福岡高等裁判所 昭和48年(う)100号 判決 1973年8月08日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。
押収のけん銃「A六〇六五」一挺(当庁昭和四八年押三〇号の二)を没収する。
理由
本件控訴の趣意は、原審検察官中村勉作成名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対する答弁は弁護人世利新治提出の答弁書に記載のとおりりであるからここにこれを引用する。これに対するこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
検察官の控訴趣意について。
所論は、要するに、原判決は、本件けん銃が銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法と略す)に規定された「けん銃」に該当せず、その材質、構造、形態からみて同法二二条の二の一項の「模造けん銃」にあたると判断し、その理由として、「本件『けん銃』には、「けん銃」における極めて重要な部分である撃針に不良点がありこれを調整又は改造した撃針を作成して、これと交換することは最早や通常の手入又は修理の概念を逸脱し、いわゆる新規製作に準ずる改造にあたると解するのが妥当である」と判示している。しかしながら本件撃針の取替等は、技術的に見ても通常の手入れ又は修理に該当し、原判決のいうように新規製作に準ずる改造とはいえないから、本件けん銃は銃刀法にいう「けん銃」にあたると認むべきであり、従つて原判決が本件けん銃を模造けん銃にあたるとして、本件につき銃刀法三条一項を適用せず、同法二二条の二の一項、三五条一項、同法施行規則一七条の二の一項を適用したのは、法令の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄のうえ、適正なる判決を求めるというに帰する。
よつて按ずるに、原判決が、被告人が法定の除外事由がないのに、(1)回転式けん銃(チーフ・スペシャルA五五三三)を所持し、(2)回転式けん銃(チーフ・スペシャルA六〇六五)を所持したとの公訴事実に対し、本件各けん銃は、いずれも銃刀法に規定された「けん銃」に該当せず、それらはその材質、構造、形態からみて銃刀法にいう「模造けん銃」に該当するにすぎないと認定判示し、本件につき同法二二条の二の一項、三五条一項、同法施行規則一七条の二の一項を適用して、被告人を罰金二万円に処する旨の判決を言い渡し、その理由として、「銃刀法に規定されている『けん銃』とは、何時でも弾丸を発射し得る機能を有するものだけでなく、たとえ故障のため一時銃砲としての機能に障碍があつても、通常の手入れ又は修理を施せばその機能を回復することのできるものを包含するものと解すべく、しかして右の通常の手入れ又は修理とは、新規製作に準ずる改造を含まぬ概念と理解すべきであるところ、前記証拠の標目欄掲記の鑑定書によれば、本件各ピストルはいずれもモデルガンの改造銃であつて、そのままではいずれも撃針不良等のため、適合実包を発射できなかつたこと、いずれも不良点を改造した撃針をとりつけ、かつ前示『A五五三三』のピストルはそれに加えて撃鉄の打撃力不足点を補うため、同ピストルの撃鉄バネと同模型バネ約二糎を補強してはじめて実包の発射ができたことがそれぞれ認められるが、バネの補強だけで発射できるものならともかく『けん銃』における極めて重要な部分である撃針に不良点があり、これを調整又は改造した撃針を作成してこれと交換することは、最早通常の手入れ又は修理の概念を逸脱し、いわゆる新規製作に準ずる改造にあたるものと解するのが妥当と考えられ、これを要するに本件各ピストルは銃刀法に規定されている『けん銃』に該当しない。」旨判示していることは、所論指摘のとおりである。
ところで故障したけん銃であつても通常の修理により弾丸発射機能を回復させることが技術的に可能である場合には、その修理が合法的にできるか否かにかかわらず、銃刀法にいう銃砲にあたると解すべきことは、既に最高裁判所の判例の示すところである(昭和四四年七月一一日第二小法廷判決、刑集二三巻八号一〇五二頁以下参照)。従つて、原判決の前掲判断は正当というべきである。しかしながら、右右判例のいういう「通常の修理により弾丸発射機能を回復させることが技術的に可能である」というのは、もともと銃砲の手入れ、修理は、事柄の性質上、ある程度、銃砲および実包の構造、性能に関する知識、技術を有することを要求されるものであることは当然のことであるから、特別高度の技能を有するものでなければ、或は特別な工具、設備を利用し、又は入手困難な特別な資材を用いて修理しなければ、弾丸発射機能を回復できないというような特別の場合を除き、その修理が合法であると否とを問わず、ある程度銃砲、実包の構造、性能に関する知識、修理技術を有する一般通常んは勿論、銃砲等の修理設備を有する銃砲専門店において、普通の工具、設備と資材とにより修理が可能であるものをいうと解すべく、その手入れ、修理の範囲を弁護人主張のように、なんら技術的素養のない一般通常人が誰でも容易に手人れ、修理することができるものにのみ限定して解釈することは狭きに失し相当ではない。従つて、本件けん銃が銃刀法に規定する「けん銃」に該当するか否かの判断にあたつては、その修理が技術的に、右に述べた意味で通常の修理方法で可能か否かを基準とすべきであり、原判決のいうように、修理を要する部分が銃砲において極めて重要な部分であるか否かについて事を決するのは相当ではない。蓋し、その重要な部分であつても、それが右にいう通常の修理によつて弾丸発射機能が回復できるかぎり、これをそうでない部分と異別に取扱うべき理由が存在しないからである。
そこで以下本件二個のけん銃のけん銃について、右の修理の点を検討する。
池田浩理作成の昭和四七年六月一五日付、同年一一月一五日付各鑑定書、当審証人池田浩理の証言、当審で取調べた藤原敬和の検察官に対する昭和四八年三月四日付供述調書を綜合すれば、次の事実が認められる。
