福岡高等裁判所 昭和52年(ラ)62号 決定 1977年7月12日
第六二号抗告人
田辺製薬株式会社
右代表者代表取締役
平林忠雄
右訴訟代理人弁護士
石川泰三
ほか一一名
第六六号抗告人
日本チバガイギー株式会社
右代表者代表取締役
エツチ・エツチ・クノツプ
右訴訟代理人弁護士
赤松悌介
ほか一七名
第六二号相手方<略>
第六六号相手方<略>
右抗告人らは、福岡地方裁判所が同庁昭和五二年(モ)第四二九号、第六一二号文書提出命令申立事件について
昭和五二年六月二一日なした申立却下決定に対し、即時抗告の申立てをしたから、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
一 抗告人らの相手方諸岡冨美子、池田ミツエ、大賀利平次、白尾サトリ、福山カツ、船崎周一、雪丸正利、権丈トモエ、坂本義知、古賀昭子、待鳥礼子、福成信子、佐野義明、川野正博、奈良恭子、中村国一、古沢利雄、石原広喜、河野初子、田中トメ、宮本里子、吉松正蔵、宇野善文及び田浦ヤエノ並びに相手方近見タネに対する福岡県立朝倉病院の投薬証明書及び相手方尾木正子に対する九州労災病院の投薬証明書に関する抗告を棄却する。
二 原決定中、その余の相手方らに関する別紙文書目録(一)、(二)記載の各文書並びに相手方近見タネに関する武井医院の投薬証明書及び相手方尾木正子に関する田川市立病院の投薬証明書に対する抗告人らの申立てを却下した部分を取り消す。
三 第二項掲記の相手方らは、同項掲記の各文書を提出せよ。
理由
第一抗告趣旨及び理由
抗告人田辺製薬株式会社の抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告の趣旨及び理由(一)記載のとおりであり、抗告人日本チバガイギー株式会社の抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告の趣旨及び理由(二)記載のとおりである。
第二抗告に対する相手方らの答弁及び意見
抗告に対する相手方らの答弁及び意見は、別紙相手方らの答弁及び意見(一)ないし(三)記載のとおりである。
第三当裁判所の判断
一相手方らは、文書提出命令の申立てに関する決定に対して即時抗告が許されるのは、第三者が文書の提出を命じられた場合のみであり、抗告人らには即時抗告権がない旨主張するが、民事訴訟法第三一五条は、即時抗告をなしうる場合を限定していないのであつて、文書提出命令の申立てを却下された申立人は、即時抗告権を有するものと解するのが相当であり、右主張は採用することができない。
二抗告人田辺製薬株式会社の相手方古賀昭子、待鳥礼子、福成信子及び佐野義明に対する文書提出命令の申立ては、民事訴訟法第三一三条第一号の「文書の表示」を明らかにしておらず、不適法であり、却下を免れない。
三相手方らは、抗告人らが民事訴訟法第三一三条第二号の「文書の趣旨」を明らかにしていない旨主張するけれども、「文書の趣旨」とは、文書中に記載されている内容の概要をいうのであり、抗告人らが提出を求めている各文書(ただし、相手方古賀昭子、待鳥礼子、福成信子及び佐野義明に対して提出を求めている各文書を除く。)についてその内容の概要が記載されていることは別紙文書目録(一)、(二)の各記載に照らし明らかであつて、右主張は採用することができない。
四相手方らは、抗告人らが民事訴訟法第三一三条第四号の「証すべき事実」を「原告らにおけるキノホルム剤投与と腹部症状、神経症状との間の因果関係の存否」と記載しているが、右記載は「証すべき事実」に該当しないと主張するけれども、一件記録によれば、抗告人らは、後記相手方らの基本的考え方とは異なり、相手方ら(又はその被相続人ら)のキノホルム剤の服用とスモン発症との間の個別因果関係の認定には、キノホルム剤の投与とスモン発症が経過を追つて説明されなくてはならず、また、投与されたキノホルム剤の量と期間とがスモンを発症させるに足りるものであつたことが証明されなければならないという見解に立つているのであつて、前記記載事項は抗告人らにとつてはまさに証拠をもつて証明されるべき事実なのであつて、相手方らの右主張も採用に由ない。
