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福岡高等裁判所 昭和51年(行コ)19号 判決 1982年4月27日

控訴人

北九州市長

谷伍平

右訴訟代理人

苑田美毅

山口定男

立川康彦

右指定代理人

有本恒夫

外六名

被控訴人

三村清正

被控訴人

牧野茂夫

被控訴人(亡早川進訴訟承継人)

早川アキノ

外三名

右被控訴人ら訴訟代理人

谷川宮太郎

鎌形寛之

福井泰郎

吉田雄策

石井將

右訴訟復代理人

市川俊司

主文

一  控訴人の被控訴人三村清正に対する控訴を棄却する。

右被控訴人に関する控訴費用は控訴人の負担とする。

二  原判決中被控訴人牧野茂夫、同早川進に関する部分を取消す。

被控訴人牧野茂夫及び亡早川進訴訟承継人被控訴人早川アキノ外三名の請求をいずれも棄却する。

右被控訴人らと控訴人間の訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。<以下、事実省略>

理由

第一請求原因(一)及び(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件訴訟が当審に係属中の昭和五二年一〇月二六日に被控訴人早川進が死亡し、その妻である被控訴人早川アキノ、長男である同早川慎治、二男である同早川芳則、三男である同早川清正において共同相続をしたことは、右被控訴人らと控訴人間に争いがなく、本件記録に編綴の戸籍謄本によつてこれを肯認することができる。そうすると、右被控訴人らは被控訴人早川進が懲戒処分の取消を求めて提起した本件訴訟を承継するものというべきである。

(被控訴人早川進は右のようにすでに死亡しているが、便宜上なお「被控訴人早川進」あるいは単に「被控訴人早川」と記載する。)

第二そこで、控訴人主張の懲戒処分事由について順次判断することにする。

一一〇月八日の争議行為に至る経緯

二小倉西清掃事務所における争議行為とその影響<省略>

三一〇月八日の被控訴人らの各行為について

(一)  職場集会中の詰所への入室阻止行為等

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

小倉西清掃事務所における一〇月八日の職場集会は、前記のとおり市労が決定したストライキの指令に基づくものであるところ、被控訴人三村清正は市労本部の執行委員・青年部長として、同じく市労本部の書記長である下原広志と共に、当日は勤務先の同事務所における争議行為の指導に派遣されたものであり、また、被控訴人早川進は市労小倉支部の支部長として、被控訴人牧野茂夫は同支部の執行委員として、いずれも右職場集会の実施につき指導的役割を担つていたものである。

そして右職場集会は、同日午前八時前後に同事務所作業員詰所の二階に組合員約一〇〇名が参集したが、被控訴人らにおいて、組合員らに対する職務命令書を一括して返還しようとしたり、清掃指導員らにも集会への参加を呼びかけたりしていたため、実際には午前八時一〇分近くになつて、被控訴人早川の司会により開会されたもので、まず前記下原広志が市労本部役員を代表して、次いで小倉支部副支部長の後藤基治が同支部の役員を代表して、それぞれ挨拶ないし情勢の報告等を行ない、最後に被控訴人三村が、今後市労青年部が組合の先頭に立つて活躍しなければならないなど演説して、午前八時五七分ごろ集会を終つたものである。

これに対し同事務所では、午前八時、始業ベルが鳴るとすぐ、同事務所副所長中畑敬雄、業務第一係長松井三郎、業務第二係長下原万亀雄は、清掃指導員数名と共に、平常どおり作業員を作業配置(名札板の手割)するため、作業員詰所に行き、裏入口から詰所内に入ろうとしたところ、組合員に集会への参加呼びかけなどをしていた被控訴人三村、同早川、同牧野そのほか数名が同入口に立ちふさがり、「今から集会をするので入らんでくれ。」などと言つて入室を妨害し、更に、その間をすり抜けてひとり下原係長が詰所内に入つたが、被控訴人三村から「入つてもらつては困る。手割は九時からにしてくれ。」と言われ、すぐに外に押し出された。

