福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)132号 判決 1974年11月27日
控訴人
築上信用金庫
右代表者
高島正木
右訴訟代理人
清原敏孝
外三名
被控訴人
塩川勝美
右訴訟代理人
田中実
主文
原判決および福岡地方裁判所行橋支部が昭和四三年(チワ)第二七号小切手金請求事件につき、昭和四四年四月三日言い渡した小切手判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が(1)金額五〇〇万円、支払人控訴金庫椎田支店、振出地および支払地築上郡椎田町、振出日昭和四三年一一月二〇日なる持参人払式小切手一通、および(2)金額五〇〇万円、振出日同月三〇日その他の要件はすべて(1)に同じなる持参人払式小切手一通の所持人であることは<証拠>によつて明らかであり、被控訴人が同月二五日支払のため支払人に右各小切手を呈示したが、その支払を拒絶されたので、支払人をして右各小切手面に呈示の日を記載させ、かつ日付を付して支払拒絶宣言をさせたことは当事者間に争いがない。
二そして、<証拠>によれば、奥本七郎は昭和四二年一一月一日から昭和四三年一〇月三一日まで控訴金庫椎田支店の支店長の地位にあつたこと、本件各小切手は、同月二一日、当時同支店の支店長であつた奥本七郎が控訴金庫椎田支店支店長奥本七郎と刻したゴム印および同支店の支店長印を使用して作成し、振出したものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三控訴人は、まず、小切手は小切手面に記載された振出日に初めて有効に成立するものと解すべきところ、奥本七郎は本件各小切手に記載された振出日にはすでに控訴金庫椎田支店の支店長の地位にはなかつたから、右各小切手は何ら権限のない奥本七郎当人によつて振出されたものであると主張するが、一般に代理行為は、その行為当時にその代理権がなければ有効に成立し得ないものであつて、この理は小切手行為が書面行為であることにより、影響を受くべきものではないから、小切手振出しの代理権の有無は現実に小切手が振出された日を基準にして決定されるべきであり、現実の振出日が、奥本七郎が控訴金庫椎田支店の支店長に在任中の昭和四三年一〇月二一日であつたことはすでに認定したとおりであるから、被控訴人の右主張は採用できない。
四そこで、奥本支店長の本件各小切手の振出行為が商法第四二条、第三八条にいう営業に関する行為にあたるか否かについて検討する。
1 商法第四二条、第三八条にいう営業に関する行為とは、営業の目的たる行為のほか営業のため必要な行為をも含むものと解すべきであつて、営業のため必要な行為にあたるか否かは、当該行為につき、その行為の性質等を勘案し、客観的に観察してこれを決すべきところ、<証拠>によれば、控訴金庫は信用金庫法(昭和二六年法律第二三八号)に基づいて設立された信用金庫であることが窺われ、そして同法第五三条によれば、その行なう業務は、(イ)預金または定期積金の受入れ、(ロ)会員に対する資金の貸付け、(ハ)会員のためにする手形の割引、(ニ)内国為替取引、(ホ)有価証券の払込金の受入れまたはその元利金もしくは配当金の支払の取扱い、(ヘ)有価証券、貴金属その他の物品の保護預り、(ト)国民金融公庫その他大蔵大臣の指定する者の業務の代理、およびこれらに附随する業務と定められており、控訴金庫が右事業を行うために、現金支払の手段として自己宛小切手を振出すことが、控訴金庫の右にいう附随する業務にあたることはいうまでもない。