五相手方白尾サトリ、川野正博、中村国一、古沢利雄、石原広喜、田中トメ及び吉松正蔵は、抗告人らが提出を求めている各文書を所持していない旨主張する。しかるに、抗告人田辺製薬株式会社は右主張に対し何ら反論しないばかりでなく、右相手方らが右各文書を所持していることについて何ら立証しない。
したがつて、右相手方らが右各文書を所持しているものと認めることはできず、右相手方らに対する文書提出命令の申立ては理由がなく、却下を免れない。
その余の相手方らについては、別紙記載の相手方らの答弁及び意見並びに後記右各文書の引用の事実に照らし、抗告人らが提出を求めている各文書を所持しているものと認められる。
六民事訴訟制度の適正な運用を確保するには、およそ真の争点の解明に役立つ資料は、迅速な裁判の要請との調和を図りつつ、すべて法廷に提出されるのが理想であり、右理想実現の一方法として民事訴訟法第三一二条の規定が設けられたものと解する。
そして、当裁判所も、原決定説示のとおり、民事訴訟法第三一二条第一号にいう「引用」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため特にある文書の存在と内容とを明らかにすることを指し、また、引用文書の提出義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者がその文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるためであり、それには当該文書を提出させて相手方の批判にさらすのが衡平であるという実質的考慮に基づくものであると解する。
七そこで、抗告人らが提出を求めている各文書(キノホルム剤の投与量及び投与期間の記載のある投薬証明書、以下、単に一号投薬証明書という。)が、引用文書に該当するか否かについて判断するに、一件記録によれば、相手方らは、昭和五二年二月二三日の原審第三五回口頭弁論期日において抗告人らの鑑定申請に対する反論として、次のとおり主張していることが認められる。
「……(前略)……
二、鑑定の必要性に関する被告らの見解批判
鑑定の必要性について被告らが言わんとするところは、結局、原告側が提出、援用した証拠は信用性に疑問があり、第三者の手による鑑別の必要があるということである(たとえば、昭和五一年一一月四日付被告国「意見書」)。
その理由として、被告国、同武田、同日本チバガイギーは、原告側提出の統一診断書、投薬証明、本庄証人の証言を攻撃する(……)。
……(中略)……
(一) 統一診断書について
1 被告らの攻撃の要旨
……(中略)……
2 統一診断書作成の経緯について
被告らは、医師団の性格や診断書の記載内容につき様々な憶測を並べて統一診断書の信用性を低めようと試みているので、統一診断書作成の経緯を明らかにし、被告らの見解を概括的に批判する。
……(中略)……
第三に、統一診断書の作成は、右の統一カルテによる診察と諸検査によつてなされているが、基礎資料としては、このほかにこれまでスモン患者がスモン診断を受けてきた各病院における診断書(診断書、病状記録など)および投薬証明(弁護団が一号投薬証明と呼んできた量・期間の記載ある証明書で、いわゆる投薬証明書、病状記録、カルテの写し、レセフトなど)のほか、原告が保存していたメモ、日記帳、キノホルム剤の外箱と能書など、入手可能な資料を検討した結果としてなされている。
また、診断をなすにあたり、医師団の医師の多面的検討が加えられていることはいうまでもなく、そのほか、疑問点がある場合については井形昭弘教授に対する照会がなされ、なお必要があれば井形教授による診断を得て統一診断書を作成している。
以上のように、原告側提出の統一診断書は、十分な検討のうえに作成された精度の高いものであり、基礎資料も十分であり(統一医師団に基礎資料を提出することと、訴訟上提出することとは後記のようにおのずから次元の異なる問題である)。今日の訴訟上期待し得る最も詳細な診断書であつて、全国のスモン訴訟中でも最も完壁な診断書の一つといえる。
3 現病歴の記載について
……(中略)……
スモン医師団は、統一診断書の作成にあたつて、統一診断書が訴訟上の証拠資料となる点にも特に留意して、作成にあたつてはあらかじめ統一カルテに基づく慎重な診断と検査が繰り返されており、医師も、原告本人に直接問いを発して発症の経過を詳細に把握し、さらに資料として提出された診断書や病状記録、投薬証明などのほか、必要な資料の追加提出を求め、発症経過を疑問のないまで明らかにしたうえで統一診断書を作成しているのである。
