福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)475号 判決 1974年9月11日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 被控訴人は、昭和四二年九月四日、中古自動車の販売等を行なつていた控訴人との間に、いすずベレット一六〇〇GT一台(登録番号福岡五ひ五七六三、形式PR九一―四一、車台番号PR九一―四二〇四四五四、原動機の形式G一六一、以下本件自動車という。)を代金五七万五、〇〇〇円で買受ける旨の売買契約を締結し、同日右代金を支払い、本件自動車の引渡を受けていた。
そして、本件自動車についての登録名義変更の手続ができないでいたところ、昭和四三年九月一二日、被控訴人は、本件自動車の所有者という訴外いすず販売金融株式会社(以下訴外会社という。)から本件自動車につき仮処分を受け、やむなく本件自動車を訴外会社に引渡した。
二 ところで、被控訴人が本件自動車を買受けるに当つては、控訴人の「手付金を入れて自分が譲渡を受けたものである。」との言を信じ、売買契約を締結したのであるが、前記仮処分を受けるに至りそれが虚偽であり控訴人から代金名下に五七万五、〇〇〇円を騙取されたことに気付いたので、被控訴人は控訴人に対し、昭和四三年一二月一四日到達の内容証明郵便により、本件自動車買受けの意思表示は、控訴人の詐欺によるものであるからこれを取り消す旨の意思表示をした。
そこで、被控訴人は控訴人に対し、第一次的に、右控訴人の不法行為により被つた代金相当額五七万五、〇〇〇円及び本訴提起に要した弁護士費用一〇万円合計六七万五、〇〇〇円の損害の賠償を求める。
三 仮に第一次請求が認められないとすれば、被控訴人は、控訴人に対し、昭和四三年一二月一三日ごろ到達した書面をもつて、民法第五六一条本文により四月二二日限り本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたので、第二次的に、右契約解除に伴う原状回復義務の履行として、売買代金五七万五、〇〇〇円及びこれに対する契約解除の日の翌日である昭和四三年一二月二三日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。
(請求原因に対する答弁)
一 請求原因一の事実は、控訴人が被控訴人主張のような名称で中古自動車の販売等を行なつていたこと、控訴人が控訴人主張の日に本件自動車の売買代金を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。
被控訴人主張の本件自動車売買の当事者は、売主は訴外志麻中央自動車センターの代表者石井武己か訴外博多日産モーター株式会社のいずれかであつて控訴人ではなく、買主は被控訴人ではなくその父の古賀儀憲である。控訴人は右本件自動車売買の斡旋をしたに過ぎない。
なお、控訴人は、本件自動車の売買につき、原審においては、その買主が被控訴人であることを認めていたが、真実は買主はその父親古賀儀憲であるから、右のとおりその認否を訂正するが、これは自白の撤回に該らないし、仮に自白の撤回に該るとすれば、錯誤に基づくものであるから右自白を撤回する。
二 請求原因二、三は争う。
(控訴人の抗弁)
仮りに、被控訴人の控訴人に対する契約解除に伴う原状回復義務の履行請求が認められるとすれば、右請求は次の理由により失当である。
一 使用利益の控除
被控訴人は、契約解除に伴う原状回復義務の履行を求めるものであるから、被控訴人もまたその義務の履行として、本件自動車の返還(それが不能のときはその価格の返還)並びにそれを使用したことにより受けた利益を返還すべき義務があるものというべきところ、被控訴人は昭和四二年九月四日から昭和四三年九月一二日まで本件自動車を使用し、その使用利益は三〇万四、〇〇〇円であるので、これを被控訴人の請求から控除すべきである。
二 同時履行
被控訴人の契約解除に伴う控訴人に対する原状回復義務の履行請求と本件自動車の返還(それが不能のときは価格の返還)並びに使用利益の返還義務とは、同時履行の関係に立つものであるから、控訴人は、本件売買契約解除時における本件自動車の価格二七万一、〇〇〇円及び前記使用利益三〇万四、〇〇〇円合計五七万五、〇〇〇円の返還を受けるのと引換でなければ、被控訴人の右請求に応ずることはできない。
三 危険負担
本件売買において、被控訴人に本件自動車の所有権を取得させることができなかつたのは、売主である控訴人の責に帰すべき事由ではなく、前記石井武己若しくは博多日産モーター株式会社の責に帰すべき事由によるものであり、本件自動車そのものは滅失していないとはいえ、他からの仮処分により被控訴人の占有から離れたものであつて、いわば物が滅失した場合と同視すべき場合であるから、民法第五三四条一項により、その危険は債権者である買主たる被控訴人が負担すべきであり、被控訴人は支払ずみの売買代金の返還を控訴人に請求できない。
(控訴人の主張及び抗弁に対する答弁)
一 控訴人が本件売買の当事者について、原審においてその買主を被控訴人と認めたことは自白に該り、被控訴人は右自白の撤回には異議がある。
二1 抗弁一の事実は、被控訴人が本件自動車を控訴人主張の期間使用したことは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は本件自動車の所有者でなかつたものであるから、被控訴人は本件自動車の使用利益を控訴人に返還する義務はない。
2 抗弁二、三の主張は争う。
第三 証拠(省略)
理由
