福岡高等裁判所 昭和51年(う)283号 判決 1978年6月07日
本籍
大分県佐伯市大字木立五六五九番地
住居
同 県別府市北浜三丁目五番一七号
ホテル経営
児玉誠
大正一〇年八月三〇日生
右の者に対する所得税法違反、恐喝、詐欺(予備的訴因、横領)被告事件について、昭和五一年三月三〇日大分地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官疋田慶隆出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人山本草平が差し出した控訴趣意書(但し控訴趣意三は量刑不当の主張として陳述)に記載するとおりであり、これに対する答弁は検察官伊津野政弘が差し出した答弁書に記載するとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
一 控訴趣意中事実誤認の主張について。
所論は要するに、原判決は被告人に対し原判示第一、第二、第四、第五の各事実を認定したうえ、右第一、第二及び第五の各事実につき恐喝罪の、第四に事実につき横領罪の各成立を肯定したが、右はいずれも事実を誤認したものであり、破棄を免れないというのである。
そこで原審記録及び証拠物を精査し、これに当審における事実取調の結果をも併せて検討するに、原判決が挙示する関係証拠によれば、原判示第一、第二、第四及び第五の各事実は所論の点を含めて十分これを肯認することができる。以下、所論が争点とする事実関係について、補足説示する。
(一) まず原判示第一の事実について、所論は、原判決は昭和三八年一二月二七日被告人は赤木一郎に対し現金一〇〇万円を交付したのみであると認定しているが、被告人は右同日赤木に対し現金四八〇万円及び額面一〇〇万円の約束手形を交付し、かつ同人の宮崎銀行日向支店の口座宛に金七〇万円を送金しているのであり、右金額と既に赤木のため代払いしていた三一〇万円及び天引利息分四〇万円(同年一二月分一〇万円、翌年一月分三〇万円)を合計すれば一、〇〇〇万円の貸付が完了しているのであるから、被告人は原判示のように、存在しない一、〇〇〇万円の債務を認めさせた事実はない、というのである。
しかし、右関係証拠、ことに相良広高の検察官に対する供述調書、吉藤正春の検察事務官に対する供述調書、原審証人赤木一郎の供述、押収にかかる登記権利証書一通(当審昭和五一年押第四六号の七)及び「証」と題する書面二通(昭和三八年一二月二三日付及び二七日付、右同号の一一及び一〇)の各記載内容等を総合すれば、所論指摘の昭和三八年一二月二七日佐伯市所在の料亭「池彦」において、被告人は赤木一郎からその所有にかかる旅館青桐荘の土地、建物につき売渡担保権を設定するに必要な登記関係書類を受取り、金一、〇〇〇万円から既に赤木のため代払いした三一〇万円を差引いた残金の交付を求められた際、「今日は一〇〇万円だけにしてくれ、あとの金は宮崎の旅館の登記ができた時に渡す、七〇万円は昨日宮崎銀行本店の口座に送金した」などといつて現金一〇〇万円のみを赤木に手渡し、更に「前に貰つた三一〇万円の領収書を失つたから前の分も併せて四八〇万円の領収書を書いてくれ」といつて、四八〇万円の領収書の作成を求めたこと、右赤木に同行していた相良広高は被告人の態度に疑いを持ち、当日の受領金員が一〇〇万円であることを明確にさせるため、赤木をして、その領収書(前記同号の一〇)の但書として「本日分送金致す七拾万円共壱百七拾万円」と記載させたうえ被告人に交付したこと、その後右相良において宮崎銀行本店に右送金の有無を確かめたところ送金はなされていなかつたこと、司法書士吉藤正春は同日「池彦」で被告人から前記青桐荘の関係書類を受取り、翌年一月八日被告人への所有権移転登記及び根抵当権設定登記手続を了していること、赤木が被告人から額面一〇〇万円の約束手形の交付を受けたのは右登記完了後であることが認められる。当審証人佐藤卓己、同中村三郎の各供述も右認定を左右するには足りず、右認定に反し所論にそう被告人の原審及び当審における各供述部分は前記証拠に照らし措信することができない。
とすれば、被告人は昭和三九年一月二三日当時赤木一郎に対し、現金四八〇万円を含む所論の金一、〇〇〇円の貸付を完了してはいなかつたものと認められるから、この点に関する原審の判断は相当である。
(二) 原判示第二の事実について、所論は、原判決が被告人において竹田重雄から喝取したとする金五三万七、〇〇〇円は本件貸付に関し発生した経費であつて、本来借主である竹田重雄において負担することになつていたものであり、これを支払わない以上登記抹消に応ずるわけにはゆかないという被告人の主張は当然であるから、その要求が脅迫行為に該当しないことは明らかである、というのである。
しかし前記関係証拠によれば、竹田重雄が本件山林を売渡抵当として被告人から金四〇〇万円を借受けた際、その買戻に当つては「元金のほか公租公課及び日当その他の手続に消費した費用一切を付け買戻す」旨約定されていたことは認められるが、竹田としては右借受の際既に経費として約二五万円を負担済であり、本件当日被告人が諸経費として一方的に請求した金五三万七、〇〇〇円は、その出費の明細資料もなく、その内容、金額等からみて右竹田及びこれに同行した中川繁男にとつては到底納得できかねる、不当なものであつたこと、にも拘らず被告人は延々約六時間にわたつてその要求を続け、その態度は穏かな話合いというものではなく、声高に相手を罵倒する権幕のものであつたため、竹田は債務者としての弱味から、被告人の要求に応じなければ、時価約二、〇〇〇万円相当の本件山林の登記関係書類の返還は受けられず、その所有権を失いかねないと思い、結局右金員の支払に応じたことが認められる。
