大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)467号 判決 1969年7月24日

控訴人 谷脇政市

被控訴人 国

訴訟代理人 川井重男 外三名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、被控訴人主張の請求原因二の事実は当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると訴外田中弘は、昭和三九年五月二八日現在において、被控訴人に対し、昭和三八年度贈与税、同三九年度贈与税、相続税等合計四六四万一〇七〇円の国税滞納していたので、熊本国税局徴収課員は、同日、同訴外人に対する滞納処分として、同訴外人が訴外田中産業株式会社に対して有していた貸金債権金三八一万八三三八円を差押え、同日、その旨右訴外会社に通知したことが認められる。

さらに、<証拠省略>を総合すると、控訴人は昭和三八年一二月頃から同三九年六月頃までの間、数回にわたり、訴外田中産業株式会社に対し弁済期限の定めなく金銭を貸付けていたが、その貸付金の残は同年八月二一日現在で金六五万円であつたところ、控訴人は右訴外会社から、同会社所有の水俣市港町二丁目五番の二宅地一〇〇坪四勺、同所家屋番号四三八番の二木造スレート葺平家建住家一棟(三九坪)および木造アエン葺平家建工場一棟(一五・七五坪)の売却方を依頼されて、同月二〇日頃、右土地・建物を訴外有限会社盛下商店に金二三〇万円で売却してやり、その売却代金の中から、前記の訴外田中産業株式会社が控訴人に対し、負担していた債務の一部弁済として、同年一二月一四日に金三四万円、同月一九日に金五万円以上合計金三九万円を、同訴外会社から受領したことが認められる。もつとも、控訴人は訴外田中産業株式会社の前記消費貸借金の債権者は、訴外田上作蔵であつて、控訴人が受領した右三九万円は同訴外人に対する弁済金として受領したものである旨主張し、<証拠省略>には、控訴人の右主張にそうものがあるけれども、<証拠省略>と対比するときにわかに信用し難く、他に前記認定を覆えして控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

そこで、前記訴外会社が控訴人に対してなした債務の一部弁済が詐害行為となるか否につき判断するに、<証拠省略>の結果を総合すると、控訴人が前記訴外会社から債務の弁済を受けるに至つた事情はつぎのとおりであることが認められる。すなわち、訴外田中産業株式会社は、昭和三九年三月三一日の決算日において、損失金一三六五万円余を生じ、その累積損失金は二二五七万円余にも達し、その負債額がその資産の額をはるかに超えていて、債務超過の状態にあつたが、その後益々経営状態が悪化し、同年八月頃には銀行取引を停止され、同年一一月末頃倒産したこと、その間、訴外西部瓦斯副産株式会社その他の債権者の債権の取立も厳しかつたところ、訴外田中産業株式会社(代表者出中弘)は同会社所有の不動産の一部である前記土地建物を売却してそれらの債務の弁済にあてようと考え、同年六月頃、控訴人に対し同土地建物の売却の仲介を依頼したこと、その頃控訴人は同年三月頃から報酬として集金額の五歩を受ける約束で、同会社の集金をなしていたが、前記土地、建物の売却が順調に行けば、同訴外会社に対する控訴人の前記貸付金の弁済をも受けられるものと考え、その仲介方を引受け、同年八月二〇日、前記の如くこれを訴外盛下商店に代金二三〇万円で売却する旨売買契約を成立させ、右売買代金として同商店より、同年八月二一日に金三五万円、同年九月一九日に金一〇万円、同年一一月二六日に金八〇万円、同年一二月一四日に金一〇〇万円、同年一二月一五日に金五万円を受領したが、右のうち、一二月一四日に受領した金一〇〇万円のうち金三四万円、同月一九日の金五万円以上合計金三九万円を、控訴人の前記訴外会社に対する金六五万円の貸金に対する一部弁済として、同訴外会社から受領し(その余は他の債権者に対する債務の弁済等に充てられた)たことが認められ、<証拠省略>中前記認定に反する部分措信せず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、債権者が弁済期の到来した債務の弁済を求めることは当然の権利であつて、他にも債権者があることの一事をもつてその権利行使を阻害されるいわれはなく、債務者もまた債務の本旨に従いこれを履行する義務を負うものであるから、他に債権者があることをもつて、弁済を拒否できないこともいうまでもないことである。そして、債権者平等の原則は破産手続によつてはじめてこれが保障されるものであるから、債務者が債務超過の状況にあつて、一債権者に弁済することが他の共同担保を減少させる場合においても、右弁済は原則として詐害行為とならず、ただ債務者が一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもつて弁済したような場合にのみ詐害行為となるに過ぎないと解するを相当とするところ、前記認定の事実によると、訴外会社の前記土地建物の売却は控訴人の仲介によるものであるけれども、その売却の動機は、他の債権者から厳く債権取立の請求を受けていたため、その債務の弁済に充てるためであつたこと、控訴人としても、その機会に自己の訴外会社に対する債権の弁済を受けようと考えて、その弁済を受けたものであるが、その弁済受領額は前記売却代金二三〇万円中の金三九万円でありかつその債権額金六五万円のうちの一部に過ぎず、その余は他の債権者の弁済にも充てられていることが明らかであるので、これらの事情と前記弁済の経過とを併せ考えるとき、訴外会社の前記土地建物の売却ならび同売却代金からの控訴人に対する本件債務の弁済をもつて、未だ債務者である訴外会社が控訴人以外の債権者を害する意思をもつて、敢えて他債権者を回避して控訴人にのみ優先的に弁済しようと通謀してなしたものとは認め難い。もつとも<証拠省略>によると、控訴人は前記の土地建物の売却の仲介当時訴外会社が債務超過の状態にあつたことを知つており債務の弁済を受けた当時訴外会社の取締役に就任していたことならびに訴外会社が昭和三九年一二月八日以降昭和四〇年八月頃までの間に、訴外会社所有の動産・不動産その他資産を逐次第三者に譲渡し、一部の債権者の弁済に当てたりしていることが認められるけれども、それらの事実をもつてしても未だ前記認定を覆すに足らず、他に本件弁済が、債務者が一部の債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもつて敢てなしたいわゆる詐害行為に該当すると認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件弁済が詐害行為であることを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であつてこれを棄却すべく、これと異る原判決は失当であつて本件控訴は理由がある。よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 原政俊 岡野重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例