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福岡高等裁判所 昭和52年(ム)7号 判決 1979年4月26日

再審原告 上田典弘

再審原告 辻塚弘行

右訴訟代理人弁護士 後藤信夫

同 遠藤光男

同 後藤徳司

再審被告 古野武士

右訴訟代理人弁護士 阿部明男

同 松本洋一

同 多加喜悦男

主文

一  再審原告らの再審請求は、いずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は再審原告らの負担とする。

事実

再審原告ら訴訟代理人は、「一原判決を取消す。二再審被告の請求を棄却する。三訴訟費用は再審被告の負担とする。」との判決を求め、再審請求の原因として、次のとおり陳述した。

一  再審被告は昭和四五年一二月二四日再審原告ら外四名(嶋田速夫、嶋田敬夫、古賀次郎、若菜次市)を相手取り、福岡地方裁判所小倉支部に対し、別紙物件目録(一)(二)の土地について、所有権移転登記手続請求の訴えを提起したが(同庁昭和四五年(ワ)第一二一一号)、再審原告らに関しては、その所有の土地につき、登記簿上再審原告らの所有名義になっているものの、実質的な所有権は全て嶋田敬夫に属しており、再審被告は昭和四四年六月七日同人から右の土地を買受け所有権を取得したことを原因として、売買に基づく所有権移転登記手続を求める、というものであった。

二  そこで、再審原告らは、前項訴訟に応訴するに当り、昭和四六年二月頃訴訟用委任状を自署作成し、相当事者である嶋田敬夫にこれを交付することにより、第一審の訴訟代理人の選任手続の一切の権限を同人に委託し、同人は福岡弁護士会所属弁護士甲野一郎を再審原告らの第一審訴訟事件の訴訟代理人に選任した。

しかして、同弁護士は、前項訴訟において、再審原告らが当該土地について所有名義人となっているのは形式上のものであり、実質的な所有権は嶋田敬夫にあることを自認すると共に、再審被告の主張する売買が再審被告側の債務不履行によって適法に解除された旨主張したが、右主張は裁判所の容れるところとならず、昭和四九年九月一七日再審被告の請求を全部認容する旨の一審判決が言い渡された。

三  これに対し、甲野弁護士及び控訴審以後追加選任された福岡県弁護士会所属弁護士乙山二郎は、再審原告らの訴訟代理人として、同年九月三〇日福岡高等裁判所に控訴提起の申立をなし(同庁昭和四九年(ネ)第五六九号)、更に昭和五一年六月下旬頃最高裁判所に上告提起の申立をなした(同庁昭和五一年(オ)第一〇三一号)が、控訴棄却、上告棄却の各判決が言渡され、該判決は確定した。

四  しかしながら、前項控訴審、上告審の各訴訟手続は、以下に述べる事情のとおり、授権に欠缺がある訴訟代理人によって追行されたものであり、無効である。即ち、嶋田敬夫及び甲野弁護士らは一審判決の結果及びそれ以後の訴訟経過を再審原告らに通知しなかったため、再審原告らは一審判決の結果はもとよりその後の訴訟経過を全く関知しなかったが、嶋田敬夫は、控訴、上告に当り、再審原告らの訴訟用委任状の偽造又は騙取を企図し、再審原告辻塚につき、同人を欺罔して控訴審における甲野弁護士宛の委任状一通を騙取した外、再審原告上田、同辻塚につき、控訴審、上告審における甲野弁護士及び乙山弁護士宛の委任状をそれぞれ偽造し、当該委任状が恰も真正に成立したように装って同弁護士らにこれを交付し、同弁護士らは右の委任状に基づいて控訴審及び上告審における訴訟手続を追行したものである。

従って、控訴審以降における再審原告らの訴訟手続は、全て授権に欠缺がある訴訟代理人によって行なわれたもので無効であり民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の再審事由がある場合に該当するが、再審原告らは、本件再審において、これら手続のうち、控訴提起の申立手続に限り、これを追認するから、結局、本件は適法な控訴提起がなされたまゝ今なお控訴審に係属中の状態にある、といわなければならない。

しかして、本件係争物件の所有権は、嶋田敬夫独りに帰属するものではなく、形式的にも実質的にも、再審原告らと嶋田敬夫との共有に属するものであるから、これが嶋田敬夫独りに属することを前提とする再審被告の請求は失当であり棄却を免れない。