とすれば、被告人の右要求は正当な権利の行使とはいえず、仮にその一部について取立の債権を有していたとしても、権利の濫用であり、その行使の態様は、社会通念上債務者である竹田にとつて一般に忍容すべきものと認められる程度をこえていたものというべきであるから、被告人の判示所為は脅迫行為に該当し、本件につき恐喝罪の成立を認めた原審の判断は相当である。
(三) 原判示第四の事実について、所論は、原判決が被告人において小島善市から現金五〇万円を預かつた旨認定しているが、かかる事実はない、というのである。
しかし右関係証拠、ことに小島善市の検察官に対する供述調書二通及び原審証人佐島仁の供述によれば、昭和四二年六月末ごろ、被告人は別府市の寿興業株式会社社長であつた小島善市から、その所有にかかる新別府ホテルの土地、建物を担保に金三〇〇万円の融資の依頼を受け、これを貸付けた際、同人から同市の有限会社島屋物産に対し約金四九万円の買掛金債務がある旨を聞くや、「島屋はよく知つている、島屋は食えない男であなたのような気の弱い人では損害金を取られたりするだろうから、私が払つて来てやる」といつて、右貸付金から返済期限である同年九月末日までの月三分五厘の利息三ケ月分及び登記手数料のほか右支払分として金五〇万円を差引いた現金二〇〇万円余を小島に手渡し、その後同年夏頃に至つて右島屋物産の代表者佐島に対し、小島に対する売掛金を半分にまければ払つてやるなどといつて交渉したが、これを拒絶されたため、右支払をせず、そのまま、その頃同市内において右金員を自己に着服したことが認められる。
とすれば、被告人は小島善市から右島屋物産に対する支払を委託されて金五〇万円を預つていたものというべきであるから、この点に関する原審の判断は相当である。
(四) 原判示第五の事実について、所論は、原判決は被告人が小島善市の大分酒造株式会社振出にかかる額面五〇〇〇万円の小切手(支払場所大分銀行日岡支店、以下本件小切手という)をもつてする支払の申込みに対し難癖をつけて期限を徒遇させ金二〇〇万円を喝取した旨認定しているが、右小切手による支払申込みは有効な弁済の提供とはいえないから、被告人がその受領を拒絶したことは当然の措置であつて、被告人としては期限切れによつて本件不動産の処分権限を得た以上、何時でも第三者に売却または名義換えをすることは自由であると主張しても、これが脅迫行為に該当しないことは明らかであり、被告人は小島に対する債権五〇〇円に二〇〇万円を加えた七〇〇万円で阿部百人に右債権を譲渡したものである。また原判示の、被告人が小島に対し、同人から謝礼として金五〇〇万円の支払を受ける旨の念書を書かせて財産上不法の利益を得たとの点についても、その作成時点では本件不動産の登記に必要な書類はすべて阿部行人に交付されていたのであるから、小島が畏怖すべき事由はなんらない筈であり、小島は被告人が本件不動産を小島の手によつて売却処分できるよう阿部百人に図つてやつたことに対する気持から、被告人のもうけたら謝礼をくれという要求に迎合して右念書を作成したものである、というのである。
そこで検討するに、小切手は信用ある銀行の振出、裏書または支払保証付のものである場合等を除いては一般に現金と同一視することはできないから、本件小切手による弁済の提供が所論のとおり有効な弁済の提供といえないことは明らかである。しかしながら前記関係証拠によれば、被告人が原判示の昭和四二年九月三〇日(土曜日)小島の本件小切手による支払の申出に対し、その受領を拒絶したのは、右小切手が支払不確実であることによるものではなく、本件貸付金五〇〇万円の債権の返済期日である右三〇日を徒過させるたとにより、被告人が既に本件債権の売渡担保として提供されていた新別府ホテルの土地、建物並びに温泉権等に関する処分権を取得し、この権利を行使して更に小島から金員を利得することを企図したことによるものであり、かくて翌一〇月一日から二日にかけ右権利の行使として、原判示のとおり右小島に対し、右貸付金五〇〇万円に対する二日間の遅延損害金として現金二〇〇万円を支払うことを要求し、かつ「右ホテルを売却処分した時は被告人に礼金として金五〇〇万円を支払う旨の誓約書を書かなければ、権利証は返さない」などといつて念書の作成を要求したこと、小島としては被告人のこれまでの態度から、その要求に応じなければ、右担保物件の返還は不能となり、財産上莫大な損害を受けることをおそれ、被告人に要求されるまま、右債務元本五〇〇万円のほか損害金として二〇〇万円を支払い、かつ本件担保物件処分時には謝礼として五〇〇万円を支払う旨の念書一通を作成して交付したものであることが認められる。