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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)148号 判決 1978年9月13日

控訴人(原告) 矢野桓生

被控訴人(被告) 九州電力株式会社

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「一、原判決を取消す。二、控訴人が被控訴人会社八幡営業所の検針員であることを確認する。三、被控訴人は控訴人に対し、金六八万二〇〇〇円及び昭和四六年八月以降毎月二七日限り金六万二〇〇〇円を支払え。四、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、左に付加する外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決六枚目裏七行目から八行目の「口頭で解雇する旨の意思表示をした。」を「口頭で委託検針契約を解除する旨の意思表示をしたが、控訴人被控訴人間の前記労働契約関係に照し、右の解除の意思表示は解雇の意思表示に外ならない」に、同一〇枚目表一行目から二行目の「但し、それは解雇ではなく、請負契約の解除である。」を「但し、被控訴人の解除の意思表示は、控訴人被控訴人間の法律関係が後記のとおり民法上の請負契約である事実に照し、労働契約の解雇ではなく、請負契約の解除にすぎない」に、それぞれ改める)。

一  控訴人

(1)  被控訴人会社が控訴人を解雇した根拠条文である委託検針契約第八条は無効である。即ち、控訴人が労働基準法上の労働者である以上、被控訴人会社が控訴人に対して制裁を科する場合、先ず、就業規則を制定し、行為の態様、程度に応じて、けん責、減給、出勤停止、懲戒休職、懲戒解雇等制裁の種類、程度を明示して定めなければならない(労働基準法八九条九号)にも拘らず、委託検針契約第八条は、制裁に関し、懲戒解雇以外の制裁を受けうる機会を全く保障していないのであるから、同条文は労働基準法に定める基準に達しない労働条件を定めたものに外ならず、同法第一三条により無効である。従つて無効の根拠条文に基づく被控訴人会社の解雇処分もまた無効である。

(2)  仮に、委託検針契約第八条が有効としても、その解釈適用に当つては、被控訴人会社の就業規則所定の懲戒解雇に相当する事由のある場合に限り、同条文が有効に適用されるもの、と解すべきところ、被控訴会社の本件解雇処分は、重きに失しており、就業規則所定の懲戒解雇事由に該当すべきものがないから、同条文の解釈適用を誤つてなされた無効な処分といわなければならない。

(3)  然らずとしても、本件解雇処分は労使間の信義則に違反しており無効である。即ち、使用者が労働者との労働契約を有効に解除することができるのは、当該使用者が労働契約上の義務を忠実に履行している場合に限る、と解すべきは労使間の信義則或は公平の原則上当然であるに拘らず、被控訴人会社は従来から労働基準法上の労働者である控訴人ら委託検針員に対し、労働基準法の適用を故意に拒否し、有給休暇を与えず、時間外賃金を支払わず或は労災保険に加入させない等数々の労働基準法違反、脱法行為を敢てしてきたものであるから、労使間の信義則上、被控訴人会社に控訴人を解雇する権原ないし資格はないのであつて、本件解雇処分は無効である。

二  被控訴人

控訴人の右(1)ないし(3)の主張は全て争う。委託検針契約第八条の有効性については、同契約に労働基準法第八九条九号の定めがないからといつて、右契約第八条を無効視する理由はない。けだし、労働基準法第八九条は就業規則に関するものであるのみならず、第九号は「表彰及び制裁の定をする場合においては、その種類及び程度に関する事項」と定め、任意記載事項であることを明示しているからである。

しかして、控訴人と被控訴人会社の関係が単純な請負契約関係にとどまらないとしても、両者間の法律関係を規律するものは、あくまで「委託検針契約」そのものであることに間違いはないし、仮に同契約の性質を一種の労働契約的なものと観念するならば、第八条の「解除」は、これを「一般解雇」と読み変えられることとなるが、この場合、一般解雇を労働基準法上制約するものとしては、(イ)濫用禁止の外、(ロ)業務上負傷疾病中の解雇禁止(同法第一九条)、(ハ)解雇予告(同法第二〇条)がある。そして、被控訴人がした本件解雇が(イ)濫用に該らないことは既に述べたとおり、諸般の事情から明らかであり、(ロ)同法第一九条に違反しないことは、昭和四五年八月二九日、被控訴人において控訴人に対し委託検針契約の解除を通告した当時、控訴人は負傷入院中であつたが、その負傷は深夜飲食店における喧嘩によるものであつて業務外の負傷であることから明らかであるし、また、(ハ)同法第二〇条にも違反しないことは、本件の契約解除の原因が控訴人の責に帰すべきものであるところから同条但書が適用され、解雇予告の必要がないことに徴し、疑う余地がない。

従つて、本件委託検針契約の法律上の性質如何に拘らず、その第八条に基づいて、昭和四五年八月二九日、被控訴人がなした契約解除の意思表示は有効であり、控訴人は、即日、同契約に基づく被控訴人会社の委託検針員たる地位を失つた、といわなければならず、控訴人の本訴地位確認の請求は失当である。