このような慎重な配慮と努力があれば、たとえ発症当時の主治医でなくとも、医師として現病歴を十分に把握することができるのである。なるほど、鑑定人予定者とされる人たちは、スモンについての「権威者」として社会的名声はあるが、そのことだけをもつてスモン医師団の医師より優れ、鑑定人でなければ正しい鑑別ができないとすることは、「公正らしさ」という口実による欺瞞以外のなにものでもない。
……(中略)……
(二) 投薬証明について
1 被告らの主張の要旨
投薬証明に関して、被告国は、(1)、原告側提出の投薬証明(二号投薬証明)には量、期間の記載がなく、証拠価値が認められない、(2)、量、期間はカルテから容易に記載できるのに、原告側提出の投薬証明はその記載をことさら回避しており、信用性にも問題があると述べている。
被告武田は、(1)、キノホルム原因説に立つても量、期間は問題であり、特に発症前服用の事実は条件である、(2)、しかるに原告側は、量、期間の記載ある投薬証明(一号投薬証明)を持つていながら訴訟上に提出しないが、その理由がわからない、(3)、原告側提出の投薬証明(二号投薬証明)では発症前服用の事実も確認できず、原告らがスモンであるとしても、キノホルム剤との関係は不明であると述べている。
被告日本チバガイギーは、(1)、キノホルム剤の投与と発症の経過、とりわけ発症前の服用の経過が明らかにされる必要があり、(2)、スモン調査研究協議会のキノホルム剤服用調査でも服用後発症までの期間を最長六カ月としており、困果関係判断のためには、量、期間の関係が問題となつてくる、(3)、しかるに原告側提出の投薬証明(二号投薬証明)には量、期間の記載がなく、因果関係を特定しうる資料とはいえないと述べている。
2 投薬に関する原告側の手持ち資料について
投薬証明に関する被告らの見解を批判する前に、現在原告側が入手している投薬に関する原告側の手もち資料について一言触れておく。
被告武田も認めているように、原告らは、すでに原告側が提出している投薬証明(二号投薬証明)のほかに、未提出の投薬証明(一号投薬証明)を所持している。そこには投与量、投与期間が記載されている。
この未提出の投薬証明(一号投薬証明)中には、本件訴訟提起後に入手可能となつたものも一定数含まれており、この間の経緯については原告本人尋問中でも若干触れているとおりである(たとえば、原告住吉キミ子の場合には、病院側から当初キノホルム剤は投与していないと言われ、その後に、今度は廃棄処分の結果カルテはないと言われている。それでも同原告の夫があきらめきれずに病院内の倉庫に入る許可を得、多数のカルテの山の中からやつとカルテを探し出し、初めて投薬証明を得ることができた。このような例は枚挙にいとまがない。ある国立病院では、原告に代つて投薬証明を取りに行つた二名の弁護士に対し、キノホルムを投与したことはないと答え、次にはカルテがもう保存されていないと答え、他のスモン患者のカルテが同病院に保存されている事実を指摘すると、カルテの存在は認めたものの、今度は入院中の分はあるが通院中の分はないと逃げ、弁護士からの「通院中に発症した以上キノホルムを投与したことは間違いない」との追求で初めてすべてのカルテを出して投薬の事実を認め、証明書を作成した。また、ある県立病院は、理由も示さず投薬証明は書けないと一方的に拒絶した。この時は、原告側が直接県に申し入れ、県の指導を求めた結果、やつと県立病院も投薬証明を作成した。ウイルス説を信じているので投薬証明は書かないといつてきた病院もあつた。この時は、第三者を介して病院側を説得してもらい、やつと投薬証明を入手することができた。さらにある病院では、顧問弁護士に相談してから回答するとの返事で、後になつて投薬証明を入手することができた。総じて医療の現場では、投薬の事実を認めようとしない、あるいは投薬証明を作成したがらないという空気が支配的で、本訴提起後入手し得た未提出の投薬証明中には、このような原告側の苦労の末に入手できたものが含まれている)。
原告側では、このようにして訴訟後に入手した投薬証明も含めて、すべての未提出の投薬証明をスモン医師団に提出しており、スモン医師団では、これらの資料の検討をふまえて統一診断書を作成している。
