大判例

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福岡高等裁判所 昭和50年(行コ)8号 判決 1976年10月27日

控訴人 浜口勝彦

被控訴人 北九州市病院局長

訴訟代理人 泉博 大串俊二 ほか七名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人らは主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  控訴人の主張

控訴人は本件懲戒免職の処分理由として被控訴人が逮捕、勾留、起訴されたという刑事訴訟の手続上の処分を受けたことを重要視しているのではなく、被控訴人の非行行為自体を問題としているのである。

そこで控訴人は被控訴人が無届欠勤をしたことと、安保条約反対のデモに参加し、集団で凶器準備集合、公務執行妨害、傷害の行為をなし、現行犯として逮捕され、東京地方裁判所に起訴される非行行為を行つたことが、全体の奉仕者たる公務員としての職務を怠り、全体の奉仕者としての公務員にふさわしくない非行をなし、その職の信用を著しく傷つけたものとして本件懲戒免職処分をしたものである。

懲戒処分の理由たる事由としては種々のものが存在し、犯罪行為もその事由の一つとなりうる。禁錮以上の刑が確定した場合、公務員としての欠格事由とされていることはその極限事由とみることができよう。それまでに至らない犯罪行為も、それが懲戒免職処分の事由たりうることは当然であつて、しかも刑事事件の裁判確定前においても懲戒処分は別個の手続として独自になしうることは明らかである。懲戒事由の存在については裁判手続をもつて確定することを要するものではなく、処分権者の独自の方法によりその存在を確認すれば足りる。処分事由とした犯罪行為が存在しなかつた場合、存在しても責任が否定された場合、懲戒処分の効力が否定されることはありえようが刑罰と懲戒処分とはその性質を異にするのであるから刑事責任が認められない場合についても公務員関係の秩序維持のためには懲戒処分を行う必要がある場合も否定できない。

しかも控訴人は被控訴人の非行行為の存否の判断については起訴事実の内容を調査し、捜査官からも事情を聴取し捜査官によつて提出された非行時の写真や被控訴人が現行犯逮捕された当時の状況を把握して被控訴人の非行行為に確信を抱くに至つたものである。

控訴人の右判断が正しかつたことは被控訴人が昭和五〇年四月三〇日東京地方裁判所において起訴事実について懲役二年執行猶予四年の有罪の判決を受けたことによつても裏付けられている。

以上の理由により控訴人が被控訴人に対してなした本件懲戒免職処分は有効なものといわねばならない。

二  被控訴人の反論

被控訴人も本件処分の理由である起訴事実を判断するについて刑事手続上要求される厳格な証明を控訴人に求めるものではない。しかしながら懲戒免職処分は公務員を職務から排斥する重大な手続であるから社会通念上相当高度な確実性のある事実の裏付けをもつてなさるべきであると主張するもので、これは地方公務員法第二七条一項が懲戒の基準として定めた「公正」でなければならないこととも合致するものである。

しかも本件のように政治的活動に関連した事案では被処分者が自らの行動の正当性を主張し、憲法問題や行為の背景を論じ、具体的行為についても争うことが予想されるうえ、公務員の職場外の政治活動は尊重されねばならないので、その活動の過程で発生した刑事事件により被処分者が起訴されたとしても、それにより直ちに公務の信用を失墜させるものともいい難いので、かかる場合は被処分者の行為評価は総体的に判断し、且つ慎重厳格に行わるべきである。

北九州市職員の懲戒処分の場合、かかる政治活動に関連した事案については当該公務員を休職処分とし、刑事裁判手続を見守り、少くとも第一審の判決を待つて懲戒処分の結論を出すのが通例であつたのであるから、被控訴人についてもかかる取扱いがなさるべきである。