三  当審における証拠関係<省略>

理由

控訴人主張の請求原因1の事実及び被控訴人において、昭和四五年八月二九日、控訴人に対し、口頭で委託検針契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

しかして、成立に争いがない甲第一、第二、第五号証、乙第三、第四号証、原審証人谷口登、同松尾保作、同尾形利博の各証言を総合すると、

一  控訴人と被控訴人間の委託検針契約の内容は、原判決別紙記載のとおりであり、控訴人の被控訴人会社の電力検針員たる地位の取得は、正に委託検針契約そのものに由来しており、約定による地位の喪失も、同契約第八条の定めるところであること。

二  同契約第八条は、その(1)において、控訴人が被控訴人会社の指定した期日に検針または報告を怠つたときは、被控訴人会社は委託検針契約を解除することができることを明定していたこと。

三  被控訴人会社は、昭和三五年一〇月以降、検針業務のシステムとして、いわゆる定例日制(平日と日曜、祝祭日を問わず、一定の検針地区を毎月一定の日に検針する制度)を採り入れており、控訴人の検針業務も委託検針契約上、他の検針員と同様、右の定例日制に従い、被控訴人会社の指定した日(具体的には月末前日、月末、一、二、四ないし九、一一ないし一六、一八ないし二三の毎月二二日間、日曜祝祭日か否かは問わない)に、所定の検針地区において、所定戸数の検針を行うべく義務づけられていた(もつとも、本件訴訟の提起後である昭和四七年一一月からは、いわゆる例日制といつて、日曜、祝祭日は検針休日となつた)。なお、被控訴人会社が電子計算機を導入し、従来人手によつて行つていた電気使用量、電気料金の算出及び領収証の作成を機械化し、検針、電算機による料金算出及び集金という電力料金回収過程を七日間で一巡するシステム(いわゆる一・七バンド制)を採用して以来、被控訴人会社での定例日制の運用は一層の厳正さ、厳格さが要請されるようになつたこと。

四  控訴人は、過去に、昭和四三年一一月一九日、その不注意から、自己が保管中の検針カード二二二枚を紛失し、被控訴人会社八幡営業所長に対し、非を詫びるとともに、今後細心の注意をもつて業務の遂行にあたる旨の「始末書」を提出し、更に昭和四四年一二月五日の検針日に、所定検針地区のうち二八一か所の検針を怠り、その後、控訴人において右検針を実施したものの、検針カードの提出が遅れて同月八日に至つたため、本社で行う料金計算に間に合わず、事務の混乱を招き、その際にも、関係各課に迷惑をかけたことを詫びるとともに、今後このような不都合があつた場合は、委託検針契約を解除されても異議がない旨の始末書を提出した。なお、その際被控訴人会社八幡営業所内においては、二度目の事故でもあり、検針員の適格を欠くとして、委託契約を解除すべきであるとの意見もあつたが、未だ年若く将来に期待し得るとの理由で、右の処置に止めた経緯があること。

五  そうして今回、控訴人は、昭和四五年八月一一日、当日の所定検針先である一四三か所のうち六二か所の検針を行わず、かつ翌一二日に検針すべき三七七か所のうち一一三か所を、前日である右一一日に検針する等前記の定例日制を一部無視する行動をとつた。そのため、右検針未了分については、被控訴人会社八幡営業所の社員が、急拠分担して検針を行つたこと。

以上一ないし五の事実が認められ、原審及び当審における控訴本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して遽かに措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、以下、叙上認定の事実に基づいて、被控訴人の委託検針契約解除の意思表示の効力を検討する。

控訴人は、先ず、控訴人が労働基準法上の労働者であることを前提として、本件契約解除の根拠条文である同契約第八条は、労働基準法第八九条第一項第九号に違反しており、同法第一三条により無効である旨主張する。

然しながら、労働基準法上制裁に関する就業規則が作成、届出られてない場合において、使用者と労働者が個々の労働契約の締結に当り、解雇事由のみを合意したからといつて、当該合意が、労働基準法所定の基準に達しない労働条件を定めたものとして、直ちに無効であるということはできない。けだし、労働基準法は、制裁に関し、格別な基準を設けていないことはもとより、労働契約における解雇事由のみの合意が、それ故に、労働者から解雇以外の制裁を受ける機会を当然に奪うとは到底即断できないからである。従つて、同契約第八条が労働基準法上無効である旨の控訴人の主張は、控訴人が労働基準法上の労働者であるか否かを吟味するまでもなく、主張自体失当であり、採用できない。

