田中三利に対する脅迫の事実を認定したことは相当である。

(六)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が昭和三九年二月中旬頃、熊本市花園町地内井芹川局部改良工事の施工に伴う用地買収について熊本土木事務所がかねて政治的に被告人とは反対派の立場にある同町井芹川改修期成会副会長の坂本謙吾の協力をえて、いち早く買収手続を進めていることを聞いて憤慨し、高広政幸を伴つて右熊本土木事務所を訪れ所長室で用地課長田原国秀に対し原判示のとおり「お前は坂口派に味方するなら今から俺が知事のところに行つてお前を課長から平職員に格下げしてどこかへ左遷してもらうぞ」などの言辞及び態度をもつて同人の自由、名誉などに害を加うべきことをもつて脅迫したことを認めることができる。それが所論の如く池田地区と同様に取り扱われることを不満とする柿原地区からの申入れで善処方を田原課長に要求し、取扱いの公平でないことに対し抗議したにとどまるものとは到底認めるをえない。ただ原審は被告人が本件脅迫につき高広政幸とも共謀し、同人は被告人の傍にあつて暗に威を示し共同して脅迫したものであることを認定しているが、高広に関する右事実を認めるに足る証拠はないので原審の右認定は誤であるというべきであるが、未だ判決に影響を及ぼすものとならないこと原判示第一(三)の事実について説示したところと同様であるから、原判示には判決を破棄するに足る事実誤認はない。

(七)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は村山建設が請負施工することになつていた熊本市営食肉センターの工事が敷地内にある不二煉炭製造工場の移転建築申請に対する許可がないため仲々着工できないところから、昭和三九年四月二〇日頃熊本県庁土木部建築課において、同課長補佐野中盛雄から事情をきいたが、公聴会や建築審査会の意見聴取手続があつて、まだ許可されていないと説明されるに及んで激昂し、同課長に対し原判示のとおり「何てや、ぬしどま河川の不法建築は撤去しきらんで、許可を受けに来たこういう、こみやあこと(小さな問題)にはかとうして、市の食肉センターができるのに県はそれ位も加勢せんとか、その位の許可ばしきらんごたるなら県庁はやめてしまえ」などの言辞及び態度をもつて同人の自由、名誉などに危害を加うべきことをもつて脅迫したことを認めることができる。そして野中盛雄の検察官に対する供述調書の記載が事実に誇張があるとは認められず、原審は証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものとは認めがたい。

(八)の事実について

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば被告人はさきに松永末吉申請の公用水面占用願を熊本土木事務所に提出していたところ、これが交通上支障がある故をもつて許可されなかつたところから憤慨し、昭和三九年九月上旬頃電話で同事務所事務課長伴正善に対し、原判示のとおり「許可できんということがあるか、ぬしやそぎやんこつがでけんぐらいなら辞めてしまえ、わしは県会議員だ、お前は俺の税金で雇うとつとが」などの言辞及び態度をもつて同人の自由、名誉等に害を加うべきことをもつて脅迫したことを認めることができる。右の言動は一般的にみて人を畏怖せしめるに足るものであつて、たとえ伴正善が畏怖心をいだかなかつたにしても脅迫罪の成立を妨げない。原審が被告人の所為につき脅迫罪の成立を認定したことは相当である。

原判示第一の(一)ないし(八)の事実は叙上のとおりであつていずれも刑法第二二二条に該る脅迫の事実を認めることができ、しかも、被告人がこのように同種行為を反覆累行した事跡に徴し被告人に脅迫の常習性を認めることができるので、原判決が被告人の常習脅迫の事実を認定したことはまことに相当であり、記録を精査してもこの点に関しては原判決には所論のような事実を誤認した違法は存しない。

