大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)586号 判決 1972年6月15日

控訴人 福岡トヨペット株式会社

右代表者代表取締役 川本節雄

右訴訟代理人弁護士 竹中一太郎

被控訴人 新東亜交易株式会社

右代表者代表取締役 水上正直

右訴訟代理人弁護士 福地種徳

主文

一、原判決を、次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は控訴人に対し、金三七万七、六一〇円およびこれに対する昭和三九年八月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟総費用(前二審判決に対する上告費用も含む。)はこれを一〇分し、その七を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五一万四、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年八月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

一、控訴代理人は、請求原因として、次のとおりのべた。

(一)  控訴人の損失および被控訴人の利得

1  控訴人は、昭和三八年一二月三日、訴外有限会社立花重機(以下、訴外会社という。)から、小松製D五〇8一〇型・車両番号九、四四七のブルドーザー一台の修理の依頼をうけ、その主クラッチオーバーホールほか合計五一万四、〇〇〇円相当の修理を完了して、同月一〇日これを訴外会社に引き渡したが、右ブルドーザーは被控訴人の所有であって同年一一月二〇日ごろ訴外会社に賃貸されていたものであるところ、控訴人の修理により右ブルドーザーは前記修理代金相当の価値の増大をきたしたものであるから、その所有者である被控訴人は控訴人の財産および労務の提供により右相当の利得をうけ、控訴人は右相当の損失をうけたものである。

2  もっとも、控訴人は訴外会社に対し右修理代金債権を取得したが、これを行使する暇もなく、同会社は右修理後二か月余にして倒産し、現在無資産であるためその回収の見込みは皆無である。したがって、右修理代金債権はその全額が訴外会社に対する関係において無価値であるから、右修理代金債権の取得はなんら控訴人の不当利得返還請求権を否定するものではない。

(二)  控訴人の損失および被控訴人の利得との間の因果関係

次のような本件諸般の事情を勘案して実質的に本件をみれば、控訴人の損失および被控訴人の利得との間には、因果関係ありというべきである。

1  本件ブルドーザーは、被控訴人が他に販売していたのを代金不払いのため引き揚げたものであるが、引揚げの現状のまま修理費は訴外会社負担の約束で賃貸したものであるから、訴外会社の賃借当時から本件修理の必要性がすでに存していたこと。

2  訴外会社が控訴人に修理を依頼したのは、右賃借後わずか旬日余の後であったこと。

3  被控訴人は、訴外会社に右ブルドーザーを賃貸する当時から、右修理の必要なことを予見しあるいは予見可能であったこと。

4  被控訴人は、控訴人が修理を完了して訴外会社に引き渡した後二か月余にして、右ブルドーザーを訴外会社から引き揚げていること。

5  右引揚げは、被控訴人の一方的意思にもとづくものであり、賃料の不払いよりも他に販売していた重機類の代金不払いが右引揚げの原因であったこと。

6  訴外会社は、右引揚げのころ倒産したものであり、被控訴人の右引揚げによりその倒産が確定的となったものであること。

7  これに反し、控訴人は右倒産についてなんらの責めもないこと。

8  控訴人が修理完了して訴外会社に引渡しをしたのち、右倒産までは二か月余しか経過しておらず、その間控訴人が修理代金債権の行使をしなかったからといって責めらるべきではないこと。

9  控訴人は、本件ブルドーザーに対し先取特権を有し、もし右権利を行使することができたならば、当然債権全額の弁済をうけえた筈であるが、被控訴人は控訴人になんら通知することなくこれを引き揚げたうえ、さらに第三者に転売してしまったため、控訴人は先取特権を行使する機会を失し、被控訴人はこれにより利益をうけたものであること。

(三)  被控訴人の利得が「法律上の原因」にもとづかないこと

不当利得の成立要件である「法律上の原因なくして」ということは、利得をうけた被控訴人に右利得をそのまま保留させることが、損失者である控訴人に対する関係において社会通念上公平の原則に反することをいい、控訴人と訴外会社、被控訴人と訴外会社との間の各関係がどうあるかは問題とならない。しかるところ、既述の諸点よりすれば被控訴人がうけた利得をそのまま保留させることは控訴人に対する関係において社会通念上公平の原則に反するから、被控訴人の利得は「法律上の原因」なきものである。

