福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)417号 判決 1980年1月17日
控訴人
西日本アルミニウム工業株式会社
右代表者
梅津久
右訴訟代理人
木村憲正
被控訴人
松本洋
右訴訟代理人
小西武夫
主文
一 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人に対し、金一〇三万四、七六八円及び昭和五一年一〇月以降同五三年一〇月一九日まで月額金九万四、六一六円の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
第一主位的解雇について。
1 被控訴人が昭和四九年三月一六日船舶用ドアを製造する控訴会社に現場作業員として雇用されたこと、及び、控訴会社は昭和五〇年一月一三日被控訴人に対し被控訴人が長崎大学卒業者であることを雇入れの際提出した履歴書に記載しなかつたことは控訴会社就業規則二〇条(懲戒解雇)四号「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」に該当するとして解雇の意思表示をし、以後被控訴人との間に労働契約関係が存在することを争い、かつ賃金の支払を拒絶していることは、当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば次のとおりの事実が認められ、この認定を動かすだけの証拠はない。
控訴会社は主として船舶の防火ドアの製造を業とする資本金四五〇〇万円の会社で、従業員数は総計一二〇余名であつた。
控訴会社就業規則には前記のとおり「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」に該当するときは懲戒解雇に処する旨の規定(二〇四条四号)があり、控訴会社とその現場従業員を組合員とし被控訴人ものちに昭和四九年五月頃加入した西日本アルミニウム工業株式会社労働組合との間に昭和四〇年一二月一日締結された労働協約にも同様の規定が置かれていた(三四条四号)。
控訴会社においては、組立工・機械工・塗装工等の現場作業員としては高校卒以下の学歴の者を採用する方針を採つており、現に被控訴人以外には高校卒を超える学歴の者はいなかつた。控訴会社としては、高学歴者は現場作業のような単純な肉体労働には不適で定着性に欠ける外、ものの考え方や生活感情の違いから低学歴の上司や同僚との関係に円滑を欠くおそれがあるとして、右のような採用方針をとつてきたのである。
昭和四九年控訴会社は現場作業員を募集し、一月及び二月に数回にわたり新聞紙上に募集広告した。同年二月一八日付長崎新聞夕刊に掲載された男子正社員募集の広告の内容は、職種は組立工・機械工・塗装工、年齢は一八才から四五才位まで、給与は5.5万円から8.2万円各種社保退職金有というもので、面接は毎日午前中で履歴書持参の旨附記していた。右募集広告には学歴に関する記載はなかつた。
ところで、被控訴人は昭和四三年三月福岡県立大里高等学校を卒業し、同年四月長崎大学教育学部に入学したが、しばらくして学生会館自主管理委員会委員として長崎大学学生会館闘争などに積極的に参加したほか、昭四和四年一一月一〇日には九州大学教養部周辺における学生事件において凶器準備集合並びに公務執行妨害及び傷害の被疑事実で逮捕され、同月一九日福岡地方裁判所に起訴された。右のような活動のかたわら被控訴人は休暇或いは休学中は父の営むマルマツ商事の仕事を手伝つていた。
昭和四九年控訴会社の前記募集広告を見た被控訴人は、前年事実上結婚し右マルマツ商事も倒産し生活に困つていたところからこれに応募した。被控訴人が控訴会社に提出した同年三月一日現在の履歴書には、学歴として昭和四三年三月北九州市立大里高等学校卒業まで記載したのみで同年四月長崎大学教育学部入学の学歴は記載せず、職歴として昭和四三年四月マルマツ商事入社、同四八年一二月倒産解雇と記載した。
昭和四九年三月控訴会社では社長梅津久、製造部長、総務課長の三名で被控訴人に対し採用のための面接を行つた。面接時間は一〇分程度で、控訴会社側は被控訴人の提出した履歴書に基き、主として被控訴人の職歴として記載されていたマルマツ商事に関して質問したほか、長崎市所在の控訴会社に就職を希望する理由を尋ね、これに対し被控訴人は実父経営のマルマツ商事が倒産したことのほか、長崎出身の女性方に同居するに至つているため長崎市勤務を希望する旨答えた。その際、控訴会社側では履歴書に職歴の記載があつたことから、被控訴人に対し高校卒業後の学歴について尋ねることはせず、この点について別途調査するということもなかつた。