原判示第三事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、熊本市出水町今五八九番地に医院を開設する岡山清は隣接の高島繁喜居住の家屋敷を堺栄興から買い受けたが、右高島が民事調停により立ち退くべき期限が来ても立ち退かないため困却し、これを退去させることに腐心していたこと、一方高島の方でも、もともと右家屋敷を借金の代りに手離した関係で取り戻し方を被告人に依頼し、被告人の後援で右堺らを相手に民事訴訟まで持ち込んでおり、岡山は高島が被告人と関係があることを知つたので、同郷の学校時代の先輩にあたる岩村茂夫が被告人を代表者とする熊本県建設業協会の事務局長をしていたところから、同人に対し高島に退去してもらうよう、あつせんしてもらえまいかと申し入れたので、同人は被告人に右交渉方を依頼したこと、ところがそのあとで右岡山の依頼が同人方の病院増設工事を被告人の村山建設に依頼することまでの趣旨であつたかどうかについて岡山と岩村との間に争いを生じ、岡山は岩村にうらみごと特に被告人が入つてから物事がこじれ、なお悪くなつたなどといつたこと、岡山は更に被告人と親しい同業者の岩永一喜にも高島立退の件を被告人にたのんでくれるよう依頼したが、すでに右岩村とのやりとりが被告人の耳に入つていたこと、被告人は昭和三八年五月頃岡山を建設会館に呼び出し、岩村、岩永、それに岡山の親戚で同人の運転手である田辺一明のいるところで被告人が原判示のとおり大声で岡山を罵倒し、数日後同人を自宅に呼びつけて「あんさん、他の医師はちやんと挨拶に来るよ、あんさんは挨拶にも来ん、俺は寝とつても選挙はできる、犬猫じやあるまいし、五万か一〇万で追つ払うつもりか、二年でも三年でも立ち退かせないこともできる」などと申し向けた上、高島の立退料名下に金一〇〇万円を要求し、応じないときは身体自由財産などに対しどのような危害を加えるかもしれない態度を示して脅迫し、畏怖した同人から同年六月九日頃高島方においてその妻シズエに対し田辺一明を介し現金一〇〇万円を交付させてこれを喝取したことを認めることができる。岡山にしてみれば、立退問題が長期化すると医療金融金庫からの借入も取消されるおそれがあるため要求に応じたとみる一面があるにしても、岡山が本件金員を高島に交付することにしたのはもともと被告人から上記の脅迫の態度をもつて金員の要求があつたからであつてこれがないのに自ら積極的に金員提供を申し出たものではないから、被告人の脅迫行為と岡山の金員交付とは因果関係があり恐喝罪の成立を妨げない。所論岡山清の原審における証言に検察官の誘導による供述部分があるにしても、それはむしろ記憶喚起のために、やむをえずなされた結果によるものであつてこの点については弁護人において異議のなかつたことは記録上明らかであり、しかも、右供述は主要基本的な部分においては何らその信憑力を疑うところは見出せず、ことさら虚偽の事実が供述されているとも認められない。岡山は原審証人として被告人方に呼びつけられたときには田辺一明運転手も同行したと述べているに対し、原審証人田辺一明はこれを否定しているが、被告人の司法警察員に対する昭和四一年一月一七日付供述調書によると、被告人は岡山を自宅に呼びつけて一〇〇万円を要求した旨の供述記載があり、被告人は後日この点は錯誤であると主張するも到底措信するをえず、また右田辺の証言には一〇〇万円の立退料の件は岩永と被告人との間でとりきめられた旨の供述があるが、それも同人の推測であるにすぎず、岩永一喜の原審における証言にあるように、同人は一〇〇万円の立退料の件については関与していないのであるから、所論の如く岩永と被告人との間において一〇〇万円の立退料が決定されたとみるには充分な根拠があるとはいうをえず、被告人の方から、自宅で一〇〇万円を一方的に岡山に要求したものとみるのが相当であり、田辺一明の供述を真実であるとして、これに反する部分のある岡山証言をすべて措信すべからざるものとする所論には賛同しえない。また岡山が被告人方に呼びつけられ一〇〇万円を高島に立退料として出すことについて異存がない旨の書面を作成することになり、森有度弁護士方で作成したことを供述する右岡山の証言に対し、原審証人森有度はこれを否定するが、その供述は要するに記憶がないというにとどまり、関係書類も焼却されていて明らかにすべき方法がないというにとどまり、右森証言をもつてしては到底岡山証言の信憑力をすべて否定するをえない。原判決が被告人の岡山清に対する恐喝の事実を認定したことは相当であり記録を精査しても原判決のこの点に関し証拠の取捨価値判断を誤りひいて事実を誤認した違法あるを見出しえない。