(四)  被控訴人の利得の現存

被控訴人は、昭和三九年二月中旬から同月下旬までの間に、本件ブルドーザーを訴外会社から引き揚げたうえ、同年五月中、代金一七〇万円(金利を含め一九〇万円)にて他に売却したものであるから、控訴人の利得は、右売却代金の一部として全額現存している。したがって被控訴人は民法七〇三条にもとづきその返還義務を負う。

(五)  よって、控訴人は被控訴人に対し民法七〇三条にもとづく不当利得の返還として五一万四、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三九年八月一八日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被控訴代理人は答弁として、次のとおりのべた。

(一)1  請求原因(一)1の事実のうち、本件ブルドーザーが被控訴人の所有であり、昭和三八年一一月二〇日ごろ被控訴人から訴外会社に賃貸されたものであることならびに控訴人が同年一二月三日訴外会社から右ブルドーザーの修理の依頼をうけ、その修理を完了して、同月一〇日訴外会社にこれを引き渡したことは認めるが、右修理代金の数額は知らない、その余の事実は否認する、同2の事実はすべて否認する。

2  同(二)および(三)はすべて争う。

3  同(四)の事実のうち、被控訴人の右ブルドーザーを訴外会社から引き揚げ、これを代金一七〇万円で他に売却したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)1  かりに、被控訴人が控訴人のした修理により若干の利得をうけたとしても、控訴人は右修理により直接の注文者である訴外会社に対し右修理費相当の修理代金債権を取得しているから、控訴人にはなんらの損失はない。控訴人に対する具体的損失が考えられるのは、訴外会社が倒産して修理代金債権回収の見込みがうすいからであるにすぎない。

2  かりに、被控訴人が利得し、控訴人が損失をうけたとしても、本件の場合、その間にはなんらの因果関係はない。右の因果関係に関する判例の態度はやや明確を欠くが「直接の因果関係」あることを要するとし、もし、その利得の発生原因と損失の発生原因とが直接に関連せずして、中間の事実が介在し、他人の損失がその中間事実に基因するときは、その損失は利得者の利得のために生じたものということができないから、利得者はその他人に対して不当利得返還の責めに任じない、とされている(大判、大正八年一〇月二〇日参照)ところ、本件の場合右判例理論によれば、控訴人の損失および被控訴人の利得との間には「直接の因果関係」は認められない。また、最近の有力な学説によれば、因果関係の有無は「直接の因果関係」の有無によってこれを定めず、公平の理念により社会通念にしたがってこれを決すべきであるとされ、たとえば、最後の利得者が利得を取得したことが、客観的に見て最初の行為の計画どおりの展開の結果である場合にはじめて二個の行為の間に目的による関連性(因果関係)を認めるべきであるとするが、右学説は妥当な見解であり、これにしたがえば、控訴人の損失および被控訴人の利得との間にはなんらの因果関係はない。

3  前二審判決に対する上告審の見解によれば控訴人が修理完了と同時に修理を依頼した訴外会社から修理代金債権をえているから、本来控訴人は被控訴人に対し不当利得請求権を有しないのが原則であるが、右修理代金債権が訴外会社の無資力のためその全部または一部が無価値であるときはその限度において被控訴人のうけた利得は控訴人の財産および労務に由来したものとして「直接の因果関係」が認められ不当利得が成立するというのであるが、右見解は訴外会社の無資力判定の時期、修理代金債権の価値把握の時期に明瞭を欠き、論旨が一貫しない。すなわち訴外会社が無資力であり、修理代金債権の全部または一部が無価値であるとはいつの時点をとらえていうのであろうか。本来右の判定は控訴人が目的物件の修理を完了し相当の修理代金債権を取得したときと解すべきであるが、この時点においては、訴外会社は賃料月額二〇万円程度の支払いを約した本件ブルドーザーのほか、相当数の建設機械をつかって宅地造成などの工事に従事していたのであるから、それ相当の収入もあった筈であり、いちがいに無資力であったとはいえない。