昭和四九年三月一六日控訴会社は被控訴人を組立工として採用した。被控訴人は二か月間の試用期間を無事に了え正社員に本採用となつた。(本件全証拠によつても、その後の被控訴人の勤務状況は普通で他の従業員よりも劣るということは認められず、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということも認められず、控訴会社の業務に支障を生じさせたということも認められない。)
昭和四九年一二月被控訴人は控訴会社の労働組合の青年部長に選出されたが、その頃から被控訴人が長崎大学卒業生らしいとの噂が立ち、控訴会社では興信所を通じ調査したところ昭和五〇年一月七日被控訴人が昭和四三年四月長崎大学教育学部に入学し同四九年三月卒業していた事実が判明した。
昭和五〇年一月一三日控訴会社は被控訴人が長崎大学卒業者であることが判明したがこれは前記就業規則二〇四条四号に該当するとして被控訴人を懲戒解雇に処した(なお、控訴会社は同月末予告手当を供託している。)。
以上のとおり認められ、右の事実関係のもとにおいては、被控訴人が控訴会社に採用されるに当り高校卒業以後の学歴を秘匿していたことは明白で、控訴会社はこの事実を理由に被控訴人を懲戒解雇に処したことが認められる。
さすれば、被控訴人が労働契約締結に当り高校卒業以後の学歴を秘匿したことは雇い入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称した行為であるけれども懲戒解雇は経営から労働者を排除する制裁であるから、経歴詐称により経営の秩序が相当程度乱された場合にのみこれを理由に懲戒解雇に処することができるものと解するのが相当で、控訴会社の就業規則の経歴詐称に関する前記条項も右の趣旨に解すべきものであるところ、前認定のとおり、控訴会社は現場作業員として高校卒以下の学歴の者を採用する方針をとつていたものの募集広告に当つて学歴に関する採用条件を明示せず、採用のための面接の際被控訴人に対し学歴について尋ねることなく、また、別途調査するということもなかつた。被控訴人は二か月間の試用期間を無事に了え、その後の勤務状況も普通で他の従業員よりも劣るということはなく、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということもなく、控訴会社の業務に支障を生じさせるということはなかつたのであるから被控訴人の本件学歴詐称により控訴会社の経営秩序をそれだけで排除を相当とするほど乱したとはいえず、本件学歴詐称に関する前記条項所定の懲戒事由に該当するものとみることはできず、本件主位的解雇の意思表示は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、無効というべきである。
控訴会社は募集職種として組立工・機械工、塗装工と明示しており、右のような職種には高校卒以下の学歴の者が従事するのが一般であるけれども、これを以て直ちに高校卒以下の学歴の者に限定して採用する旨の表示があつたものとみることはできない。また控訴会社が被控訴人との間の労働契約締結に当り右のような表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。控訴人の錯誤の主張は採用の限りでない。
第二予備的解雇について。
1 控訴会社が、昭和五三年一〇月一九日の当審第一回口頭弁論期日において被控訴人に対し、被控訴人が昭和五二年一月二一日福岡地方裁判所において、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害被告事件について懲役一年二月三年間執行猶予の刑に処する旨の判決言渡しを受け、右判決が同年二月五日確定したことは、控訴会社と被控訴人の属する前叙組合との間の労働協約三四条九、一〇号に該当するとしで解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
2 そこで、右解雇の意思表示の効力につき判断する。<証拠>によると、前叙確定判決において認定されている被控訴人の犯罪行為は大要次のとおりであつたと認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。