よって、原判決を取消し、再審被告の請求の棄却を求めるため本件再審に及ぶ次第である。

五  なお、訴訟行為の追認について付言するに、およそ、無権代理人の訴訟行為のうち、或る種の行為のみを限定して追認することが許されるか否かについては議論があるが、控訴の提起行為のように原判決の誤謬の是正を求める行為は、他の訴訟行為と切り離して独立の意味を持つものであるから、それのみに限定して追認を認めたとしても、なんら訴訟の混乱を来す余地がない。従って、控訴の提起行為に限り、これを限定して追認することは許される、と解すべきである。

再審被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、再審原告ら主張の再審請求の原因第一ないし第三項の事実は認めるが、第四項の事実は否認する。第五項の主張は争う、と答え、次のとおり陳述した。

一  訴訟委任について

再審原告らは、再審被告が原告となり再審原告両名ほか四名を被告として提起した訴訟事件(福岡地方裁判所小倉支部昭和四五年(ワ)第一、二一一号事件)につき、以下のとおり、その訴訟追行の訴訟代理人の選任手続を共同被告の一人である嶋田敬夫に全審級を含めて委任していたとみることができるから、同人が再審原告らの委任に基づいてした、甲野弁護士外一名に対する右訴訟事件の控訴審、上告審の訴訟委任は有効である。即ち、

1  本件の係争土地の登記簿上の所有名義人は、再審原告両名のもの、その他の四名の者となっているが、嶋田敬夫が全ての土地につき管理処分をなす権限を有し、本件土地をいかなる条件で処分し、どれだけの利益を得るかも嶋田に一任されていたところから、同人は、右土地をその一存で再審被告に売渡す契約をなした。

ところが、右売買契約の効力をめぐって紛争が生じ、その有効なことを前提として、再審被告が各土地の所有名義人たる再審原告両名外四名を相手として処分禁止の仮処分命令の申立をなし、その旨の仮処分決定を得、更には売買を原因とする所有権移転登記手続請求の訴を提起したことより、再審原告両名を含むその余の関係人が本件土地の処分をめぐって紛争の生じたことを知った。

しかしながら、本件土地の売買等の処分は、前記のとおり、嶋田がこれを自由になしうる立場にあり、その余の者たちも、同人に万事を委せていたため、同人より再審被告との間の紛争は、自分の信頼する弁護士に訴訟委任をして有利に解決する旨を告げられるや、再審原告両名を含め全員が、嶋田に本件訴訟事件の追行をなす訴訟代理人の選任を一任するに至ったものである。

2  また、本件訴訟事件の追行の訴訟委任を嶋田に全審級を通じて任せていたからこそ、嶋田がどのような弁護士を代理人に選任しているかについて再審原告両名らは関心を示さず、また弁護士に対し直接事件についての問い合わせもしなかった。

嶋田自身についても、前記のとおり本件土地の処分に関する権限が自分にあり、本件訴訟事件の追行も再審原告両名らから委されていたからこそ、第二審の訴訟代理人の選任についても、あらためて、再審原告両名らの了解をうることなく、第一審手続における選任手続の延長としてなしたものである。

3  とりわけ、嶋田が第一審手続において、甲野弁護士に訴訟委任をなすことを再審原告両名に告げ、その了解を得ていたのであるから、第一審判決が敗訴となれば、再審原告両名を含む全員の利益のために右判決に対し控訴の申立をなす必要があり、そのため第一審手続を担当した甲野弁護士に控訴審手続の訴訟委任をなすことは、右弁護士とは別の代理人を選任するのとは異り、再審原告両名の意思にも適合するところといわなければならない。

このことは、第二審判決に対する上告申立をなすため甲野弁護士に再度訴訟委任したことにもあてはまるものである。

4  再審原告両名が再審事由と主張しているところは、究極のところ、嶋田敬夫が、本件土地訴訟事件につき、第一、二審の訴訟の経過、訴訟の結果を報告せず、秘密にしていたという不満につきるものというべきであるから、形式的には民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の主張ではあるが、その実質は、右再審事由には該当しないというべきである。

