福岡高等裁判所 昭和47年(う)343号 判決 1973年9月26日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用中、国選弁護人古川公威に支給した分は被告人長橋の負担とし、国選弁護人櫻木富義に支給した分は被告人酒井の負担とし、証人中村豊弘に支払した分は被告人両者の平等負担とする。
理由
<前略>
被告人長橋の弁護人古川公威の控訴趣意第一点について。
所論は、法令の解釈適用の誤りの主張であり原判決は、原審弁護人の主張に対する判断の項において、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律二条にいう預り金とは、同条の法意並びに同条二項の文理から、現実の金銭の授受が行われない場合においても、これと同種の経済的性質を有する金銭的価値の移転が行われることが必要である、と前提しながら、(1)既存の約束手形の書替をしたにすぎない場合、(2)既存の預り金中からその一部を払い出したにすぎない場合、(3)利息の支払、利息の元本への繰入れなどによつて預り金額に変更を生じたにすぎない場合などにも、その都度従前の約束手形を回収したうえ、金額又は支払期日、或いはその双方を書き改めた新たな約束手形を提出しているから、経済的な観点からこれをみれば、新たな債務負担行為をしたものであり、従つて又、当初の預金者も被告人らに対し、右新たな手形・提出日において、その記載の金銭を現実に預けたのと全く同一の経済的効果を受けることになるから、手形振出の際旧債務とは別個な新たな契約内容をもつ金銭的価値の移転が行われたと考えることができる、と判示している。しかしながら、約束手形の振出が、法的観点からして新たな債務負担行為であることは当然であるけれども、それは手形の性質から来る当然のことであるにすぎず、また、利息は日々刻々に生ずるが、それ自体何ら金銭的価値の移転ではない。従つて、前記(1)(2)(3)のいずれの場合においても、金銭的価値の移転は、預金者が現金を預けた第一回の預け入れの場合のみであり、その後の振出の場合は、何ら金銭的価値の移転を伴つていないから、別個の預り金には当らない。また、これを同法二条の法意に照しても、同法による法益の侵害行為は、右第一回の預け入れの場合のみであつて、前記(1)(2)(3)の如き手形振出に際しては、何らかかる法益の侵害は存しないこと、また同法条違反に対しては罰金刑のみならず重い懲役刑の罰則があることに照しても、右の手形の振出がなされた場合をもつて、別個の預り金をしたものと解するのは誤りである。しかるに原判決が、罪となるべき事実の中に前記の如き手形振出がなされた場合が存在することを認めながら、これに対しても同法二条を適用したのは、明らかに法令の解釈適用を誤つた違法があり、それが判決に影響をおよぼすことが明白であるから、原判決は破棄を免かれない、というのである。
しかしながら、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項において示した、所論の点に関する判断は、当裁判所においても、これを相当として是認すべきものと考える。付言するに、本件においては、従前の約束手形が回収され、金額又は支払期日或いはその双方を書き改めた新たな約束手形が振出交付された一連の手続においては旧約束手形の回収による預金者に対する金銭の支払いと、新約束手形の振出による預金者からの金銭の受け入れに際し、現実の金銭の授受が省略されたにすぎないと認めるのが相当である。なお所論の点に関しては、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律の施行により廃止せられた(同法付則五項)貸金業等の取締に関する法律二条に関し、貸金業者が同法律施行前の貸付金債権を、同法律施行後において準消費貸借に改め、またはその支払期日を延期する行為をして、債務者からその提出にかかる約束手形を受領した場合を、同法にいう「金銭の貸付」と解すべきものとした最高裁判所昭和三二年一月二四日第一小法廷判決(同裁判所刑集一一巻一号二一九頁)の趣旨を参照すべきである。それ故、所論は採用できない。<中略>