その後間もなく、午前八時三分ころ、被控訴人三村は、組合員に前日交付された前記職務命令書をとりまとめて同事務所の右詰所とは別棟の事務室に持参し、所長大津正にこれを一括して返還しようとしたが、同所長が受取りを拒絶したため、右職務命令書の束をそのまま庶務係長の机に置いて帰つた(この点につき、被控訴人牧野は自分が右職務命令書の返還に行つたもので、被控訴人三村は行つていないと供述するが、にわかに措信できない。)。

これに前後して、被控訴人牧野は右事務室に赴き、同じ市労の組合員であつて集会に参加していない清掃指導員らに対し、集会参加を呼びかけ職務放棄をそそのかしたが、同人らが一向これに応じなかつたところから、今度は被控訴人早川において右事務室に赴き、再度指導員らに集会参加、職務放棄を呼びかけるとともに、右集会の目的、今後の行動等について報告を行つた。そのとき被控訴人早川は、大津所長から職場集会を中止し勤務に就くよう指示を受けたが、全国の統一行動であるとしてこれを拒否した。しかし、さきに被控訴人三村が置いて行つた職務命令書の束は、同所長から持ち帰るよういわれ、被控訴人早川がこれを持ち帰つた。

その後、午前八時一五分ごろ、中畑副所長が事務室からマイク放送により、職務命令が出ているので直ちに職場集会をやめて作業に就くよう、三回にわたり繰り返し職務命令を伝えたところ、職場集会はすでに開会されて下原書記長において演説中であつたが、右集会の進行が妨害されたとして、被控訴人三村、同早川が集会中の詰所から事務室にかけつけ、所長及び副所長に対し「なんであんな放送をするか。集会を邪魔する気か。こんどやつたら線を切つてしまうぞ」などと言葉激しく、こもごも抗議した。

そのうち午前八時三〇分ごろ、始業時もかなり経過し、清掃車(トラック)が湯川の車庫から同清掃事務所構内に到着しはじめていたので、所長、副所長、松井、下原両係長が指導員らを伴つて、再び作業配置のため詰所に行き、裏入口から入ろうとしたところ、扉は内側から長椅子などがバリケードを築いたように立てかけられており、開かなかつた。そこで所長らは詰所の表入口に廻り、そこから入室しようとしたが、被控訴人三村が扉の取手を強く握つていて開けようとせず、扉をはさんで「開けよ」「開けない」の押し問答のすえ、所長らが強引に扉を開けて入室したところ、被控訴人三村、同牧野らそのほか約二〇名の作業員がおり、被控訴人三村において「話を聞いてもらつたら困る。早く出てくれ。」と所長の背中を押して詰所の外に出し、また、右作業員らが「早く出ろ。」と騒ぎはじめたので、副所長らも作業配置を断念して外に出た。

さらに午前八時五〇分ごろ、中畑副所長、松井、下原両係長は指導員らを伴つて、作業配置のため詰所に行き、表入口から入室しようとしたところ、やはり被控訴人三村が扉の取手を握つていて、開かないようにしており、副所長と被控訴人三村において「勤務時間中だから入室を阻止する権限はないはずだ、入れろ。」「おれたちの理論では入れることはできん。」などと言い合つていたが、そのうち被控訴人三村が、作業員の竹村信芳ひとりに入口をまかせて、詰所二階の集会に上つたため、副所長らはようやく表入口の扉を開けて中に入り、名札板の手割による作業配置を行うことができた。

そして午前八時五七分ごろ、職場集会を終るに際し、被控訴人三村は集会参加者に対し「今日はどうせ賃金カットされるのだから仕事を残せ。超勤はするな。」などと呼びかけ、また、被控訴人牧野も、作業に就くため同事務所構内に出た作業員らに対し「今日は一切超勤するな。」などと呼びかけた(もつとも、被控訴人らの「仕事を残せ」「超勤はするな」の呼びかけは、約一時間に及ぶ職場集会により、すでに当日の作業に未処理部分を生ずるような事態になつており、それを超勤その他によつて平常以上の作業をして、当日の作業予定を無理に処理する必要はないと述べた趣旨に解され、それ以上に怠業を呼びかけたものとは断じがたい。)。