一 控訴人がマイカークラブサービスステーションの名称で中古自動車の販売等を行なつていたものであり、控訴人が昭和四二年九月四日本件自動車の売買代金として五七万五、〇〇〇円を受取つたことに当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一、二号証、同第四号証、原審証人石井武己の証言により成立を認めうる乙第一、二号証、原審証人古賀孝憲、同藤村正道、同石井武己(後記信用しない部分を除く。)、同伊藤喜代美(後記信用しない部分を除く。)、当審証人安武国昭、原審及び当審証人古賀儀憲の各証言並びに原審及び当審における被控訴人、控訴人(後記信用しない部分を除く。)各本人尋問の結果を総合すると、控訴人は、昭和四三年九月一日、同業者である石井武己より本件自動車を代金五三万五、〇〇〇円で買い受け、これを同月四日被控訴人に代金五七万五、〇〇〇円で売渡し、即日被控訴人から代金全額の支払を受け、本件自動車を被控訴人に引渡したこと、右各売買当時、本件自動車の登録名義人は訴外会社であつたが、控訴人としては、前記石井との間の売買の際は、本件自動車を処分する権限を右石井が持つており、かつその名義変更が直ちにできる旨の右石井の言を信じていたものであり、本件被控訴人との売買に当つては、控訴人の責任において本件自動車の登録名義を被控訴人名義に移すことを約していたこと、ところが、右石井は何等の処分権限を有しないまま、第三者所有の本件自動車を控訴人に売渡していたため、被控訴人からの再三の請求にもかかわらず、控訴人は本件自動車の登録名義を被控訴人に移すことができずにいたところ、本件自動車を所有権留保付で割賦販売し、その所有権を留保していた訴外会社が、昭和四三年九月一一日、福岡地方裁判所小倉支部において、被控訴人の弟古賀孝憲を被申請人とし、本件自動車につきこれを執行官の保管とする旨の仮処分決定を得、翌一二日、同支部執行官をしてその執行をなさしめたため、本件自動車は事実上被控訴人から引揚げられたこと、被控訴人は、右仮処分執行により始めて、本件自動車が控訴人の所有であつたことはなく、控訴人が第三者所有の本件自動車を被控訴人に売渡したことに気付いたものであるが、他方、控訴人としても、右石井が本件自動車の処分権限を有することを信じ、同人からこれを買受けたうえ更に被控訴人に売渡しただけに、かかる事態になることは夢想もしなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人石井武己、同伊藤喜代美の各証言並びに原審及び当審における控訴本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実からすると、控訴人が詐欺行為により被控訴人から売買代金名下に五七万五、〇〇〇円を騙取したとは到底認め難く、不法行為を原因とする被控訴人の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 前記認定のとおり、被控訴人は、昭和四二年九月四日、控訴人より本件自動車を代金五七万五、〇〇〇円で買受け、即日右代金を支払い、本件自動車の引渡を受けた(本件売買における買主につき、控訴人は原審においてそれが被控訴人であることを認めながら、当審においてこれを争うが、右自白の撤回については、それが真実に反することを認めるに足りる証拠がないばかりか、却つて前示認定のとおりその買主は被控訴人であることが認められるので、右自白の撤回は許されず、本件売買における買主が被控訴人であることは当事者間に争いがないこととなる。)が、本件自動車の所有者であつた訴外会社において、前記仮処分決定をえてこれを執行したため、本件自動車は被控訴人より事実上引揚げられたものであり、結局、控訴人は、被控訴人との間で、他人の所有物である本件自動車を売買の目的としたものであるところ、少くとも右仮処分決定の執行により、売主たる控訴人は、社会の取引観念に照らし、本件自動車の所有権を取得してこれを買主たる被控訴人に移転することが不能となつたというべきである。
よつて、被控訴人は、民法第五六一条本文により契約を解除する権利を有していたものであるところ、成立に争いのない甲第三号証、原審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人に対し、昭和四三年一二月一三日ごろ到達の書面をもつて、民法第五六一条本文により、同月二二日限り本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。そうだとすると、被控訴人、控訴人間の本件売買契約は、昭和四三年一二月二二日に解除されたから、控訴人は被控訴人に対し、契約解除に伴う原状回復義務の履行として、既に受領ずみの売買代金五七万五、〇〇〇円及びこれに対する同月二三日より支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による利息を支払う義務があるものといわねばならない。
三 そこで、次に控訴人の抗弁について判断する。
1 使用利益の控除について
売買契約解除の結果買主が負うべき目的物使用収益による利益償還義務は、いわゆる原状回復義務に基づく一種の不当利得返還義務にほかならず、使用利益の償還を求めるには、相手方において法律上の原因のない利得をえたことのみならず、自己においてこれに対応する損失を受けたことを要するものと解するのが相当であるところ、他人の物を売買した控訴人には損失があつたといえないから、爾余の点について判断するまでもなく、この点に関する控訴人の抗弁は理由がない。
2 同時履行について
控訴人は、被控訴人の本件売買代金返還請求と本件自動車の価格並びに使用利益の返還義務とは、同時履行の関係にあると主張するが、被控訴人が控訴人に対して使用利益の返還義務を負わないことは前記のとおりであり、本件自動車の価格の返還義務についても、前記認定の本件売買契約解除の事情に照らしてこれを認めることはできないから、控訴人の同時履行の抗弁は採用の限りでない。
3 危険負担について
本件売買において、被控訴人に本件自動車の所有権を取得させることができなかつたのは、売主である控訴人の責に帰すべき事由に基づくことは前記認定の本件売買契約解除の事情に照らし明らかであるから、この点に関する控訴人の抗弁も採用の限りでない。
四 以上の次第で、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。