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福岡高等裁判所 昭和41年(行ス)1号 決定 1966年10月14日

抗告人 高野文徳 外九四名

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は別紙記載のとおりであり、抗告人らは本件抗告の理由については、即時抗告状に追つて書面で詳細に明らかにするとの記載があるのみでその書面の提出はない。

本件記録によると抗告人らの本件裁決執行停止の理由は要するに

「(一) 抗告人らのうち別紙目録第一記載の者は本件山林の所有者、同目録第二記載の者ならびに森下覚恵および森下政明は本件山林および同地上物件の所有者関係人同目録第三記載の者は同地上物件の所有者関係人であるが、起業者は本件裁決の結果本件山林上の物件を撤去し、立木を伐採しようとしている。そこで本件裁決の執行を停止しなければ本件山林は跡形もなく変貌し、抗告人らは回復困難な損害を蒙ることは明らかであり、緊急に右損害を避ける必要がある。

(二) 起業者の本件松原、下筌のダム建設は洪水の予防に役立つものでなく、むしろ九州電力株式会社その他北九州、有明の大企業の工業用水確保のため筑後川流域住民の犠牲においてこれをしようとするものであつて公益性は認められない。したがつて本件裁決の執行を停止しても公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはあり得ない。

(三) 本件裁決には次の違法がある。すなわち(イ)起業者は昭和四〇年一〇月二〇日公共用地の取得に関する特別措置法第二〇条第一項による緊急裁決を申請したのにかかわらず熊本県収用委員会は同条による法定の審理期間二ケ月を経過して通常の裁決をしている。(ロ)かりに、本件裁決が土地収用法第四八条による裁決であるとするならばその審理手続が緊急採決の手続と混同されてなされた。(ハ)かりに以上が理由がないとしても、本件裁決申請に示された事業計画が、さきに公示された事業計画と著しく異なり、事業計画に同一性がない。(ニ)本件裁決の前提である昭和三九年一〇月二九日付告示の特定公共事業の認定処分が前記特別措置法第七条第三号、第四号に違反し無効であるからその後続行為としてなされた本件裁決も違法である。(ホ)本件裁決に当つては土地収用法第四〇条による適法な協議がされていない。(ヘ)本件裁決申請書添付の土地および物件調書は正当な権利者に対し立会を求めないまま作成されたので無効であり、したがつて本件裁決は違法である。(ト)本件裁決申請の対象である熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕天鶴五、八二三番の三はその一部が実は昭和三九年三月一日熊本県収用委員会が収用裁決した同所五、八二五番の一の一部である。(チ)本件裁決申請書には正当な権利者森下政明の氏名が脱漏されている。」、というにある。

よつて、まず右理由(一)について検討する。

行政処分の執行停止が許されるためには積極的要件として行政事件訴訟法第二五条第二項本文所定の「処分の執行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要のある」事実が認められなければならない。ところで、甲第二号証、乙第一六号証によると、国は昭和二八年六月二六日の筑後川大洪水による災害を契機として、昭和三〇年筑後川水系の治水計画を樹て、その計画の一環として昭和四四年三月までに総貯水量五、四六〇万立方米、有効貯水量四、七一〇万立方米の松原ダム、総貯水量五、九三〇万立方米、有効貯水量五、二三〇万立方米の下筌ダムを建設し、両ダムによつて下流の長谷地点における高水量を低減させ、洪水調節を行うとともに治水に支障を及ぼさない範囲において相当量の電力を得る計画を樹てたこと、そこで起業者建設大臣は右事業遂行のため昭和三五年四月一九日と昭和三九年七月七日の二回事業認定をし、さらに同年一〇月一九日前記特別法に基く特定公共事業の認定をすると共に本件裁決申請に及んだこと、本件裁決の対象となつた本件山林は右ダム建設工事用の資材、人員等を輸送するための道路および仮設備工事を実施するために必要欠くことのできないものであることがそれぞれ認められ、一方、甲第二号証、同第一九号証の八、同第二〇号証、乙第一四号証、熊本県収用委員会提出の意見書の一部を総合すると抗告人らのうち別紙目録第一記載の者は本件山林の所有者、同目録第二記載の者ならびに森下覚恵および森下政明は本件山林の所有者同地上物件の所有者、関係人、同目録第三記載の者は本件山林上の物件所有者関係人であり、本件裁決の結果本件山林の立木は伐採され建物等の工作物は撤去されることになり、ダム建設後は本件山林も水没すること必至であるが、本件山林の総面積は七、二二九、七五平方米(七反二畝二七歩)で、地上の杉、檜の立木は合計三七三本雑木は約四八石余に過ぎないし、右三七三本中大部分を占めている杉立木は既に伐採期が到来しており、また本件山林上の建物も大部分は木造亜鉛引鉄板葺平家建の居宅、物置、廊下等で臨時に建てられたものであり、右建物のほかの工作物は電燈線、配水管等であることがそれぞれ認められる。

そこで以上の各事実から判断すると、抗告人らが本件裁決によつて蒙る損害は金銭の補償によつて償い得ないものでなく、本件裁決による回復困難な損害とはいえないし、右損害を避けるための緊急の必要も認められないので抗告人らの所論は採用することができない。

つぎに前記理由(二)の点について検討する。

行政処分の執行停止は消極的要件として行政事件訴訟法第二五条第三項所定の「執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」事実が認められる場合には許されない。ところで本件ダム建設は公益性が認められないとする抗告人らの所論はこれを認めることができる証拠はなく、かえつて、前記認定の本件ダム建設の事業計画から判断すると、本件山林は本件ダム建設の遂行上必要欠くことのできないものであつて、本件裁決の執行を停止することは公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるので抗告人らの所論は採用できない。

結局抗告人らの本件執行停止の申請は行政事件訴訟法第二五条第二項本文所定の積極要件を欠くのみならず同条第三項所定の消極要件のうち公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに該るので抗告人らの所論(三)の点について判断するまでもなく認容することはできない。

よつて、原決定は結局相当であり、本件抗告はいずれも理由がないのでこれを棄却し、抗告人らに抗告費用の負担を命じ主文のとおり決定する。

(裁判官 関根小郷 原田一隆 高石博良)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す、

起業者建設大臣申請にかかる筑後川総合開発に伴う松原・下筌両ダム工事用仮設備建設事業にかかる土地収用裁決申請事件について、相手方が昭和四一年一月二九日付でなした収用裁決の効力は、裁決取消請求事件の本案判決確定までこれを停止する、

との裁判を求める。

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