<反証排斥略>

(二)  清掃車借用についての抗議行動<省略>

四一〇月二六日の紛争に至る経過<省略>

五一〇月二六日の抗議行動<省略>

第三次に被控訴人らは本件懲戒処分につき、根拠法令の違憲性、適用の誤り等を主張するので一括して判断する。

一被控訴人らは、地公労法一一条一項による争議行為の禁止は憲法二八条に違反し無効である、仮にこれが合憲としても、本件争議行為は短時間の業務の停止であつて市民生活に影響を及ぼさず、地公労法一一条一項の禁止する争議行為に該当しないと主張する。

しかし、地公労法一一条一項と同旨の規定である現行の国家公務員法九八条二項、地方公務員法三七条一項及び公共企業体等労働関係法一七条一項がいずれも憲法二八条に違反するものでなく、右各条項が公務員及び公共企業体職員の争議行為を一律全面的に禁止するものと解すべきことは、最高裁判所の判例(国家公務員につき昭和四三年(あ)第六七八〇号、昭和四八年四月二五日大法廷判決刑集二七巻四号五四七頁、昭和四七年(行ツ)第五二号昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決民集三一巻七号一一〇一頁、地方公務員につき昭和四四年(あ)第一二七五号昭和五一年五月二一日大法廷判決刑集三〇巻五号一一七八頁、昭和五一年(行ツ)第一〇五号昭和五二年一二月二三日第二小法廷判決裁判集一二二号六二七頁、公共企業体職員につき昭和四四年(あ)第二五七一号昭和五二年五月四日大法廷判決刑集三一巻三号一八二頁、昭和五一年(行ツ)第七号昭和五三年七月一八日第三小法廷判決民集三二巻五号一〇三〇頁、昭和五三年(オ)第八二八号昭和五六年四月九日第一小法廷判決民集三五巻三号四七七頁)であり、少くとも本件の如き争議行為禁止に違反した職員の身分上の責任を問うについては当裁判所もこれに従うのが相当と解するところ、右判例の法理は地公労法一一条一項にも妥当し、特に異別に解すべき理由もないと判断されるので、被控訴人らの右主張は採用することができない。

二更に被控訴人らは、控訴人が本来地方公共団体と職員各個人間の個別的勤務関係を前提に、その職員各個人の義務違背に対する制裁として行われるべき懲戒処分につき、集団的組織的労働関係を対象とする地公労法一一条一項の争議行為禁止規定を適用することは誤りであり、また、争議行為は労働組合の統一集団行動であつて、個々の組合員の行為の集積でなく、個人的行為に還元できない異質のものであるから、たとえ違法な争議行為であつても、それに参加したことの故をもつて、組合役員や一般組合員が制裁を受ける筋合にはないとも主張する。

しかしながら、一般に労働者の争議行為が使用者の懲戒権を排除できるのは、その争議行為が目的及び態様において正当と認められる場合に限られると解されるところ、地公労法の適用を受ける職員の争議行為が認められないこと前記のとおりであるから、職員が争議行為に伴い事実上使用者の業務上の管理を離れ、組合の管理に服したとしても、労働契約関係の適法な一時的消滅とみることはできず、右争議行為を組成した個々の職員の行為が労働契約上の義務違背と評価され、それが企業秩序を乱すものと認められるとき、個別的労働関係上の規制を受け、懲戒処分の事由となることは避けがたいところであり、また、労働関係の法的特殊性を考慮しても、個々の職員の行為が争議行為という集団的行為の中に解消し、何らの法的考慮の対象にもならないと解することはできない。被控訴人らのこの点の主張も採用できない。

第四そこで、被控訴人らの前記各行為の懲戒処分事由該当の有無について考えてみる。

一被控訴人らの一〇月八日における行為の評価

(一)  一〇月八日の小倉西清掃事務所における勤務時間内の職場集会は、被控訴人らの所属する市労が自治労の決定した方針に従い、一〇月八日の始業時から一時間のストライキを行うことを決定し、右決定に基づいて同清掃事務所の作業員詰所二階で、実際には始業時午前八時から同八時五七分まで開催されたものであるが、被控訴人らが清掃作業員約一〇〇名と共にこれに参加し、かつ、組合役員として右集会を主宰し指導したこと、そして、右集会とこれに引続いて行われた清掃車借用についての抗議行動によつて業務の阻害を生じたことは前記のとおりである。