本件二個のけん銃は、いずれも、その構造、機能において、市販にかかる三八口経スミス・アンド・ウェッソン・チーフスペシャル型回転弾倉式けん銃のモデルガン(市販価格一挺三五〇〇円位)に、市販の二二口径ライフル用フチ打ち実包を適合実包として発射できるよう、けん銃の機構に周到かつ積極的な改造を加えて、弾丸発射能力を新たに付与したものであり、そして藤原敬和において二二口径ライフル用実包を装てんして発射実験をし、これに成功し、その発射能力を確認しているのであり、その後被告人がこれらを入手しているのであるからら、被告人の入手の以前においては、弾丸発射機能を有していたこと、しかるに本件改造けん銃の中、A五五三三号は昭和四七年三月三一日最終所持人境憲一より(記録一六丁参照)、またA六〇六五号は同年八月二三日最終所持人の被告人より(記録四〇〇丁参照)それぞれ押収され福岡県警察本部犯罪科学研究所物理課技術吏員池田浩理において、前者につき同年六月一五日、後者につき同年一一月一五日、その構造、発射機能につき鑑定を行つたところ、A六〇六五号にあつては撃針と実包起縁部との打撃接触不完全、A五五三三号にあつては、右の外、撃針の打撃力不足により、それぞれ発射機能が停止しており、右池田において、前記不良点を調整した撃針を作製して従来の撃針と交換し、さらにA五五三三号については、これに加えて打撃力不足を補うために、約二糎の撃鉄バネを従来のバネに追加補強して、はじめて発射機能を回復するに至つたこと、右の発射機能の停止は右二個のけん銃が転々流通する過程において前記の如き故障を生じたためであると認められるが、その故障の原因は、第一に、本件二個のけん銃は、撃鉄連結構の撃針止め栓部分の固定が不安定でぐらつきが生じているため、実包起縁部に撃針が適確に打撃しないこと、第二に、A五五三三号については、右に加えて、撃鉄バネの弾力が弱く、撃鉄部の前進力を弱めていることにあり、その他の部分については何らの故障がなかつたこと、右池田において、右第一の故障原因を除去するために、在来の撃針を撃鉄連結部から取り外し、あり合せの軟鉄片をたがねで切断して鉄片(なお、右藤原においては、この鉄片の代りに、市販の爪切りバサミの身の結合部分のネジを取り外し、片身の穴を中心として十五糎と五糎位の長さに金切りのこで切断したものを利用している。)をつくり、グラインダー研磨機、或はやすりで調整して撃針を作り、もとどおり右各けん銃の連結溝にはめ、電気ドリルで撃鉄止め栓部より撃針基部に穴をあけ、これにあり合せの金釘を通してもとどおり固定した後、弾倉と閉鎖壁面の閉隙より見ながら空射をして、撃針先端部が実包起縁部を打撃するように撃針先端をやすりで調整したこと、第二の故障原因の除去のためには、市販の鋼製バネの同型のもの(一米が約一二〇円)を約二糎の長さにベンチで切断し、在来のバネの尻に追加補強してもとどおり組み立てたこと、そして前者については、所要時間は半日位(なお、右藤原においても、その所要時間は五、六時間であつた。)、後者については至極簡単で時問もせいぜい二、三時間しか必要としなかつたことが認められる。
右認定事実によれば、本件改造けん銃の弾丸発射能力の回復については、特別高度の技能とか、或は特別な工具、設備や入手困難な特別の資材を必要とせず、工具は市販のもので足り、また、その使用材料たる鉄片、バネ等も市販されていてさして高額の費用を要するものでないことが認められる。してみれば、本件二個の改造けん銃の撃針の取替、調整および撃鉄バネの補強は、前記判例にいうところの「通常の修理」の範囲に属すると解するのが相当である。しかるに原判決が本件撃針の取替、調整をもつて、通常の修理の範囲を逸脱するものであつて、いわゆる新規製作に準ずる改造にあたると解し、本件けん銃が模造けん銃に過ぎないと認定したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいて事実の誤認を冒したもので、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわねばならない。所論は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法三九七条、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い自判する。
(罪となるべき事実)
被告人は、法定の除外事由がないのに
(一) 昭和四七年三月上旬ころ、福岡県大野城市椎飼陽一丁目一七番地ホテル「銀」において、回転式けん銃(チーフ・スペシャルA五五三三)一挺(当庁昭和四八年押三〇号の一)を
(二) 同年三月中旬ころ福岡市博多区西春町二丁目一二の二の被告人方において回転式けん銃(チーフ・スペシャルA六〇六五)一挺(当庁昭和四八年押三〇号の二)を
所持していたものである。
(証拠の標目)<略>
(適条)
銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二の一項一号、三条一項(判示(一)および(二)につき、いずれも懲役刑選択)
刑法五六条、五七条(前記前科との関係で各再犯加重)
同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い(二)の罪の刑に併合罪加重)
同法二一条(原審未決勾留日数の一部算入)
同法一九条一項一号二項本文(押収のけん銃「A六〇六五」当庁昭和四八年押三〇号の二の没収)
刑訴法一八一条一項但書(当審訴訟費用の負担免除)
(量刑の事情)
被告人は、前記累犯となる前科の外、傷害、銃砲刀剣類等所持取締法違反、兇器準備集合、火薬類取締法違反等の前科数犯を有し、しかも道仁会館前福岡支部長であつて、その経歴前科によつて明らかなようにやくざの生活をしているものであり、かかる者の本件けん銃所持は、極めて危険をはらんでいると認められる。なお、判示(二)のけん銃は、判示(一)のけん銃と交換入手したもので、被告人の判示(一)のけん銃の所持は短期間であつた。
よつて主文のとおり判決する。
(足立勝義 松本敏男 吉田修)