福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)630号 判決 1972年2月28日
控訴人 荒木松造
被控訴人 小柳ヤス
右訴訟代理人弁護士 広瀬哲夫
主文
一、原判決を取り消す。
二、被控訴人の第一次請求を棄却する。
三、被控訴人が別紙目録記載二の土地に対し囲繞地通行権を有することを確認する。
四、控訴人は右土地上に、被控訴人がこれを通路として使用することの妨害となる建物その他の工作物を設置してはならない。
五、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 被控訴人と訴外三井鉱山株式会社との間に、本件係争地につき被控訴人主張の通行地役権が設定された旨の原審の判断は当裁判所も相当と考える。そしてその理由は原判決理由一および二に説示するところと同一であるからこれを引用する。
二 ところで、昭和三八年に控訴人が三井鉱山から一三二番の土地を買受けて所有権を取得したことは当事者間に争いがなく、被控訴人の右通行地役権が未登記であることは被控訴人の自認するところであるが、被控訴人は控訴人に対し右通行地役権を登記なくして対抗しうる旨主張するので按ずるに、民法一七七条にいう第三者については、一般的にはその善意悪意を問わないものであるが、不動産登記法四条または五条のような明文に該当する事由がなくても、少くともこれに類する程度の背信的悪意者は登記の欠缺を主張する利益を有する第三者としての保護に値しないものと解すべきところ、前段引用の原判決挙示の証拠によれば、控訴人は本件係争地に対する被控訴人の前記通行地役権の存在を知りながら一三二番の土地を買受けたものと推認し得ないわけではないが、右事実のみをもっては被控訴人が登記なくして右地役権を控訴人に対抗できるとすることは許されず、その他全証拠によるも控訴人が前述の如き保護に値しない背信的悪意者であるとは断じ難いので、被控訴人の右主張は採用できない。
三 また被控訴人は通行地役権の時効取得を主張するが、仮りに右主張のとおりであるとしてもその旨の登記がない以上、取得時効完成後に承役地の所有権を取得した控訴人に対抗できないことは、前段説示のとおりであるから右主張も採用の限りでない。
したがって本件係争地に対する通行地役権の存在を前提とする被控訴人の第一次請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわなければならない。
四 そこで進んで被控訴人の第二次請求について判断する。
被控訴人が一三四番の土地六五坪を賃借し、その地上に家屋一棟を所有して昭和四年一〇月一日以降現在までこれに居住していること、そのほか被控訴人は同地の東側に隣接する一三三番の土地六八坪九合二勺、さらにその東側に隣接する一三二番の二の土地五坪三合五勺、一三四番の土地の南側に隣接する一三六番の二の土地一五坪三合六勺および一三三番の地上の家屋一棟をいずれも所有していることは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、右被控訴人所有家屋には、被控訴人家族のほか合計五世帯の家族がこれを賃借して居住していることが認められる。
そして≪証拠省略≫によれば、右各土地は相互に隣接し一体として、北側は幅約一間の浪花川に面し、同川に跨って建設された第三者所有の家屋および高村正義所有の一三五番の二の土地に接して公路と遮断され、東側は控訴人所有の一三二番の土地に、南側は原田俊孝所有の一三一番および一三六番の三の土地にそれぞれ隣接し、西側は幅約一間の早米来川に面した、いわゆる袋地となっていて、地形上、一三二番の土地のうち本件係争地の部分を経由する以外に公路に通ずる方法がないことが認められる。
控訴人は、本件係争地の南側に接して一三四番の土地から公路まで幅約二尺程度の里道が通じているから、被控訴人所有地は袋地とはいえないと主張するが、たとい公路に通ずる通路が存在するとしても、その通路が袋地の形状、用法、地域環境等から考察して通路としての合理的な効用を全うすることができないものであれば、袋地の所有者は必要な限度においてなお囲繞地を通行する権利を有するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、被控訴人は昭和五年頃前記住居において養鶏業を営んでいたが、右里道のみでは飼料等を馬車、リヤカー等によって運搬することができないため、一三二番の土地のうち里道沿いの部分約二〇坪(本件係争地)を当時の所有者から賃借し、これに地盛りをして通路を開設し現在まで利用してきたこと、前記被控訴人所有家屋には合計六世帯の家族が居住していることは既に認定したとおりであり、≪証拠省略≫によると、被控訴人は右住居において飼料販売業を営み、飼料の運搬に右通路を利用するほか、居住者の中には牛乳販売業、氷販売業を営む者もいて営業用自動車の出入も頻繁であること、そのほか近隣の居住者を併せると約一〇世帯、四〇名の住民が通勤、通学、その他日常生活のために右通路を利用していることが認められ、かかる客観的な利用状況に加えて住民の安全ないし衛生を維持するために消防自動車あるいはし尿汲取車等の出入を確保すべき社会的な要請を総合勘案すれば、前記の如き僅か幅二尺程度の里道では倒底通路としての合理的な効用を果たし得ないことは明らかであって、被控訴人は右利用に必要な限度においてなお囲繞地を通行する権利を有するものといわなければならない。
そして前述の如き袋地の地形、従来および現在における通路の利用状況、通路開設の経緯等を斟酌すれば、本件係争地を通路として使用することが、被控訴人のために必要であると共に囲繞地のために損害の最も少きものと認められる。
したがって一三二番の土地の所有者である控訴人としては、被控訴人が本件係争地を公道への通路として使用することを容認する義務があるというべきである。
五 しかるに控訴人は本件係争地につき被控訴人が通行権を有することを争っており、≪証拠省略≫によれば、控訴人は一三二番の土地所有者として本件係争地上に建物その他の工作物を設置しようとする動きを示し、大牟田簡易裁判所の仮処分決定によりようやく現状が維持保存されていることが認められる。
してみれば、被控訴人が控訴人に対し囲繞地通行権の確認を求め、かつ本件係争地上に通行の妨害となる建物その他の工作物を設置することの禁止を求める被控訴人の第二次請求は理由があり正当として認容すべきものである。
よって以上と趣旨を異にして被控訴人の第一次請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江啓七郎 裁判官 藤島利行 前田一昭)
<以下省略>