原判示第五事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によると、昭和三九年一二月六日頃熊本県発注の長洲野原線道路改良工事につき行われた指名業者の入札協調会において、前畑工務店の前畑護が地元業者として強くその工事の落札を希望しており、また長崎組の長崎允もまたこれを希望していたため、被告人の示唆で長崎組に落札させるようまとめることにしていた田端末記において前畑を説得するも折合いがつかないため、同日夜、田端の発言で長崎允を除く他の業者等は被告人方に集り、同所で前畑に対し、被告人から原判示のとおり「この工事は酒井県議に頼まれとるから、引いてもらわんとこまる、明日までは待たれん、今日話をつけろ、たたくならたたいてもいいが(競争入札するならしてもよいが)たたくということになると、今後前畑と組んだ工事は全部たたかにやなんたい」などと申し向け、田端末記も傍にあつてこれに応ずる言動をし、もしこれに応じないときは同人の自由、財産などにどのような害を加えるかも知れない如く威を示し、両者共謀の上前畑に威力を用いて工事の落札者となることを断念させ、翌日の入札の際には長崎允より高額で入札するに至らしめ公の入札の公正を害すべき行為をしたことを認めることができる。そして所論の如く被告人側に酒井県議との間に特別の事情があつて本件工事を長崎允に譲るよう説得すべき状況にあつて、一応はこの事情を説明したとしても、被告人の右言動は被告人が協調会会長として利害を説いて特に譲るよう前畑を説得させたにすぎない程度にとどまつたものとはいうをえない。原審が被告人の所為につき威力入札妨害の事実を認定したことは相当であり、記録を精査しても原判決のこの点に関する事実認定に誤あるを見出すことはできない。

原判示第六事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠(但し福岡国輔の司法警察員に対する昭和四一年二月八日付供述調書謄本は同日付の検察官に対する供述調書謄本の誤記と認められる)によると、被告人は福岡国輔の依頼で熊本県発注の前川橋左岸取付道路工事(地橋改第一の二)を同人に落札させようと考え、昭和三八年一二月一三日頃熊本市大江町建設会館で右工事の入札指名業者の協調会が開かれた際、競争相手であつた八代市の株式会社柳田組代表者柳田豊次郎を同会館地下室への廊下に呼び出し、右工事を福岡国輔に譲るように説得したが、同人が仲々これに応じなかつたところから激昂し、原判示のとおり「今度は引いて自分の顔を立てろ、いうことをきかんなら八代の業者のことは考えてやらぬ」などと申し向けて、要求に応じないときは、同人の自由、財産などにどんな危害を加えるかもしれないような態度を示して同人を脅迫畏怖させて同人に競争入札を断念させ、翌一四日の入札にあたつてことさら福岡国輔の入札額よりも高額で入札させて公の入札の公正を害すべき行為をするとともに人をして義務なきことを行わしめたことを認めることができる。所論は被告人は柳田を説得したにすぎないというが、証拠上被告人の所為がこの程度にとどまつていたものとは到底認められない。原審が被告人の所為につき威力入札妨害と強要の事実を認定したことはまことに相当であり、記録を精査しても原判決のこの点についての事実認定に誤あるを見出しえない。

原判示第七事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は昭和三八年一二月二七日頃前記建設会館において熊本県発注の県道小鶴段線道路復旧工事を福岡国繁の依頼で同人に落札させようと考え、競争相手の八代市の業者合資会社吉永建設の代表者吉永充徳に対し福岡に譲るよう申入れたが同人がききいれなかつたため激昂し、テーブルを叩いて血相変えてにらみつけ、「ひかれんや、よし見とれ、八代の奴には今後一つでも工事はやらんぞ」などと申し向けて、同人の身体、自由、財産などにどのような害を加えるかもしれない如き態度を示して脅迫畏怖させて競争入札を断念させ、翌日の入札の際には福岡国繁の入札金額よりも、ことさら高額で入札させ、威力を用いて公の入札の公正を害すべき行為をするとともに人をして義務なき行為をなさしめたことを認めることができる。そして被告人は工事内容はもとより双方の事情や意向をきくこともなく一方的に右の言動に及んでいるのであつて、所論の如く吉永に次の工事を獲得させるが如く利害を説いて説得しようとしたことも認められず、これを目して所論の如く平穏な調停ということはできない。原審が被告人の所為につき威力入札妨害と強要の事実を認定したことはまことに相当であつて、記録を精査しても原判決のこの点について事実誤認の誤あるを見出しえない。

