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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)309号 判決 1974年9月30日

有限会社福岡風月訴訟承継人

控訴人(附帯被控訴人)

風月フーズ株式会社

(旧商号 株式会社福岡風月)

右訴訟代理人

和智龍一

外三名

被控訴人(附帯控訴人)

河村照子

右訴訟代理人

林善助

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴による当審における請求の拡張に基づき、原判決を左のとおり変更する。

三  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、原判決添付別紙第三物件目録記載の建物を収去して同第二物件目録記載の土地を明け渡し、かつ、昭和三七年一〇月一日から昭和三八年九月三〇日まで一か月金九万円、昭和三八年一〇月一日から昭和三九年九月三〇日まで一か月金九万五、八〇〇円、昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日まで一か月金九万九、八〇〇円、昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日まで一か月金一〇万五、八〇〇円、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年八月三一日まで一か月金一一万二、七〇〇円、昭和四二年九月一日から昭和四四年一二月三一日まで一か月金一二万一、一〇〇円、昭和四五年一月一日から昭和四七年四月三〇日まで一か月金一六万九、〇〇〇円、昭和四七年五月一日から右土地明け渡しに至るまで一か月金二二万八、〇〇〇円の各割合による金員を支払え。

四  訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

五  この判決は、第三項後段の金員支払を命ずる部分に限り仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人の主位的請求について、

被控訴人が原判決添付別紙第一物件目録記載の土地について、昭和三六年一一月二八日訴外中島久微余から、昭和四一年一一月二八日訴外嶋晴夫から、各五分の一の共有持分権をそれぞれ買い受け、いずれも即日、その旨の持分権移転登記を受けたこと、および控訴人が右土地のうち原判決添付第二物件目録記載の土地(以下本件土地という)上に原判決添付第三物件目録記載の建物(以下、本件建物という)を所有して、本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人主張の抗弁について判断する。

1  控訴人は先ず本件土地につき五分の二の持分のみを有するに過ぎない被控訴人は、本訴請求をなすことは許されないと主張する。しかし被控訴人の主位的請求は、その請求原因事実に徴して明らかなごとく、控訴人の本件土地に対する不法占拠を排除し、その保全をはかる行為で、民法二五二条但書の保存行為に該当すると解されるから、共有持分の過半数を有しない被控訴人も保存行為として本訴請求をなしうるというべきである。

控訴人は、本訴請求の実質は、無断譲渡ないし転貸した賃借人に対し、賃貸借契約を解除して賃借人と転借人とに明け渡しを求めることと変りがないとする前提に立つて、二分の一の共有持分権を有するに過ぎない者は、特別の事情のない限り、単独で賃貸借契約を解除し得ない。したがつて被控訴人は本訴請求を単独で提起し得ないとし、最高裁判所第三小法廷昭和三九年二月二五日の判決を挙げるけれども、不法占拠者に対する妨害排除請求と、適法な賃借人に対し賃貸借契約を解除解約してその明渡を求める場合とでは、後者が必然的に共有物利用方法の変更をきたすので民法二五二条本文の「共有物の管理に関する事項」に該当するというべきであるのに対し、前者は常に必ずしも賃貸借契約を解除せずに不法占拠者に妨害物の排除を求めうるのであるから同条但書の保存行為に該当するというべきであつて、以上二つの請求は訴訟物を異にするところ、本訴の主たる請求原因は前者に該当するのであるから、控訴人引用の前記最高裁判所の判決は本事案の場合に適切ではないというべきである。

控訴人の右主張は採用の限りではない。

2  そこで控訴人主張の本件土地についての占有権原について判断する。

(一)  訴外青木平四郎は、昭和三年、建物所有の目的をもつて本件土地等を訴外嶋孝穂より賃借し、右土地上に木造二階建事務所兼居宅床面積延約99.17平方メートル(約三〇坪)の建物を建築して、建築代願業を営んでいた(当時右土地については、嶋孝穂が五分の三の、同人の叔父訴外嶋邦生が五分の一の、同人の伯母訴外清原ヨネの養子訴外清原藤二が五分の一の各共有持分権を有していたが、実際上は、嶋孝穂が単独で使用収益する権限を有しており、同人の右権限は昭和三七年一月一九日同人が死亡するまで存続していた)。