所論は被告人において小島から取得した本件担保権を金七〇〇万円で阿部百人に譲渡した旨主張するが、前提証拠によれば、前記大分酒造株式会社の会長であつた阿部百人は小島から被告人に対する債務負担の窮状を訴えられ、これに同情して本件担保物件の時価を約一億五〇〇〇万円とみて、小島に対し当初は額面五〇〇万円の本件小切手を、前記被告人の受領拒絶により次いで現金七〇〇万円を貸与するに至つたものであり、ただその担保権の設定登記の関係で、被告人が小島に対し有していた高倉マサ子名義の債権を譲渡する形式をとつたにすぎないことが認められる。また所論は小島の前記念書の作成時点では本件登記関係書類はすべて阿部行人に交付されていて小島において畏怖すべき事由はなかつたというけれども、原審及び当審証人阿部行人の供述並びに小島善市の検察官に対する供述調書二通によれば、阿部行人は前記阿部百人の長男に当り、かつ右会社の社長の地位にあつたもので、阿部百人の指示により原判示の昭和四二年一〇月二日小島の前記債務支払のため小島と同行して八尋旅館に赴いたが、小島は阿部行人が不思議に思う程に被告人を極端に畏れており、阿部行人は右債務の返済を了えての帰途、小島から、被告人に謝礼を要求されて一筆書かされた旨を聞いて始めて本件念書の作成を知つたことが認められるから、その作成時点が本件登記関係書類の授受を了した後であるとはいうことができない。右認定に反し所論にそう原審及び当審における被告人の各供述部分は前提証拠に照らし措信できない。また当審証人小林政太郎の、前記七〇〇万円及び本件登記関係書類の授受が同人の事務所でなされた旨の供述部分は、同人の原審における供述に照らしたやすく措信できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
とすれば、被告人が、遅延損害金名下に交付を受けた現金二〇〇万円の取得行為及び本件念書により金五〇〇万円の支払を約束させた行為は、本件担保物件の処分権を取得したことに基づく権利の行使であるとみても、明らかに権利の濫用であり、社会通念上債務者である小島にとつて一般に認容すべきものと認められる程度をこえているものというべきであるから、被告人の右行為は脅迫行為に該当し、本件につき恐喝罪の成立を認めた原審の判断は相当である。
以上のとおりであつて、被告人の本件各行為につき恐喝及び横領罪の成立を肯認した原審の証拠の取捨選択及び証拠の価値判断に経験則の違背など不合理な点は見当らず、原判決には所論のような事実誤認の瑕疵は見出すことができないから、各論旨はいずれも理由がない。
二 控訴趣意中量刑不当の主張について。
所論は要するに、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというので、記録を精査し、これに現われた本件各犯行の罪質、態様、動機、結果、被告人の年令、性格、経歴及び犯罪後における被告人の態度、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに、本件は前記のとおり、金融業を営む被告人が、昭和三八年一一月一四日ころから昭和四二年一〇月二日ころまでの間、恐喝罪三件、横領罪一件、所得税法違反罪一件の多数の犯行に及んでいるもので、その犯行の動機及び態様は、債務者に貸付けた貸金債権の担保としてその所有にかかる諸物件の所有権取得登記等を得ていることを奇貨とし、債務者の弱味につけこんでこれを脅迫したうえ暴利を得、その利得につきこれを秘して脱税したというものであつて、被告人の飽くことを知らない金銭欲にかられた生活態度から派生した常習的な犯行であり、その犯情もよくないうえ被害額も多額であるところ、被害人はただ本件犯行を争うのみで、被害弁債の意思のないことはもとより、本件犯行に対する反省の色はなんら見えないこと、所得税法違反の量刑不当の事由として所論が指摘する、赤木一郎及び竹田重雄関係の処分益は、前記判示から明らかなとおり理由がなく採用できないこと、被告人には原判示が確定裁判として判示するとおり、懲役一〇月、保護観察付執行猶予四年に処せられた前科があり、本件犯行のうち原判示第四及び第五の横領及び恐喝の各犯行は右猶予期間中に行われているものであること等の諸事情を併せ考慮すれば、小島善市関係では前記念書による五〇〇万円の債権を放棄していること、その他本件犯行後相当の期間が経過していることなどの所論が指摘する諸点を被告人に有利に斟酌考量してみても、前記犯情及び犯罪後の情状等に照らし原判決程度の量刑はやむをえないものと認められ、これをもつて不当に重いものとは考えることができない、従つてこの論旨も採用できない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、また当審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従い、これを被告人に負担させることとして、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 安仁屋賢精 裁判官 真庭春夫 裁判官 杉島慶利)
昭和五一年(う)第二八三号
○控訴趣意書
被告人 児玉誠
右の者に対する所得税法違反等被告事件につき弁護人は左記のとおり控訴の趣意を陳述する。
昭和五一年七月一五日
右弁護人 山本草平
福岡高等裁判所
刑事第二部 御中
記
原判決は事実の認定につき重大なる誤認をしているものであり、到底破棄を免れないものと思料する。
以上、原判決の認定した事実につき順次陳述する。
