福岡高等裁判所 昭和45年(ラ)87号 決定 1970年10月27日
抗告人 杷木町
相手方 高倉磯五郎
主文
原決定を取消す。
相手方の移送の申立を却下する。
理由
一 本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
二 民事訴訟法第三〇条第二項によると、地方裁判所は、その訴訟が管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合でも、専属管轄の定めのある場合を除き、相当と認めるときは、申立又は職権をもつて、当該事件を移送することなく、自からこれを審理裁判することができる旨定められている。したがつて、本来簡易裁判所の管轄に属する事件であつて、一方の当事者から管轄簡易裁判所に対する移送の申立がある場合であつても、他方の当事者から、地方裁判所において自から審理裁判することの申立がある場合においては、自から審理裁判するのが相当であるか否かを客観的基準に従い判断をなして、自から審理裁判するか否かを決すべきものである(なお、自から審理裁判するのを相当とするとき、一方の移送の申立は却下すべきことになる)。
ところで、右において、自から審理裁判するのが相当か否かの判断は、当該地方裁判所の自由裁量的な判断によるものではあるけれど、全く恣意的な判断ではなく、簡易裁判所の性格、当該事件の難易、複雑性、関連事件が地方裁判所に係属しているか否か等を客観的に判断してこれを決すべきものであつて、その判断に客観性を欠くときは違法なものとなるべきものと解する。
しかして、本件記録によるとき、抗告人が本件訴訟において主張するところのものは、抗告人は昭和二六年福岡県朝倉郡内の旧杷木町、志波村、松末村、久喜宮村が合併して、新に発足したものであるが、昭和二三年頃、旧久喜宮村が、旧志波村と共同で、両村境に組合立原鶴中学校を建設するにつき、その学校敷地として、相手方から同郡杷木町大字久喜宮字中島二〇〇七番地の二畑八六六平方メートルを代金五万円で、訴外亡梶原藤一所有の同字中島二〇〇九番地の一畑四一九・八三平方メートルと同時に買収し、以来、同中学校の敷地として使用して来ていたものであるが、相手方において、その所有権移転登記手続をしないので、相手方に対し、その所有権移転登記手続を求めるというものであるところ、抗告人提出の資料によると、抗告人主張の抗告理由四の(一)の如き事情ならびに相手方において同四の(二)の1ないし4記載の如く主張して本件抗告人請求を争つていることが認められ、これらの事実からするとき、本件事件はかなり複雑な事実問題ならびに法律問題を包含するものであることが予想され、したがつて地方裁判所において慎重に審理する方が適当と思われるばかりでなく、抗告人提出の資料によれば、本件と同一の事情のもとにおいて買収され、したがつて、その事件の性質上、多くの証拠を共通にするであろうと思われる抗告人を原告とし、前記亡梶原藤一の相続人梶原高志他二名を被告とする関連事件(福岡地方裁判所昭和四五年(ワ)第九八二号所有権移転登記請求事件)が原審に係属しており、同事件における被告らも本件相手方とほぼ同様な抗弁を主張していることが認められるから、これらの事情を総合して考えるとき、その事案の内容ならびに訴訟経済の点から考えて、本件訴訟は管轄簡易裁判所において審理裁判するよりも、抗告人申立の如く福岡地方裁判所において審理裁判をするのが、相当であると認められる。
そうすると、原裁判所が、抗告人の地方裁判所において審理裁判なすべき旨の申立を採用せず、相手方の申立に基き、管轄違いとして、民事訴訟法三〇条第一項により本件を甘木簡易裁判所に移送する旨の決定をなしたことは違法であるといわなければならない。
以上の如く、本件抗告は理由があり、相手方の移送の申立は理出がないので、主文のとおり決定する。
(裁判官 高次三吉 弥富春吉 原政俊)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取消す。
旨の裁判を求める。
抗告の理由
一 掲記事件において抗告人(原審原告、以下原告という)および相手方(原審被告、以下被告という)はそれぞれ要旨次のとおり申し立ておよび主張した。すなわち、
(一) 申立
甲、
1 被告は原告に対し、福岡県朝倉郡杷木町大字久喜宮字中島二、〇〇七番二畑八六六平方米について原告のために所有権移転登記手続をせよ、
2 訴訟費用は被告の負担とする、
との判決を求める。
乙、被告(相手方)
本件を甘木簡易裁判所に移送する、
との裁判を求める。
(二) 主張
甲、原告の請求原因
1 原告は昭和二六年福岡県朝倉郡内の当時の杷木町、志波村、久喜宮村、松末村の四か町村の対等合併によつて新たに発足したのである。
2 右合併前の久喜宮村は(以下旧久喜宮村という)、昭和二三年ごろ現福岡県朝倉郡杷木町大字久喜宮中島二、〇〇七番二畑八六六平方米(二六二坪)の土地(以下本件土地という)を他の土地数筆とともにその前主である被告から代金五万円で買受け、同年ごろ被告に対し右代金全額を支払つた。