なお、原告側が本日付で提出した第九準備書面は、以上の全経過を検討したうえで、すでに提出済みの各証拠に基づき作成されたものであり、個別因果関係に関する原告側の主張はすべて第九準備書面に尽くされている。
3 キノホルム剤投薬の事実と因果関係判断
被告らは、キノホルム剤投薬に関する原告側立証からは、個別因果関係の成立は認められないと主張し、その理由として、因果関係判断の前提としては投与量、投与期間の把握が必要条件であると主張する。しかしながら、右の主張は本件訴訟上はまつたく無用の主張であるばかりでなく、個別因果関係判断の基準を混乱させ、ひいては訴訟の遅延と被害者の切り捨てをもたらす有害無益な主張である。
……(中略)……
4 原告側の主張と立証の関係について
投薬証明との関係において、最後に原告側の主張と立証の関係について明らかにする。
個別因果関係に関する原告側の主張が、キノホルムを服用して原告らはスモンに罹患したとするものであることはいうまでもない。
ここで、「キノホルム」というのは、個別原告が服用した被告製薬企業製造、販売にかかる個別キノホルム剤を一般的に指すものである。
また、原告側はキノホルムを服用してスモンに罹患したことを主張しており、当然、発症前服用を問題にしているが、ここにはスモンに再燃したケースや他剤との相加関係、相乗関係にあるケースも含み、したがつて被告らが、発症後服用のケースが原告中に含まれていると攻撃していることは、この点で的はずれであると言わなければならない。この点については、原告側提出の本日付第九準備書面に個別に記載している。
次に、被告らは、原告側の立証に関して、原告側提出の投薬証明(二号投薬証明)では投薬の事実を完全に特定しきつていないと攻撃する。しかしながら、被告らのこの攻撃もまた的はずれである。なぜならば、原告側は、提出済みの投薬証明(二号投薬証明)のみでキノホルムの服用の事実を立証しているわけではないからである。
キノホルム服用の事実についての原告側の立証は、原告本人尋問の結果、供述録取書および提出済みの投薬証明(二号投薬証明)を総合して行なつており、さらに統一診断書でも間接的に服用の事実を確認している。このうち、提出済みの投薬証明(二号投薬証明)により、原告が服用したキノホルム剤と投与病院および入通院期間が明らかとなる。次に原告本人尋問の結果および供述録取書により、各原告が神経症状発現前に腹部症状の治療のため整腸剤の服用をしていた事実やその時期が特定される。なお、前述のように、原告側は未提出の投薬証明(一号投薬証明)をスモン医師団に提出しており、スモン医師団は統一診断書作成にあたり、神経症状発現前にキノホルムを服用していた事実を直接確認し、スモン(キノホルム中毒症)との診断の精度を高めている。
原告側が、このような立証方式を採用したのは、すべて被告らの不当抗争の結果であり、被告らが主張するスモン発症とキノホルムの投与量と投与期間という不可知論争を回避するためである。すでに述べてきているように、新潟大学椿教授は、新潟県のスモン患者調査表作成にあたり、服薬状況調査に関しては、a、キノホルム服薬あり、b、キノホルムは不明であるが何らかの胃腸薬を継続服用、c、胃腸薬の服薬状況不明、d、キノホルムを絶対に服用していないの四基準を設け(末尾添付資料参照)、dのキノホルムを絶対に服用していないケースのみを切り離して考えなければならないとしているが、原告側の立証は右基準のaに該当するものであり、法的因果関係判断の資料としては必要十分なものである。
……(以下略)……」
八右主張内容に照らせば、相手方ら(ただし、前記一号投薬証明書を所持していない相手方らを除く。)は、その提出にかかるいわゆる統一診断書の精度の高さ、すなわち、証明力の高さを立証するものとして、一号投薬証明書の存在と内容とを明示したものと認めるのが相当である。
一件記録によれば、相手方らが相手方ら(又はその被相続人ら)のスモン罹患の原因はキノホルム剤の服用であり、服用の量及び期間はスモン罹患との間の因果関係の認定においては法的意味を有せず、これを立証する必要はないとの立場を一貫してとつてきたことが明らかであるので、相手方らの一号投薬証明書の存在と内容との明示が直接相手方らの主張と結びつくものとはいえない。