そして、市労が右ストライキの実施を計画して後、控訴人は市労に対し、職員がストライキを行うことは違法であるから中止するよう警告書を発するとともに、職員個々人に対しても、同様の警告書と職務命令書を交付して、当日職務に服するよう命じていたところ、被控訴人らはこれに違背して職務を放棄したものである。

また、被控訴人らは右の違法争議を実施するに際し、同清掃事務所の所長以下管理職が、清掃作業員らに就労を命ずるとともに、その作業配置をすべく作業員詰所に入室しようとしたところ、被控訴人三村は三度、被控訴人早川、同牧野はそのうち一度、右入室を実力をもつて阻止したものであり、その違法であることはいうまでもなく、更に、被控訴人三村、同早川のマイク放送に対する抗議も、違法な争議行為の中止を呼びかけ、職員に就労を指示する中畑副所長の正当な職務行為に対するものであつて、その発言内容とともに違法たるを免れない。

(二)  次に、被控訴人らは一〇月八日の右職場集会に引続き、小倉西清掃事務所が清掃車を他から借用したことに対し、やはり勤務時間内にその職務を放棄して抗議行動を行つたものであるが、その違法であることについては原判決七五枚目裏二行目から同七六枚目表八行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。

右の抗議に際して、被控訴人三村が所長の机上のガラスを手拳で激しく叩いた行為は、そのためガラスに新たな破損を生じたとまでは認めえないこと前記のとおりであるが、抗議の際の発言内容の粗暴さと相まつて、その違法であることは明白である。

二被控訴人らの一〇月二六日における行為の評価

(一)  一〇月二六日午前の小倉西清掃事務所における当局側による出退勤確認のための名札点検の実施に反対し、これを阻止すべく行われた市労の決定に基づく勤務時間内の職場集会、引続き行われた職務を放棄しての抗議行動といつた一連の争議行為に、被控訴人らがいずれも参加し、組合役員として指導的役割を果したことは前記のとおりであるが、その違法であることについては、もともと地公労法一一条一項により争議行為そのものが許されていないことのほか、原判決七六枚目裏二行目から同七九枚目表八行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。

(二)  更に被控訴人三村は、同日午後退庁時前に同清掃事務所が早速実施に移そうとした名札の点検を粗暴な言動をもつて妨害したものであるが、前記のとおり、出退勤確認のための名札点検の問題については、同清掃事務所は当初一〇月二六日から実施方針ではあつたが、当日、所側と市労の代表者との話合の結果、近日中に改めて交渉するとの合意ができ、その際、所側からは同日の点検を中止する旨の明言はなかつたが、右交渉に加つた被控訴人早川においてこれを点検中止と速断し、被控訴人三村ほか組合員に後日改めて交渉するのでそれまで点検の実施はない旨報告していたことから、被控訴人三村としては所側が合意を無視して一方的に点検を強行するものと憤慨し、右の妨害行動に出たものであることが窺われるが、本来当局の管理運営事項につき、合意の内容を十分に確認することなく直接妨害行動に出たことは、その発言内容、妨害の態様と併せて違法であることに疑問はない。

三被控訴人らの前記各行為の該当法条

地方公務員法は、同法二七条三項において「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。」旨、職員の身分保障をはかるため懲戒処分事由を限定しているが、その処分事由としては同法二九条一項が「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。」とし、地公法等の法律又はこれに基く条例、規則もしくは規程に違反した場合(一号)、職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合(二号)、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合(三号)を列挙しているところ、また同法は職員の服務義務として、三二条が法令等及び上司の職務上の命令に従う義務を、三三条が信用を失墜する行為の避止義務を、三五条が職務に専念する義務をそれぞれ規定している。

(一)  そして右によれば、一〇月八日における被控訴人らのいずれも職務放棄を伴う職場集会及び清掃車借用に対する抗議行動への参加が、争議行為を禁止した地公労法一一条一項に該当するとともに、上司の職務命令に従う義務、職務専念義務を定めた地公法三二条、三五条に違反することは明らかであり、また、その際行われた被控訴人らによる管理職の作業配置のための入室阻止、被控訴人三村、同早川によるマイク放送への抗議、更には被控訴人三村が所長の机上のガラスを激しく叩いての抗議は、信用失墜行為の避止義務を定めた地公法三三条に違反するものと解され、いずれも同法二九条一項一、二号の懲戒事由に該当することになる。