3 しかして原告は昭和二六年前記合併に基く包括承継により本件土地を取得した。
4 よつて原告はその所有権に基き被告に対し本件土地について原告のために所有権移転登記手続をなすべきことを求める。
乙、被告の本案前の抗弁
本件訴訟は甘木簡易裁判所の管轄に属する。
二 さらに原告は掲記事件にかかる被告の申立に関し原審に対して要旨次のとおり上申した。すなわち、
(一) 事物管轄に関する上申
本件は本来簡易裁判所の管轄に属するけれども、訴訟物の実価額が金三〇万円を越え、また事案が複雑なので、地方裁判所においてみずから審理および裁判されたい。
(二) 事務分配に関する上申
本件は事務分配上掲記裁判所甘木支部が取扱うべきものとされているけれども、事案が行政上複雑な問題を含んでいるので、同裁判所本庁において取扱われたい。
三 しかるに原審は、訴訟物の価額および被告の住所からして本件は甘木簡易裁判所の管轄に属し、被告は本案の答弁をしないうえ、とくに掲記裁判所本庁で本件をみずから審理および裁判するのを相当とする事由も見当らないと判示して、掲記決定をした。
四 しかしながら本件には次のとおり掲記裁判所本庁でみずから審理および裁判するのを相当とする事由がある。
すなわち、
(一) 被告が訴訟外において本件土地所有権の移転を争うので、原告と被告とは昭和四四年四月および同四五年四月に和解のため協議したことがあるが、その席上被告は本件土地を坪当り金五万円と評価し、かつ和解金として坪当り金三万五、〇〇〇円すなわち、総額金九一六万円を要求した。したがつて本件は、その訴訟物の実価額が少くとも金三〇万円をはるかに越えるものと見做し得る。
(二) 被告は訴訟外において原告の主張に対しその請求原因事実をいずれも認めながら、要旨次のとおり抗弁している。すなわち、
1 旧久喜宮村と被告とは右売買に際し前者は後者の土地譲渡の代償として後者が訴外梶原高志らから譲渡土地の近隣に存する土地三筆を買受け得るよう責任をもつて斡旋する旨約定したところ、被告はその後右三筆のうち二筆を買受けたものの残りの一筆を買受けることが出来なかつたから、旧久喜宮村は右約定を履行しなかつた。
2 また、旧久喜宮村と被告とは次のような事情の存在を前提として本件売買をした。すなわち、旧久喜宮と合併前の志波村(以下旧志波村という)とは当時両村の村境に当る旧久喜宮村字中島地域に組合立中学校を設立するに際し右地域に存する両村民所有地を各村の負担で前者は四、後者は六の割合で取得しこれを持寄つて右学校敷地に充てることを申し合せたのである。しかるにその後旧志波村は約定割合の土地を取得しえなかつたので、本件売買はその前提事情を欠くに至つた。
3 よつて被告はその後旧久喜宮村に対し、右売買契約を解除する旨を通告した。
4 以上のとおり本件売買契約はすでにその効力を失つているものであるところ、被告は、多年にわたり自己の所有地を旧久喜宮村ないし原告に使用させてきたので、一旦売買代金として受領した前記金員を、被告が右土地使用によつて原告に請求しうる損害金として留保する。
したがつて、本件における争点は自然被告の前記抗弁の存否をめぐるものとなるべく、しかもその事実については、これが公用のための土地収用に関するものであること、その成否について問題となり得る行為の如何を長期間経過後詳細に審理する必要があること、右行為の時機が終戦後の混乱期に際会していること並びに行為当事者の一方がすでに消滅していること等に鑑み、その証拠資料の蒐集および判断に多大の困難が予測せられ、その法的判断についてもまた、右抗弁内容からして相当の慎重さを要するものと考えられる。
(三) 被告は訴訟外においてさらに、原告がさきに被告に対する租税滞納処分として本件土地を差し押えたと攻撃しているところ、右攻撃の民事訴訟上の意義ないし右事実の私法上の意義如何については、行政行為の私法関係に及ぼす影響等幾多の問題が派生する可能性があり、特に適確な判断が望まれる。
(四) 原告は本件訴訟提起と同時にこれと同様な事案につき梶原高志他二名を相手取つて掲記裁判所に同庁昭和四五年(ワ)第九八二号所有権移転登記手続請求事件を提起しており、両訴訟は事案の性質からみてその証拠を共通にするから訴訟経済上併合審理が望ましい(事実両訴訟は掲記裁判所の同一部において同一期日にその第一回口頭弁論が開かれた)ところ、後者の事件については、右口頭弁論期日においてその被告らは管轄違の抗弁を提出しないまま本案につき弁論したので、掲記裁判所に応訴管轄が生じた。
以上の諸事由に照せば、本件は、本来軽微な紛争の簡易迅速な解決を使命とする簡易裁判所の審判に適しないから、地方裁判所においてみずから審理および裁判するのが相当であり、また、遺憾ながら一人の裁判官が週一回出張して審理に当りしかもその交替が激しい掲記裁判所甘木支部の現状からして右支部は本件の審判に堪え得ないものと認められるから、同裁判所本庁において審理および裁判するのが相当である。
五 以上の次第であるから、あえて原審決定の破棄を求める。