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福岡高等裁判所 昭和51年(ネ)20号 判決 1978年1月18日

主文

一  控訴人早瀬正徳及び控訴人早瀬早月の本件控訴をいずれも棄却する。

二  原判決中、控訴人宮本剛及び控訴人宮本良子に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人宮本剛に対し金一四六万一〇九五円、控訴人宮本良子に対し金一三一万七〇九五円及び右各金員に対する昭和四八年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  右控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人早瀬正徳及び同早瀬早月らと被控訴人との間に生じた控訴費用は、同控訴人らの負担とし、控訴人宮本剛及び同宮本良子らと被控訴人との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を同控訴人ら、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

一  控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人早瀬正徳に対し金五五五万六三三九円、控訴人早瀬早月に対し金四九九万九一七四円、控訴人宮本剛に対し金四三〇万八二三六円、控訴人宮本良子に対し金四一三万四三〇〇円、及び右各金員に対する昭和四八年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠関係は、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。但し、原判決六枚目裏四行目に「(原告ら)」を挿入する。

理由

一  控訴人ら主張の交通事故が発生し、控訴人早瀬正徳、同早瀬早月らの子である早瀬孝幸、及び控訴人宮本剛、同宮本良子らの子である宮本律子が死亡したこと、右の事故当時本件事故車が被控訴人の所有であつたこと、本件事故車に右早瀬孝幸、宮本律子らが同乗するに至つた経緯並びに本件事故の態様等についての当裁判所の判断は、原判決の理由一及び二の説示と同一であるからこれを引用する。

二  右認定の事実から考えてみると、被控訴人は本件事故車を所有していたところ、その子である崎山肇が熊本工業大学に在学し、卒業研究に車が必要とのことで、事故より一ケ月半前の昭和四八年七月末頃からこれを同人に貸与し、その運行、管理を委ねていたものであるが、これによつて右事故車に対する運行支配が失われないのは勿論、当時右崎山肇と同じく熊本工業大学に在学し同人とも交遊関係にあつた川村武久、早瀬孝幸らが、これを更に借受けドライブに出掛け、本件事故を惹起した際の右事故車の運行についても、なお運行供用者たるの地位を失わないものというべきである。なるほど、崎山肇は事故車の貸与にあたり、短時間の使用のみを予定し、特にその運転についてはスピートを出さず慎重な運転を指示していたのに、右川村武久らは二時間余に及ぶ遠距離のドライブにこれを使用し、しかも時速約一〇〇キロの高速で走行するなど、崎山肇の意に反する無謀な運転をしていること、そしてこのような事故車の運行は所有者である被控訴人の予期しないところであつたと認められるが、右川村武久らが本件事故車を借用するに至つた目的、経緯、同人らと崎山肇との関係、いささか時間は当初の予定を超えることになつたが、ドライブが終れば直ちに返還を予定しての走行であることなどを考え合せると、被控訴人の本件事故車に対する運行支配は未だ失われていないと解すべきである。

三  しかし一方、早瀬孝幸は前記のように同じ大学の友人である川村武久及び同人を通じて知合つた平島孝一と共に、事故当夜、自動車でドライブに出掛けることを計画し、三名相談のうえ、崎山肇から本件事故車を借受け、運転免許を有する川村武久がこれを運転し、燃料が少なくなつていたので、途中ガソリンスタンドで平島孝一が代金を支払つてこれを補給し、また、かなりの距離ドライブをしたところで川村武久がそろそろ帰ろうと提案したのに、他の両名とも賛同せず、本件事故に至るまで更に走行を継続させたことが認められ、これらの事実によると、早瀬孝幸は川村武久及び平島孝一と共に、事故当時本件事故車の運行を支配し、その利益を享受していたものということができるので、右早瀬孝幸も本件事故車の共同の運行供用者に該当するというべきである。

そうすると、早瀬孝幸は自賠法三条にいう「他人」には該当しないので、本件事故により、同人もしくはその父母である控訴人早瀬正徳、同早瀬早月らにその主張のとおり損害が発生したとしても、被控訴人に対しては損害賠償を請求しえないものといわなければならない。

四  他方、宮本律子に関しては、本件事故車に同乗していた他の三名とは異り、当初からドライブに行くことの相談にも、本件事故車の借受けにも加つておらず、前記のように川村武久らが事故車を運転してドライブに出発した直後、たまたま喫茶店での勤めを終えて帰宅途中の同女を見つけ、顔見知りの川村武久に誘われたことからこれに同行したものにすぎず、同女を目して本件事故車の共同運行供用者とするのは相当でない。成立に争いのない甲第一三号証によれば、川村武久が時速一〇〇キロを越す高速で走行していた際、他の同乗者をたわむれに脅すつもりで「事故を起してみんな死んでしまうぞ。」と言つたのに対し、宮本律子において「死んでもかまわん。」と川村武久の無謀運転を更に煽るような言動をしたことが窺われるが、それだけでは本件事故車の運行を支配していたとするには未だ十分でない。

