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福岡高等裁判所 昭和51年(う)274号 判決 1977年5月30日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

<前略>これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は要するに、原判決は本件公訴事実中殺人及び死体遺棄の点につき、当然証拠能力を認めてしかるべきであるのに被告人の司法警察員及び検察官に対する自白を内容とする供述調書につきいずれもこれを否定し、他に被告人と本件殺人及び死体遺棄の各犯行とを結びつけるに足る証拠がないとの理由で右諸点につき無罪を言渡したが、これは令状主義の原則を定めた憲法三三条、刑事訴訟法一九九条、同規則一四二条一項、一四三条、一四条三の三の各規定の解釈適用を誤つて、証拠能力を有し信用性を備えた被告人の自白を顧慮しない審理不尽、これに対する判断遺脱の違法を敢てし、さらには被告人の本件犯行を推認せしめるに充分な情況証拠の証拠価値の評価を誤つた結果、事実を誤認したものであるから、破棄を免れないというに帰する。

そこで、原審の記録を調査し、これに当審における事実取調の結果をも合わせて、これらの証拠資料に基づき所論指摘の法律上及び事実認定上の問題点につき以下順次検討を加えることにする。

なお、説示の便宜上次の例に従つて各事項を略称する。

一  本件――被告人の松崎ミト殺人及び同死体遺棄事件

二  別件――被告人の日本刀不法所持を内容とする銃砲刀剣類所持等取締法違反事件

三  本件捜索――昭和四八年二月二一日被告人宅に対してなされた本件(殺人及び死体遺棄事件)についての捜索、差押

四  本件逮捕――同年二月二四日被告人に対して執行された本件(殺人及び死体遺棄事件)を基礎事実とする逮捕

五  本件勾留――同年二月二六日被告人に対して執行された右逮捕に基づく勾留

六  別件逮捕――同年二月二一日被告人に対して執行された別件(銃砲刀類所持等取締法違反事件)を基礎事実とする逮捕

七  本件自白調書――被告人の同年二月二四日付司法警察員鳥井秋光に対する本件に関する自白を内容とする供述調書

一本件自白調書の証拠能力について

(一)  事件発生から被告人が起訴されるに至るまでの捜査の経緯。

昭和四四年二月二五日午後三時過ぎ、松崎ミトの親族から、同女が行方不明となり、その居室等に血痕の付着が認められる旨、有田警察署に届け出られたことにより、警察の捜索が開始され、同月二七日午前一〇時近く、同女が長崎県佐世保市木原町所在の通称須田川堤から死体となつて発見された結果、ここに同女についての殺人事件としての捜査に移行し、右捜査が進められるうちに、被告人に対する容疑が深まり、昭和四八年二月二一日、被告人宅の捜索が行われるに至つたこと、右捜索の過程で、被告人が日本刀を自宅に所持していたことが発覚し、右事実につき被告人が同日別件逮捕され、その逮捕期間中に本件についても、被告人が被疑者として取調べられ、同月二四日、被告人の自白に基づき本件自白調書が作成されるに至つたこと、右自白により、同日、被告人は本件について逮捕、引つづき勾留され、その後も自白と否認を繰り返しながら、同年三月一七日起訴されるに至るまでの経緯については、前記被告人宅で発見された日本刀は即日佐賀県警察本部刑事部鑑識課に送付され、同日、同鑑識課技術吏員堤亀一の手でルミノール液及びベンチジン液による血痕反応検査が行われ、その結果陰性である旨有田警察署内の本件捜査本部に電話で報告がなされたこと(当審証人堤亀一の証言及び同人作成の鑑定書による。)を付加するほかは、原判決が第三「当裁判所の判断」の項の一「事件の発生」二「捜査の経緯」四「本件殺人、死体遺棄事件自白後の取調べの経緯」として詳細に摘示しているとおりである。