原判示第八事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示のとおり昭和三九年六月二六日頃熊本県漁業協同組合連合会二階会議室で熊本県発注の牛深市牛深町字桑島西方沖地内昭和三九年度大型漁礁設置工事の入札が行われたのであるが、前日の指名業者の協調会では協議が整わず、昭和建設こと佐々木謹一の依頼を受けていた被告人は同人に右工事を落札させようと考え、入札当日入札前に地元業者で競争相手の山口銀三郎を入札場横に呼び出し、同人に対し右工事を譲るよう要求したところ同人がこれを拒絶するや、「そがんこついうなら、もう一つの牛深の工事もやらんぞ、無条件で手をひけ」と申し向けるなど威力を用いて同人をして競争入札を断念し右工事の落札者を佐々木謹一とすることに同意させて公の入札の公正を害すべき行為をしたことを認めることができる。たとえ被告人の目的が当日の牛深漁港海岸保全事業のうち二つの工事がともに中深の業者に落札されれば本渡の業者には結局工事を手にいれることがなくなるため公平の見地からそのうち一件を本渡の業者である佐々木謹一に譲るように説得調停せんとしたものであつても、山口銀三郎の拒絶にあつた後の被告人の言動は同人の意思を制圧するに足る勢威であり、被告人の所為が威力入札妨害に該当することは疑をいれない。原審が被告人の所為につき威力入札妨害罪の成立を認めたことは相当であり、記録を精査しても原判決のこの点に関する事実認定に誤あるを見出すことはできない。

原判示第二事実関係

原審は、被告人が熊本県発注の宇土高等学校建築工事の指名業者の協調会で、さきに協調会の申し合せに反し落札した西本敏雄(原判示に武雄とあるのは敏雄の誤記と認める)に対する業者等の反感を無視し右工事の落札者とするよう勧告することによつて、右工事の本命だとして強く主張し落札を希望していた国武定をして遂に落札を辞退させるに至り、予定どおり入札もすんだ昭和三七年一一月一六日頃右西本に対し右工事落札の世話料名下に金員を要求し、これに応じないときは今後の工事の落札はもとより建設業の継続にも妨害を加えるかの如く暗に威を示し、畏怖困惑した同人から同日末頃三六万円の交付を受けてこれを喝取した事実を認定している。

しかし、原判決挙示の関係証拠(但し岩永一喜の司法警察員に対する供述調書は検察官に対する供述調書の誤記と認める)を総合しても、被告人の所為が恐喝に該ると認めるには充分ではない。これを詳説するに、右証拠によれば、かつて県営住宅八島団地の工事の協調会の際、この工事を希望していた第一建設こと国武定と西本建設こと西本敏雄とが、被告人が仲裁したにもかかわらず共に希望して譲らず、抽せんで国武と定まつたのに西本がこれに反し落札したことがあつて、そのため昭和三七年一一月一三日熊本県発注の宇土高等学校建築工事(落札価格八、六〇八、〇〇〇円)についての協調会においては、被告人の村山建設と第一建設の国武定が落札を希望していたことから、西本は積極的には希望しなかつたが、被告人のすすめで一応落札の希望があることを申し述べていたこと、西本は被告人の村山建設において落札したら下請でもいいからやりたいという考えをもつており、その希望を被告人に述べていたこと、右協議会では実質的に影響力のある被告人が国武の落札に反対し村山建設において落札するといい出したため、国武も、もはやあえて反対することはしなかつたこと、翌一四日入札前被告人は西本に落札の希望をきいて同人が落札することを許したので、同人において同工事を落札するに至つたこと、その後二、三日して西本は被告人から熊本市内の東洋軒に呼び出され「一寸どまよかたい」といわれ、右落札できたことの世話料を要求されたので、その金額をたづねたが、被告人は気持だけでよいといつて金額を明らかにしなかつたこと、西本は被告人のおかげで思いもかけず工事を落札できたところから一〇万円か二〇万円位のお礼はしなければと思つていたやさきのことであつたが、金額もいわれないので考える数日を過ごすうち、再び呼び出しを受けたので、もともと西本が落札したものではあるが実質的には村山建設が落札した工事の施行を下請したと同様の関係にあるので、村山建設の工事を下請したとすれば工事金額の四分か五分かの下請料を出さねばならないところから、ほぼ右の割合に見合う三六万円を持参し原判示場所において被告人にこれを交付していることが認められる。