すなわち、「被控訴人は、昭和四四年のいわゆる九州大学建物封鎖解除反対闘争当時長崎大学教育学部二年に在学し、全国反帝学生評議会連合派に所属または同調していたものであるが、警察官による九大教養部の封鎖、占拠の解除を阻止すべく同年一〇月一四日午後四時ころ福岡市大字田島六二一番地(現在同市西区大字田島六二一番地)所在の同大学教養部寄宿舎田島寮に赴いて約八〇名の学生と共に同寮内食堂で集会を開催した。その際被控訴人は長崎大学からの応援学生の代表として、九州大学教養部を奪還しようという趣旨の扇動演説をし、右集会終了後約八〇名の学生らと共同して教養部周辺の警備に当つている警察官の身体、財産等に害を加える目的で、同寮構内から附近路上において右学生らと共に凶器として火炎びん約四〇本、角材等約四〇本、多数の石、コンクリート塊などを携帯して集合した。更に被控訴人は、右約八〇名の学生らと共謀のうえ、同日午後六時四八分ころから五二分ころまでの間前記路上において、被控訴人らの逮捕等に当つた警察官に対し、火炎びんを投げつけて発火炎上させたり、右、コンクリート塊を投げつける等の暴行を加え、そのため右警察官のうち二名に対し、加療約一〇日ないし二週間を要する傷害を負わせると共にその公務の執行を妨害した。」
<証拠>によると、前叙第一2の労働協約の三四条には、懲戒解雇と題し「次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。但し情状により諭旨退職出勤停止又は減給に処することがある」旨規定し(中略)九号に「罰金以上の罪を犯し有罪判決の確定ありたるとき」と、一〇号に「前条に該当する情状特に重い時」、一一号に「その他各号に準ずる行為があつたとき」と列記されていることが認められ、被控訴人に対する前叙有罪判決が確定したのであるから、特別の事情の認められない本件においては右九号に該当することが推認される。そして、本件犯罪行為の前叙のような態様、程度等に徴すれば、本件は、一〇号の「情状特に重い時一にも該当するということができる。
被控訴人は、本件犯罪行為は被控訴人が控訴会社に雇用される約五年前の行為であるから、控訴会社とは無関係であり、従つて労働協約三四条一〇号には該当しない旨主張し、その裏づけとして譴責減給に関する同協約三三条が直接控訴会社に関係のある行為のみを対象としていることを対比すべき旨主張する。なるほど前叙争いのない控訴会社に被控訴人が雇用された日から逆算すると本件犯罪行為は右雇用に先立つ約五年前の行為であることが認められ、前顕乙第七号証(労働協約)によると、その三三条一号ないし一一号は専ら控訴会社における勤務中の行為を対象としているものと認められるが、同協約三四条は懲戒解雇に関する規定であり、その故に譴責減給に関する同協約三三条に比し経営としての企業秩序維持、会社の社会的信用保持の観点からみて、より重要な事項が列挙されているから、右両条の趣旨を同様に解すべきいわれはなく、三四条については別に同条所定の各号についてその趣旨を検討すべきである。ところで、同条各号もその大部分は会社の職務に関連した行為であるが、九号は単に「罰金以上の罪を犯し有罪判決の確定ありたるとき」と定められているのみで、右犯罪が控訴会社の職務に関連したものに限る旨の明文の制限はなく、また現業被用者につき有罪判決が言い渡され、それが確定した事実は、一般に当該犯罪が会社の職務に関して犯されたか否かにかかわりなく同人を控訴会社現場社員のまま留めておいては使用者たる会社の社会的名誉信用を害し、企業秩序をみだすといえるから、本件犯罪が被控訴人の控訴会社入社前に行なわれ、従つて控訴会社の職務と無関係であるからといつて本件犯罪につき被控訴人が有罪判決を受け、それが確定した事実が労働協約三四条九号に該当しないということはできない。
そこで、被控訴人の不当労働行為の主張につき判断する。原審(第一、二回)及び当審において被控訴人は被控訴人が組合の青年部長に就任し、青年部から組合の執行委員を出すための選挙運動をする等従来行なわれていなかつたような青年部活動を始めた直後控訴会社は、興信所に被控訴人の調査を依頼し、その結果本件主位的解雇の意思表示をし、ついで当審において控被訴人が入社五年前の行為につき刑事罰を受けたことを口実に被控訴人を解雇したのであるから、本件予備的解雇は、組合活動を理由として被控訴人を排除しようとするものである旨供述する。