(二)  別件逮捕及び右逮捕期間中になされた本件についての被告人取調べの適否について。

(1)  前項で認められる経過的事実を分析考察してみると、別件に関する事実としては、(イ)昭和四八年二月二一日被告人宅についてなされた本件捜索は、これに先立つ同年一月二六日、本件捜査本部で開かれた総合捜査会議において、それまでに収集された本件に関する証拠資料を検討した結果、その容疑者を被告人一名に絞り、これに対する逮捕状請求にはなお不足とされた犯行と被告人とを結びつける裏付資料(殺人現場から持出されたと目される被害者の衣類及び殺人の用に供せられたと思われる刃物)を発見する目的でなされたものであること(記録の丁数<略>。以下同じ)、(ロ)本件捜索の過程で発見された日本刀は即時現場において被告人の妻君江から任意提出を受け、捜査官において領置されたこと、(ハ)右日本刀を被告人が所持していたことについて即日現場において、右君江につき取調べが行われ、同女の供述が録取されるとともに、右日本刀発見の事実が捜査本部に通報され、当日本件について有田警察署で任意取調中の被告人からも、昼食後の休憩時に、右日本刀を被告人が不法に所持していたことを自認する旨の供述が得られた(ただし、供述調書は作成されなかつた)こと(ニ)日本刀の所持についての許可申請も登録もなされていないことについても即日関係官署に照会され、午後五時過ぎにはその回答が得られていること、以上の各事実が認められる。

(2)  このような諸事実に照らせば、別件逮捕がなされた時点(昭和四八年二月二一日午後八時二〇分)においては、既に別件を立件とし起訴するに必要な実質的な証拠資料の収集を終わつていた(少くとも収集し終り得る状態にあつた)ことになり、日本刀不法所持の動機、態様、目的などに照らしてみると、それ自体としてはさして悪質なものとはいえず、被告人の当時の年令、職業、生活状態に徴してみても、別件だけではもはや罪証湮滅のおそれも、逃亡のおそれも考えられず、従つて別件自体の捜査や訴追のためには、被告人を逮捕する必要性はなかつたと考えられる。

(3)  しかるに、警察が敢えて被告人につき別件で逮捕状を請求し、裁判官がこれを発したのは、右日本刀が本件において松崎ミト殺害の用に供せられた成傷器である可能性が大であると認め、ひいては被告人が右日本刀の発見により、殺人事件について追求されることを危惧して逃亡するおそれがあるとの観点に立つて、別件逮捕の必要性を根拠づけたものであることは、当該逮捕状請求書の記載から窮知できるので、右日本刀の本件成傷器としての可能性を検討してみると、鑑定人原三郎作成の鑑定書によれば、死体解剖による成傷器に関する意見において、「有刃性のもので、ある程度の重みのあるものと推定されるが、頭骨に全く損傷がみられないので、非常に重い大型のものとは考え難いようである。」と表現されており、また、本件死体頭部の切割創は連続的に並行状態に示されていて、当審証人堤亀一の証言によれば、このような傷の状態を右日本刀で生ぜしめるためには、両手を用いて動かない相手を小刻みに斬りつけるような場合に可能とみられることなどに徴すれば、右日本刀を本件成傷器と考える余地が全くないとは言えないにしても、むしろ殺人現場である松崎ミトの家の炊事場にあつた包丁などの方が、より成傷器として想定しやすいものであり、さればこそ、現に本件捜索に当つた捜査官らにおいても、日本刀を発見した際、当該捜索、差押の目的物件として、「本件に使用されたものと思われる刃物」をもかかげてあるにもかかわらず(捜索、差押許可状請求書、同許可状)、右日本刀を差押えることなく、被告人の妻君江の任意提出によつてこれを領置しているともみられ、右日本刀をもつて、ただちに本件の成傷器として想定することは困難であつたということができ、これを敢えて本件の成傷器たる可能性ありとして、別件逮捕の必要性を根拠づけるためには、なお、血痕の付着や、死体頭部の傷痕と右日本刀の刃の形状との符合如何につき具体的な確認がなされるなど、積極的な裏付けが必要となり、従つて捜査本部が右日本刀を領置後ただちに佐賀県警察本部刑事部鑑識課にこれを送り血痕検査を委嘱した措置は首肯できるにしても、同日中には鑑識担当者堤亀一の手で、ルミノール液及びベンチジン液による反応検査がなされ、即日捜査本部に対して、右検査結果が陰性である旨電話で回答されていることに徴すれば、被告人の別件逮捕は、右日本刀の本件成傷器としての極めて稀薄な可能性に、その必要性を敢えて根拠づけ、これに依存してなされたものであるといわざるを得ない。

