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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)153号 判決 1976年5月12日

控訴人

青木八重子

右訴訟代理人

黒田慶三

被控訴人

藤田ハツ子

外三名

右四名訴訟代理人

阿部明男

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左記のほかは原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

控訴代理人は当審において抗弁として次のとおり述べた。

一、控訴人は昭和四九年一二月二三日本件建物の持分九分の一を福岡地方裁判所小倉支部昭和四九年(ヌ)第六一号不動産競売事件により競落し、昭和五〇年一月二〇日にその代金二五〇万円を支払つて前記持分権を取得し、同年二月七日右持分権の移転登記手続を経由した。

二、控訴人は本件建物の九分の一の持分によつて本件建物を占有しているものであるから、被控訴人らの本訴請求は失当である。

被控訴代理人は控訴人主張の抗弁に対し次のとおり述べた。

一、控訴人が本件建物の持分九分の一をその主張の競落により取得したことは認める。

二、被控訴人らは、相続人の一人訴外藤井千里の夫訴外藤井佑律が右千里と共に昭和四九年八月一三日ごろ行方不明になると直ちに本件建物を占有管理し、シヤツター等の施錠をなしていたところ、昭和四九年八月一六日ごろ、藤井佑律の債権者と称する訴外橋本延男が、右建物の表シヤツターを損壊し、被控訴人大隈久美子の制止を無視して本件建物に侵入し、その占有を不法になした。

三、訴外橋本は、占有取得後直ちに本件建物を控訴人に占有の移転をなし、控訴人は、法律上なんらの権限なくして本件建物を占有し、ここで喫茶店営業をしている。

四、占有の権限のない不法占有者たる控訴人が共有者よりその明渡しを請求されている訴訟の係属中にたまたま持分権を取得したからといつてその占有が適法となるいわれはなく、過半数以上の持分権を有する他の共有者に対して本件建物の明渡を拒絶することはできない。被控訴人らは、共有物である本件建物に対する控訴人の侵害を排除するため、その明渡を求める。

<証拠略>

理由

一被控訴人ら主張の請求原因(一)、(二)、(三)の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人の当審における抗弁について判断する。

控訴人が本件建物の持分九分の一を控訴人主張の競落により取得したことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件建物の共有者の一人訴外藤井千里(以下「千里」という。)は昭和四八年に夫訴外佑律(以下「佑律」という。)と共に本件建物において喫茶店「珈琲庵」を開業した。右開業について、訴外千里以外の共有者たる被控訴人らは別段異議を述べることなく、これを容認して来た。

2  訴外千里は、昭和四九年六月二七日訴外橋本より、左記約定によつて三〇〇万円を借り受け、訴外佑律は右債務につき連帯保証をした。

(一)  弁済期昭和四九年七月二六日一〇〇万円、同年八月一五日一〇〇万円、同年八月三〇日一〇〇万円

(二)  利息

年一割五分とし、元本支払の都度その日までの分を支払う。

(三)  債務者は、本契約に違反したときは、当然に期限の利益を失い即時債務を完済しなければならない。

(四)  債務者は、前記債務を担保する目的で「珈琲庵」の営業(店舗内に現存する営業用動産その他営業上の権利一切を包含する。以下「本件営業」という。)を債権者に譲渡し、債権者は本件営業を無償で債務者に貸与する。

(五)  債務者が本件債務につき期限の利益を失つたときは、本件営業の貸与契約は当然その効力を失い、債務者は債権者に対し直ちに本件営業を引き渡すとともに本件建物を明け渡すものとし、債権者はこれらを譲渡する等任意に処分し、その代金をもつて本件債務の弁済に充当し、もし残金があればこれを債務者に返還し、不足があれば債務者に請求することができる。

3  ところが、訴外千里は前記債務を全く弁済せず、同年八月一三日ごろ訴外佑律と共に行方不明になつた。

被控訴人らは、訴外千里、同佑律(以下「千里ら」という。)の債権者達が訴外千里らを探しに被控訴人藤井ハツ子方まで押しかけて来たのでこのことを知り、以后本件建物を時々見廻つた。

他方、訴外橋本は同月一六日ごろ訴外千里らが行方不明になつたことを聞知したので、直ちに自分の会社の中村某ら数名の者を「珈琲庵」に赴かせたところ、中村らはその裏口より店内に容易に入ることができたが、その時には既に店内の品物がいくつか何者かによつて持ち去られていた。

中村らが店内に入つた後、このことを知つた被控訴人らは中村らに対して店内に入つた理由を問いただし、さらに警察に通報したが、刑事問題にはならなかつた。

4  訴外橋本は、同年八月二六日知人秋本の仲介で控訴人に対し、本件建物を敷金五〇万円、家賃月額一万円(五〇ケ月分前払い)、期間五年間の約定で賃貸し、控訴人が本件建物において喫茶店「珈琲庵」を営業するようになつた。

5  その後訴外橋本は、乙第四号証の公正証書に基づき本件建物とその敷地に対する訴外千里の各持分九分の一について強制執行の申立をなし、控訴人が本件建物の持分九分の一を二五〇万円で競落により取得した。

以上の事実が認められ、右認定に反する当審における大隈久美子の本人尋問の結果部分はにわかに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外橋本は、本件建物の占有を取得した当時において、訴外千里以外の共有者には対抗できないとしても、訴外千里らに対しては、本件建物及び本件営業の引渡しを求めることができる地位にあつたものであり、反面、訴外千里らは本件建物及び本件営業を訴外橋本に引き渡す意思を有していたものと推認することができる。

他方、被控訴人らは、前記認定のとおり本件建物を時々見廻つてはいたが、訴外橋本の命を受けた前記中村らが本件建物にやつて来た時、本件建物内にいなかつたことは勿論、施錠すら完全には施していなかつた。

このような事実関係においては、訴外橋本が被控訴人らの本件建物に対する占有を侵奪したものと認めることはできない。

そして、控訴人は訴外橋本の占有を承継し、然る後に本件建物の持分九分の一を競落により取得したものである。

そうであるならば、控訴人は、本件建物を当然に単独で占有する権限を有するものではないが、自己の持分によつて本件建物を使用収益する権原を有し、これに基いて占有しているものであるから、被控訴人らを含む他の共有者の持分が共有物の過半数を占めるとしても、被控訴人らは控訴人に対して本件建物の明渡を求めることはできないと解すべきである。

けだし、九分の一にせよ持分権を有する共有者に対して他の共有者が明渡を求めるには特段の事由が必要であると解せられるところ、その者の占有の取得の態様を問題にするのであれば、単に権原なく占有を開始したというだけでは足りず、強暴その他これに類する極めて不公正な方法により占有を奪うことによつて占有を開始したとき初めて明渡を求める理由があるとするのが占有回収の訴の要件との対比において正当であると解すべきであり、前記認定のとおり、控訴人の本件建物に対する占有がさような方法により取得されたものとは認められないからである。

そうすると、被控訴人らの本訴請求は理由がない。

三してみると、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は失当として取消を免れず、被控訴人らの本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 原政俊 川井重男)

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