ところで被告人の勢威は西本としてもこれを知らぬわけではなく、再度にわたつて請求されていることから、被告人の要求に応じない場合に不利益を受けることを考えていたことは西本敏雄の検察官に対する供述調書により窺われないではないが、右の如く西本はもともと被告人に対し工事を落札できたお礼をする意思があつたものであるし、交付した金額も、本件は完全な下請ではなく西本自ら落札し工事を施工しているのであるから工事金の四分ないし五分の割合による下請料相当の金員を被告人に交付するというのも見方によつては不当であるかもしれないが、本件工事は八百万円を超えるもので、この金額に対する右の割合によつて計算した金額に比べれば、より寡額であつて、しかも西本は事前に被告人に対し村山建設落札の場合には下請を希望する旨を申し出ていたほどであり、右交付金は下請料としても著しく不当な金額とはいうをえないのであるし、もとより被告人の方から要求したとはいえ、その金額は明示せず気持だけでよいといつている程であり、被告人の所為により西本が自由な意思決定を制限されて右金額を定めてこれを被告人に交付したものと即断するをえない。それ故被告人の所為を目して直ちに恐喝罪に該当するというをえないし、他に被告人の所為が恐喝罪に該当することを認めるに足る証拠も見出しえない。すると原審が被告人の所為につき恐喝罪の成立を認めたのは事実を誤認したものというべくこの誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決はこの点において破棄を免れない。

原判示第四事実関係

原審は、被告人が昭和三八年八月初頃、同月五日入札予定の熊本県発注熊本市大江町大江改良住宅青葉団地建物除却二号、四号分建築工事を村山建設において落札しようと企て、同工事を強く希望していた神園建設有限会社代表者神園市之丞に対し、俺が欲しかけん、俺がするなど原判示の言辞をもつて威猛高に申し向けたばかりか、同月五日の入札当日には両者とも揃つて最低入札価格となり、そのうち一を選んで随意契約が結ばれることになつて更に見積書を求められたりなどしたが結着がつかなかつたところから、数日後神園を肩書住居に呼びつけ、同人に対し「抽せんでもよかたい、俺が勝つようにだろたい」など一方的に威猛高に申し向け、要求に応じなければその身体財産などにどんな危害にも及びかねない如く威を示して同人を畏怖させ、同人をしてやむなく同工事につき自由競争による価格の申出や正当な抽せんをなすことを断念させ、もつて脅迫を加えてその行うべき権利を妨害した事実を認定している。