(4)  さらに別件逮捕後における被告人の取調べ状況については、右逮捕当日(昭和四八年二月二一日)別件についての被告人の弁解が録取され、翌二二日被告人が日本刀を不法に所持していたことを自認する供述を含め、右所持に至る経緯及び身上関係についての供述を得て、二通の供述調書にしたこと、同月二四日右日本刀を本件の兇器として使用したかどうかにつき当初十数分問い糺したことのほかは、同日本件につき被告人が自白するに至るまで取調べに当てられた時間の大部分は、本件についての取調べに終始したこと、被告人が本件につき自白をし、これが調書に作成されるや、同日本件逮捕状の請求がなされた経緯が認められる。

(5)  一般に甲事実(別件)による逮捕中の被疑者を乙事実(本件)について取調べることの適否について考えてみるに、令状主義を保障する憲法三三条及びその理念に基づく刑事訴訟法一九九条二項、同規則一四二条一項、一四三条、一四三条の二の諸規定を合理的に解釈すれば、本来逮捕について令状主義は各被疑事実について適用されるべきことが原則であると解せられ、これを厳格に適用すれば、甲事実について逮捕中の被疑者を乙事実について取調べることは許されないことになる。しかしながら、この原則をしかく厳格に貫ぬくと被疑事実ごとに逮捕をくり返さねばならなくなり、却つて身柄拘束期間の長期化を招き、また一方捜査の流動的、発展的な機能を著しく阻害することにもなるので、現実の適用面においては、令状主義の基本理念に立ちつつも、事件単位の考え方を緩和する必要が生ずる。従つて、現実には、甲事実について逮捕中の被疑者を乙事実について取調べることが許される場合があるのであつて、その適否は一概に断じ難く、具体的事案に即して前記の矛盾する要請の調和の中において、その限界を求め、適否の検討がなされねばならないが、乙事実についての取調べが許されるためには少くとも甲事実についての逮捕自体が実質的な要件、即ち逮捕の理由及び必要性を具備していることが要請されることは当然の帰結であるといわなければならない。

(6)  このことを本件の場合に即して考察すれば、被告人に対する別件逮捕の必要性は、日本刀が本件成傷器たる可能性があるという意味での本件との関連性にのみ依存しているものであるところ、右関連性が極めて稀薄であることは、前叙のとおりであること、しかも右関連性は、別件逮捕時に近接して、日本刀に対するルミノール反応が陰性である旨の検査結果が顕われて、一応否定されたにもかかわらず、なお右逮捕は継続され、逮捕期間中、形式的には別件についての取調べがなされたとはいえ、実質的には、その殆んどが本件についての取調べに利用されていること、さらには、別件逮捕の端緒となつた本件捜索は、被害者松崎ミトの命日を期して、事実上被告人を真犯人と目して、その裏付資料を得るために、強力に開始された一斉捜査の一環として行われたものであるとみられないでもないことからすると、別件逮捕は、本件の取調べに利用する意図のもとになされ、これを覆うために日本刀の本件成傷器としての極めて稀薄な可能性を過大評価して表面上の理由にかかげたものと推断されても止むを得ないものというべく、従つて、別件逮捕は必要性の点でその実質的要件を欠いた違法のそしりを免れず、このような違法な逮捕による身体の拘束下において、これを利用して本件についての取調べをすることは、別件について取調べることとともに違法なものといわざるを得ない。

