福岡高等裁判所 昭和47年(う)41号 判決 1972年10月17日
主文
本件控訴を棄却する。
当審におまける訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人荒木鼎提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意(事実誤認)について
所論は要するに、被告人の自動車は本件交差点の先入優先車であつた。したがつて、高原英一の車においては被告人の車の進行を妨げてはならないものである。のみならず、右高原は被告人の車が本件交差点の中央附近に停止しているのを五〇メートル手前附近で認めながら中央線附近を進行したものであり、衝突の直前においても進路の左側に相当の余地があつたので、被告人の車を避けて通過できたのに、これもしなかつたものである。それ故に、本件事故は専ら右高原の過失に基づくものであり、被告人に過失存しないこと明らかであつて、原判決は事実を誤認したものであるから破棄を免れないというにある。
よつて所論にかんがみ記録を検討するに、本件現場は水俣方面から湯ノ浦方面に通じる国道三号線(幅員約八メートル)と津奈木町中尾方面から日当方面に通じる農道(幅員約三、六メートル)が十字形に交差する交差点であるところ、被告人は普通貨物自動車を運転し、右農道を中尾方面から右交差点に差しかかり、該交差点の入口(隅切の末端を結ぶ線)附近に停止して、国道上を右(湯ノ浦方向)から左(水俣方向)に進行する軽四輪貨物自動車の通過を待つていたが、その通過直後に左方国道上の車両を確認しないまま、時速約一〇キロメートルで発進したことが認められ、他面、高原英一は右国道上を水俣(左)から湯ノ浦方面(右)に向い、普通貨物自動車を時速六〇キロメートルで運転し、被告人の車が交差点の前記入口附近で停止して国道上の車両の通過を待つているのを約八〇メートル位手前で認めたので、自己の車の通過までその状態を維持するものと思いながら進行を続け、被告人の車が発進した頃には、右高原の車は交差点から一五ないし二〇メートル附近に接近していたことが認められる。
右に明らかな如く被告人の車は高原の車が一五ないし二〇メートル位に接迫したとき発進し、それまでは交差点入口附近に停止していたのであつて、これに反する所論は認め難い。しかして、右の如き関係状況において、被告人の車が一瞬先きに交差点に進入したとしても、既に高原の車はその制動距離(約三七ないし四九メートル)以内に接近しているので、たとえ急制動をかけても、もはや衝突しないで停止することはできない状況に置かれ、衝突の危険を避けるためには、高原の車の通過を待つて発進横断すべきであつたことが認められる。したがつて、被告人としては左側国道上の交通の有無を確認し、近接車両にしてその制動可能の距離内にあるか否かを判断し、右高原の車の如く既に制動距離以内に接近せる車がある場合には、発進を見合せ、該車両の通過を待つて進入横断すべき注意義務があるものといわなければならない。
そうすると、かかる場合には道路交通法三四条の先入車優先の規定に拘らず、現前の接迫せる危険状況を先ず回避すべきであつて、所論指摘の被告人が先入車として優先通行できるとの主張、つまり被告人に前記注意義務はないとの主張は採用できない。ところで、被告人は右の注意義務を怠り、原判示の如く発進して交差点の中央を超える附近まで進出して、高原の車の右前部を自車の前部に衝突させたことが認められる。したがつて、本件事故が被告人の右過失に因るものであることは否定できない。
なお、所論は衝突直前に高原の車左側に避ける余地があつたのに、漫然直進して被告人の車を避けなかつたものであるとして、これが本件事故に直結する原因であるかの如く主張するのであるけれども、前記の如く高原の車の速度は時速六〇キロメートルであつて、進路左側の道路部分は約一、七メートルの幅員にすぎないので、左側に避ける余地があつたとは認め難い。のみならず、高原としては被告人の車の発進した時点における交差点までの距離からみて、急ブレーキをかけるのが精一杯であつたというのも首肯できないものでない。とりわけ、右の如き至近距離に接近するまで、被告人の車が交差点入口に停止していたので、高原としては自己の車の通過を被告人において待つものと考えたのも無理はなく、被告人の発進は右高原にとつては思いもかけないことであつて、進路左側の道路に若干の余地があるからと言つて、突嗟にブレーキをかけるほかに、なおハンドルを適切に左に切ることまで期待できる状況であつたとは認め難い。仮に、高原において交差点に進入する際から衝突までの間に、何らかの落度があつたとしても、本件衝突事故が被告人の前記過失に帰因することは否定できないので、本件事故につき被告人に過失が全くないとの所論は失当である。
そうしてみれば、被告人の過失行為を是認した原判決には、所論の如き誤認はなく、その他記録を精査し、当審における事実取調の結果によつても、これを発見することはできない。論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文に従い被告人の負担とする。
(藤田哲夫 平田勝雅 井上武次)