しかし、原判決挙示の関係証拠を総合しても未だ右の如き強要の事実を肯認するに足りない。これを詳説すると、なるほど原審第一二回公判期日において被告人は右に符合する公訴事実を自白しているけれども、右は詳細な供述ではなく、いわゆる公訴事実に対する事実の認否としてなされたものであり、その後の第一五回公判期日においては右の事実関係について詳細な供述をしており、これは右強要の事実を否定しているばかりか、事実の経過をも右原審の認定事実とは異つた供述をしていることが認められるのであつて、前記被告人の自白はあつても原審公判の全般を通してみるときは、この点をとらえて被告人において事実を自白しているものとして証拠価値を判断することは相当ではない。そして、右事実の中心人物である神園市之丞の検察官に対する供述調書の記載を仔細に検討するときは、この供述調書の記載をもつてしても必ずしも原判示のように同人が被告人から身体財産などに危害にも及びかねない如き威を示され畏怖したものと断ずるをえない。即ち、右供述調書によると青葉団地の工事中一部を第一、二期と続いて神園建設において落札施工していた関係で、同会社は第三期工事たる本件工事もそのうち一部二棟分を是非請負いたい希望を有していたこと、ところで第一回入札協調会が東洋軒で催されたのであるが、指名を受けた業者の中に村山建設も入つており、同社からは代理人高広政幸が出席し、親父(被告人を指す)がこの工事が欲しかといいよるといい出し、まもなくやつてきた被告人も金子組の話では神園はこの工事はいらないといつているから、被告人の方で落札するからといつて神園のいい分をききいれようとせず、遂に協調できず、二日ばかり後料亭「おくむら」での第二回目の協調会でも神園は被告人と充分な折衝をする機会を逸したこと、入札当日建設会館で入札直前神園は被告人と話合つたが結末がつかず、条件なしの抽せんを申入れたが被告人の拒否にあい、やむなく同額入札をして、あとは監理課長の前で抽せんにすることを申し出てようやく被告人の承諾をえたこと、そこで両者は代理人によりいずれも入札額を同一にして入札したが、いずれも予定価格に達しないため入札施行担当者の方では中止したこと(神園三郎の司法警察員に対する供述調書によると、中村監理課長は両者で話し合つて随意契約にしたいというので両者を除いた外の業者はその後棄権している)、数日後神園は被告人から自宅に呼ばれ「この工事は俺がするもんな」と一方的にいわれたので、再三のことで嫌気がさし、どうにでもなれという気になつたが、これまで筋を通してきた手前ここで屈しては面目にもかかわると考え、「じやんけんにしよう」というと被告人は「うんよかたい、俺が勝つようにだろうたい」というので、仕方がないと返事したこと、翌日右の次第で操作をして結局被告人の村山建設が熊本県と契約することにきまつたことが供述されていることが認められる。右供述記載によれば、被告人が暴力団的県議であり、当時県建設業協会の副会長で独善的に工事を自分のものにしていたので面と向つて対抗することはできず、工事を譲らねばその後もひどい目にあうから譲ることにしたとか、建設会館ならともかく自宅にまで呼びよせたりして無言の脅迫を受けたなど当時の心境についての別意にとりうる供述記載も認められるにしても、全体として観察検討するときは、神園の心理状態は再三の折衝に威迫は感じながらも必ずしも脅迫としてまで受け取つていたものと断ずるをえず、被告人の言動そのものの形式面では神園の身体財産などに対する害悪の告知が表現されておらないこととも合せ考えるときは、被告人が神園に対しその身体財産などに対する害悪を加えることをもつて脅迫したものと認定することは躊躇せざるをえないのであつて、他に右の脅迫があつた事実を肯認するに足りる証拠も見出しえないので、被告人の神園に対する脅迫を前提とする強要の事実は遂にこれを肯定するをえないことに帰する。すると原審が被告人の神園に対する強要罪の成立を認めたのは事実を誤認したものというべく、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点において破棄を免れない。