2 しかしながら、本件各小切手は前記のごとくいずれも先日付の自己宛小切手であるところ、<証拠>によれば、従来信用金庫の支店長は、顧客から自己宛小切手振出しの依頼があれば、依頼者から額面と同額の資金を受入れ、これを別段預金という勘定に入金し、これを支払資金として、当金庫備付の自己宛小切手用紙を使用して自己宛小切手を振出す権限を有するものであるが、右支払資金の受入れがない場合には、これを振出すことは許されないのであるから、これを先日付にする理由も必要もなく、事実信用金庫その他の金融機関がその事業目的のために自己宛小切手を先日付で振出すがごときことは従来行なわれておらず、またかゝることは自己宛小切手の性質上とうていあり得ないことといわねばならず、しかして、金融機関の代表者と雖も、先日付の自己宛小切手を振出す権限はこれを有しないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 そうだとすると、本件各小切手の振出行為は、これを客観的抽象的に観察しても、右にいう営業の目的たる行為にあたらないのはもとより、営業のために必要な行為にもあたらないものというべきであるから、右行為は商法第四二条、第三八条にいう営業に関する行為にあたらないものといわねばならない。
4 そして、前項説示の事実および<証拠>によれば、奥本支店長も、他の支店長同様、前記のごとく会員のためにする手形の割引や、顧客から依頼があれば額面と同額の資金を受け入れて自己宛小切手を振出す等の権限を有していたことが認められるから、同支店長はその権限を超えて本件各小切手を振出したものといわねばならない。
五そこで進んで、被控訴人が本件各小切手を取得するにつき善意無過失であつたか否かについて検討する。
1 <証拠>を総合すると、
(一) 奥本支店長はかねて多額の負債を有し、その支払に窮していたところ、これが返済に充てるため、控訴金庫の会員内藤一義の妻好子から顧客用小切手用紙を貰い受け、昭和四三年一〇月一六日本件各小切手と同種の金額二〇〇万円の先日付の自己宛小切手を、本件各小切手と同様の方法で作成して振出し、被控訴人より月五分の割引利率で割引を受けたが、右小切手を取得した被控訴人は、以前に、他より取得した小切手が印鑑相違を理由に支払を拒絶されたことがあつたため、小切手振出人の記名押印の真否だけはこれを確かめておく必要があると考え、割引時に一応電話で確かめはしたものの、念のため同月一八日午後二時頃、控訴金庫椎田支店に奥本支店長を訪ね、来訪の意を伝えたところ、同支店長は右小切手振出しの事実が他の金庫員に発覚するのをおそれ、支店長席の側にある応接セットを使用せず、ことさら、日頃余り使用していない二階の食事室に被控訴人を案内し、同所で約三〇分ないし一時間にわたつて二人だけで話し合つたが、その際、右小切手の件については、振出人欄にある奥本支店長のゴム印および支店長印が相違ないか否かを口頭で確かめただけで、他は殆んど雑談で終始し、控訴金庫が被控訴人より先日付自己宛小切手の割引を受けねばならない事情等肝心な事項については何らふれることがなかつたこと、
(二) また、同日、奥本支店長は被控訴人に対し、さらに金一、〇〇〇万円の自己宛小切手の割引方を依頼してその承諾を得たので、同月二一日前記のごとく額面合計金一、〇〇〇万円の本件各小切手を振出し、被控訴人より金融機関の割引利率(当時の控訴金庫の貸付および手形割引利率の最高額は年一割一分程度であつた)をはるかに上回る月八分、日歩二四銭という高利率で割引を受け、その際、「小切手金は支払期日には必ず当方より持参決済する。」旨記載した支払証明書(甲第三、第四号証)を被控訴人に差入れてその了承を得たこと、
(三) ところで、控訴金庫においては、他の信用金庫におけると同様、万一支払資金が不足するような事態が生じた場合には、全国信用金庫連合会から一定の利率で資金を借入れることとされていること、
がそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 そして、信用金庫においても、他の金融機関と同様、支払資金が不足するような場合でも、預金や定期積金以外には、一般人から資金の融資を受けることのないことは周知の事実であり、また前記のごとく信用金庫が先日付の自己宛小切手を振出し、一般人より直接割引を受けて、資金の調達を図るごときは、従来行われていないところであるから、信用金庫の一支店長より直接先付日の自己宛小切手の割引の依頼を受けた場合、常識ある通常人ならば、それが正当な権限に基づく行為であるかにつき疑惑を持つのが普通である。のみならず、信用金庫の事業は前記説示のとおりであつて、主として会員に対する貸付金と預金または定期積金の利ざやによつて事業が営まれている(この事実は弁論の全趣旨に照して明らかである。)