さらに本件ブルドーザーの修理代金債権の価値を修理完了時点においてとらえるならば、これは留置権により法律上充分に保護され、まさに額面どおりの実質的価値を有する債権であったといわねばならない。

果してそうであるならば、右債権が全部または一部無価値であるということは訴外会社の企業運営が右修理代金債権発生から二か月余経過してそのバランスを失い倒産したからこそ生じたもので、結局右修理代金債権の無価値化はこれを回収できなかったから生じたものというべく、訴外会社の無資力のため修理代金債権の全部または一部が無価値となったのは訴外会社の倒産後でなければ測定できないことになるが、実際の適用においては何か月後までの倒産には適用できて何か月後からの倒産には適用できないとするのか論旨は極めて不明瞭であり、とうてい現実に被控訴人の利得を控訴人の損失と因果関係でつなぎその額を測定する妥当な尺度の役割を果す理論とはなりえない。

4  控訴人は訴外会社との請負契約にもとづいて修理をしたものであるから「法律上の原因」による労務および財産の出捐をしたものであり、一方被控訴人は訴外会社との賃貸借契約において賃貸物件の修理費は訴外会社が負担すべき旨特約したものであるから被控訴人の利得は控訴人に対する関係においても「法律上の原因」にもとづかないものということはできない。

5  また、かりに被控訴人がうけた利得が現存するとしても、その額は控訴人主張のとおりではない。すなわち、被控訴人は本件ブルドーザーを訴外大橋興産に所有権留保付きの割賦販売で売り渡していたが、代金不払いのためこれを引き揚げ、賃料月額二〇万円(ただし、実情に応じ若干の増減あることを予定)という割安の価額で訴外会社に賃貸し、そのかわり修理費は訴外会社の負担と定めたところ、訴外会社はその賃借期間中右ブルドーザーを控訴人に修理させたうえ宅地造成工事などに使用し相当の収益をあげた筈である。ところが、訴外会社は被控訴人には右賃料を全く支払わないまま、二か月余経過したのち倒産したので、再び被控訴人においてこれを引き揚げたものであるところ、訴外会社に賃貸直前の本件ブルドーザーの時価評価額は一八〇万円であって、被控訴人がこれを訴外会社から引き揚げたのち第三者に転売した価額は一七〇万円であった。したがって本件ブルドーザー全体としての価値は訴外会社に賃貸前から減少しており、かりに修理当時五一万四、〇〇〇円(修理代金相当額)の価値の増大があったとしても、それがそのまま引揚時まで残存していたとはとうてい考えられない。

元来、機械業者は修理に際し労務財産などを出捐するが、その代金には修理業者として相当の利潤も含まれている一方、機械の賃料は俗に損料ともいうように機械の損耗度に対する損害填補と相当額の利潤を加えたものと思料されるが、この種中古ブルドーザーを山林荒野などで宅地造成整地に完全操業するときは、その損耗度は極めて高く、その賃料はその損耗度合をいちおう推認させるものである。

本件ブルドーザーは賃貸直前の時価評価額一八〇万円に控訴人の修理代金相当額の増価値があったとすれば、修理完了時には一八〇万円に五一万四、〇〇〇円を加えた二三一万四、〇〇〇円の価値があったことになるが、引揚後の転売において現実に一七〇万円でしか売れなかったことはその間訴外会社の未払賃料約五〇万円を上まわる価値の減耗があったといえる。

そこで、訴外会社に賃貸された前後の本件ブルドーザーの評価額がもし妥当なものであるとすれば、被控訴人の引揚時において現存する利得額は

514,000×1,700,000/1,800,000+514,000=377,610(円)