又控訴人は独自の調査により被控訴人の起訴事実の確信を得たといゝ病院局人事課長坂口智徳は捜査官によつて提供された写真によつて被控訴人を特定し得たというが、右写真は殆んどがタオルで覆面をしたヘルメツト姿の群衆写真であるから顔見知りの者でさえ特定し難い位で、その現場写真から被控訴人を特定するのは困難といわねばならず、その他の事情聴取も被控訴人の行為を裏付けるに十分とはいえないので、控訴人のなした本件処分は不十分な調査のまゝなされた違法なものである。

三  証拠関係<省略>

理由

一  原判決理由一および二の説示は次に補正するほかは当裁判所のそれと同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  (訂正関係<省略>)

(二)  原判決一七枚目表一二行目と同末行との間に次のとおり挿入する。

「(五) 同年六月一四日行われた政治集会について日本マルクス、レーニン主義者同盟(ML同盟ともいう)は六月決戦と称して事前から人民総武装決戦をとなえ、機動隊殲滅による内閣の打倒をスローガンにかかげ過激的斗争をもくろんでいた。被控訴人は当日午後一時過から東京都渋谷区神宮前一丁目の国鉄原宿駅でML同盟集団に参加し、右集団と行動を共にしたが、右集団は附近各所で機動隊に対し多数の火炎びん、石塊を投げつけ、鉄パイプで警察官を殴打するなどの行動に出たが、その際被控訴人もMLのマークのあるヘルメツトをかぶり、タオルで覆面して行動していたところ、集団の一員たる現行犯人として逮捕されるに至つた。

(六) 控訴人は前記のとおり被控訴人が反戦デモに参加して逮捕、勾留されていることを知つたので、門司病院局人事課長坂口智徳は直ちに戸畑警察署に事情調査を依頼した。間もなく坂口は小倉警察署で前記反戦デモの際の現場写真を見せられ、そのデモ隊の中に被控訴人のいることを発見し、同人が氏名不詳のまま逮捕され、千住警察署千住四五号として拘留されていることが判明したので坂口は同年七月二二日他の職員と共に事情調査のため上京した。坂口らは東京拘置所で被控訴人と面会したが、同人からは何らの事情説明を受けなかつたので、東京地方検察庁および千住警察署において捜査官から事情を聴取し、現場写真により被控訴人が前記服装でその一団にいたこと、右デモ時の状況、同人が現行犯人として逮捕された時の状況を確認し、右検察庁からは被控訴人の所為につき「公訴事実要旨回答書」と題する書面を受領したりしたので、被控訴人が公訴事実にかかる行為を行つたものと判断し、同年八月二七日には右公訴事実につき共犯者の一人である訴外伊藤順一が東京地方裁判所において有罪判決を受け、右判決は確定したことを確認したので、控訴人は同年九月一四日被控訴人を本件懲戒免職処分に附した。そして被控訴人は昭和五〇年四月三〇日東京地方裁判所において公訴事実につき懲役二年(但し四年間執行猶予)の有罪判決を受けたが、同人が控訴しなかつたので右判決は確定した。」

2(一) 地方公務員法第二九条は懲戒処分として戒告、減給、停職、免職の四種を挙げ懲戒の手続および効果は条例によつて定めることを規定しているが、処分基準については何ら規定がない。このように画一的な処分基準を欠くことは懲戒権者が当該職員に対し前記処分をなす場合広範な諸般の事情を総合的に判断し、最も適切な処分をなすことを法が要請しているからにほかならない。従つて懲戒権者が懲戒権を発動するかどうか懲戒処分のうち、いずれの処分を選択するかは懲戒権者の裁量によるべきであるが、前記各処分には軽重の差があるので最も適切な処分が選択されるべく、それは懲戒処分を定めた法条の趣旨に副う一定の客観的標準に照らして決せられるべきで、社会通念に照らしても合理性を欠くものであつてはならない。

特に懲戒免職は他の処分と異なり、当該職員につきその職員たる地位を失わしめるものであるから、処分の選択に当つては他の処分の選択に比して一層慎重になさるべきことはいうまでもない。

(二)  そこで、これを本件処分について判断する。

本件懲戒処分事由について。

弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件懲戒免職処分の事由としたものは、前記抗弁事実に記載のとおりであることが認められる。

