福岡高等裁判所 昭和48年(ネ)85号 判決 1974年10月21日
控訴人 八木忠治
右訴訟代理人弁護士 森有度
右訴訟復代理人弁護士 山中真理子
被控訴人 安田二男
右訴訟代理人弁護士 天野幸太
主文
本件控訴を棄却する。
当審における控訴人の予備的再審の訴をいずれも却下する。
控訴費用(右予備的再審の訴により、当審において生じた訴訟費用も含む)は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を態本地方裁判所玉名支部に差戻す。控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審における新たな予備的再審請求として「福岡高等裁判所が昭和三七年四月一〇日同庁昭和三六年(ネ)第九一二号請負代金請求控訴事件について言い渡した『本件控訴を棄却する。』旨の判決を取り消す。態本地方裁判所玉名支部が昭和三六年一一月二四日同庁昭和三四年(ワ)第九九号請負代金請求事件について言渡した原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消し被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求めた。
被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審での控訴人の予備的請求に対し「控訴人の予備的再審の訴を却下する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実に関する主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
1 本位的再審の訴について、
(一) 本件再審の訴において、再審原告(控訴人)は、態本地方裁判所玉名支部昭和三四年(ワ)第九九号請負代金請求事件の判決の取消を求めたところ原審は、再審の対象である右判決は第一審判決であり、かつ、右判決につき再審原告(控訴人)が、その敗訴部分を不服として昭和三六年一二月一五日福岡高等裁判所に控訴を提起し、同裁判所が右控訴事件につき、昭和三七年四月一〇日控訴棄却の本案判決をなしているので、民訴法四二〇条三項により一審の判決に対し再審の訴を提起することはできないと判断し、管轄違の訴と認めて却下したのである。
なお、控訴人は右控訴判決を不服として上告し右事件は最高裁判所昭和三七年(オ)第八六五号として審理され、昭和三八年三月一九日上告棄却の判決を受けたのである。
(二) 控訴人は右第一、二審の判決には再審の事由があるとして昭和四二年四月二七日、最高裁判所に本件再審の訴を提起し、同年(ヤ)第三三号上告事件として受理され、昭和四三年一月二三日同裁判所第三小法廷は、本件再審の訴は、民訴法四二二条一項により不服の申立ある判決をなした態本地方裁判所玉名支部の管轄に属するものと認められるとし、同法三〇条により、裁判官全員の一致で「本件を態本地方裁判所玉名支部に移送する。」との決定をなし、該決定は確定し、同支部において同年三月八日口頭弁論が開始されたのである。
(三) ところで右最高裁判所の移送の決定は、民訴法三二条により移送を受けた態本地方裁判所玉名支部を覊束するものである。すなわち「移送を受けたる裁判所は更に事件を他の裁判所に移送することを得ず」と定めた同条二項の規定からして、たとえ、福岡高等裁判所に正しい管轄権があるとしても、そこに移送することはできない。結局は、態本地方裁判所玉名支部で審理裁判すべきである。(同法三二条一項の立法趣旨は再移送という訴訟上の不経済を防ぐため、その認定を移送裁判所に一任したものであるから、専属管轄についても拘束力を有する。)
(四) 従って、原判決は明らかに手続に違背していることになるので、民訴法三八七条により原判決を取り消し三八八条により事件を原審に差し戻すべきでものである。
2 予備的再審の訴の追加について、
かりに、右の主張が容れられないとしても、本件再審の訴は、本来福岡高等裁判所の専属管轄に属し、同裁判所で審理裁判がなさるべきものであるから、予備的請求として本件再審の訴につき審理裁判を求めるものである。