(二)  次に、一〇月二六日における被控訴人らの勤務時間内の職場集会及び引続き職務を放棄して行われた抗議行動への参加が、地公労法一一条一項及び地公法三二条、三五条にそれぞれ違反し、また、被控訴人三村による同日退庁時の名札点検実施に対する妨害行為が地公法三三条に違反するものと解されること前同様であり、したがつて、いずれも同法二九条一項一、二号の懲戒事由に該当することになる。

第五次に被控訴人らの懲戒権濫用の主張について検討する。

一ところで、地公法二九条一項は前記のとおり「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。」として、四種の懲戒処分を定めているが、同法は、職員に同法所定の懲戒事由がある場合、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、これを行うときいかなる処分を選択すべきかを決するについて、公正であるべきこと(二七条一項)、平等取扱いの原則(一三条)及び不利益取扱いの禁止(五六条)に違反してはならないことを定めている。そして、その他の点については具体的な基準を設けておらず、懲戒権者が懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該職員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合して行う判断に委ねられ、その裁量に任されているものと解される。したがって、右の裁量はもとより恣意にわたることをえないものであるが、懲戒権者が右裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

二そこで、被控訴人らに対する控訴人の裁量権行使の当否を考えてみるに、被控訴人らの一〇月八日、一〇月二六日両日の各勤務時間内の職場集会とこれに続く各抗議行動は、それ自体、地公労法一一条の争議行為の禁止に違背し、あるいは同法七条にいう管理運営事項についての抗議行動として違法であるにとどまらず、約一時間及び一時間三〇分に及ぶ職務の放棄により、それぞれ前記したような業務の阻害を現に生じており、被控訴人らは組合役員としてこれに参加し、かつ、指導的役割を担当したのであるから、その責任は軽視しえないものがある。しかもその際、被控訴人らは、一〇月八日には管理職の正当な業務である作業配置のための入室を実力をもつて阻止し、あるいは粗暴な言動をもつて抗議を行つているのである。これらの事実からすれば、右各職場集会、抗議行動に至る事情、経過等につき被控訴人らの主張するような諸点を考慮したとしても、少くとも被控訴人早川、同牧野に対する各停職三月の処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとまでは認めがたい。

三(1) これに対し、被控訴人三村に対する処分は懲戒免職であるところ、懲戒免職が被処分者から職員たるの地位を剥奪し、本人及び家族の生活の基盤を危険にさらすのみならず、地方公務員等共済組合法一一一条一項、同法施行令二七条一項二号により長期給付金のうち一定割合について支給を受けえないものとし、社会的、経済的に極めて重大な不利益をもたらすものであり、停職処分との間に格段の差があることはいうまでもない。

(2) しかして、被控訴人三村が一〇月八日、一〇月二六日両日の各職場集会及びこれに続く抗議行動に、いずれも組合役員として参加し、指導的役割を果したことは前記のとおりである。そして、被控訴人三村と他の被控訴人らの違いは、被控訴人三村は本部役員である執行委員、青年部長であり、他の被控訴人らは支部役員であつたこと、そのためか、被控訴人三村は一〇月八日の管理職の作業配置のための入室阻止行為に他の被控訴人らより激しいものがあり、また、抗議行動等において先頭に立つことが多く、その言動により激しいものが認められること、一〇月二六日退庁時の名札点検実施についての妨害行為が加わつていることである。なお、一〇月八日のガラスの破損については、その確証がないこと前記のとおりであり、もともと、所長に抗議を行うに際し、感情の激するあまり右手拳で机上を叩いたにとどまり、故意にガラスを破損しようとしたものではないと認められる。また、右名札点検実施についての妨害行為も、その目的、態様からして許されないものであることはいうまでもないが、被控訴人早川からの報告により、事務所側との話合の結果、改めて交渉がなされるまで名札点検の実施は見送られたものと速断して、事務所側の約束違背として抗議に及んだものであると認められる。以上によれば、被控訴人三村の懲戒処分該当事由は他の被控訴人らのそれよりはいささか情状が重いものと考えられる。

