福岡高等裁判所 昭和45年(ラ)126号 決定 1971年2月03日
抗告人 東義治 外一名
主文
原決定を取消す。
本件につき抗告人らに別紙目録記載(1) の土地に対し最高価額金四七六万円、同(2) の建物に対し同金一〇四万円、同(3) の建物に対し同金五四万円以上合計金六三四万円をもつて競落を許可する(但し、抗告人らの持分各二分の一)。
理由
本件抗告の趣旨およびその理由は別紙のとおりである。
一 抗告理由二、三の点について
本件記録によると、昭和四五年一一月九日の本件競売期日において、抗告人らが共同で別紙目録記載の各不動産を、その各最低競売価額で一括競買の申出をなし、その最高競買人となつたところ、原裁判所が同年一一月一六日、その競落期日において、本件競売物件中別紙目録記載(2) の物件については競買期日公告に記載すべき賃貸借があるのに、本件競売期日公告には「賃借権なし」として、その賃借権を掲記しなかつたのは、民事訴訟法第六五八条の競売期日の公告に記載すべき要件を欠いたものであるとして、同法第六七四条二項、第六七二条四号、競売法第三二条により、競落不許可の決定をなしたことが明らかである。
しかして、民事訴訟法第六五八条三号において掲記すべき賃借権は、抵当権者に対抗しうべき賃借権に限られるものであるが、抵当権設定登記後に設定された期間の定めのない賃貸借は当事者間において正当事由さえあればいつでも解約申入れによつてこれを終了することができるのであるから、民法第三九五条にいう同法第六〇二条の期間を超えない短期賃貸借として、抵当権者に対抗しうるものというべきである(最高裁判所昭和三九年六月一九日判決、民集一八巻五号七九五頁)から、右期間の定めのない賃貸借も、民事訴訟法第六五八条三号により競売期日の公告にこれを掲記しなければならないものである。ところで、本件記録中昭和四二年六月九日付執行官吉次善十郎作成の不動産賃貸取調調書によれば、本件(2) の建物には、前記趣旨等により競売期日の公告に掲記すべき賃借権の存在することが明らかであるから、抗告人らのこの点の主張は理由がない。
二 抗告理由四の点について
競売法第二九条一項により準用される民事訴訟法第六五八条三号において、競売期日の公告に賃貸借に関する事項を記載させる趣旨は、競落人において引受けるべき当該競落物件上の賃借権の存することを予知させ、これによつて競売物件の価額を推測させ競買申出価額決定の資料を提供することなどにある。しかして、競売期日の公告に、掲記すべき賃借権の記載を遺脱していた場合、競売物件に賃借権があるとして競売されるよりも、賃借権がないとして競売される方がより高価に競売されるものであることが一般の取引の実情であるから、債務者、競売物件の所有者ならびに債権者らにおいてそれによつて不利益を被るべきことは通常予想されないところであり、それによつて不利益を被るものは専らその競落人(最高競買申出人)のみであるというべきであつて、競落人(最高競買申出人)以外の前記の者においては、競落につき異議または抗告の利益を有しないと解せられるから、前記競売期日の公告に賃貸借に関する事項の記載を遺脱したことにより専ら不利益を被るべき最高競買申出人である抗告人らにおいて敢て右不利益を甘受し、これにつき異議なき旨を述べて、自己に競落許可すべきことを求め、かつ他の利害関係人に不利益をおよぼすべき特別の事情の認められない本件のような場合には、最高競売申出人である抗告人らに競落を許可するのが相当であると解する。けだし、本件の如き場合には競落不許にして再競売に付して執行費用の支出を重ねるよりも、前記の如く解して抗告人らに競落許可を与える方が、他の利害関係人の利益にも合致するものというべきである。
よつて抗告人らの抗告はこの点において理由がある。
三 そうすれば、他に競落不許の事由の存在の認められない本件においては、本件抗告は理由あるものとして原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 高次三吉 弥富春吉 原政俊)
別紙 目録
(1) 福岡市大字三宅字堀川五五八番三
一 宅地 二〇五、一五平方メートル
(2) 同所五五八番地三
家屋番号東大橋二五番
一 木造瓦葺二階建居宅
一階 九三、三八平方メートル
二階 九三、三八平方メートル
一 附属建物
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置
二二、三一平方メートル
(3) 同 所五五八番地
家屋番号東大橋二四番
一 木造瓦葺二階建居宅
一階 三八、八四平方メートル
二階 二九、七五平方メートル
一 附属建物
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置
三、三〇平方メートル
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取消し更に相当の御裁判を求める。
抗告の理由
一 福岡地方裁判所昭和四二年(ケ)第二三八号不動産競売事件につき、右抗告人両名は共同競買人であります。
昭和四五年一一月九日の右競売事件に於て最高価額金の申出をなし保証金を納付致しました。
二 原決定書によれば(2) の物件(家屋番号東大橋二五番)に対する競売公告に掲載すべき賃貸借があることが認められ(賃貸借なし)の前記公告は民事訴訟法第六五八条の競売期日の公告に記載すべき要件を欠いたものといわねばならない。
よつて民事訴訟法第六七四条二項同第六七二条四号競売法第三二条よつて主文のとおり決定するとの理由で競落不許可決定となり、右抗告人(競買人)両名は、福岡地方裁判所第四民事部(執行係)に於て、本件競売物件の賃貸借は抵当権設定登記後になされた期限の定めのない賃借であるので、民法第六〇二条の限度に於て保護されるのではないでせうか。前競売期日の昭和四五年四月二七日の公告より賃貸借なしになつていますがと尋ねた処、競売実務録をしめされ、競落人に対抗出来ない賃貸借ではあるが、昭和一二年七月一〇日大審院判例(大審院集一六巻一二〇九頁)四八五頁 昭和三九年六月一九日最高裁判例(最高裁民集一八巻五号七九五頁)四八五頁により、松島裁判官が公告の要件を欠いているからと不許可決定されたとの事でした。
三 本件競売物件の公告に賃貸借の記載もれがあつても抵当権設定登記後の期限の定めのない賃貸借であり、民法第三九五条の保護があるのみで、民法第六〇二条の期限を徒過したものであり、尚競売手続実務録に記載のとおり、大正一二年一月一九日大審院決定(大審民集二巻一頁)四二一頁四八二頁 昭和三一年二月二二日福岡高裁判決(高裁民集九巻四号二一六頁)二四五頁昭和四三年八月八日東京高等裁判所決定(東高民時報一九巻八号一六六頁)四八三頁 右各判例(決定)もあり、不許可決定となる疵とは思われない。
四 仮りに賃貸借が抵当権者引いては競落人に対抗し得るものであつても競買人(抗告人)、両名に於ては何等異議がないので原決定を取消し、競落許可決定に相成ります様本申立に及びました。