を上まわることはありえない。

6  不当利得制度は契約理論では律せられない場合について公平をはかる制度ではあるが、本件の場合は機械修理業および機械販売業者(本件の賃貸は本来の業務ではない。)間すなわち利潤を追求する商人間の問題である。たまたま被控訴人において本件ブルドーザーを機を失せず相当価格にて転売する商才を発揮したので利得請求の問題を生じたがもし機を失して右ブルドーザーの引揚げをなさず、露天に放置するか、または第三者の手に渡っておればおそらく修理代にもたりないスクラップ代相当のものと化していたであろう。

修理業者である控訴人としては、特にその修理代金債権につき留置権を行使し得たにもかかわらず、債権の回収に注意を欠いだためその利益を失っておきながら、被控訴人が取引先の倒産など困難な状況下に敏速に物件を回収し、有利に転売して得た代償を、後日、みずからの修理代金債権につき回収不能の結果が生じたからとて修理代金債権全額を被控訴人に不当利得として現存するとなすのは、とうてい公平の理念に合致するものではなく、また前記のごとく控訴人は留置権を放棄しみずから訴外会社に対する一般債権者たるの地位に甘んじたものであるところ、一方被控訴人は訴外会社に対し多額の債権を有するものであるから、一般債権者間の平等を原則とする債権法上の原則にてらしても控訴人に不当利得返還請求権を認めるべきではない。

三、証拠≪省略≫

理由

一、被控訴人が、昭和三八年一一月二〇日ごろ、その所有する本件ブルドーザーを訴外有限会社立花重機(以下、訴外会社という。)に賃貸したこと、控訴人が同年一二月三日訴外会社から右ブルドーザーの修理を依頼され、同月一〇日その修理を完了してこれを訴外会社に引き渡したこと、その後、被控訴人は訴外会社から右ブルドーザーを引き揚げ、これを他に売却したことは当事者間に争いがない。

二、以上争いがない事実に、≪証拠省略≫をあわせ考えると、次のような各事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、その所有する本件ブルドーザーを訴外大橋興産に所有権留保付きの割賦販売で売り渡していたところ、右大橋興産が倒産したのでこれを引き揚げ、在庫商品(中古品)として保管するようになったが、右引揚当時の本件ブルドーザーの評価額は一八〇万円であったこと。

(二)  その後、被控訴人は、昭和三八年一一月二〇日ごろ、土地造成業を営む訴外会社に対し、右保管中のブルドーザーをそのまま、賃料は月額二〇万円、賃貸期間中の修理費・油代などの諸経費一切は賃借人である訴外会社負担の約束で賃貸したが、当時右ブルドーザーはかなり損耗してその機能も相当低下しており、修理を要することが予見されていたので右賃料も相場からみて安価に定められ、もし右修理費が余りにも高額になる場合はさらに右賃料を値引きする了解もなされていたこと。

(三)  ところが、その後間もなく右ブルドーザーは故障をおこして稼働不能となったので、訴外会社は右賃借後わずか一〇日余しか経過しない同年一二月三日、控訴人にその修理を依頼し控訴人は同月一〇日その修理を完了してこれを訴外会社に引き渡したが、右修理は主クラッチオーバーホール、操向クラッチオーバーホールなど修理代金合計五一万四、〇〇〇円を要したものであり、右修理代金は同年一二月末日締め翌昭和三九年一月末日支払いの約束であったため、控訴人はその支払期日が到来した昭和三九年二月初ごろ訴外会社にその支払い方を請求したところ、その前後ごろ訴外会社は倒産してその支払いをうけることができず、現在にいたるも右代金の回収はされていないこと、なお訴外会社は右修理完了後本件ブルドーザーを使用して操業していたが、右倒産のためその操業を中止したこと。

(四)  訴外会社は、資本金三〇万円で昭和三七年九月一三日に設立された主としてブルドーザーなど重機による土地造成を業とする会社であるが、多額の重機類購入費支払いのため、すでに昭和三八年一一月ごろから資金繰りに窮していたところ、昭和三九年一月末ごろ遂に不渡手形を出し同年二月初めごろ倒産してしまったものであり、代表取締役立花三雄は右倒産後別府市に転出して別会社を設立し、控訴人の請求に対しては、右修理代金は被控訴人から支払いをうけるよう主張してその支払いに応じないのみならず、訴外会社としても右倒産後事実上解散の状態にあってなんらの資産もなく、その負債もかなりの額に達しているため、同会社からの右修理代金債権の回収は全く不可能な状態にあること。