のに、本件各小切手の割引利率は前記のごとく信用金庫の貸付金利をはるかに上回る月八分、日歩二四銭という高利率であり、しかも、通常は、信用金庫振出しの小切手を決済する場合には、所持人が支払人たる信用金庫に支払呈示をして、小切手金の支払を受けているのに、本件の場合は、約束された支払期日に奥本支店長自ら被控訴人方に現金を持参して決済するというのであるから、これらの事実よりすれば、一般人でさえ、本件各小切手は奥本支店長がその権限を超えもしくは濫用して振出し、割引を依頼したのではないかと疑念を抱くのが通常であり、しかも、<証拠>によれば、被控訴人は昭和四二年以来金融業を営んでいるもので、佐賀銀行に当座預金口座を有し、本件各小切手の割引以前にも楼々小切手を割引した経験があることが認められ、当時、被控訴人は一般人よりはるかに小切手割引に関する知識に明るかつたものというべきであるから、叙上の諸事実よりすれば、被控訴人は、奥本支店長がその権限に基づかずして本件各小切手を振出し、割引を依頼したことを知りながら、あえて右各小切手を割引取得したものと推認するのが相当である。
3 被控訴人は1本件各小切手を取得するに先だち奥本支店長に面会して振出しの事実を確認しているし、また(2)本件各小切手は現金九一六万円もの多額の金員を支出して取得したものであるから、当時、被控訴人において、奥本支店長が権限に基づかずして、本件各小切手を振出した事実を知つていた筈はない旨主張し、<証拠>によれば、右(1)(2)の事実を認め得るけれども、前記認定の事実に、<証拠>を併せ考えると、被控訴人は本件各小切手が前記のごとく奥本支店長の権限に基づいて振出されたものでないことを知りながら、小切手の振出人欄の奥本支店長の記名印および支店長印がかねて同支店長が振出しに使用している正規のものであり、それが同支店長の意思によつて記名押印されたのであれば、たとえ右各小切手が手形交換所に回つても、控訴金庫より支払を拒絶されることはないものと軽信し、右各小切手を割引取得したものと推認されるから、右の各事実をもつて、前記悪意の認定を覆えす資料とはなし得ない。
4 さらに、被控訴人は、奥本支店長が自己宛小切手を他の金融機関に対して振出している事実を知つた後は、同支店長の割引依頼を拒否した事実よりしても、被控訴人が本件各小切手を取得するに際し、悪意であつたとはいい得ない旨主張し、<証拠>によれば、昭和四三年一〇月末頃、奥本支店長より原田善二を介し被控訴人に対し、控訴金庫椎田支店振出しの金額三五〇万円および金額二八〇万円の先日付自己宛小切手各一通の割引依頼をしたところ、被控訴人は右各小切手の割引をしなかつたことが認められるが、<証拠>によれば、被控訴人が右小切手二通の割引をしなかつたのは、被控訴人が同月一八日控訴金庫椎田支店に奥本支店長を訪ねた際、同支店長より本件各小切手を振出した後は、自己宛小切手を振出すつもりはない旨聞かされていたので、同支店長に対し、右小切手二通の振出しの有無を確めたところ、同支店長より右小切手二通の振出しは手違いであるから、割引きをしないようにとの回答を得たからであることが認められるから、被控訴人が右小切手二通の割引をしなかつた事実を捕えて、被控訴人が本件各小切手を取得するに際し、悪意でなかつたことの資料とはなし得ない。
5 そうだとすると、被控訴人は本件各小切手を取得するにつき悪意であつたものというべきであり、とうてい、奥本支店長に代理権があつたと信ずるにつき正当な理由があつたとはいえないから、被控訴人は控訴金庫に対し、本件各小切手金を請求し得ないものといわねばならない。
六よつて、被控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないから、被控訴人の請求を認容した原判決および福岡地方裁判所行橋支部が昭和四三年(チワ)第二七号小切手金請求事件につき、昭和四四年四月三日言い渡した小切手判決はこれを取消して、被控訴人の請求を棄却することとし、民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(原田一隆 鍬守正一 松島茂敏)