(三)  本件自白調書の証拠能力について。

以上のとおりで、本件自白調書は違法な逮捕下における違法な取調べによつて得られたものとなるので、その証拠能力を刑事訴訟法三一九条とも関連させて検討するに、同条の適用が問題となる場面の殆んどは、適法な拘禁下における違法又は不当な取調べ方法自体にかかわるものであると考えられ、現行法上、極めて厳格な規制のもとに逮捕、勾留が許され、これにかなつた身体拘束下に適法な取調方法により得られた自白が証拠能力を認められていることからみれば、その場合は身体の拘束自体がもたらす固有の苦痛が被拘禁者の自白に及ぼす影響については、不当な長期拘禁の場合を除き、任意性の判断としては捨象されているものと解せられる。

このような観点から、身体の自由という最も基本的な人権について、憲法三三条が定めた令状主義を直截に受けとめ、違法な逮捕や勾留による人権の侵害に対する刑事訴訟手続外における救済の現実が法制度のもとでは極めて迂遠であり且つ実効を帰し難い現実面に思いを致すとき、また令状主義を徹底せんがため刑事訴訟法及び同規則が身体の拘束に関して極めて厳格な規則をもつて臨んでいる法意に照らせば、憲法が保障しようとする理念をより実質的に運用実践の面において反映させ、効果あらしめるためには、違法な逮捕という手段によつて得られた自白は、その直接的取調べの方法如何を問わず、その証拠能力を否定することによつて、司法的審査の資料とすることを排斥することが最も端的且つ実効的な方法であると考える。特に別件逮捕が違法な場合、その間に得られた本件に関すう自白は、それが任意捜査としての諸要件を備えた取調べによることが明らかにされない限り、令状主義を潜脱するものとして、証拠能力を否定されるのが至当であると考えられ、その限りにおいて真実発見の要請も捜査の利益も適正手続の要請に一歩を譲る結果となつても止むを得ないものと考えられる。

叙上の理に照らせば、本件自白調書の証拠能力は否定すべきものであるから、原判決がこれと同旨の判断をしたことは正当であつて、論旨の非難は当らない。

二本件逮捕後における自白調書等の証拠能力について。

本件逮捕状請求及びこれに対する裁判官の認容の根拠となつた資料の中で最も主要なものは、本件自白調書であり、その余の資料はすべてこれに依拠することによりはじめて、松崎ミト殺害の事実と被告人とを結びつけうるものであると認められるので、本件逮捕及び勾留の実質的要件、ことに本件逮捕勾留の理由の存在は専ら本件自白調書に依存しているといわざるを得ない。従つて本件自白調書の証拠能力が否定される限り、それはもはや本件逮捕、勾留の実質的要件の存否を審査する資料となり得ず、これを除いた他の資料のみをもつてはいまだ被告人を本件について逮捕、勾留する理由づけとはなし得ないので、本件逮捕、勾留もまた違法といわねばならない。従つて、本件逮捕後における自白調書等は違法な逮捕、勾留中の取調べによるものとして、本件自白調書における同様の理由により、証拠能力を否定されることになる。従つて、これらの各自白調書に対する原審の判断も正当であるから、これを論難する論旨もまた理由がない。

三情況証拠について。

以上のとおり、被告人の自白を内容とする供述調書はすべて証拠能力がないので排除されるべきところ、右以外の証拠を仔細に検討してみても、被告人が所論の犯罪を犯したことを認めるに足る証拠は見当らない。