(二)  ところが、青木平四郎の建物は第二次世界大戦における空襲により昭和二〇年六月一九日焼失した。

(三)  そこで青木平四郎は翌昭和二一年二月一日本件土地等についての賃料一カ月金二〇〇円、期間三年の賃貸借契約を記載した契約書を嶋孝穂に差し入れて、右土地上に床面積約66.11平方メートル(約二〇坪)の建物を新築し、その長男訴外青木半治をして建築代願業をさせていた。

(四)  青木平四郎が昭和二一年三月一〇日死亡したため、その長男青木半治が家督相続し、その後右建物においては、青木平四郎の妻訴外青木タカが大衆食堂兼お茶屋兼タバコ屋を経営し、その子訴外高津鈴代、同青木渡がこれを手伝つていたが、右建物が未登記であつたので、青木半治、高津鈴代、青木渡の三人の子らで話し合つた結果、昭和三〇年三月一七日母親青木タカ名義で保存登記をなした。

(五)  青木タカが翌昭和三一年一一月二一日死亡したため、右建物は青木半治、高津鈴代、青木渡の子ら三人が共同してこれを相続し、青木半治が主体となつて「たつみ」という屋号でぜんざい屋を経営するようになつた。

そして、この間、賃料も屡々増額されてきた。

(六)  青木半治らは昭和三三年八月二二日前記個人営業を会社組織の営業に改めるため右建物を現物出資して資本金二〇〇万円の有限会社たつみを設立し、青木半治が代表取締役に、高津鈴代が取締役に、青木半治の妻訴外青木綾子が監査役にそれぞれ就任した。そして青木半治が本件土地に対して有する賃借権の譲渡につき嶋孝穂の承諾を得たうえで有限会社たつみは同年一〇月一五日右建物についてその旨の所有権移転登記を経た。

(七)  翌昭和三四年一月一〇日、青木半治が有限会社たつみの代表取締役を辞任して平取締役になり、高津鈴代、青木綾子もそれぞれ取締役および監査役を辞任し、同人らに代つて、訴外福山正直が代表取締役に、訴外橋本教、同渡辺静雄がそれぞれ取締役に、訴外上原則夫が監査役にそれぞれ就任した。

(八)  有限会社たつみは、その後、昭和三四年三月一八日有限会社平和台に、次いで昭和三五年五月三一日有限会社福岡風月に順次商号を変更し、有限会社福岡風月は昭和四五年一〇月一日株式会社福岡風月に組織変更したのち、昭和四七年六月三〇日風月フーズ株式会社と商号を変更したこと、

以上の事実は当事者間に争いがない。

8 控訴人は、福山正直が青木半治に代つて有限会社たつみの経営の任に当ること、ないしはその代表取締役に就任することについて、賃貸人たる嶋孝穂の了解を得ていたし、かりにそうでないとしても、黙示の承認ないし追認があつたから控訴人は本件土地につき賃借権を有する旨主張する。

有限会社たつみへの賃借権の譲渡につき嶋孝穂が承認したことは当事者間に争いのないこと前叙のとおりであるが、<証拠>を総合すると、青木半治は、有限会社たつみを設立した後もその経営が一向に好転しないため、有限会社たつみの総出資口数二、〇〇〇口(一口金一、〇〇〇円)の内一、五〇〇口を金三八〇万円で福山正直に譲渡したこと、嶋孝穂は、昭和三三年一一月青木半治に本件土地等の一部の明け渡しを求め、同月一四日、訴外塚本徳計弁護士立会の下に、右両名の間に本件建物の裏側の敷地21.81平方メートル(六坪六合)を嶋孝穂に返還する旨の約定が成立したこと、嶋孝穂は、青木半治が有限会社たつみを設立したころから、青木半治を通じて福山正直と面識をもつに至り、福山から廻された招待券により、大相撲九州場所のます席に昭和三三年一一月場所から死亡する前の昭和三六年一一月場所まで毎場所欠かさず観覧に行つていたこと、嶋孝穂は、当時本件土地の隣地に建つていた建物をめぐる係争事件の仮処分供託金の借用方を青木半治を介して福山正直に申し入れ、昭和三四年四月三日同人から金二二万円を借用したこと、有限会社たつみが有限会社平和台に、次いで有限会社福岡風月と商号を変更した後、昭和三六年三月分から六月分および九月分の本件土地の賃料の支払いについては、有限会社福岡風月取締役社長福山正直名義振り出しの小切手をもつてなされ、嶋孝穂はこれを受領していたこと及び有限会社たつみが有限会社平和台と商号を変更した後においては、本件建物に掲げた平和台本舗の看板、のれんの片隅に、従来から福山正直が経営していた喫茶店「風月」のマークを入れ、また西日本新聞その他の業界紙等にも、事あるごとに風月本舗売出しの平和台饅頭と広告するなど、従前から風月を経営する福山正直が有限会社平和台の経営主であることを窺わせる記載がなされていることがそれぞれ認められる。