その再審事由は原審において主張したところと同一で、前記控訴審判決(福岡高等裁判所昭和三七年四月一〇日言渡同庁昭和三六年(ネ)第九一二号事件判決)が引用した原判決(態本地方裁判所玉名支部昭和三六年一一月二四日言渡同庁昭和三四年(ワ)第九九号事件判決)には民訴法四二〇条第一項五号、六号、七号、九号の各再審事由があり、その具体的内容は次のとおりである。
(一) 同法一項五号事由
右判決は、被控訴人の訴外八木克人に対する請負残代金請求について、右当事者間に裁判外の和解が成立し、これに控訴人が連帯保証をなしたとして、被控訴人の請求を認容したものであるが、訴外八木克人が被控訴人との間に昭和三四年二月一三日右裁判外の和解をなしたのは、被控訴人が当時、暴戻を極めていた暴力団山代組の幹部宮本司、地方紙肥後日々新聞の記者竹下輝久らを帯同して訴外八木宅を訪ね、こもごも、金一五七万円の支払義務あることを認める契約書を差し入れないときは、その暴力団の暴力、又は記者の筆力によって将来どのような禍が生ずるか知れないことをほのめかし、訴外八木克己を威圧したからによるものである。またかゝる被控訴人らの刑事上罰すべき脅迫行為をおそれるあまり、控訴人は判決に影響を及ぼすことを得べき防禦方法の提出を妨げられたのである。
(二) 同六号事由
右和解契約の際に差入れられた書面に、連帯保証人として控訴人の署名捺印がなされているが、これは、訴外八木克人が控訴人の了解を得ず勝手に控訴人の実印を押捺した偽造のものである。この偽造の書簡が右判決の証拠となっている。
(三) 右判決は、証人竹下輝久の証言中「八木さんがお父さんの忠治さんのところに自動車で行って来たように思います。」という供述部分を証拠としているが、右は虚偽の陳述である。
(四) 同九号事由
右判決は訴外八木克己が、裁判外の和解契約により請負残代金の履行を約し、其の支払方法を定めたのに、その履行をしていないというのであるが、控訴人は右事実を否認しているのであるから、右判決は裁判外の和解契約成立の前提として、
(イ) 請負契約の当事者は誰か、
(ロ) 増工事契約があったか否か、その増工事とは何か、
また増工事代金は約定されていたか、その額は何程か
(ハ) 未払代金があるのか、その額はいか程か、
についても当然、判断すべきであったのに、これに対する判断が遺脱されている。
しかして、控訴人は以上の再審事由をいずれも昭和四二年四月に至って、知ったものである。
(被控訴人の右主張についての答弁)
1、控訴人の主張1の(一)、(二)の事実は認めるが、(三)、(四)の主張は争う。
2、控訴人の主張2の各再審事由の存在は否認する。
理由
一、本位的再審の訴について。
当裁判所も原審と同様に、態本地方裁判所玉名支部が昭和三六年一一月二四日言い渡した同庁昭和三四年(ワ)第九九号請負代金請求事件の確定判決の取り消しを求める控訴人の本件再審の訴は、右事件につき福岡高等裁判所が昭和三七年四月一〇日控訴棄却の本案判決をなしていることが一件記録上明らかであるから、民訴法四二〇条三項が禁止する訴の提起に該当し、不適法として却下を免れないものと判断する。
控訴人は、要するに、控訴審たる福岡高等裁判所が右請負代金請求事件について本案判決をなしている場合の本件再審の訴については、福岡高等裁判所が、専属管轄を有するとしても、最高裁判所が民訴法三〇条により態本地方裁判所玉名支部の管轄に属するとして移送の決定をなした以上、同支部は右移送の決定に覊束され、専属管轄裁判所たる福岡高等裁判所に再移送することはできず、本案について審理裁判をなすべきである旨主張する。
ところで、民訴法三〇条により移送を受けた裁判所は、右移送の決定に覊束され、事件を更に他の裁判所へ移送し、または管轄違の理由で訴の却下をなし得ず、他の訴訟要件が具備するかぎり本案につき審理裁判をなすべきであるが、移送を受けた裁判所といえども、管轄以外の訴訟要件が具備していないことを理由に、これを却下することは差支えないものと解する。そうすると、民訴法四二〇条三項は、ただたんに、一審裁判所は、同条所定の再審の訴について管轄権を有しないと規定しているのではなく、同条所定の如き場合は、本来訴を提起すること自体が許されないものとしてこれを禁止していることが明らかで、再審事件の訴訟要件をなしているから、最高裁判所から移送を受けた態本地方裁判所玉名支部も、控訴審の本案判決を経た一審判決の取り消しを求める控訴人の本件再審の訴を、同法四二〇条三項に違反する不適法な訴として却下しうるものというべきである。
