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福岡高等裁判所 昭和51年(う)487号 判決 1977年2月08日

本籍並びに住居

福岡市西区大字金武五二番地

会社役員

樋口徳雄

大正二年三月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年八月五日福岡地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河野美秋提出(同弁護人及び弁護人丸山隆寛連名)の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意(量刑不当)について。

しかし、本件記録、原審及び当審において取調べた証拠に現われている被告人の年齢、経歴、資産及び犯罪の情状並びに犯罪後の情況、とりわけ被告人は樋口産業の名称で砂採取販売業等を営んでいたところ、原判示の如く長男樋口徳一と共謀の上、二か年度に亘り、合計九五四〇万円余の所得のうち、その六割以上を秘匿して合計三五七二万七七〇〇円の所得税を逋脱したものであつて、脱税の規模が極めて大きいこと、青色申告の承認を受けていたにも拘らず敢えて右の如き大規模の脱税に及んだものであり、仕入商品や運賃等の原価を架空計上するなど逋脱の態様も悪質であること等にかんがみるときは、原判決の被告人に対する刑の量定は相当というべきであり、犯行の主たる動機は砂採取後の埋戻し等に要すべき費用の備蓄にあつたものと認められること(尤も、被告人らには右のほかに土地購入の際の裏資金や基準外の交際費用等を捻出する意図もあつたことが認められるので、所論の如く不純な利欲追及の点を全面的に否定することはできない。)、被告人は本件発覚後自己の非を率直に認めて修正申告をなし、また事業の大半を株式会社組織に切り替えて経理の公正化に努めていることその他所論の被告人に利益な事情を十分に参酌しても、右科刑を不当とすることはできない。(なお、所論は原判決が所得税法二三八条二項を適用したことは不当であるというのであるが、被告人の犯行は刑法四五条前段の併合罪を構成するので、原判決は所得税法二三八条一項所定の罰金額を刑法四八条二項に則り合算し、その金額の範囲内で被告人を罰金七〇〇万円に処したものであるから所論は前提を欠くものである。)論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則う本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

検察官 野村幸雄 出席

(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 川崎貞夫 裁判官 堀内信明)

○昭和五一年(う)第四八七号

控訴趣意書

被告人 樋口徳雄

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年八月五日福岡地方裁判所が言渡された判決に対して被告人が申し立てた控訴の理由は次のとおりである。

昭和五一年一〇月一五日

弁護人 河野美秋

同 丸山隆寛

福岡高等裁判所

第一刑事部 御中

原審は、本件事実につき被告人に対して罰金七〇〇万円に処するとの判決を言渡されたが、これは以下述べる情状に照らすとき重きに過ぎるというべきである。量刑不当を主張する。当審におかれては原判決を破毀のうえ、被告人に対してはより寡額の罰金刑を言渡されたい。

一、本件事実が、形式的に所得税法に違反していることについては争いない。

二、しかし、被告人が逋脱したとされている所得税額相当の金員は、通常同種事犯においてみられるように被告人自身の利得として留保されたものではなく、被告人が営んでいた砂利採取業によつて生じた採取後の窪地に関する埋戻し費用として蓄積されたものであつて、それは被告人の事業執行後のあと始末に要する資金の準備金だつたものである。

被告人が砂利を採掘したその跡地の状況については、記録中の現場写真が明確にこれを示しているが、樋口徳一の供述によればその跡地は窪地であつて正常地平面からすれば五、六メートルは低くなつているという。そしてその窪地を埋め戻すことは、その土地を利用するうえでも必要とされることであるがそのうえさらに法律的に義務づけられていることでもある。

すなわち砂利採取法は、その第一条、第一七条等により砂利採取の結果第三者に災害を及ぼしたりすることのないよう規定しているのであり、被告人としては右要請にこたえるため前記写真にみられるように荒廃した砂利採取跡地を埋め、さらにはその埋め戻しによつて生ずるかもしれない水の流れの変化に備えてそのための工事も負担しなければならないことになつたのである。

しかも被告人は、現実に今日その砂利採取地跡地の埋め戻し工事・排水設備工事をしている。その状況は樋口徳一の公判廷供述及び記録上の写真によつて明らかである。以上のことが単なる弁解として述べられているものでないことは御理解頂けると信ずる。

そしてそのことを行うためには、当然のことながら莫大な費用を要するのであり、その見積額は、樋口徳一の試算によればこれを自分の家の使用人等の手によつて行つたとしても一億一五〇〇万ないし一億四五〇〇万円に及ぶと計算されるのであり、そうであればその費用は何としてでも蓄積せねばならないと考えることは至極当然の発想というべきである。

ところがその埋め戻し費用の積立等については、税務行政上問題があるようであり、結果的に言えば、被告人(ら)のこの点に関する見解は税務当局の認めてくれるところとはならず、このため被告人らとしてはその費用の事実上の蓄積を図らざるを得ないと考えるに至つたのであつた。

三、被告人(ら)は、現実に埋戻しをする以前に、そのための費用の積み立てをしたことになつているが、現実に埋戻しをしたのちにこれを経費として控除されるよう求めれば認めてもらえることになつたであろうか。この点についての税務当局の見解も明らかではないが、しかし仮にそれが認められたと前提しても、被告人(ら)としては本件行為時においては、その砂利採取地は糸島郡の本件当時のその土地以外になかつたもので、それを採取し終ればその段階で事業が終了してしまう可能性もあつた訳で、その意味において、その埋戻し経費をその実行にかかつた以後の各事業年度に計上して消化してゆくということは考えられないことなのであつた。

またもし、実際に実行された埋戻し費用が、税務上経費として認容されるものであるならば、一歩を進めてその引当金・積立金を経費に計上することも認められてよかつたと言うべきではないかと考えられる。

四、被告人(ら)は以上の理由から本件行為に出たのであつたが検察官はこの行為に対し「脱税違反は一般的に為りその他の不正行為によつて国家に対する租税債務を免れるものであるから、いわば人を欺罔して財産上不法の利を得・・・という刑法二四六条二項の詐欺罪とも共通する」と厳しく論告された。しかしこれは被告人らの心情に全く思いをいたさぬ形式的・冷酷な見解というべきではなかろうか。被告人(ら)は、金銭の有無にかかわらず是非とも実現せざるを得ない社会的義務としての埋戻し工事を行うための費用確保のため本件行為に出たのであつて、その考えは反社会的思想と言われるものとは程遠いものであつた。そしてそうであればこそ、被告人(ら)はそのように蓄積したものをそのまま帳簿上に累積計上したままにしておりこれを他に費消したりせずにいたと認められるのである。しかも被告人(ら)の脱税方法というものは一見して極めて安直なものであり、ひとたび調査されるやたちまち全容が明らかになつたというもので、その手口において悪質などとも到底言い難い。

五、所得税法第二三八条は、その第一項において罰金額の上限を五〇〇万円とし、第二項は「・・・のときは情状により」その上限五〇〇万円をこえることができる旨規定しているのであり本件における前述の情状に鑑みるとき、これをもつて刑を加重すべき悪い情状と解することはできないものと考える。

以上

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