(五)  被控訴人は、訴外会社倒産後昭和三九年一月二五日、その作業現場から本件ブルドーザーを引き揚げ、同年五月中、これを訴外有限会社東亜建設工業に割賦販売により売り渡したが、その売買価額は一七〇万円(金利を含め一九〇万円)であったこと。

以上のような各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三、右認定の本件ブルドーザーの賃貸前の保管状況、賃貸から修理までの期間、賃貸当時の右ブルドーザーの損耗状況およびその修理の内容をあわせ考えると、特段の反証のないかぎり、控訴人がした修理は、右ブルドーザーの自然損耗に対するものであったと認めるのが相当であるから、本件ブルドーザーは控訴人の修理(添付、加工)により右修理代金相当額の価値の増大をきたしたというべきである。したがって、被控訴人は右修理によりその所有者として当然右相当額の利得をうけたものということができるところ、さらに前認定によれば控訴人は、被控訴人の右利得の原因となったブルドーザーの修理に要した財産および労務の提供により、右相当額の損失をうけたことも明らかであるから、右ブルドーザーの修理は、一面において控訴人に右相当額の損失を生ぜしめ他面において、被控訴人に右に相当する利得を生ぜしめたこととなり、したがって、控訴人の損失ならびに被控訴人の利得との間には「直接の因果関係」ありというべきである。

尤も、本件の場合控訴人のした給付(修理)を受領したのは被控訴人でなく訴外会社であることは前認定のとおりであるが、控訴人のした給付(修理)により直接利得をうけたのは右ブルドーザーの所有者である被控訴人である以上、右因果関係は損失者である控訴人と利得者である被控訴人との関係においてこれを定めるべきであるから、右給付(修理)の受領者が訴外会社である事実は、控訴人の損失および被控訴人の利得との間の「直接の因果関係」を認める妨げとはならないというべきである。叙上の判断に反する被控訴人の主張はいずれも採用できない。

ただ、前認定の事実によれば、本件の場合、右修理は訴外会社の依頼によるものであり、したがって控訴人は訴外会社に対し形式上右修理代金相当の修理代金債権を取得したものであるから、右修理により被控訴人のうけた利得はいちおう訴外会社の財産に由来することとなり、そのかぎりにおいては控訴人は被控訴人に対し利得の返還請求権を有しないのを原則とする(なお、前認定によれば、本件の場合自然損耗に対する修理費をも含め一切の経費は訴外会社において負担する旨特約されたことがうかがえるから、同会社も被控訴人に対して不当利得返還請求権を有しないというべきである。)が、訴外会社の無資力のため、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において、被控訴人のうけた利得はやはり控訴人の財産および労務に由来したものというべきであるところ、すでに認定したとおり、訴外会社は倒産後全く無資力の状態にあり、右修理代金債権は全額無価値であることが明らかであるから、被控訴人のうけた利得は全額控訴人の財産および労務に由来したものということができる。したがって、控訴人が訴外会社に対し形式上右修理代金債権を取得したとしても、これは控訴人の本件不当利得返還請求権の行使を妨げるものではない。

被控訴人は、控訴人の訴外会社に対する修理代金債権が無価値である限度において、被控訴人のうけた利得が控訴人の財産および労務に由来するとなすことは、訴外会社の無資力判定の時期、修理代金債権の価値の把握の時期において明確性を欠ぎ、現実に被控訴人の利得および控訴人の損失との間を因果関係でつなぎその利得額を測定する妥当な尺度の役割をはたす理論とはなりえない旨主張するが、前項に示される判断は、たとえ控訴人の損失および被控訴人の利得との間に「直接の因果関係」が認められても、控訴人が訴外会社に対して形式上修理代金債権を有するときは、右債権の全部または一部が無価値である限度においてのみ被控訴人のうけた利得は控訴人の財産および労務に由来するものとして、控訴人は被控訴人に対し右限度においてのみ不当利得の返還を請求しうるにすぎないという常識上当然なことを明らかにしたものにすぎず(したがって、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるか否かの判断の標準時は返還の請求をなす時と解すべきである。)、被控訴人指摘のような不当性はなんら存しないので、右主張は採用できない。