なお、この点について所論が指摘し、原判決においても説示する情況証拠が、果して、被告人を犯人と疑わしめるものであるかどうかについて付言すれば、まず公訴事実にいう本件犯行の動機は、他の証拠により被告人の殺人が立証されている場合の動機づけとしてはともかく、一般的には通常人の殺人行為を推認させる動機としては、むしろ薄弱なものというべく、ことに本件の場合、被害者が居住していた家屋及び敷地に絡んで被害者と親族間に複雑な利害関係が生じていたことも窺われるばかりでなく、被告人が被害者に対して、かつてテレビ購入代金の借用を申入れてことわられたとか、被害者が家屋新築用の資金として約五〇万円の現金を持つていることを被告人が知つていたことなどの事情を考慮に入れても、被告人自身時間的余裕は十分あり得たと思われるのに、被害者の右現金を物色ないし入手した形跡は全くないのであつて、特に被告人のみが所論のような本件犯行の動機を有するものとは断じがたい。つぎに被告人が被害者宅の玄関の合鍵を預かり、これを所持していたことも、本件犯行に格別玄関の鍵が使用されてそこから出入りされた形跡はなく、むしろ被害者宅を最初に探索した貝原エミ子が東側縁のガラス戸を開けて被害者宅に入つていること、同女以外にも昭和四四年二月二三日に松本保、渕上時次らが同じ場所から屋内に出入りしていることからして、被告人が鍵を所持していたこと自体をとりあげて、被告人に対する本件犯行の疑いが濃厚となるということはできない。さらに本件発生後ことに被害者の行方不明が確認された昭和四四年二月二五日前後の被告人の行動については、多少不自然さが認められるが、これとても当時被告人が被害者の実子であることは、貝原エミ子夫婦以外の他の親族らにまでは正式に知らされておらず、被告人としては公然と実子としての立場で他の親族らと共同して被害者を探索したり弔つたりできるような雰囲気でも立場にもなかつたことから、被告人独自の考えで単独の行動をとつていたと考えられないではないし、被害者の家に集まり、その行方について詮議した時の他の親族らの言動に屋内の極めて異常な状態にもかかわらず、警察への届出を躊躇したり、血痕を認めながら拭き掃除をするなど、不自然な点が認められることなどに対比すれば、あながち被告人の行動の不自然さのみを強調しがたいものがある。また、被害者宅から搬出されたものと認められる布団が、被告人宅の近くで発見されたことをもつて、特に被告人にのみ嫌疑をかける理由ともなしがたく、被告人に対するポリグラフ検査の結果が、本件犯行に関する二、三の質問部分において陽性反応を示していることも、他に貝原エミ子に対する検査結果においても同様、陽性反応が顕われたことに照らし、被告人の犯行であることを特に疑わしめるものとも断じがたい。これらの情況証拠はいずれも被告人と本件犯行とを直接結びつける証拠の存在と相俟つてのみ有力な情況証拠たりうるものであり、これらの証拠だけでは、これを綜合してみても、たかだか被告人が犯人であつても矛盾しないという消極的な意味での情況証拠に止まるといわざるを得ない。そればかりでなく、所論のとおりの犯行を被告人がなしたと仮定した場合には、被告人は連続四日も深夜に家を抜け出し夜明け近くに帰つて来たにしては、同衾の妻がこれに気づいていないこと、また、自動車の始動に時間を要すると思われる厳冬期の深夜に、連夜誰にも気づかれずに原重製陶所からライトバンを持ち出すことができたことになるし、被害者の庭に自動車を乗り入れた痕跡もなければ、犯行後数回被害者宅を訪れながら自動車の購入に充てるべき金員を物色した形跡もないこと(被告人は翌年四月にいたり、伯母から借り入れた一〇万円にバイクを売つた五万円を合わせて中古軽四輪自動車を求めている。)など不自然さは払拭するに由なく、所論の犯行態様自体の合理性にも疑いなきを得ない。

叙上のとおりであるから、原判決のしめくくりの措辞には適切を欠くところなしとは言えないが、被告人が本件犯罪を犯したと認めるべき証拠がない旨の結論は正当であり、結局原判決には証拠の取捨選択及びその評価に論理法則違反や経験法則違反などの違法はなく、また法令解釈やその適用にも誤りはなく、所論のような事実誤認の瑕疵はないといわざるを得ない。論旨は理由がない。

なお、すでに前叙のとおりの理由に基づき、被告人の自白の証拠能力が否定される以上、論旨指摘の審理不尽、判断遺脱の違法の有無についてまで検討する必要もないので論旨もまた理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、(当審における訴訟費用は同法一八一条三項により、被告人に負担させることができない。)主文のとおり判決する。

(淵上壽 井野三郎 畑地昭祖)

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