次に、控訴人は、被控訴人がした委託検針契約の解除は、被控訴人会社の就業規則所定の懲戒解雇に相当する事由があるときに限り有効であると解すべきに拘わらず、右の相当事由なくなされており無効であるし、また過去における被控訴人会社の数々の労働基準法違反の所為に照し、信義則上、有効な解除ということができないものである旨主張するが、前者については、控訴人の就業規則の解釈は、それ自体独自の解釈であつて採用しがたいのみならず、被控訴人の契約解除の意思表示が相当であつて有効であることは後記のとおりであり、後者については、本件全証拠を精査するも被控訴人に、信義則上、解除の意思表示を無効としなければならない程の違法の所為を認めることができるなんらの証拠はないのであつて、右の主張は、いずれも採用に価しないものである。

また、控訴人は、被控訴人の委託検針契約解除の意思表示は、その権利を濫用するもので、重きに失しており、無効であると主張するのに対し、被控訴人は、過去の経緯と本件事案の態様に照し正当な解除である旨抗争するので、更にこの点について審究する。

控訴人は権利濫用の理由として、叙上認定五の事実につき、八月一一日の検針業務は、その前々日頃不慮の事故によつて足を捻挫したため所定戸数の検針に耐えられず、また翌日も同様の事態が予測されたため、巡回の便宜上、翌一二日の所定戸数についても、止むなく、その一部を一一日分と一緒に巡回検針したものであつて、被控訴人の解除はこのような事情を考慮していない旨主張するが、右主張自体不自然であつて首肯しがたいのみならず、右主張に副う、原審及び当審における控訴本人尋問の結果は、同じ控訴本人尋問の結果から明らかなとおり、控訴人は、その一一日、深夜まで飲酒したばかりか、仕事仲間と紛争を起して傷害を受け、入院するに至つた事実に鑑みて、措信しがたいのである。

更にまた、控訴人は、権利濫用の理由として、仮に定例日制を一日程度乱したとしても、それによる契約解除によつて被る控訴人の不利益は、定例日制を乱されることによつて被る被控訴人の損害と比較して甚大であるし、当月の電気料金は一応前月分と同額として料金を算定し、翌月にその差額を清算して調整する、いわゆる推定計算の方法によれば、被控訴人会社及び需要家に実害を与えないですむのであるから、定例日制の一日程度の乱れをもつて契約解除の事由とすることは許されない旨強調するのであるが、右は、前認定の定例日制の意義と重要性を正確に理解しない、身勝手な主張であつて、主張自体、排斥を免れないものである。

控訴人は、なお、権利濫用の理由として、控訴人が過去において二回被控訴人に始末書を差し入れた事実はあるが、右は始末書に価しないに拘らず、被控訴人の強制により差し入れた旨主張するが、右主張に副う原審及び当審における控訴本人尋問の結果は叙上認定と対比して信を措きがたく、他に右主張を認めるべき証拠は存しない。

却つて、叙上四認定のとおり、控訴人は、昭和四三年同四四年の二回にわたり、検針員としての職務上の義務に違反し、その都度始末書を提出し、特に第二回目の始末書においては、今後再び不都合があつた時は、契約を解除されても異議はないとまで誓約しておきながら、今回またもその本来的業務である検針を一部怠つて定例日制を一部崩し、被控訴人会社の業務の円滑な遂行を妨げたという過去の経緯に加えて、控訴人は、被控訴人会社の存立の基盤となる電力代金収入の算出のため不可欠な検針部門を担当するものであるから、少くとも被控訴人会社に対し誠実、正確な検針を行つてこれを報告し、また需要家に対しても、定期的に正確な電力消費量を告知することにより、被控訴人会社の電力供給業務への信頼を確保することが、その本質的義務として要請されると言うべきであり、且つ控訴人自身、定例日制を前提として検針業務に従事することを約諾したにも拘らず、格別の理由なく定例日制を無視する態度に出たことは、それ自体、被控訴人会社の社会的信頼を損ない、損害を与える行為であつて、委託検針契約を支える被控訴人会社との信頼関係を破壊するものといわなければならず、被控訴人会社が同契約第八条に基いてなした委託検針契約解除の意思表示は、正当な理由があり、有効であるといわなければならない。

更に、控訴人は、控訴人が労働基準法上の労働者であることを前提として、被控訴人の契約解除の意思表示は労働基準法第二〇条第一項に違反して無効である旨主張するが、前認定の事実に徴すれば、本件の契約解除は、同法条第一項但書にいう「労働者の責に帰すべき事由に基づく」場合であることが明らかであるから、仮に控訴人が労働基準法上の労働者であるとしても、被控訴人会社が控訴人を解雇するに当り解雇の予告は不要である、といわなければならない。従つて控訴人が労働基準法上の労働者であるか否かを問うまでもなく、この点の控訴人の主張もまた採用の限りではない。

以上の次第であつて、被控訴人が控訴人に対してした委託検針契約解除の意思表示は、控訴人が労働基準法の労働者であるか否かを判断するまでもなく、有効であり、その無効を前提として被控訴人会社の検針員たる地位の確認を求める控訴人の本訴請求は、理由なきものとして棄却を免れない。

よつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高石博良 鍋山健 原田和徳)

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