以上によれば、控訴人の本件修理により、控訴人はその修理代金五一万四、〇〇〇円相当の損失をうけるとともに被控訴人は右相当額の利得をうけ、右損失および利得の間には「直接の因果関係」ありとなすことができ、かつ控訴人が形式上取得した訴外会社に対する右修理代金債権は同会社の無資力のため全額無価値であるので、右修理代金債権の取得によっても控訴人の不当利得返還請求権の行使はなんら妨げられるものではない、ということができる。

四、そこで被控訴人のうけた利得が「法律上の原因なくして」なされたものであるかどうかの点であるが、不当利得の成立要件である「法律上の原因なくして」ということは、形式的、一般的には利得者に正常に帰属した利得でも、損失者に対する関係でこれを実質的、相対的に観察した場合、右利得をそのまま利得者に保有させることが公平の原則に反して是認できないことを意味するものと解するのが相当である。

これを本件の場合について考えるに前認定の被控訴人の利得は控訴人の本件ブルドーザーの自然損耗に対する修理により事実上生じたものであって、控訴人に対する関係においてはなんらの実体上の権利にもとづくものではなく、また右自然損耗も右ブルドーザーを訴外会社に賃貸する当時から予知され、その修理の必要なことはその所有者である被控訴人もあらかじめ認識していたこと、控訴人が修理完了の右ブルドーザーを訴外会社に引き渡した当時、右修理代金債権の弁済期は到来しておらず(したがって、右債権を被担保債権とする右ブルドーザーに対する留置権は成立していなかったものというべきである。)右弁済期が到来したころには訴外会社は倒産して遂にその支払いをうけることができなくなり、現に訴外会社は右倒産後無資力となったので右修理代金債権は全部無価値であること、一方被控訴人と訴外会社との間の賃貸借契約において右ブルドーザーの修理代金は一切訴外会社の負担とする旨特約され、したがって被控訴人は右修理代金債権の支払義務はないうえ、訴外会社としても被控訴人に対し本件利得に対する不当利得返還請求権を有しないこと、被控訴人は控訴人の修理にかかる本件ブルドーザーを訴外会社から引き揚げ相当価額で他に売却していることなどの諸事情に、さらに前認定の控訴人の右修理代金請求からその回収不能に至る経緯を勘案すれば、右修理代金債権が回収不能となった主要の原因は訴外会社の倒産にあり、控訴人側には特に責めらるべき不注意な点があったとはにわかに認めがたいことをもあわせ考えると、控訴人の犠牲において被控訴人に本件利得をそのまま保有させることは、少なくとも控訴人に対する関係においては公平の理念からみて許されないというべきである。してみれば、被控訴人の本件利得は「法律上の原因なくして」なされたものということができ、これに反する被控訴人の主張はすべて採用しがたい。

五、進んで被控訴人がうけた利得の現存額の点について判断するに、前記認定によれば、被控訴人が訴外大橋興産から本件ブルドーザーを引き揚げた当時のその評価額は一八〇万円であったところ(なお、≪証拠省略≫によれば、右評価は第三者の評価によるものであり適正なものであったことが認められる。)、被控訴人はその後昭和三八年一一月二〇日ごろ在庫商品(中古品)として保管していた右ブルドーザーを訴外会社にそのまま賃貸したが、右ブルドーザーはその賃借後間もなく故障のため稼働不能となったので、右賃借後わずか一〇日余りしか経過しない同年一二月三日訴外会社はその修理を控訴人に依頼したものであり、右故障も右賃貸当時から予見できる程度に右ブルドーザーはすでにかなり損耗していたことをうかがい知ることができ、以上の各事実をあわせ考えると、特段の反証のないかぎり、右賃貸およびこれに接続する修理依頼当時の本件ブルドーザーの価値は右大橋興産よりの引揚当時のそれ(評価額一八〇万円)とおおむね変動はなかったと認めるのが相当である。