よつて、刑事訴訟法三九六条に従い本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(足立勝義 松本敏男 吉田修)
【参考 第一審判決】
(罪となるべき事実)
被告人らは、長崎県島原市弁天町九〇番地、一所在の貸金業宝金融株式会社において、被告人長橋敬喜はその代表取締役、被告人酒井富三男、同中村豊弘は取締役として、それぞれ貸金業に従事していたものであるが、貸付資金を獲得するため、日歩五銭の高利で同市周辺の大衆から金員を預ることを企て、被告人ら三名は共謀のうえ、右会社の業務に関し、法定の除外事由がないのに別紙一覧表記載のとおり、昭和四〇年一月五日頃から同四二年九月二七日頃までの間、前後五、九〇一回に亘り、前記会社の営業所等において、情を知らない右会社事務員らを介し、北日キミ子ほか同表記載の不特定かつ多数の各名義人から、台計八億五、〇二三万五、〇一六円を預り、もつて業として預り金をしたものである。
(なお別紙一覧表については、昭和四二年一〇月一九日付起訴状添付の別紙一覧表を左記のとおり訂正するほかは右一覧表記載のとおりであるからこれを引用する。)<中略>
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人らは何れも、本件公訴事実中には、既存の約束手形の書替えをしたに過ぎない場合、或いは既存の預金中からその一部を払いだしたに過ぎない場合、利息の支払い、利息の元本への繰入れなどによつて預金額に変更を生じたに過ぎない場合などを多数本件訴因として掲げているが、これらは単なる事務処理上の整理に過ぎない行為で、出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律第二条第一項にいう「預り金」行為には該当しない。蓋し同法の預り金とは、その経済的性質に照らし預金、借入金等の現実の受入れ行為であつて、消費寄託、消費貸借などの要物契約によつて金銭の受入れをなす行為を対象とするものと解すべきである。ことに、同法のような行政法規については慎重な解釈、運用が望ましく、不当な拡張解釈をなすべきではない。
そして、本件起訴は、右の点を明確に区別せず、混然たる状態のまま訴因として掲げているので、訴因が不明確でその特定が不十分な違法が存在する、と主張する。
二、そこで右主張について考えてみると、成程本件訴因中には、弁護人ら指摘のとおり現実に金銭の授受が行われていない場合を多数含んでいるのであるが、しかし証拠によれば何れの場合においても、被告人らはその都度従前の約束手形を回収したうえ改めて現に預つている金額を記載した約束手形を新たに振り出していることが認められる。ところで「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」第二条の法意は、預金等を為さんとする一般大衆の地位を保護し、社会の信用制度と経済秩序の健全な維持及び発展を図るにあると考えられ、また、同条第二項において同条第一項にいう「預り金」の定義に関し、「不特定且つ多数の者からの金銭の受入で、預金、貯金又は定期積金の受入及び、借入金その他何らの名義をもつてするを問わず、これと同種の経済的性質を有するものをいう。」と規定しているのであるから、右の法意並びに文理からすれば、金銭の現実の授受が行われない場合においても、これと同種の経済的性質を有する金銭的価値の移転が行われたと認められる場合には、同条による規整が及ぶものと解するのが相当である。本件においては、前記のとおり、被告人らはその都度従前の約束手形を回収したうえ、金額又は支払期日或いはその双方を書き改めた新たな約束手形を振出しているから、経済的な観点からこれをみれば、新たな債務負担行為を行つているのであり、従つて又当初の預金者も被告人らに対し、右新たな手形の振出日においてその記載の金銭を現実に預けたのと全く同一の経済的効果を受けることになるのである。してみればその約束手形の振出が、支払期日の到来によるいわゆる書替であると、又は利息ないし元本の一部支払等による預り金額の変動によるものであるとを問わず、右手形振出の際旧債務とは別個な新たら契約内容をもつ金銭的価値の移転が行われたと考えることができ、従つてこれを同条第二項の「預り金」というのに何ら妨げはないというべきであるから、所論は採用できない。
<以下略>