一、赤木一郎に対する金一、〇〇〇万円の貸付金に対する恐喝罪の成立について(判示事実第一について)
(1) 先づ、原判決の認定した事実は被告人がすでに代払いした金三一〇万円の赤木の領収証を受取つていたところ、昭和三八年一二月二七日ころ赤木に対し現金一〇〇万円を交付し、その際実際にはその事実もないのに「別に七〇万円宮崎の銀行の赤木口座に送金した、前の三一〇万円の領収証を失つたから前の分と合わせて四八〇万円の領収証を書いてくれ」と申し向けて、前記三一〇万円の領収証を返却しないまゝ同人から改めて四八〇万円の領収証を受け取つたと云う事実を認定している(原判決第一の事実前段)
(2) しかし、原審のなした右事実の認定は明らかに誤りである。即ち、同年一二月二七日に現金一〇〇万円を交付したのみであると認定しているが、右同日に被告人が赤木に対し交付した現金は金四八〇万円であり、その他に一〇〇万円の手形と赤木一郎の宮崎相互銀行日向支店宛に、金七〇万円を送金(赤木の右銀行に対する借入利息)しているのである。
被告人は、昭和三八年一二月二七日豊和相互銀行佐伯支店より金一、〇〇〇万円の借入をし、右金員のうち金八〇〇万円を佐伯信用金庫に預金し(昭和四一年一二月二二日付大蔵事務官作成の質問てん末書第一二項、第一三項、検第一二七号)残額金二〇〇万円と手持ちの金を合わせ金四八〇万円を赤木一郎に交付しているのである。
しかも、右二〇〇万円は豊和相互銀行佐伯支店の当時の貸付係りであつた佐藤卓己(現在豊和相互銀行佐賀関支店長)により金員授受のあつた料亭池彦に直接持参されているのである。
(3) 原審は、金四八〇万円の交付が嘘偽であるとの認定についてただ赤木一郎(第一六回公判調書)及び中原俊栄(第一七回公判調書)の各供述部分のみを信用し、被告人の供述をまつたく措信していないが、金員交付のあつた一二月二七日の当日に、被告人が少くとも現金二〇〇万円を赤木に交付出来る状態にあつたことが証拠上明白(前記質問てん末書参照)であるのであるから、この点につき被告人に対し更に詳細に証拠調べをする必要があつたものと思料する。
(4) また、被告人が供述している赤木の宮崎相互銀行日向支店に対する借入金の利息七〇万円の送金についても、捜査はまつたくされておらずたゞ単に赤木に送金されていないと云う赤木の供述のみを信用して前記事実を認定したことはまことに軽卒な事実認定の態度と云わなければならない。
ことに、原審は一二月二七日に現金一〇〇万円を交付したと云う認定をしているが、真実は昭和三九年一月二三日を決済日とする一〇〇万円の約束手形を交付しているのである。
そもそも、右赤木一郎に対する貸付けは赤木所有の山林で金一、〇〇〇万円の借入申込みがあり、昭和三九年一二月二三日に被告人は現金六五〇万円を持参して現地を見聞したところとても一、〇〇〇万円を貸与出来るほどの山林でないことが判つたため、赤木の若杉に対する借入金一〇〇万円(検六七号の一一)及び山田商事に対する借入金二一〇万円を返済するに足る金員のみしか出さなかつたのである。
ところが、赤木はどうしても一、〇〇〇万円の金が必要であることから自己の所有する旅館「青桐」でもつて残額を貸してくれと申し入れたため、被告人は赤木と共に「青桐」につき調査した結果、当時すでに宮崎相互銀行日向支店より一、五〇〇万円の借入れがあり、利息も七〇万円怠つていることが判明したのである(押第六七号の六、七、八)
(5) 被告人は、前記山林と旅館「青桐」とを評価した場合には、一、〇〇〇万円の貸付けも、担保として充分にあると考え右「青桐」で更に残額の六九〇万円の貸付けをすることを承諾し右不動産の移転登記に必要な書類をとゝのへるように伝え帰宅したのである。
(6) 同年一二月二七日、赤木は佐伯に来て登記関係の書類を持参した。年末にどうしても金が必要なので何とか工面してくれと云つて来たので、料亭「池彦」で会合し佐伯市居住の司法書士吉藤正春を呼び、書類を点検させた結果、登記をすることが出来る旨の報告を受けたのである。
被告人は、すでに登記所も受付けを停止していることから、登記が来年になることを考え、一〇〇万円程度度のものを残すことにしこれを昭和三九年一月二三日(毎月二三日が利息支払日となつている)支払期日の約束手形で交付することにし残額五九〇万円のうち、一二月分の利息一〇万円、一月分の利息三〇万円計四〇万円を天引し、更に宮崎相互銀行日向支店へ前記借入利息七〇万円を直接送金することにし、結局四八〇万円は前記豊和相互銀行佐伯支店より二〇〇万円、被告人の手持ち二八〇万円を合わせてこれを支払つたのである。
(7) 昭和三九年一月二三日に金一、〇〇〇万円の領収証が出され いるが(押第六七号の一二)これは前記約束手形金一〇〇万円を赤木が現金として入手した時に始めて一、〇〇〇万円の貸付けが完了したことになるので、右期日にこの領収証を作成したのである。若し赤木や中原の供述のように、現金一〇〇万円しか交付されていないならば、何故「青桐」について昭和三九年一月六日に所有権移転登記をしたのか、説明がまつたくつかないのである。
どのような者でも、残額として六九〇万円入手することになつているのに、僅か一〇〇万円の交付しか受けないのに完全な所有権移転登記をする者がいるであろうか。