しかし反面、<証拠>を総合すれば、嶋孝穂は賃貸借契約については新規契約及び更新契約の場合は勿論、相続人が賃借人たる地位を承継した場合や賃料改訂だけの場合も、逐一、書面をもつて事柄を処するなど几帳面な性格であつたことが窺えるところ、福山正直が有限会社たつみの代表取締役に就任した昭和三四年一月一〇日以降において、福山正直が有限会社たつみ、ないし、その後、商号変更及び組織変更した控訴会社(以下、単に、有限会社たつみという)あるいは福山正直個人名義で、本件土地につき嶋孝穂と賃貸借契約書または賃料改訂の申入れを受けた事実は全く存しない。かえつて、福山正直が有限会社たつみの代表取締役となり商号を有限会社平和台へ変更した後の昭和三四年三月二五日においても、嶋孝穂は青木半治との間で本件土地の借地面積の縮少に伴う賃料の改訂をし、更に有限会社風月へと商号を変更した昭和三五年八月二七日においても、当時平取締役に過ぎない青木半治個人との間に本件土地に関し「青木氏との契約に関する件」と題し、契約名義は従来どおり青木半治殿とし税務署への申告は有限会社平和台(当時既に商号は福岡風月と変更されていたこと前叙のとおり)とするという内容を記載した書面(甲第一四号証)が存し、賃料の支払いについても従前と同じく青木半治が嶋孝穂のところに持参していることが認められるほか、青木半治は昭和三六年二月一日、控訴会社(当時有限会社福岡風月)の取締役を退任し、同年七月五日その退任登記を了しているのであるが、同人はその間の昭和三六年四月六日、嶋孝穂の滝井秀夫に対する建物収去、土地明渡請求事件について証人として法廷に出頭した際、嶋孝穂の傍聴する前で「都合により株の一部を譲渡し現在は有限会社福岡風月と改称している」旨証言しているのであつて、青木半治が当時既に、右会社の経営から全く手を引いていることは口をつぐんでいる事柄などから推認すると、嶋孝穂は青木半治が有限会社たつみ、同平和台、同福岡風月の経営の任にあつて、福山正直から資金援助を受け、その経営の立直しをみて貰つている程度であつて、あくまでも本件建物において営業している会社は、いずれも青木半治が経営の実権を有しているものとばかり認識していたものと推認される。<証拠判断省略>

そして、<証拠>を総合すると、前記小切手に表示された有限会社福岡風月の所在地は、本件建物の所在地である福岡市因幡町一八番地ではなく、本件建物とは道路を隔てた筋向かいの従前福山正直が代表取締役をしていた株式会社日星商会(昭和三五年九月一五日有限会社福岡風月と合併して解散した)の経営する菓子店「風月」の所在地である福岡市天神町一三番地の二(昭和三九年六月一五日住居表示の実施により福岡市天神一丁目一一番五号)であること、右小切手を嶋孝穂方へ持参したのはその大半が青木半治であつたことが認められ、右認定事実に福岡風月と「風月」との名称の近似性を考慮すると、単に嶋孝穂が本件土地の賃料として右小切手を受領したことがあるからと言つて、それをもつて嶋孝穂が本件建物において営業しているのが有限会社福岡風月であり、その代表取締役が福山正直であることまで認識していたものとは認められない。