以上説示のとおり、原審は、最高裁判所から移送を受けた右再審の訴につき、福岡高等裁判所の専属管轄に属するとして管轄違を理由に訴を却下したものではなく、民訴法四二〇条三項により右の訴は許されないとしてこれを却下したことが明らかであるから、その点には違法の廉はないものというべく、控訴人の右主張は採ることができない。
二1 そこで当審で追加された予備的再審の訴について判断する。
先ず一般に訴訟判決に対する控訴審手続においても、当事者の同意があれば、訴の変更は許されるものと解すべきであるが、本件は本来福岡高等裁判所に本件再審の訴を提起すべき場合であったのであるから控訴人が当審において再審原告として再審の請求をなす限り相手方の同意を要せずして訴の変更が可能であると解するのが相当である。
2 次に、右の予備的再審の訴が再審期間内の適法な訴か否かにつき案ずるに、控訴人が取り消しを求める控訴審判決が昭和三八年三月一九日確定したことは当事者間に争いがないから昭和四九年八月二八日の当裁判所第七回口頭弁論期日に追加された本件予備的再審の訴は、判決確定後とうに民訴法四二四条三項所定の再審期間である五年を経過しているように見える。しかし、原審で却下された前記再審の訴は、昭和四二年四月二七日最高裁判所で訴状が受理されており、その再審の事由とするところは、当審で追加された再審の訴の事由とするところと全く同一で、控訴人としては、確定した一審判決の取り消しを求める再審の訴が不適法として却下を免れないものであれば、控訴人が再審の訴を提起した意図を果し得ないことをおそれ、予備的に前記控訴審判決の取り消しを求める再審の訴を追加したに過ぎないから、このような場合、当審で追加された再審の訴は、本位的再審の訴が民訴法四二四条三項所定の期間内に提起されている限り、予備的に追加された訴も同条項所定期間内の訴として適法と解するのが相当である。
3、そこで控訴人が再審事由として主張する点について判断する。
(一)、先ず、控訴人は確定の前記控訴審判決には民訴法四二〇条一項五号、六号、七号の再審事由があるとしてその具体的事由を主張するが、同条二項の要件について何等主張立証するところがないから、証拠によって具体的事由の有無について判断を加えるまでもなく、控訴人の右再審事由に基づく追加的再審の訴はいずれも再審要件を欠くものというべきである。
(二)、次に、控訴人は、右判決には民訴法四二〇条一項九号所定の判断遺脱がある旨主張するが、その判断遺脱として主張するところは、要するに、被控訴人の請求が裁判外の和解契約による請負残代金の請求であって、控訴人が右契約の成立を否認していたのだから、控訴審は当然、その前提として請負契約の当事者、増工事契約の有無及びその額並びに請負残代金の有無及びその額を判断すべきであるのに、これを遺脱しているというにあることはその主張に徴し明白である。
しかし、右裁判外の和解契約にもとづく請負残代金の請求においては、如何なる当事者間に如何なる内容の和解契約が成立したか否かが主要事実であり、控訴人が判断を遺脱したと主張する事実は、いずれも間接事実に過ぎないから、右の主要事実につき判断遺脱の認められない右判決には、判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断遺脱があったというを得ない。控訴人の右主張も同条一項九号の再審要件を具備していないものというほかない。
三、以上の次第で控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審において新たに追加した予備的再審の訴はいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 鍬守正一 松島茂敏)