しかるところ、控訴人の修理により、本件ブルドーザーは、その修理完了時である昭和三八年一二月一〇日修理代金相当の五一万四、〇〇〇円の価値の増大をきたしたことは前認定のとおりであるからこれにより右ブルドーザーの実質価値は、右修理前の評価額一八〇万円に右増大分五一万四、〇〇〇円を加えた合計二三一万四、〇〇〇円相当となったものというべきである。

しかるところ、訴外会社が右修理完了(昭和三八年一二月一〇日)後右ブルドーザーをつかって操業をし、その倒産(昭和三九年二月初ごろ)に至るまでの約二か月間、右操業を継続したことは前認定のとおりであるから、これにより右ブルドーザーの価値も当然減少をきたしたことはこれを推認するにかたくないところ、さらに前認定によれば、被控訴人は訴外会社の倒産後昭和三九年二月二五日同会社から右ブルドーザーを引き揚げたうえ、同年五月中これを一七〇万円で他に売却したことが明らかであるから、右売却当時までに本件ブルドーザーの価値は少なくとも一七〇万円相当まで減少していたものというべきである。

してみれば、本件ブルドーザーの価値は、その修理完了当時には二三一万四、〇〇〇円相当であったのが、その後被控訴人がこれを訴外会社から引き揚げたうえ他に売却した当時は一七〇万円相当までに減少していたものであるから、右全体の価値の減少に応じてこれに含まれる本件修理による増価値分五一万四、〇〇〇円相当も当然減少したものというべく、前記ブルドーザー全体の価値減少率一〇〇分の七三・四六五を右増価値分にも適用すると、被控訴人が右ブルドーザーを他に売却した当時における右増価値分の残存額が三七万七、六一〇円相当であったことは計算上明らかである。

そして、被控訴人が本件ブルドーザーを一七〇万円で他に売却したことは前示のとおりである以上、反証のないかぎり右残存額は右売買代金の一部として現存していると推認するのを相当とするから、控訴人の修理により被控訴人がうけた利得はなお三七万七、六一〇円相当の限度において現存しているものというべきである。

六、被控訴人は、機械修理業者である控訴人において特にその修理代金債権について留置権をも行使せず債権の回収に注意を欠いだためその利益を失っておきながら、機械販売業者である被控訴人が敏速に本件ブルドーザーを回収し商才を発揮して有利に転売して得た代償を後日みずからの修理代金債権につき回収不能の結果が生じたことを理由に不当利得として返還の請求をすることは公平の理念に反し、また控訴人は留置を放棄し一般債権者たるの地位に甘んじたものであるのに、訴外会社に対しなお多額の債権を有する被控訴人に対し、不当利得返還として右修理代金の回収をはかることは一般債権者間の平等を原則とする債権法上の原則にてらしても認めるべきではないと主張する。

しかしながら控訴人が訴外会社に対して修理完了の本件ブルドーザーの引渡しをした当時、まだ右修理代金債権の弁済期は到来していなかったので、右債権を被担保債権とする右ブルドーザーに対する留置権は成立していなかったものであること、右修理代金債権の回収不能については控訴人側に特に責めらるべき不注意な点も認められないことは前説示のとおりであるから、この点よりするも被控訴人の主張は失当であり、その他本件全立証によっても、控訴人の本件不当利得返還請求が、公平の原則あるいは債権法上の債権者平等の原則にてらして是認できないものであることを首肯させる事実を認定することはできない。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

七、果してしからば被控訴人は控訴人に対し民法七〇三条にもとづく不当利得の返還として現存利得額三七万七、六一〇円を支払わねばならないから、控訴人の本訴請求は右金員およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三九年八月一八日からその支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。よって右判断と一部趣旨を異にする原判決を変更することとし、民訴法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利智 裁判長裁判官中池利男、裁判官白川芳澄は転任のため署名押印することができない。裁判官 松村利智)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例