しかも、原審が右事実を認定するについて採用した中原証人は前科十一犯か十二犯の犯歴を有するものでまつたく信用出来ない人物であることは赤木自身の供述にも出ているところである。
(8) また、中原はその際、被告人より金一〇〇万円を謝礼として貰つた等と云つているが、嘘偽も甚だしいと云わなければならない。勿論、これに沿う物的証拠は本件においては何一つ存在しないのである。しかも、通常金融の世話をした場合には借受人の方から三パーセント乃至五パーセントの謝礼等を貰うのは常識であつて、貸主から謝礼などを出すことなど、先づ絶対にあり得ないのである。(将来貸付金が回収出来るか否か不明のときに、また仮に回収出来たとしても、本件においては被告人の得る利益は一八〇万円程度しかないのに一〇〇万円の謝礼を出すこと等考えられるであろうか)
(9) 以上の事実より被告人が赤木一郎に対し、金一、〇〇〇万円を貸付けたことは間違いのないことである。(利息は一部天引されたとしても)また被告人は、実際には一、一四四万円を赤木より返済されているが、これは昭和三九年一月一七日作成された契約書(押第六七号の八)第二項にあるように、被告人にかゝつた費用は計算した結果一一四万円の経費を支払つて貰つたのである。その内訳は、タクシー代二、二八〇円、橋口麗一郎に対する立会費用二万円、宿泊料六、九八〇円、山林登記費用六万九、五四五円、印紙代四万円相良宏高に対する立会人世話料四万円、契約書作成代一万円、仮登記抹消費用五、六四〇円、「青桐」登記印紙代五六万六、〇〇〇円、吉藤正春に対する手数料一万円計七七万〇、四四五円が証拠上明白な経費となつている。(いづれも押第六七号の一二の各領収証関係)残額三六万九、五五五円が被告人の出張旅費、日当等の経費に充当されたものである。
(10) 以上の次第で、右経費の内訳としては証拠上明白にならないものもあるが、原審が判示事実として認定したように存在しない一、〇〇〇万円の債務を認めさせたと云う事実は存在しないから判示第一の事実については被告人は無罪であると思料する。
二、竹田重雄に対する金五三万七、〇〇〇円の恐喝について(判示第二の事実について)
(1) 本件において、争点となつている事実は被告人が竹田より受領した金四五三万七、〇〇〇円のうち、金五三万七、〇〇〇円が経費として出されるについて、被告人に判示のような脅迫行為があつたか否かと云うことである。
(2) そこで先づ返済元本以外、本件貸付に関し発生した経費一切を借主である竹田において負担する義務があつたかどうかと云う点については、竹田の第一四回公判調書の同人の証言によつてもまた、契約書(押第六七号の一九)第四項によつても経費は一切竹田が負担することになつていた事実は明らかである。
(3) 被告人が竹田に対し請求した経費の内容は、必らずしも明白ではないが、少くとも返済当日のやりとりの中で、被告が詳しく項目をあげて竹田に説明をしていることは間違いのない事実である。
即ち、第一四回公判調書中、竹田の証言記 で、原審裁判長より「五三万七、〇〇〇円の内訳はあなたは見ることは見たんですか」と云う問に対し、「はい、児玉から書いてもらつてそれを写したものです」「金額の内訳はわかつているわけですか」と云う問に対し「はい」と答えているのである。従つて少くとも、被告人と竹田の間において経費の内容について具体的な話しがされたことは明白である。
そしてその内容は主として山林の調査費用が主体として話されていたことは被告人の供述によつても明らかである。(第三六回、第三七回公判調書中、被告人の供述部分)
(4) しかも、被告人がこの経費について話し合つたのは、主として中川繁男であり、右中川は被告人のやりとりについては別に脅迫されているような気はなかつた旨供述しているのである。(第一五回公判調書中川の供述部分)被告人としては、自分にかゝつた経費を払わない以上登記抹消に応ずわけには行かないと云う主張は当然であり、それ自体脅迫行為に該当するものでないことは明白である。
そのため、中川は「どうして竹田がそのような弱気になるのか不思議で仕方がなかつた」(前記公判調書)と云つているのであるが、この竹田の心情は次の竹田の言葉によつてほゞ推察されるのである。即ち、中川が竹田の弱気を責めたところ竹田は「もう一件借りてるから、そいつが期限が切れておつたから、今日のやつは、はつきり向うの云う通りにしておかんとそいつがもらえんことになると困る」と云うことを中川に話しているのである。(前記公判調書)
(5) 被告人は竹田に対し、被告人の云いなりにならないともう一件の物件については期限切れになつているから返還しないと云うようなことは全たく云つていないし、また証拠も存在しない。
そうすると結局、竹田が自分で勝手に被告人の気持を推測して被告人が特段に脅迫的言辞を用いていないのにかゝわらず被告人の経費についての説明を了承したと解する以外理解の仕様がないのである。
(6) しかも本件は、期限までまだ数ケ月を残しており、その間どのような法律的手続もとれたものであつて、真実竹田自身、脅迫されていると思うならば直ちに法的手続をとるのが通常であり、そのような措置をとれなかつた特段の事情もない、本件においては、被告人の主張した経費の要求をもつて直ちに脅迫行為があつたと認定することは出来ないと思料する。したがつて、判示第二の事実については無罪であると思料する。