(3) さらに、控訴人は当審において、被控訴人三村に対する懲戒免職が裁量権の範囲を逸脱していないことの判断材料として種々の事実を主張するところ、<証拠>によれば、被控訴人三村が日頃から勤務態度が悪く、出退勤の時間を遵守せず、これに対し指導員らが注意すると暴言をもつて反抗することが多く、当局の作業計画、方針等に批判的であり非協力であつたこと、そして、昭和四二年一〇月一四日の作業終了時間が若干遅れたことに端を発した古清水指導員に対する反抗、昭和四三年二月一九日の風呂わかし当番に予定されていた非組合員を作業配置につけたことに対する妨害行動、同年三月二日の中畑副所長を誹謗する大量のビラ等の貼付など、一応控訴人主張のとおりであつたことが認められる。しかしながら、被控訴人早川、同牧野の過去の行状については後記懲戒処分の前歴以外にはその判断資料がない。

(4) ところで、<証拠>によれば、市労本部の決定に基づき行われた一〇月八日の争議行為に関連して、控訴人から懲戒処分を受けた者は合計九四名に及ぶが、被控訴人ら三名を除き、他は一名が減給、九〇名が戒告であつて、いずれも軽い処分にとゞまつており、さらに、被控訴人らの懲戒事由となつた現場にあつてこれらの争議行為を直接指導した市労本部書記長下原広志は何らの処分も受けていない(もつとも、<証拠>によれば、同人はこれよりさき昭和四三年五月二四日停職六月の懲戒処分を受け、当時その停職中であつたことが認められる。)ことが認められる。

そして、<証拠>によれば、被控訴人三村はこれまでに昭和四一年六月一日に減給六〇〇円、昭和四三年五月二四日に停職三月の各懲戒処分を受けた前歴があることを認めることができるが、一方、<証拠>によれば、被控訴人早川は昭和四一年六月一日に停職一月、昭和四三年五月二四日に停職一月の各懲戒処分を受け、被控訴人牧野は昭和四三年五月二四日に停職三月の懲戒処分を受けたことを認めることができる。

(5) 以上によつて、被控訴人三村に対する免職処分についてみるに、前記のとおり地公法二七条は懲戒処分の選択について平等取扱いの原則に違反してはならないことを定めているところ、前記(2)のとおり被控訴人三村は他の被控訴人らよりいささか情状が重いのであるが、被控訴人三村の激しい言動についてもその場に居合わせた他の被控訴人らも共同の責任を負うべきものであることを考えると、他の被控訴人らが停職三月の処分に止まり、また下原広志が何らの処分も受けていないことに対比すると、被控訴人三村を懲戒免職に当るとすることは右平等の原則上問題があるものというべく、さらに、被控訴人らが指導的役割を担当して本件争議行為をした職員は単純労務職員でその争議による滞貨も民間からの車借上等により処理できたものであり、その職務の公共性の弱いものであること等諸般の事情を総合すると、被控訴人三村に対する本件懲戒免職処分は社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を逸脱したものというべきである。

第六結論

以上の次第で、控訴人のなした本件各懲戒処分のうち、被控訴人三村に対する懲戒免職は違法というべきであるから、その取消を求める同被控訴人の請求は理由がありこれを認容すべきものであるが、被控訴人早川、同牧野に対する停職処分はいずれも適法であつて、その取消を求める右被控訴人早川進の訴訟承継人である被控訴人早川アキノ外三名及び右被控訴人牧野らの請求は失当であるから、いずれもこれを棄却すべきものである。そこで、原判決中被控訴人三村に関する部分は相当であつて、控訴人の同被控訴人に対する控訴は理由がないのでこれを棄却し、被控訴人牧野、同早川に関する部分は、結論を異にし失当であるからこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき、被控訴人三村の関係では民訴法九五条、八九条を、被控訴人牧野及び被控訴人早川進訴訟承継人らの関係では同法九六条、八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 権藤義臣 日高千之)

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