原判示第九事実関係

原判決挙示の関係証拠(但し、被告人の司法警察員に対する昭和四一年四月二八日付供述調書は同日付検察官に対する供述調書の誤記と認められる)のほか、青木三次郎の司法警察員に対する供述調書及び村山信也の司法警察員に対する昭和四一年二月二一日付供述調書によれば、原判示のとおりの工事につき指名業者の協調会が開かれるに先立ち、右工事落札を希望する株式会社酒井建設熊本出張所長本司貞介は技術社員を派して、あらかじめ指名業者等の承諾をとりつけ、村山建設についても被告人から酒井建設の継続工事であれば譲つてよい旨の返事をえていたこと。ところが、その協調会が行われた際出席した指名業者等は、村山建設を除いてすべて酒井建設の落札に異存はなかつたのに、ひとり村山建設の被告人は自らも落札を希望して譲らず、あとは席を立つて出席せず、そのうえ、承諾を求めるため榊谷建設の田代守雄とともに出向いてきた酒井建設の本司貞介が事前承諾のあつたことを指摘して強くその承引を求めたのに対し、被告人は継続とは認められん、四区と五区とは間が離れているからといつて再三の懇望にも応ぜず、かえつて被告人の方に工事を譲るよう申入れる始末であつたこと、かくて、本司はその場には大島浩も居り、同人が工事をとることができなかつたことから、被告人が本件工事を落札して村山組と特別な関係にある大島に工事をさせようとしているのだと考える一方、被告人と競争入札しても失格するのがおちと考えて入札をあきらめて、被告人に本件工事を譲ることにしたこと、そこで協調の結果は本件工事は被告人の村山建設が落札することにきまり、翌日の入札にあたつては、被告人は村山建設の専務取締役で甥にあたる村山信也をして他の業者にその都度上廻る村山建設よりも高額で入札させ、二回にわたる入札の結果遂に落札するに至らず(村山建設の入札価格第一回は二一、四〇〇、〇〇〇円、第二回二〇、九〇〇、〇〇〇円、予定工事価格二〇、五八〇、〇〇〇円)、入札施行者は村山建設と随意契約をすることについて指名業者等の承諾をえて、代金二〇、五七〇、〇〇〇円で随意契約により村山建設に請負わせたこと、そして被告人は数日後右工事を有限会社青木建設代表者青木三次郎に下請料三〇〇万円で下請させ、同金額の金員を取得していることが認められる。ところで、およそ刑法第九六条の三第二項に所謂「不正の利益を得る目的を以つて談合する」とは、官公庁から工事施行を請負おうとする業者達が競争入札に際し、その落札によつて不正の利益を収める目的を以つて予め協定を結び、落札者となる者を予定し、入札価格を不当に高い最低価格で取り決め、落札予定者においてその最低価格をもつて入札し、他の入札者は必ずそれ以上の価格で入札することにより、落札者となつた者に不当の高価をもつて落札した利益を得さしめるような談合(その場合落札者から協定に参加した入札者にこの談合の報酬として相当額の支払がなされるのが通例である)を指称し、ここにいう不正の利益は、談合そのものと直接関連があり、不正な利益を収めることが談合の成立の原因をなしていること、換言すると、談合に参加した各入札者の間において不正の利益を得ることが協定の内容となつていることを意味するものと解すべく、従つて競争入札に加わつた業者の一人が自らこれを落札した上で第三者に下請させて利益を収める目的を有していたとしても、他の指名業者達の間にこのことについての認識がなく、右の利益が談合の際協議の対象となつていなければ、未だ不正の利益を得る目的を以つて談合したものというに当らないのである。

本件において、前掲証拠によれば、被告人が右のように本件工事を強く希望したのは、青木建設から下請の希望があつており、これに本件工事を下請させ利益を得る意図があつたためであることがうかがえるのであるが、しかし、協調にあたつてその旨が発表されていたわけでもなく他の指名業者も、被告人に右の如き意図があつたことを了知していたものと認めるべき証拠はない。もつとも本司貞介は前示のように被告人が別の工事落札に失敗した大島浩に工事をさせようとしていると思つたというのであるが、大島に工事をさせることの対価のことまでその意識にのぼつたかどうかは本司貞介の供述証拠の上でも判然としないところである。そして、前記のように被告人が村山建設において本件工事を施工することなく、下請に出す意図があり、下請させることによつて或程度の利益をうることが予測できるとしても、右のようにその利益が協調の際に指名業者等の間で意識されないまま協調結果が決定されるような場合には前に説示したところから明らかなように未だ不正の利益を得る目的をもつて談合がなされたものと認めるには充分ではない。すると、原審が被告人の右所為を目して不正の利益を得る目的で談合したものと認定したのは事実の誤認であつて、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

論旨は結局原判示第一、第三、第五ないし第八に関しては理由がなく、原判示第二、第四、第九に関しては理由がある。

同控訴趣意中原判示第一〇の罪に関する量刑不当の論旨について

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている被告人の年令、境遇、経歴、犯罪の情状及び犯罪後の情況等に鑑みるときは、なお所論の被告人に利益な事情を十分に参酌しても、原判決の被告人に対する刑の量定はまことに相当であつてこれを不当とすべき事由を発見することはできないので論旨は理由がない。

叙上のとおりであるから原判示第一〇の罪に関する本件控訴は刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却し、原判決その余の罪に関する部分についてはその控訴趣意中量刑不当の論旨に対する判断を省略し同法第三九七条第一項により破棄した上、同法第四〇〇条但書に従い更に判決をすることとする。

原判決の確定した原判示第一、第三、第五ないし第八の罪に法令を適用すると、第一の点は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の三後段に、第三の点は刑法第二四九条第一項に、第五ないし第八の罪のうち威力入札妨害の点は同法第九六条の三第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、強要の点は刑法第二二三条第一項に、第五については更に同法第六〇条に該当するところ、右第六、第七の威力入札妨害と強要とは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項前後、第一〇条により重い強要罪の刑をもつて処断すべく以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条により最も重い第三の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い原審における訴訟費用は主文掲記のとおり被告人に負担させることとする。