二  訴訟行為の追認について

1  一般に無効な訴訟行為の追認は、訴訟行為の全体につきなすべきものであって、手続中の個々の訴訟行為を選択してなすことは、訴訟行為の連続性、連鎖性に鑑み不適当であるから許されないと解すべきである。そうでないと過去の訴訟手続をそのまま活かすことにならないからである。

2  しかして右の法理に例外はないのであって、例えば、代理権(特に法定代理権)の欠缺が、訴訟要件の欠缺にあたる場合においても、訴訟要件の存否についての判断の当否を争う機会を保障する観点から、控訴提起それ自体を却下することは許されず、代理権又は能力の欠缺があるまゝの状態で適法に控訴を提起できるものであり、殊更に控訴提起行為のみを追認してこれを有効とする必要はない、と解すべきである。

3  本件第一審訴訟手続においては、再審原告両名は、甲野一郎弁護士によって適法な訴訟追行がなされており、何らの瑕疵もない。

従って、右弁護士の控訴申立を含む第二審の訴訟手続につき、同弁護士に代理権を授与していないことを理由としたうえで、右控訴の申立のみを追認することは、許されない。そうだとすれば再審原告両名が追認をしない場合には、第一審判決が適法に確定し、追認をする場合には、控訴審における訴訟行為が一括して有効となるので、いずれの場合も再審事由がないこととならざるをえない。

三  以上のとおり本件再審請求は、その理由のないことが明白であるから棄却さるべきである。

《証拠関係省略》

理由

再審原告ら主張の再審請求の原因第一ないし第三項の事実は、当事者間に争いがない。

ところで、再審原告らは、福岡高等裁判所昭和四九年(ネ)第五六九号事件の再審原告ら訴訟代理人がなした控訴審における訴訟行為一切は、訴訟代理の授権に欠缺があって無効である、ことを前提として、右訴訟行為のうち、控訴提起行為に限り追認する旨主張するので考えるに、およそ、訴訟行為は本質的に連続性、連鎖性を有するため無効な訴訟行為全体の中から個々の訴訟行為を限定して追認することは、当該訴訟行為全体を混乱させ、法的円滑性、安定性を乱すおそれがあるところから、手続中の個個の行為を選択して追認することは許されない、と解すべきであり、このことは当該個々の訴訟行為が、訴訟法上、他の訴訟行為と離れて独立の意味を持ちうる場合であっても変りはないというべきであるから、この点の再審原告らの主張は採用の限りではない。

再審原告らは、控訴提起行為のみの追認を許しても訴訟上、なんら混乱を来すおそれはない旨主張するが、前示のとおり、既に適法、有効な授権があった訴訟代理人の訴訟追行による一審判決がある一方、再審原告らにおいて無効と主張する控訴、上告の提起に基づいて、控訴審、上告審の各判決がある本件において、当該控訴の提起行為のみを追認して、爾続の訴訟手続を反覆追行せしめることは正に法的安定性を混乱せしめるもの、という外はないのである。

また、再審原告らは、控訴の提起行為のように原判決の誤謬の是正を求める行為は、他の訴訟行為と切り離して独立の意味を持つから追認を許す意味がある旨主張するが、例えば、代理権(特に決定代理権)の欠缺が訴訟要件の欠缺にあたる場合においても、訴訟要件の存否の判断の当否を主張する機会を保障する観点から、控訴提起それ自体を不適法として却下することは許されず、代理権又は能力の欠缺があるまゝの状態で適法、有効に控訴を提起できるものであり、殊更に控訴提起行為のみを追認してこれを有効としなければならない必要はない、と解すべきであるから、この点の再審原告らの主張も、また、採用に価しないものである。

してみれば、再審原告らにおいて、前記福岡高等裁判所昭和四九年(ネ)第五六九号事件の控訴提起行為以外の訴訟行為について、これを追認しない旨主張する本件にあっては、右の控訴提起以後の訴訟行為は全て無権代理人による無効な訴訟行為であり、従ってまた、その一審である前記福岡地方裁判所小倉支部昭和四五年(ワ)第一二一一号事件の判決は、その送達により、適法、有効に確定したことにならざるをえないのであって、その間、再審原告らが主張する民事訴訟法第四二〇条第一項第三号所定の再審事由は存在しない、といわなければならない。

よって、再審原告らの本件再審請求は、失当としていずれもこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 鍋山健 裁判官原田和徳は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 高石博良)

<以下省略>

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