1  事故欠勤について

原判決一七枚目裏六行目から原判決一八枚目裏五行目までの説示は当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

2  刑事々件に関し起訴されたことについて

被控訴人が昭和四五年六月一四日東京都内で行われた安保条約反対のデモに参加し、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害の現行犯人として逮捕、勾留され、同年七月六日東京地方裁判所に起訴されていたことは前記のとおりで、右デモは所謂ML同盟と称する過激派グループが火炎びん、鉄パイプ、石塊等を所持して集合移動し、警備の警察官に対し、これらを投げつける等の行動に出た極めて暴力的行為であつて法治国家として許容し難い反社会性の強いものといわねばならない。控訴人が被控訴人につき捜査機関から色々事情聴取した際、前記デモの中での被控訴人の個々の役割や行動については明確に確認できなかつた点もあるが、当時の現場写真によつて被控訴人がヘルメツトをかぶり覆面して鉄パイプを所持しているのを知り、前記デモの騒動の中で現行犯人として逮捕された事情や共犯者の一人である訴外伊藤順一が有罪判決を受けたことを考え併せ、被控訴人が起訴事実につき刑事責任があると考え、被控訴人の右所為は公務員としてふさわしくない非行と判断したのは当然であつて、これは、被控訴人が昭和五〇年四月三〇日東京地方裁判所において有罪判決を受けたことによつても裏付けられる。

我が国において起訴された事件の有罪率が高いことは公知の事実であるから、前記起訴により被控訴人についての犯罪の嫌疑は相当程度客観化されたものとして社会的評価を受けることは免れない。起訴された被告人といえども有罪判決を受けるまで無罪の推定を受けることは刑事手続上の規範的要請であるが、これは刑事々件の特質および刑事訴訟手続の構造に由来するものであるから、これをそのまま本件懲戒手続に及ぼすのは相当でない。そこで控訴人が被控訴人に対する刑事裁判の判決を待たないで本件処分をしたことをもつて不当と非難するのは当らない。

(三)  以上認定のとおり被控訴人が昭和四五年六月二四日から同年七月一三日まで事故欠勤とされた間出勤できなかつたのは同人が逮捕、勾留された結果であるが、これは被控訴人個人の行為に起因するものであるから、同人の出勤不能について控訴人側において受忍すべきものと考えることはできない。しかも右逮捕、勾留が特に違法不当であつたことを認めうるに足りる証拠もなく、被控訴人が短期間内に釈放されて出勤が可能となる見通しもなかつたうえ、<証拠省略>によれば、被控訴人の右期間の欠勤により同人の職場において業務上の支障があつたことは容易に推察されるので、同人が右期間出勤義務を怠つたとして責任を問われるのはやむを得ないところである。

次に被控訴人の起訴事実にかかる所為について考えるに、同人は地方公務員であるから全体の奉仕者として公共の利益のため勤務しなければならず、そのためには公務員はその職の信用を傷つけ、又職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならないのに被控訴人の前記所為は職場外でなされた職務遂行に関係のないものとはいえ、その動機、目的が如何であろうとも極めて反社会的な集団過激的行動であつて、被控訴人はこれに参加し、行動を共にして逮捕勾留されたのであるから、これは著しく不都合な行為で、地方公務員としての社会的評価を低下毀損するものというべく、一般住民の批判を招くものであることが容易に推察されるものである。従つて、被控訴人が病院の一介の事務員にすぎず、同人の前記所為が破廉恥罪とか涜職罪というものでなかつたにせよ、そのことをもつて前記認定を覆えすに足りない。

以上諸般の事情を判断し、更に免職処分を選択するについては特別に慎重な配慮を要することを勘案しても、控訴人が被控訴人に対し同人の前記所為につき懲戒免職処分をしたことは有効というべく、合理性を欠くとも裁量を越えた違法なものと解することもできない。

三  してみると被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は失当であつて本件控訴は理由がある。

よつて、原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 原政俊 松尾俊一)

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