しかしながら、右明示が、本件の最大の争点であるキノホルム剤の服用とスモン罹患との間の個別因果関係の有無の判断についての重要な証拠であると相手方らが指摘する統一診断書の証明力を増強するためになされたものであることは前記説示のとおりであり、これはまさに、当事者である相手方らが口頭弁論においてキノホルム剤の服用とスモン罹患との間の個別因果関係の存在という自己の主張の助けとするため特に一号投薬証明書という文書の存在と内容とを明らかにしたものと解することができる。
なお、相手方らの右主張は、抗告人らの鑑定申請に対する反論という限定された局面でなされたものではあるけれども、そこには本件訴訟についての相手方らの前記基本的な考え方が開陳されており、また、相手方らの反論(鑑定不要論)は、とりもなおさず相手方らが一貫してとつている基本的な訴訟態度の反映であると目することができるのであつて、相手方らの一号投薬証明書の存在と内容との明示を単なる筆の走りとみるべきではない。
してみると、相手方らの前記主張は、一号投薬証明書を引用したものと解すべきであり、抗告人らの申立てにかかる各文書(ただし、相手方古賀昭子、待鳥礼子、福成信子、佐野義明、白尾サトリ、川野正博、中村国一、古沢利雄、石原広喜、田中トメ及び吉松正蔵の関係を除く。)は、民事訴訟法第三一二条第一号にいう「引用シタル文書」に該当するものといわなければならない。
九相手方らは、昭和五二年六月八日の原審第三七回口頭弁論期日にキノホルム剤投与の量及び期間の記載のある投薬証明書を提出した旨主張するので判断するに、一件記録によれば、相手方目録(一)記載の相手方らのうち、諸岡冨美子、池田ミツエ、大賀利平次、福山カツ、船崎周一、雪丸正利、権丈トモエ、奈良恭子、河野初子及び宮本里子は抗告人らが提出を求めている各文書を、相手方近見タネは抗告人らが提出を求めている文書のうち福岡県立朝倉病院の投薬証明書を、相手方尾木正子は抗告人らが提出を求めている文書のうち九州労災病院の投薬証明書を、いずれも右口頭弁論期日に提出し、相手方目録(二)記載の相手方らのうち、権丈トモエ、宇野善文及び田浦ヤエノは抗告人らが提出を求めている各文書を、相手方尾木正子は前記文書を、いずれも右口頭弁論期日に提出していることが認められる。
したがつて、右各文書に対する抗告人らの文書提出命令の申立ては既に理由がなくなつているものといわざるをえない。
更に、相手方坂本義知は、抗告人らが提出を求めている投薬証明書を既に提出済みであると主張するので判断するに、一件記録によれば、右相手方は昭和五二年三月二三日の原審第三六回口頭弁論期日に抗告人らが提出を求めている文書を提出していることが認められるので、右相手方に対する抗告人田辺製薬株式会社の文書提出命令の申立ても理由がない。
一〇また、相手方らは、抗告人らの本件文書提出命令の申立て及び本件各即時抗告が訴訟の引延ばしの目的でなされた旨主張するけれども、一件記録によるもかかる事実を認めることはできない。
一一以上によれば、抗告人田辺製薬株式会社の相手方目録(一)記載の相手方らに対する文書提出命令の申立ては、相手方番号(7)、(10)、(15)、(19)、(21)、(22)、(25)、(39)、(40)、(45)ないし(48)、(54)、(56)、(59)、(62)、(63)、(67)、(70)、(73)、(76)の相手方らを除くその余の相手方らに対し別紙文書目録(一)記載の各文書(ただし、番号(41)の相手方については武井医院の投薬証明書、番号(66)の相手方については田川市立病院の投薬証明書)の提出を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下すべきであり、抗告人日本チバガイギー株式会社の相手方目録(二)記載の相手方らに対する文書提出命令の申立ては、相手方番号(27)、(30)、(37)の相手方らを除くその余の相手方らに対し別紙文書目録(二)記載の各文書(ただし、番号(58)の相手方については田川市立病院の投薬証明書)の提出を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下すべきである。