そして、<証拠>によると、被控訴人が青年部長に選出されたのは昭和四九年一二月四日であり、前叙労働組合青年部役員会により青年部ニュースの発行されたのが同月一一日であり、被控訴人が右労働組合役員選挙に同組合青年部員を執行委員に当選させようとしてポスターを貼り、組合員に呼びかけたのは同年一二月二〇日頃であり、控訴会社が株式会社帝国興信所に被控訴人の経歴調査を依頼したのが昭和五〇年一月七日であると認められる。しかし、<証拠>によれば右青年部ニュースの記載内容をみても、昭和四九年一二月一一日に開かれた青年部大会で被控訴人(部長)ほか三名が新役員に選ばれたこと、前部長挨拶、会計報告、規約改正報告、連絡事項が記載されてはいるが、特に尖鋭な運動方針など控訴会社をして青年部のその後の行動に警戒心を抱かせるような記載事項は見当らず、<証拠>によると、前叙選挙運動も昭和四九年一二月末の前叙労働組合の執行委員選挙に同組合青年部員藤瀬久義を当選させるため控訴会社の掲示板に二一枚のポスターを貼り、口頭で組合員に呼びかけた程度のものに過ぎなかつたことが認められるから、仮に同青年部の組合活動がそれまで沈滞していたとしてもこのような通常の組合活動を理由に控訴会社が被控訴人を排除しようとしたとは認められず、他に本件予備的解雇が労組法七条一号所定の不当労働行為に該当すると認めるに足る証拠はない。
次に、被控訴人は、本件予備的解雇は解雇権の濫用である旨主張する。なるほど、被控訴人は本件犯罪行為につき刑の執行を猶予されているけれども、刑法上の処罰と経営における懲戒とはおのずから目的を異にしているから、刑事罰につき執行猶予が付されたからといつて、同一の行為につきなされる就業規則または労働協約上の懲戒処分においても当然処分の程度を軽減すべきいわれはなく、会社の名誉、信用、経営秩序に及ぼす影響等をも考慮して処分の程度を決すべきである。これを本件についてみるに、被控訴人の本件犯罪行為の態様は前叙認定のとおりであつて、社会一般に大きな不安、迷惑を及ぼすものであり、その犯行は当時全国的に学生による同種の集団暴力事件が頻発していた最中に敢行されたことが公知の事実であることを考えあわせると、かかる犯行につき有罪判決が確定した被控訴人を雇用し続けることは、右犯行が入社前の行為であつても、控訴会社の対外的信用を害し、一般従業員にも悪影響を与えるおそれなしとは言い難いから、労働協約三四条但書によつて情状を考慮することも相当でなく、他に本件予備的解雇を解雇権の濫用と認めるだけの証拠はない。
してみれば、被控訴人が主張する本件予備的解雇の無効事由は、いずれも排斥を免れず、その余の点につき判断を加えるまでもなく、右解雇は有効というべきである。
3 そこで、被控訴人の給与昇給分及び一時金請求につき判断する。控訴会社が被控訴人に対してなした本件主位的解雇の意思表示は、前叙のとおり無効であるから、被控訴人は本件予備的解雇に至るまでは控訴会社の従業員たる地位にあつたというべきであり、控訴会社と組合との間で妥結された協定による平均昇給額が控訴人主張のとおりであること、被控訴人の賃金を出勤率一〇〇パーセント、成績査定普通として計算すれば、被控訴人の請求し得べき昇給額、一時金及び昭和五一年度以降の月額平均賃金が被控訴人主張のとおりとなることは、控訴人の認めて争わないところである。但し、昭和五一年度昇給額は一か月二万六六二二円である以上、同年四月から九月までの昇給額が六か月分一五万九七三二円となることは計数上明らかであるから、昇給額をそのように改めて認定する。そして、被控訴人は本件主位的解雇の意思表示の日以降事実上解雇されているから、昭和五〇年四月から同五一年九月までの間の現実の出勤率、成績はそれ以前の勤務状況から推認する外はないが、右解雇の意思表示を受けるまでの勤務成績が普通であつたことは前叙第一認定のとおりであり、出勤率についても従前不良であつたことを認めるに足る証拠がないから一〇〇パーセントとして前叙算定の基礎とすべきである。さすれば、控訴人は被控訴人に対し、右期間中における給与の昇給分、一時金の合計金一〇三万四、七六八円及び昭和五一年一〇月以降本件予備的解雇の日である昭和五三年一〇月一九日までの間月額金九万四、六一六円の割合による給与の支払いをなすべき義務がある。
第三してみれば、被控訴人の本件請求は、控訴人に対し前叙第二3の各金員の支払いを求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
第四よつて、これと一部異なる原判決を民訴法三八四条、三八六条に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)