また、<証拠>によれば、大相撲九州場所の招待券は大半が青木半治において嶋孝穂のもとにとどけられており、しかも招待を受けたのは嶋孝穂夫妻だけではなく常に塚本徳計弁護士夫妻と一緒であつたことが認められ、先に認定した嶋孝穂と福山正直とが有限会社たつみ設立のころから面識があつたことおよび本件建物と前記菓子店「風月」とが極く近所であつたことなどを考え併せると、嶋孝穂が福山正直の招待によつて大相撲の観覧に行つていたこと或いは福山正直から金員を借用したことなどをもつて、嶋孝穂において、福山正直が有限会社たつみの経営の任に当ること、ないしその代表取締役に就任したことを黙示に承諾ないし追認していたと認めるに足りない。<証拠判断省略>

4  次に、控訴人は嶋孝穂が有限会社たつみへの賃借権の譲渡につき承諾を与えた以上、有限会社たつみの代表取締役が交替しても、これは会社内部の勢力関係の変更に過ぎず、控訴会社が右会社の組織及び商号を変更しても同一性を保持しているから、賃貸人たる地位の一部承継人である被控訴人に対し有限会社たつみ当時に取得した賃借権をもつて対抗しうる旨主張する、ので判断する。

しかし以上認定した事実関係のもとにおいては、青木半治ないし青木タカの共同相続人が、本件建物で経営していたぜんざい屋「たつみ」を有限会社組織に改め、本件建物を右会社に現物出資するに当つて嶋孝穂から受けた賃借権の譲渡承認は、賃借権の譲渡承認を受けた会社が青木半治ないし右共同相続人らの個人会社ないし同族会社としての実体を備え、同人らが右会社経営の実権を掌握している限りにおいて右譲渡承認が効力を有し、右会社は賃貸人である嶋孝穂ないしその賃貸人たる地位の承継人に自己の賃借権を対抗しうるものであり、青木半治ないし右共同相続人らが右会社から完全に排除されるとか、その経営の実権を失うに至つた場合は、賃貸人からこの点についての了解を得ていないと解される以上最早や、賃借権の譲渡承認を受けたことをもつて賃貸人に対抗し得ないというべきである。

けだし、民法六一二条が賃借権の無断譲渡転貸を禁止しているゆえんのものは、賃貸借が当事者間の信頼関係に基づいて成立していることを当然の前提とし、無断譲渡、転貸がこの信頼関係を裏切る点をとらえて賃貸借契約の解除原因としているのであるから、賃借権の譲渡転貸につき賃貸人の承諾が認められない場合でも、背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合は、民法六一二条の解除権が発生しない反面、法形式上同一法人格の賃借権の承継に過ぎない場合でも、賃貸人が当初の賃借人との間の信頼関係から賃借人個人と実質上選ぶところのない個人会社ないし同族会社であるからこそその設立する会社への賃借権の譲渡、転貸を承認したような事実関係のもとでは、当初の賃借人が右会社に対し全くその支配権を及ぼし得なくなつた時点において、新たに賃借権の譲渡ないし転貸があつたと解するのが相当であるので、賃借権の譲渡ないし転貸と目すべき会社経営権の異動について、改めて賃貸人の了解を得られない場合は、賃借権の無断譲渡ないし転貸といわざるを得ないからである。

控訴人は、賃借人が個人会社ないし同族会社を設立し、これに賃貸人が賃借権の譲渡、転貸につき承諾をなした場合、当初の賃貸人が右会社の経営権を掌握している限りにおいて、賃貸人の承諾が効力を有するという見解は、賃借権の譲渡転貸の承諾が単独行為であつて解除条件を付することができないのと同様、法解釈上容認できないものである旨主張する。

しかし賃貸借が当事者間の信頼関係に基礎をおくものであること前叙のとおりで、賃借権の譲渡転貸を受くべき第三者を限定して承諾をなしうることに徴しても、賃借権の譲渡・転貸承諾の効力を、当初の賃借人がその個人会社ないし同族会社に対して支配権を掌握している限りにおいて有効と解することもできるといわねばならない。このように賃借権の譲渡・転貸承諾を限定的に解することは、右承諾に解除条件を付する場合と自ら異るもので、控訴人の右主張は採用できない独自の見解というべきである。