よつて、本件各抗告は一部理由があるから、原決定中、相手方ら(ただし、別紙相手方目録(一)記載の番号(7)、(10)、(15)、(19)、(21)、(22)、(25)、(39)、(40)、(45)ないし(48)、(54)、(56)、(59)、(62)、(63)、(67)、(70)、(73)、(76)、相手方目録(二)記載の番号(27)、(30)、(37)の相手方らを除く。)に対する別紙文書目録(一)、(二)記載の各文書(ただし、相手方近見タネについては武井医院の投薬証明書、相手方尾木正子については田川市立病院の投薬証明書)の提出命令の申立てを却下した部分は不当であるからこれを取り消し、右相手方らに対し右各文書の提出を命じ、抗告人らのその余の抗告をいずれも棄却し、民事訴訟法第四一四条、第三八六条を適用して、主文のとおり決定する。
(高石博良 鍋山健 原田和徳)
《参考・原決定》
(福岡地裁昭和五二年(モ)第四二九号・第六一二号、文書提出命令申立事件、同五二年六月二一日第二民事部決定)
申立人(被告)
日本チバガイギー株式会社
右代表者代表取締役
エツチ・エツチ・クノツプ
右訴訟代理人弁護士
赤松悌介
外
同
武田薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
小西新兵衛
右訴訟代理人弁護士
日野国雄
外
同
田辺製薬株式会社
右代表者代表取締役
平林忠雄
右訴訟代理人弁護士
石川泰三
外
相手方(原告ら)の表示<略>
右当事者間の昭和四八年(ワ)第三九四号、同年(ワ)第六七九号、昭和四九年(ワ)第六六七号、昭和五二年(ワ)第一九九号損害賠償請求事件について、申立人ら(被告ら)から文書提出命令の申立てがあつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。
申立人側訴訟代理人
赤松悌介外
武田薬品工業株式会社,日野国雄外,田辺製薬株式会社,石川泰三外
【主文】本件申立てをいずれも却下する。
【理由】第一申立ての趣旨<略>
第二 当事者双方の主張<略>
第三 当裁判所の判断
一、本件記録によれば、原告らは第三五回口頭弁論期日の弁論において、被告らが提出を求める各文書について、次のように主張している。
「統一診断書の作成は、右の統一カルテによる診察と諸検査によつてなされているが、基礎資料としては、このほかにこれまでスモン患者がスモン診断を受けてきた各病院における診断書(診断書、病状記録など)および投薬証明書(弁護団が一号投薬証明書と呼んできた量・期間の記載ある証明書で、いわゆる投薬証明書、病状記録、カルテの写し、レセプトなど)のほか、原告が保存していたメモ、日記帳、キノホルム剤の外箱と能書など、入手可能な資料を検討した結果としてなされている。」(昭和五二年二月二三日付鑑定申請に対する意見書(二)七丁裏から八丁表)
「投薬証明に関する被告らの見解を批判する前に、現在原告側が入手している投薬に関する原告側の手もち資料について一言触れておく。
被告武田も認めているように、原告らは、すでに原告側が提出している投薬証明(二号投薬証明)のほかに、未提出の投薬証明(一号投薬証明)を所持している。そこには投与量、投与期間が記載されている。
この未提出の投薬証明(一号投薬証明)中には、本件訴訟提起後に入手可能となつたものも一定数含まれており、この間の経緯については原告本人尋問中でも若干触れているとおりである(たとえば、原告住吉キミ子の場合には、病院側から当初キノホルム剤は投与していないと言われ、その後に、今度は廃棄処分の結果カルテはないと言われている。それでも同原告の夫があきらめきれずに病院内の倉庫に入る許可を得、多数のカルテの山の中からやつとカルテを探し出し、初めて投薬証明を得ることができた。このような例は枚挙にいとまがない。ある国立病院では、原告に代つて投薬証明を取りに行つた二名の弁護士に対し、キノホルムを投与したことはないと答え、次にはカルテがもう保存されていないと答え、他のスモン患者のカルテが同病院に保存されている事実を指摘すると、カルテの存在は認めたものの、今度は入院中の分はあるが通院中の分はないと逃げ、弁護士からの「通院中に発症した以上キノホルムを投与したことは間違いない」との追求で初めてすべてのカルテを出して投薬の事実を認め、証明書を作成した。また、ある県立病院は、理由も示さず投薬証明は書けないと一方的に拒絶した。この時は、原告側が直接県に申し入れ、県の指導を求めた結果、やつと県立病院も投薬証明を作成した。ウイルス説を信じているので投薬証明は書かないといつてきた病院もあつた。この時は、第三者を介して病院側を説得してもらい、やつと投薬証明を入手することができた。さらにある病院では、顧問弁護士に相談してから回答するとの返事で、後になつて投薬証明を入手することができた。総じて医療の現場では、投薬の事実を認めようとしない、あるいは投薬証明を作成したがらないという空気が支配的で、本訴提起後入手し得た未提出の投薬証明中には、このような原告側の苦労の末に入手できたものが含まれている)。