三、被告人の昭和三九年度所得税法違反の罪について(判示第三の事実について)
(1) 被告人の昭和三九年度の収入状況
(イ) 弁護人は、原審判示の被告人収入欄のうち、貸付金利息金五四八万一、六五八円については争わない。
(ロ) 判示の担保物件処分益については、赤木一郎分金五五四万〇、〇〇〇円竹田重雄分金五八万七、〇〇〇円のうち金五三万七、〇〇〇円は処分益としては認定出来ないものと思料する。
その理由は、いづれも前記原審判示第一の事実及び第二の事実についての弁護人の主張により明白である。
(2) したがつて、昭和三九年度の被告人の担保物件処分益は、金七二五万円と認定するのが相当と思料する。
(3) 右の計算によるとき、被告人の昭和三九年度の総収入は、金一、四九一万〇、七四二円であり、右金額より判示一般経費(七)以下一四迄の控除をすると被告人の所得金額は金六七二万七、五六〇円となる。
右所得金額より基礎控除等を差引いた課税総所得金額は、金六二九万八、五〇三円である。
したがつて、被告人の正規の所得税額は金二二七万一、〇〇〇円となる。
(計算方法は6,298,000×50%-852,000)
(4) 被告人のほ脱の犯意について
すでに原審弁護人も述べているように、判示第三の罪について、別表Ⅰ一の十一における玉名興業株式会社に対する一、〇〇〇万円の貸付金は昭和三九年度末、同会社は既に倒産状態にあつたものであるから同年度分の貸倒れとなるものであると云う被告人の認識があつたため、課税総所得金額は損失で納付すべき所得税額はないと信じていたものである。
右被告人の認識は、いわゆる税についての素人としては当然抱くであろうものであり、とくに被告人が納税申告日まで、種々のその回収の方法を画策してみたものの到底回収不能と判断した事実より見て無理からぬところと思料されるのである。
特に、昭和三九年度分の申告にあたつては税務署に被告人がおもむき、税務官の資料にもとづき聞かれるまゝに申述した結果、損失として課税されないこととなつたため、敢えて玉名興産の損失を申述する必要もないと考えたことも一応理解されるところである。(第三五回、第三六回公判調書中被告人の供述部分)
原審は、被告人の申告日以後の債権回収の行為をもつてほ脱の意思がなかつたとは認定出来ない旨判断しているが、何人にとつても出来れば回収をしたいという希望まで捨てることを要求することは酷であり、客観的には回収が不可能と云うことがわかつても、何等かの回収のための行為をなすことは当然のことと思われる。
たゞ本件においては、担保物件処分益を認定されたため大巾な課税所得を算出する結果となり、その点でほ脱の意思を認定されても止むを得ないような結果とはなったが、右処分益についても前述したような疑問が存在するのであり、また、結果的に玉名興産に対する貸付金一、〇〇〇万円は回収出来なかった結果を考えるとき、これ等の点につき充分情状として斟酌されるべきものがあると思料する。
四、小島善市より預り保管中の金五〇万円の横領について(判示第四の事実について)
(1) 本件においては、被告人が小島善市より金融を依頼され、金五〇〇万円を貸付けたのは昭和四二年六月末でありこの際、右小島が経営する寿興業株式会社所有の新別府ホテル、同所の庭木庭園設備一切及び温泉権と売渡担保の形式で所有権移転をしていることは争いのないところである。
(2) 右貸付当時、すでに右会社は有限会社島屋物産より買掛代金債務金五〇万円を支払わないため、右不動産につき差押えをしていたことも争いのないところである。
しかも当時、右不動産については総額約八、〇〇〇万円の抵当権が設定されており、右会社の経営は極度のの困難に陥入つており、不動産を売却せざるを得ない状態にあつたことも明白である。
(3) 被告人としては、これ等すべての負債を考慮した結果、五〇〇万円の貸付けをしたのであつて、若し期日迄に返済されない場合は、これ等負債をすべて被告人において弁済することとなるのであるから、被告人としては出来るだけ負債を減少させることを考えるのは当然であろうと考えられる。
(4) そこで、被告人として先づ金額の少ない島屋物産に対する差押にかゝる債権を減額することを考え、小島に代つてその交渉を島屋物産にしたのであつて、小島より受領した五〇万円と云うものはそもそも存在しないのである。
現実に五〇万円の授受がなされていない証拠として、第二六回公判において佐島仁証人は「児玉が小島の負債を肩代りしてやる、そのかわり半分にまけろ」と云つて来た旨の供述(同公判調書、一一九五丁裏)をみても明らかである。
(5) 本件においては、右五〇万円の授受についての物的証拠はなく辛うじてそれを推測させるものとしては、右佐島は小島より「自分が借りた時に五〇万円天引されていると云つていた」と云うことを聞いたと云う供述のみである。(同公判調書一一九五丁裏)
しかし、すでに莫大な負債を抱えどうにもならなくなつている会社が先づ一年前もの土産品代金を、児玉から借受けた借入金より返済すると云うこと自体が、まことに合理的でなく右小島の供述は到底信用出来ないところである。
したがつて、本件においては右五〇万円の授受があつたと云う認定をすべき証拠は存在しないのであるから、これを前提とした横領罪については無罪であると思料する。