そうだとすれば、被控訴人は自賠三条に基づき運行供用者として、本件事故により、右宮本律子及びその父母である控訴人宮本らが蒙つた損害につき賠償の責めを免れないものというべきである。

五  そこで、控訴人宮本ら関係の損害について検討する。

1  逸失利益

前記認定事実に成立に争いのない甲第一〇号証及び控訴人宮本剛本人尋問の結果を併せると、宮本律子は本件事故当時二一歳で比較的健康に恵まれ、美容師として熊本市健軍町の姫美容院に勤めるかたわら、夜は喫茶店にアルバイトに行つていたことが認められる。ところで、証拠上これら美容院、喫茶店での収入は明らかにされていないが、もし本件事故により死亡することがなければ、六七歳に達するまでなお四六年間は労働に従事し、昭和四八年賃金センサス第一巻第一表の女子労働者の平均賃金(給与月額五万七四〇〇円、年間賞与等一五万六五〇〇円、年額合計八四万五三〇〇円)程度の収入はあげえたものと考えられるので、これから生活費として五〇%の控除をしたうえ、ライプニツツ式により年五分の中間利息を控除してその間に得べかりし利益の現価を計算すると、七五五万六九八二円となる。そして、控訴人宮本剛、同宮本良子らの法定相続分はそれぞれ二分の一であるから、控訴人宮本らの各承継分は三七七万八四九一円となる。

2  葬祭費等

成立に争いのない甲第二四ないし第二六号証、控訴人宮本剛本人尋問の結果及びこれによりその成立を認めうる甲第二七ないし第三一号証によれば、控訴人宮本剛は宮本律子の死亡にともない、その主張のとおり葬祭費、死体検案料、遺体輸送費等に合計二四万八〇〇〇円余の出費をしていることが窺われるが、そのうち少くとも二四万円は本件事故による損害と認めるのが相当である。

3  慰藉料

前記認定事実によると、控訴人宮本剛、同宮本良子らは本件の悲惨な事故により、ようやく二一歳に達し美容師として社会に出たばかりの娘を失い、非常な精神的苦痛を蒙つたであろうことは十分推察できる。ただ、本件事故発生(昭和四八年九月)当時の一般的な基準等を考慮すると、その慰藉料額は控訴人宮本らにつきそれぞれ二五〇万円とするのが相当である。

4  過失相殺

すでに見たように本件事故は女性を含む若者達の深夜のドライブにおける暴走の結果である。そして宮本律子は前述のとおり途中から誘われてドライブに参加した、いわゆる無償同乗者であるが、川村武久の時速一〇〇キロを越す無謀な走行に対し、女性としてこれを制止するどころか、却つてこれを煽るような言動をしたことは前記のとおりであるところ、その言動が本件事故の発生について、なにがしかの影響を及ぼしたことは否定できず、本件事故の発生については被害者である宮本律子にも過失があつたというべきであるから、損害の負担の衡平といつた面からも四〇パーセント程度の過失相殺はやむをえないものと考える。そうすると、前記損害の合算額は控訴人宮本剛につき六五一万八四九一円、控訴人宮本良子につき六二七万八四九一円であるが、これから四〇パーセントを控除すると、前者において三九一万一〇九五円、後者において三七六万七〇九五円となる。

5  損害の填補

ところで、控訴人宮本らは右損害につき自賠責保険から各二五〇万円の支払を受けた旨自認しているので、これを前記金額から差引くと、結局、被控訴人に対し請求しうる損害額は控訴人宮本剛が一四一万一〇九五円、控訴人宮本良子が一二六万七〇九五円となる。

6  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過に認容額等を考慮すると、控訴人ら主張のそれぞれにつき五万円の弁護士費用は本件事故と相当因果関係にあるものと認める。

四  そうすると、被控訴人は、控訴人宮本剛に対し右合計金一四六万一〇九五円、控訴人宮本良子に対し金一三一万七〇九五円、及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四八年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  以上のとおりであるので、被控訴人に対する本訴請求中、控訴人早瀬正徳、同早瀬早月らの請求は失当として棄却を免れないが、控訴人宮本剛、同宮本良子らの請求は右の限度で理由があるものとして認容し、その余を失当として棄却すべきである。そうすると、原判決中控訴人早瀬正徳、同早瀬早月らの請求を棄却した部分は正当であつて、同控訴人らの本件控訴は理由がないのでこれを棄却するが、控訴人宮本剛、同宮本良子らの関係では原判決は失当であつて、同控訴人らの本件控訴は一部理由があるので、原判決を前記の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九五条、九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊 権藤義臣 松尾俊一)

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