原告側では、このようにして訴訟後に入手した投薬証明も含めて、すべての未提出の投薬証明をスモン医師団に提出しており、スモン医師団では、これらの資料の検討をふまえて統一診断書を作成している。」(同じ書面の一二丁裏から一三丁裏)
二、ところで、民事訴訟法三一二条一号にいうところの「引用」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため特に文書の存在と内容とを明らかにすることを指すものと解され、又、このような文書の提出義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者がこの文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるためであり、それには当該文書を提出させて相手方の批判にさらすのが衡平であるという実質的考慮に基づくものであることも疑いのないところである。従つて、該文書の存在及び内容が口頭弁論等において明示されることがあつても、この文書の存在及び内容が、それを明示した当事者の主張との関連において枝葉末節的な位置しか占めておらず、右当事者の主張の真実性を積極的に強めようとする意図が窺えず、又はその可能性もない場合には、該文書の存在及び内容の明示は未だ前記法条にいうところの「引用」には該当しないものと解される。
そこで、提出を求められている各文書(いわゆる一号投薬証明書、以下提出を求められている文書を指して単に一号投薬証明書ということがある。)が、右の意味において口頭弁論等において引用されたと評価され得るか否かについて、次項において判断する。
三、原告らが、スモン発症の原因はキノホルムの内服であり、服用の量及び期間はスモン発症との間の困果関係の認定においては法的意味を有せず、これを立証する必要はないとの立場を一貫してとつてきたことは、これまでの訴訟の経過から明らかなところである。
もつとも、原告各証の各一として提出されているいわゆる統一診断書のほぼ全部の末尾には参考資料として投薬証明書が掲記されており、これは一号投薬証明書を指すものと窺えなくはない。しかしながら、証人本庄庸の証言によれば、統一診断書を作成した各医師は、病歴に関する患者の供述、病状の経過、当時の医療の状況等から過去におけるキノホルム服用の事実を推認することもあるという立場をとつていること、従つて右立場の医師にとつては、投薬証明書は病歴に関する患者の訴えの補助資料でしかないことがそれぞれ認められ、かつ原告らのこれまでの主張も右証言に沿つたものである(投薬証明書を医療機関から入手できなかつたために国のみを被告として提訴した原告の存在は、原告らがこの立場に立つことの表われであろう。)。
であるとすれば、一項掲記の原告らの主張にもかかわらず、一号投薬証明書の存在によつていわゆる統一診断書の証明力が増強されるという関係には(少なくとも原告らのこれまでの主張、態度等を勘案する限り)ないのであつて、一項掲記の原告らの主張は、その主張当時において鑑定問題という焦眉の急に接し、鑑定不要の論拠としていわゆる統一診断書の証拠価値に触れた際のいわば筆の走りとでもいうべきものであり、これをとらえて「引用」であるとする被告らの主張は、いささか揚げ足取りの感を免れ難い。
結局、原告らの前記主張をもつて、原告らが一号投薬証明書を引用したものと解すべきではなく、被告らの申立てにかかる各文書は、民事訴訟法三一二条一号の文書に当らないから、原告らはこれについて文書提出の義務を負わないと解するのが相当である。
四、よつて本件文書提出命令申立てはすべてこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(権藤義臣 簑田孝行 古賀寛)