五、同じく小島善市に対する金二〇〇万円の恐喝及び金五〇〇万円の恐喝について(判示第五の事実について)
(1) 本件において被告人が小島善市に貸付けられた五〇〇万円の弁済期が昭和四二年九月末日であつたことは原審の認定しているとおりである。
そこで、先づ問題となるのは、同年九月三〇日(土曜日)に大分酒造株式会社の会長阿部百人の息子阿部幸郎が持参した大分酒造株式会社振出しにかゝる額面五〇〇万円の小切手(支払場所大分銀行日岡支店)が適法な弁済と云えるであろうか。銀行保証小切手ならば格別(これについても、取立てに廻す関係上現実に現金化されるのは二日乃至三日後であり、いわんや本件においてその支払場所である日岡支店なる場所は別府市内にはなく、そのため取立てに廻せば尚数日を要するものである)通常私人振出しにかゝる小切手が有効な弁済の提供とは云えないことは判例において確立されたところと思料する。
(2) いわんや、かつて取引もしたことなく面識もない会社の小切手を持参してこれを債務の弁済として受領しろと云うこと自体、無理なことであつて被告人が受領を拒絶したことは当然の措置であつて、何等責められるべきものではない。
受領しないことを難癖をつけると云う判断をした原審の判断は、まことに軽卒のそしりを免れないものである。
(3) 被告人に七〇〇万円を支払うことになつた経緯について
(イ) 右小切手の受領を被告人が拒絶したため、阿部幸郎はそのまゝ帰つたのであるが、その当日の午前一二時頃、右会社の会長阿部百人より被告人に電話があり、右阿部百人宅に出向いて来ることを要求され、被告人が右阿部宅におもむいた事実は阿部幸郎の第二七回公判調書被告人の「阿部百人さんから一二時すぎに電話がかゝつて来てお宅がだめだと云うことで、私達が呼ばれて行つたことがあるんですが記憶がありますか」と云う問に対し「記憶があります」と云う答をしていることでもつて明白である。(右公判調書一二五七丁裏面)
(ロ) 被告人の寿興業に対する債権を阿部百人に譲渡する話合いなされたのは、この阿部百人と会つたときであることは被告人の第三六回公判調書において明らかである。
阿部百人としては、小島に貸付金はあるし、阿部自身地熱発電の仕事をしている関係上、この新別府ホテルの温泉が是非欲しいと云うことから、被告人の所有となつては困る立場にあつたため、是非債権を譲渡してくれと乞われたのである。
これは阿部百人自身の利益を考えてのことであることは、後日阿部百人が不法に高い利益を小島から取り上げていることでも明らかである。(第二九回公判調書中小島市江の供述部分一三四三丁)
(ハ) 翌一〇月一日に、阿部百人、小林代書人、高倉、被告人、小島が新別府ホテルに集り、小林代書人が中に入り二〇〇万円をつけて七〇〇万円で譲渡する話しが決つたのである。
(4) 被告人としては、返済の期限が切れている以上本件不動産の所有権は、被告人に帰属したと解釈したのは当然であり、したがつて、何時にでも第三者に売却また名義書換えをすることも自由だと主張してもこれを脅迫行為であるとすることは出来ないであろう。
期限切れによつて本件不動産の処分権限を得た以上、これはいわば当然のことであつて、それによつて債務者が負債より高額の価格でもつて買戻しをする場合、これが恐喝行為となるであろうか。
(5) 判示五〇〇万円の財産上不法の利益を得たと云う事実について
(イ) 右事実について原審は「……翌二日右旅館において同人から前記貸付金以外に損害金名下の現金二〇〇万円の交付を受けてこれを喝取し、更に犯意を継続して同所二階において、前記のとおり畏怖している小島に対し新別府ホテルが売れたら礼金として五〇〇万円を自分にくれると云う誓約書を書け、書かなければ判を押さないと申し向け」と判示している。
(ロ) しかし、証拠を詳細に検討してみると、右判示事実は到底認定し得ないのである。
即ち、一〇月二日、現金七〇〇万円の授受があり関係書類はすべて右金員の交付と引換えに阿部行人に交付されたことは、第二七回公判調書中阿部行人の供述(一二七二丁裏、一二七四丁)で明らかであり、すべての受け渡しが済んで小島も阿部行人が玄関口まで行つたところ、児玉が小島を呼んで、小島は二階に再び上つて行つたこと。再び降りて来る迄時間にして二〇分ぐらいであつた事実も明白である。即ち、検察官から阿部に対する「帰る前に一寸席をはずしたようなことはなかつたんですか」答「はずしました」「はずしてどういうことがあつたんでしようか」答「一寸何か児玉さんから小島さんが呼ばれて、私は玄関におつたんですけれども、又二階にあがつていつたようにあります」「それで、どんな話がありよつたんですか」答「それはあとで降りて小島さんから聞いたんですけど、そこで証書を書かされたと云うことを聞いたんです」と供述しているのである。(一二七一丁表、裏、一二七四丁)
(ハ) すでに、登記に必要な書類はすべて阿部行人に交付され、それを小島自身が現認しているのにかゝわらず、小島が畏怖する事実は一体何があるのであろうか。
原審は「‥‥書かなければ判を押さないと申し向け‥‥」と判示しているが、すでにすべての書類に必要な印を被告人は押捺し、小島はそれを現認してこの交付を受けているのであるから、被告人が判示のような文言を言う筈もないし、仮に云われたとしても判示のように畏怖する余地などまつたくないと云わなければならない。