なお、本件公訴事実中被告人が

一  昭和三七年一一月一四日入札熊本県発注の宇土高校建築工事(施行額八、六〇八、〇〇〇円)には同業者の西本敏雄、同国武定と共に工事入札の指名を受けたが、その請負業者の協調会において本命であつた国武定を無理にあきらめさせて西本敏雄に落札させた上、その数日後一一月一六日頃午後九時頃熊本市花畑町一番地東洋軒(料理店)に前記西本敏雄を呼び出し、子分株である高広政幸等の居る客室において同人に対し「一寸どまよかたい」と申し向け前記落札の世話料を要求し被告人の暴力団首領としての地位を知悉している西本をして、若し右要求に応じなければ以後工事の落札もできず、従つて建設業の営業の継続もできないと畏怖させてその場でその旨の承諾をなさしめたが、同人から支払いがなかつたので同月末頃更に前記東洋軒から同人を呼び出し熊本市下通一丁目一七番地金剛株式会社前道路上において右西本から現金三六万円を交付させてこれを喝取し(昭和四一年五月二七日付起訴状公訴事実第一)

二  昭和三八年八月五日熊本県発注の熊本市大江町大江改良住宅青葉団地建物除却二号、四号分建築工事(工事予定価格二七、二五〇、〇〇〇円)に同工事を継続工事として強くその落札を希望していた有限会社神園建築(代表者神園市之丞)と共に指名を受けたが、その数日前指名業者の協調会を熊本市花畑町前記東洋軒三階で開催したが、その席に被告人の子分株である暴力団高広政幸をも出席させた上、被告人が右神園市之丞に対し「あんたは継続だか今度はせんといつたろが、俺が欲しかけん俺がする」と不当な因縁をつけ、同人が継続工事だから落札させてくれとしきりに頼むのに対し「俺はぐずぐずいうとは好かん」等といい、前記地位を利用し業者の慣習を破つて自分で落札する旨言渡したが、同人がなかなか断念しなかつたので更にその数日後同人を熊本市本荘町の被告人方自宅に呼びつけて、右神園が前記工事は抽せんにしてくれと頼むのに対して「抽せんでもよかたい、俺が勝つようにだろたい」と申し向け、前記被告人の地位を知悉している同人をして要求に応じなければ身体、財産に如何なる危害を加えられるかもしれないと畏怖させて、遂に前記工事の落札者となる地位を断念させ、同人の自由競争により競売入札する権利を妨害し(前同公訴事実第三)

三  昭和三九年一〇月一二日入札の熊本県施行球磨郡南部土地改良事業百太郎溝の第五工区入札に際し前記地位を利用し落札の上、有限会社青木建設(代表者青木三次郎)に一括下請をなさしめ、できる限り多額の利ざやを得る目的の下でその前日たる一一日人吉市北泉田町二五九番地熊本県建築業協会人吉支部の協調会において、右工事の指名業者で強く落札を希望した株式会社酒井建設熊本出張所長本司貞介に対して「あんたは継続工事といつていたが、継続じやないから俺が工事はする」という趣旨のことを一方的に宣言し、同人が再三懇願するのを拒絶し続けて遂に同人をして強く希望しながらも競争入札によつて落札する希望を断念させ、被告人会社をして落札予定者とすることの談合に応じさせ、翌一二日の人吉市駒井田町二一六番地球磨南部土地改良事務所における右工事の入札において被告人会社村山建設の専務取締役で甥であるが実質はその使用人にすぎない村山信也を入札場に赴かせ、右村山信也をして前記酒井建設社員東海林慶一外六名の指名業者に発注者の予定価格を超える村山建設の第一回入札額二一、四〇〇、〇〇〇円、第二回二〇、九一〇、〇〇〇円を超える金額で入札させて不正な利益を得る目的で談合し、県工事の入札の慣習に従い村山建設を最低価格入札者として熊本県と同工事の予算額である予定価格二〇、五八〇、〇〇〇円の最高価格で請負契約を締結し(前同公訴事実第四)た点については、前記説示のとおりいずれもこれを認めるべき証拠が充分ではなく犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法第三三六条に則り右各公訴事実については無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 山本茂 生田謙二)

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