ところで、昭和三四年一月一日青木半治は有限会社たつみの代表取締役を辞任し、高津鈴代、青木綾子もそれぞれ右会社の取締役を辞任したこと前叙のとおりであるばかりでなく、<証拠>によると青木半治は、昭和三六年二月一日有限会社福岡風月を事実上退任し同年七月八日付で同月五日付の退任登記を了していることが認められ、最早や青木半治ないし前記の共同相続人らは控訴会社経営につき全く権限を失つたとみるべきであり、その後改めて賃貸人の了解を得たことの主張立証のない本件においては控訴会社はかつて青木半治から有限会社たつみへの賃借権の譲渡の際嶋孝穂の承諾があつたことをもつて、被控訴人に対抗し得ないといわねばならない。

もつとも、<証拠>によると、青木半治は昭和三七年三月五日、再び有限会社福岡風月の取締役に復帰していることが認められるが、<証拠>によると、それは控訴人の占有権原につき被控訴人らが疑問を抱くに至つた後のことであるばかりでなく、青木半治の控訴会社に占める地位も単なる平取締役に過ぎず、控訴会社経営の実権を有するものではないから、前記の判断を左右する事実とするに足るものではない。

5  また、控訴人は昭和三四年一月一〇日その経営陣を交替した後においても昭和三六年一一月二八日被控訴人が本件土地等に対する五分の一の共有持分権を取得するまでは賃貸人との間には何ら紛議はなく、賃料も賃貸人の妻が昭和三七年一〇月分以降受領拒絶をするまでは遅滞なく支払つてきたのであつて、賃貸人の信頼を裏切るような背信的行為はなかつたと主張するが、前記理由二3において判断したとおり賃貸人たる嶋孝穂その妻シマコらはいずれも前記のように経営陣が交替したことの認識を欠き依然として賃借人青木半治の経営とばかり思つていたのであるから、たとえその間賃貸人との間に紛議を生ぜず、また賃貸人が控訴人の提供する賃料を遅滞なく受領していたとしても、これをもつて背信性を欠く特段の事情と認めることはできない。

6  さらに、控訴人は被控訴人の本件建物収去・土地明渡の請求は権利の濫用であつて許さるべきでない旨主張する。

なるほど、<証拠>によれば、被控訴人は原判決添付別紙第一物件目録記載の土地のうち本件土地部分を除いた残地の一部地上に所在する建物を無断に転借した等の理由で、嶋孝穂から建物収去・土地明渡・建物より退去の訴を提起され、これに対する防禦手段の一つとして本件土地部分を含む前記の土地の五分の一の共有持分を昭和三六年一一月一八日に取得したことが窺え、しかも、嶋孝穂の死亡した直後頃から、五分の三の持分権を有した嶋孝穂の遺族である嶋シマコ等に対し控訴会社の本件土地についての占有権原について疑のあることを訴え、同人らを誘つて控訴会社の占有権原のせんさくを始め、控訴会社に対して被控訴人が本訴を提起する一方、嶋孝穂の被控訴人らに対する前記の訴についてはその取下を受けた経過事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

しかし、嶋孝穂及びその遺族等において福山正直が控訴会社経営の実権を掌握していることを認識していてなおかつこれを放置していたと認められないこと前叙のとおりであり、かつまた被控訴人の本訴提起について嶋孝穂の遺族がこれに同調していること前記嶋シマコ証人の供述でも明らかである以上、被控訴人の本訴の提起が信義に反し権利の濫用にわたるものとはなし難い。

控訴人の右権利濫用の抗弁も採るを得ない。

7  そうだとすると、控訴会社は本件土地を占有使用する占有権原を有しないし、被控訴人の本訴請求が権利の濫用にわたるものでもないから、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、右明渡までの間の本件土地賃料相当の損害金の支払義務がある。

三そこで賃料相当損害金の額について考えてみるに、被控訴人の本位的請求は控訴会社の不法占拠を理由とする場合であるから、その損害額はいわゆる正常賃料相当のものというべきである。《以下、省略》

(原田一隆 鍬守正一 松島茂敏)

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