原審の判断は余りにも証拠よりかけ離れた事実認定をしていると云わざるを得ないのである。
しかも、阿部行人が小島に対し、どのようなことがあつたのか聞いているのであるが、そのやりとりの中に被告人の言動に畏怖したと云うような言葉は何一つ出て来ないのである。小島が云つていることは、不動産が売れたら何かお礼をしてくれと云われたと云うのみに終始しているのである。それに対し何故そんなことを書いたのかと云う阿部の問に対しても「自分が金を一時立替えたために利益を得たんだから、もうけたら出せとか何とか云われた」と云つているだけである。(一二七一丁裏より一二七三丁)
(ニ) この事実を見るとき、小島は被告人が供述しているように、本件不動産を小島の手によつて売却できるように阿部百人に図つてやつたことに対する気持が充分に出ているのである。
本来ならば阿部百人に被告人より譲渡してしまつたものであるにかゝわらず、小島の手によつて不動産を売却し莫大な利益を上げ得る機会を小島自身が持つたのであるから、被告人のもうけたら謝礼をくれと云う主張(確かに被告人のこの主張は行過ぎの憾はあるが)に迎合したと云うことは容易に推測されるのである。
しかし、被告人の言動に畏怖して念書(押第六七号の五二)を書いたものであると云う認定は以上の事実からみて、どうしても出来ないものと思料する。
(6) 以上の次第で判示第五の事実については、いづれも被告人は無罪であると思料する。
弁護人は、原審の本件事件についての審理が被告人の高利貸しと云う職業に対する非難とも云うべき態度が見られたことに気付くのである。
たしかに、被告人の行為については責められるべきものもあると思料するのであるが、少くとも判示第一及び判示第五の事実については、今少し、充分な審理をすべきではなかつたかと考えるものである。
また、脱税分についても国税庁はすでに充分なる資産を差押えてあり、その懲収については充分であることを考えるとき被告人に実刑を課すことは余りにも量刑において重きに失するものがあると思料される。
答弁書
恐喝等 児玉誠
右被告人に対する頭書被告事件について、弁護人から提出された控訴趣意書に対し、当審における事実取調べの結果をも検討して、次のとおり答弁する。
昭和五二年一二月七日
福岡高等検察庁
検察官検事 伊津野政弘
福岡高等裁判所第二刑事部 御中
記
一、弁護人の「事実誤認」の主張について
1 赤木一郎に対する恐喝罪について
弁護人は、被告人が赤木に対し、一、〇〇〇万円の貸付を承諾し、赤木のため三一〇万円を代払いしたあと、昭和三八年一二月二七日に現金四八〇万円と一〇〇万円の約束手形及び七〇万円の銀行送金による貸付をして一、〇〇〇万円の貸付をしたことは事実であるのに、これと異る認定をした原判決判示第一の事実は事実誤認であると主張する。
しかしながら、原審の公判記録によると、右主張を裏付ける資料は被告人の供述だけであり、当審による事実取調べの結果によつても、証人佐藤卓己は、被告人に依頼されて現金一、〇〇〇万円を「池彦」料亭に持参して被告人に渡したと供述するにとどまり、後その現金がどのように処分されたかは全く知らないというのである。また、証人中原俊栄は、当審において、当初原審における証言と異る供述をしたが、次回の証人尋問において前回の証言内容を撤回し、原審における証言と同旨の供述に変えている。さきに取調請求した右中原の司法警察員及び検察官に対する各供述調書と当審における証言の全趣旨からみて、同証人の原審における供述が本件の真実にそうものであることが明らかである。
結局、被告人の当審及び原審における供述は信用できず、原判決が判示第一の事実の証拠として挙示している各証拠を総合すれば、右事実は優に肯認できるのであつて、何ら事実誤認はなく、この点の論旨は理由のないこと明らかである。
2 竹田重雄に対する恐喝罪について
弁護人は、本件恐喝の五三万七、〇〇〇円は、竹田が提供した担保物件の山林に対する調査費用が主たるもので、この経費を要求したまでであり、脅迫行為もないと主張する。
しかしながら、この事実関係についての当審の事実取調べは被告人質問以外になされておらず、原判決の認定を覆すべき証拠は何ら顕出されていない。しかして、原判決が本件事実の証拠として挙示した各証拠を総合すれば、原判決の認定に何ら事実誤認の点はなく、結局この点の論旨も採用の限りでない。
3 小島善市から預り保管中の金五〇万円の横領及び同人に対する恐喝について
弁護人は、横領については、小島から五〇万円を預つた事実はないし、恐喝については、小切手は有効な弁済の提供とはいえないうえ、二〇〇万円及び五〇〇万円についても正当な受領権限があり、更に脅迫行為もない旨主張する。
しかしながら、右主張の論拠は、ただ被告人の供述のみであり、原判決挙示の各証拠及び当審における阿部行人、小林政太郎の各供述等を総合すれば、原判決の第四、第五の事実認定は正当であり、所論は理由なく採用すべきものはない。
以上、事実誤認の主張は、いずれも理由のないこと明らかであり、とうてい採用の限りではない。
二、「量刑不当」の主張について
この点については、原審における検察官の論告の趣旨を援用する。結局原判法の量刑は相当と認められ、この点の主張も理由なく棄却すべきものと思料する。
第七回公判期日に公判廷に於て本謄本を被告人、弁護人へ交付した。
裁判所書記官 梅崎英輔